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終章
幕間2 ある勇者と剣の師②
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「(お願い……〈聖眼〉!)」
視界の中で、紋様が師匠を包み込むように収束していく。
外から見れば、ぼくの瞳から師匠に向けて魔力が飛んでいるように見えるのだろうか。一瞬で目標に到達した解呪の加護は、やがて師匠の身心を蝕む呪いを解き、元の姿へ戻してくれるはず……
パシン
「……?」
泡が弾けるような音を立てて、〈聖眼〉の紋様が宙に解けるように消える。
師匠はきょとんとしていた。避ける暇もなく何かが飛んできたのを知覚し、自分の体に触れておきながら、何も起きないことを不思議がっている。左手は異形のままだ。
「(……解呪、できて、ない……?)」
それが呪いであるなら、この眼はぼくの身を護り、他者のそれでさえ無効化することができる。その加護は確かに発動した。それが機能しなかったということは……
「(呪いじゃ……ない……?)」
なら、あれは、他者から与えられたものじゃなくて……師匠本人が、初めから持っていたもの……?
それに呪いじゃないということは、誰かに操られてるわけでもないということで、それはつまり……
「……よく分からないけど、試したいことは終わったのかな? それなら、そろそろ――」
言いながら、師匠は右腰に提げた剣の柄に、ゆっくりと手を掛けようとしている。そこへ――
「《灼熱拳! フレイムフィスト!》」
ダンっ――!
強く踏み込み、師匠に接近したエカルが、両手に魔術の炎を纏わせ、怒りの形相と共に殴りかかりにいく。
「てめぇ! よくもあの神官の嬢ちゃんを! アルムを! 裏切りやがったな!」
物質的に燃える拳で、連続して打撃を与えていくエカル。けれど師匠はその無数の打撃を、異形と化した左腕で受け止め、あるいはかわしていく。
有効打は一発もない。それでも構わず、エカルは拳を打ち込み続ける。
「あの時止めてくれたあんたに、オレは感謝していた! 感謝していたんだ! それを……!」
「――悪いけど」
ゴっ――!
「うぶっ!?」
腹部を蹴られ、エカルが後退させられる。
「助けたのは、ただの気まぐれだよ。殺して止めることもできたんだから」
「ぐ……! クソ、が……!」
蹴られた箇所を押さえながら、エカルが悔しそうに呻く。しかし彼は痛みを堪えながら、すぐに魔術の詠唱を開始する。
「《我が手に集え、炎の――》」
「させないよ」
投擲用のダガーを右手で(肥大化した左手では細かい作業はできないからだろうか)取り出した師匠は、素早くそれをエカルに投じる。が……
ギィン!
間に割って入ったシエラの槍が、飛来するダガーを打ち落とした。
「先輩……今回の件は、さすがに擁護できません。貴女は越えてはならない一線を越えてしまった。許すことはできません」
「別に擁護も許しも求めてないけど……なら、どうする?」
「……ここで、貴女を討ちます、先輩……いえ、人類の敵、アレニエ・リエス!」
「あはは! シエラちゃんにできるかなぁ!」
師匠が、剣を抜く。それを目にしながらシエラが槍を構え……魔力を込めていく。
「(あれは――)」
「《降り注げ! 聖槍・プリュヴワール!》」
宣言と共に、シエラが槍を突き出す。
日々の修練により磨き抜かれた基本の刺突は、必殺の一撃と化して眼前の敵を襲う。
が、それも、当たらなければ意味を為さない。師匠の操る剣によって道筋を逸らされた槍は、そのまま何もない空間を突き刺して――
ドシュ!
「!?」
師匠の左の二の腕(ちょうど肩鎧と異形化した腕の間だった)から、わずかに血が噴き出す。皮膚を浅く切り裂かれたようだ。かわしたはずの刺突に傷を負わされて、師匠が怪訝な顔を浮かべるのが見えた。
「せやっ!」
再度、シエラが槍を繰り出す。師匠も先ほどと同じようにその一撃を受け流すが、今回は何が起きたか見定めるためだろう、先ほどより距離を取ってかわしていた。すると――
ビシュシュシュ!
「っ!」
今度は、はっきりと見えた。突き出された槍の周囲に、魔力で生み出された複数の穂先が出現している。それらが本体からわずかに遅れて刺突を繰り出し、師匠の身体に傷をつけていたのだ。
「なるほどね……それが、シエラちゃんの家に代々伝わるっていう〈聖槍・プリュヴワール〉か。なかなか厄介だね」
浅いとはいえ手傷を負わされてなお、師匠の余裕は崩れない。シエラが緊張した面持ちで槍を握り締める。そこへ――
「《……攻の章、第七節。星の鉄鎚、ギガンティックハンマー!》」
倒れ伏したままのアニエスが密かに捧げていた祈りが聞き届けられ、光で編まれた巨大な鉄鎚が空に出現し……地面の師匠に向けて叩き付けられる!
