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終章
21節 魔王②
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その宣言は、酷く不気味な響きを伴っていた。
いや、ただの宣言じゃない。あれは、詠唱だ。なぜかそれが分かる。玉座の間を包む魔力の質がわずかに変化し、圧力を増した気さえする。そして同時に、違和感に気づく。
「(唱えずに魔術を扱えるはずの魔族が、詠唱を……?)」
その違和感にアレニエさんも警戒を示したのか。彼女は走りながら魔力の短剣を数本生み出し、天井に向けて投擲。そこから急降下させ、牽制する。
魔王はそれを、先ほどと同じく素手で受け止め、砕く。受け切れなかった短剣が身体に突き刺さるが、大した痛痒も感じていないのか、魔王は意にも介さない。
そうして意識を逸らさせている間に、アレニエさんが距離を詰める。あと一歩で彼女の剣の間合いに入る、というところで……魔王を中心に強烈に吹いた突風が、アレニエさんを吹き飛ばした。
「――!?」
器用に空中でバランスを取り、彼女は危なげなく着地する。が、今のは……
こちらの考えがまとまらない内に、魔王は戦斧を前方に掲げ、魔力を集中させる。反射的に、先刻までの黒球が頭に浮かぶが……斧の先端から放たれたのは闇ではなく……
ゴォォオ!
人一人を丸ごと呑み込めそうな大きさの、横倒しの竜巻だった。
「(あれは……!?)」
「イフの……風……!?」
横に跳んでかわしながら、アレニエさんが驚きに声を漏らす。私も同じ気持ちだ。魔王が使用した風の魔術に、私もアレニエさんも見覚えがあったからだ。風の魔将、『暴風』のイフが使う、風の『塔』に――
「かわすか! ならばこれはどうだ!」
魔王が、再び斧を掲げる。そこから放たれたのは、やはり闇ではなく、けれど風でもなく――
バチィ――!
「――!」
アレニエさんが咄嗟に左手を前に出し、寸でで防いだのは、紫に光る一条の雷光……私は思わず隣に視線を向ける。
「はい。私の魔術ですね」
「……」
彼女は事も無げに言うけれど、そんなに簡単な話じゃない。
魔族は、人類より強力な魔術を詠唱せずに扱える。が、それ故なのか、彼らが扱う魔術は、一個体につき一系統という制限があると言われている。イフなら風、ルニアなら雷だけだ。
本当に使えないのか、それともあえて使わないのかは不明だが、少なくともこれまで出会ってきた魔族は皆、一つの系統の