ドゴォ――!
「くぬっ……!?」
師匠は両腕で法術を受け止めるも、耐え切れなかった衝撃が身体を伝わり、足元の地面を陥没させる。そうして身動きが取れなくなったところで――
「どけ、シエラ!」
詠唱を終えたエカルが、射線上にいたシエラに向けて声を張り上げる。彼女は即座にその場を飛び退き――
「《火尖槍! フレイムジャベリン!》」
エカルの手の先に集まった炎が鋭い槍の形状になり、師匠に向かって射出される。彼女は咄嗟に肥大化した左掌で受け止めるが――
――触れた次の瞬間に、焔の槍は大爆発を起こしていた。
「く……!」
爆発の余波から身を護るため、シエラが姿勢を低くしながら腕で顔を庇う。ぼくのところにも爆風が届き、慌てて両腕で顔を覆った。
もうもうと煙が立ち込め、視界を遮っていた。師匠がどうなったかはまだ分からない。
けれど、普通に考えればあんな威力の魔術を喰らって生きていられるはずが……
「……ふふ」
煙の向こうから、小さな笑い声が届いた。
吹き抜ける風が、煙を取り払っていく。その後に現れたのは……爆発したはずの火炎を左手で受け止め、押さえ込んでいる師匠の姿。
「なっ……」
その様子に、エカルが絶句する。それはそうだろう。命を奪うつもりで撃った一撃に耐えたどころか、片手で受け止められているのだから。
「今のはちょっと危ないかなぁと思ったけど、意外といけるもんだネ」
あまり緊張感のない声でそう呟く師匠。その手で押え込まれた炎の塊は……
ズズ……
師匠の掌に吸い込まれるように、次第にその容量を縮めていた。
あれは……魔力を、食べてる……? ひょっとして、その前の光の鉄鎚も……?
やがて全ての魔力を吸収され、火球が消失する。
師匠は左手をそのまま前方に掲げていた。その手の先に、魔力で編まれたと思しき赤く輝く短剣が無数に現れ、アニエスとエカルに突き付けられる。
「あなたたちの魔力、返してあげル」
宣言と共に、短剣が一斉に撃ち出される。それらは物理法則を無視して飛び回り、二人を襲う。
「ぐ、あああっ!?」
「きゃあああ!?」
「エカル!?」
「アニエス!?」
ぼくとシエラはそれぞれ二人の名を呼び、安否を確かめるが……
「ぐ、うう……」
「つ、あ……」
降り注いだ魔力の短剣が幾本も、彼らの身体に突き立っていた。幸い急所には当たらなかったようだが、エカルは身体を襲う痛みに膝をつき、アニエスは倒れた姿勢から動くことができない。そこへ――
「よそ見してていいのかなァ」
師匠が、いつの間にかシエラの元へ迫っていた。
「くっ!?」
シエラは咄嗟に手にする槍に魔力を込めながら、迎撃の突きを繰り出す。槍本体の刃と、魔力で生み出された複数の穂先。それらが一斉に師匠の身体に降り注ぐ。しかし――
師匠は身を丸めて急所を隠しつつ、手足に浅い傷を負いながらも、強引に前進していく。
「なっ……!」
そして、突き出されたプリュヴワール本体を、左の鉤爪で掴み取った。
「今のわたしは、少しくらいの傷なら問題にならないからネ」
そう語る師匠の身体の傷は、この短い合間に既に塞がりかけていた。半身が魔族化したことで、魔族の再生力が全身に影響を及ぼしているのだろうか。
「くぅ……!」
シエラが槍を両手で握り締め、力を込める。彼女にとっては自身の命を預ける唯一の相棒であり、代々伝わる家宝でもある。奪われるわけにはいかない。が……
「あはっ!」
楽しそうな笑みと共に、師匠は左手一本で槍を頭上に持ち上げた。――未だ両手でその槍を握っていた、シエラごと。
「――え?」
頭上でシエラが不思議そうに声を漏らすのが聞こえた。が、それも一瞬のことで……
「そー……れっ、ト!」
ズダン――!
「あぐっ……!?」
次の瞬間には彼女は、空中から地面へと、猛烈な勢いで叩き付けられていた。
そして……そのまま、起き上がってこなかった。
視界の中で、紋様が師匠を包み込むように収束していく。
外から見れば、ぼくの瞳から師匠に向けて魔力が飛んでいるように見えるのだろうか。一瞬で目標に到達した解呪の加護は、やがて師匠の身心を蝕む呪いを解き、元の姿へ戻してくれるはず……
パシン
「……?」
泡が弾けるような音を立てて、〈聖眼〉の紋様が宙に解けるように消える。
師匠はきょとんとしていた。避ける暇もなく何かが飛んできたのを知覚し、自分の体に触れておきながら、何も起きないことを不思議がっている。左手は異形のままだ。
「(……解呪、できて、ない……?)」
それが呪いであるなら、この眼はぼくの身を護り、他者のそれでさえ無効化することができる。その加護は確かに発動した。それが機能しなかったということは……
「(呪いじゃ……ない……?)」
なら、あれは、他者から与えられたものじゃなくて……師匠本人が、初めから持っていたもの……?
それに呪いじゃないということは、誰かに操られてるわけでもないということで、それはつまり……
「……よく分からないけど、試したいことは終わったのかな? それなら、そろそろ――」
言いながら、師匠は右腰に提げた剣の柄に、ゆっくりと手を掛けようとしている。そこへ――
「《灼熱拳! フレイムフィスト!》」
ダンっ――!
強く踏み込み、師匠に接近したエカルが、両手に魔術の炎を纏わせ、怒りの形相と共に殴りかかりにいく。
「てめぇ! よくもあの神官の嬢ちゃんを! アルムを! 裏切りやがったな!」
物質的に燃える拳で、連続して打撃を与えていくエカル。けれど師匠はその無数の打撃を、異形と化した左腕で受け止め、あるいはかわしていく。
有効打は一発もない。それでも構わず、エカルは拳を打ち込み続ける。
「あの時止めてくれたあんたに、オレは感謝していた! 感謝していたんだ! それを……!」
「――悪いけど」
ゴっ――!
「うぶっ!?」
腹部を蹴られ、エカルが後退させられる。
「助けたのは、ただの気まぐれだよ。殺して止めることもできたんだから」
「ぐ……! クソ、が……!」
蹴られた箇所を押さえながら、エカルが悔しそうに呻く。しかし彼は痛みを堪えながら、すぐに魔術の詠唱を開始する。
「《我が手に集え、炎の――》」
「させないよ」
投擲用のダガーを右手で(肥大化した左手では細かい作業はできないからだろうか)取り出した師匠は、素早くそれをエカルに投じる。が……
ギィン!
間に割って入ったシエラの槍が、飛来するダガーを打ち落とした。
「先輩……今回の件は、さすがに擁護できません。貴女は越えてはならない一線を越えてしまった。許すことはできません」
「別に擁護も許しも求めてないけど……なら、どうする?」
「……ここで、貴女を討ちます、先輩……いえ、人類の敵、アレニエ・リエス!」
「あはは! シエラちゃんにできるかなぁ!」
師匠が、剣を抜く。それを目にしながらシエラが槍を構え……魔力を込めていく。
「(あれは――)」
「《降り注げ! 聖槍・プリュヴワール!》」
宣言と共に、シエラが槍を突き出す。
日々の修練により磨き抜かれた基本の刺突は、必殺の一撃と化して眼前の敵を襲う。
が、それも、当たらなければ意味を為さない。師匠の操る剣によって道筋を逸らされた槍は、そのまま何もない空間を突き刺して――
ドシュ!
「!?」
師匠の左の二の腕(ちょうど肩鎧と異形化した腕の間だった)から、わずかに血が噴き出す。皮膚を浅く切り裂かれたようだ。かわしたはずの刺突に傷を負わされて、師匠が怪訝な顔を浮かべるのが見えた。
「せやっ!」
再度、シエラが槍を繰り出す。師匠も先ほどと同じようにその一撃を受け流すが、今回は何が起きたか見定めるためだろう、先ほどより距離を取ってかわしていた。すると――
ビシュシュシュ!
「っ!」
今度は、はっきりと見えた。突き出された槍の周囲に、魔力で生み出された複数の穂先が出現している。それらが本体からわずかに遅れて刺突を繰り出し、師匠の身体に傷をつけていたのだ。
「なるほどね……それが、シエラちゃんの家に代々伝わるっていう〈聖槍・プリュヴワール〉か。なかなか厄介だね」
浅いとはいえ手傷を負わされてなお、師匠の余裕は崩れない。シエラが緊張した面持ちで槍を握り締める。そこへ――
「《……攻の章、第七節。星の鉄鎚、ギガンティックハンマー!》」
倒れ伏したままのアニエスが密かに捧げていた祈りが聞き届けられ、光で編まれた巨大な鉄鎚が空に出現し……地面の師匠に向けて叩き付けられる!
ドゴォ――!
「くぬっ……!?」
師匠は両腕で法術を受け止めるも、耐え切れなかった衝撃が身体を伝わり、足元の地面を陥没させる。そうして身動きが取れなくなったところで――
「どけ、シエラ!」
詠唱を終えたエカルが、射線上にいたシエラに向けて声を張り上げる。彼女は即座にその場を飛び退き――
「《火尖槍! フレイムジャベリン!》」
エカルの手の先に集まった炎が鋭い槍の形状になり、師匠に向かって射出される。彼女は咄嗟に肥大化した左掌で受け止めるが――
――触れた次の瞬間に、焔の槍は大爆発を起こしていた。
「く……!」
爆発の余波から身を護るため、シエラが姿勢を低くしながら腕で顔を庇う。ぼくのところにも爆風が届き、慌てて両腕で顔を覆った。
もうもうと煙が立ち込め、視界を遮っていた。師匠がどうなったかはまだ分からない。
けれど、普通に考えればあんな威力の魔術を喰らって生きていられるはずが……
「……ふふ」
煙の向こうから、小さな笑い声が届いた。
吹き抜ける風が、煙を取り払っていく。その後に現れたのは……爆発したはずの火炎を左手で受け止め、押さえ込んでいる師匠の姿。
「なっ……」
その様子に、エカルが絶句する。それはそうだろう。命を奪うつもりで撃った一撃に耐えたどころか、片手で受け止められているのだから。
「今のはちょっと危ないかなぁと思ったけど、意外といけるもんだネ」
あまり緊張感のない声でそう呟く師匠。その手で押え込まれた炎の塊は……
ズズ……
師匠の掌に吸い込まれるように、次第にその容量を縮めていた。
あれは……魔力を、食べてる……? ひょっとして、その前の光の鉄鎚も……?
やがて全ての魔力を吸収され、火球が消失する。
師匠は左手をそのまま前方に掲げていた。その手の先に、魔力で編まれたと思しき赤く輝く短剣が無数に現れ、アニエスとエカルに突き付けられる。
「あなたたちの魔力、返してあげル」
宣言と共に、短剣が一斉に撃ち出される。それらは物理法則を無視して飛び回り、二人を襲う。
「ぐ、あああっ!?」
「きゃあああ!?」
「エカル!?」
「アニエス!?」
ぼくとシエラはそれぞれ二人の名を呼び、安否を確かめるが……
「ぐ、うう……」
「つ、あ……」
降り注いだ魔力の短剣が幾本も、彼らの身体に突き立っていた。幸い急所には当たらなかったようだが、エカルは身体を襲う痛みに膝をつき、アニエスは倒れた姿勢から動くことができない。そこへ――
「よそ見してていいのかなァ」
師匠が、いつの間にかシエラの元へ迫っていた。
「くっ!?」
シエラは咄嗟に手にする槍に魔力を込めながら、迎撃の突きを繰り出す。槍本体の刃と、魔力で生み出された複数の穂先。それらが一斉に師匠の身体に降り注ぐ。しかし――
師匠は身を丸めて急所を隠しつつ、手足に浅い傷を負いながらも、強引に前進していく。
「なっ……!」
そして、突き出されたプリュヴワール本体を、左の鉤爪で掴み取った。
「今のわたしは、少しくらいの傷なら問題にならないからネ」
そう語る師匠の身体の傷は、この短い合間に既に塞がりかけていた。半身が魔族化したことで、魔族の再生力が全身に影響を及ぼしているのだろうか。
「くぅ……!」
シエラが槍を両手で握り締め、力を込める。彼女にとっては自身の命を預ける唯一の相棒であり、代々伝わる家宝でもある。奪われるわけにはいかない。が……
「あはっ!」
楽しそうな笑みと共に、師匠は左手一本で槍を頭上に持ち上げた。――未だ両手でその槍を握っていた、シエラごと。
「――え?」
頭上でシエラが不思議そうに声を漏らすのが聞こえた。が、それも一瞬のことで……
「そー……れっ、ト!」
ズダン――!
「あぐっ……!?」
次の瞬間には彼女は、空中から地面へと、猛烈な勢いで叩き付けられていた。
そして……そのまま、起き上がってこなかった。
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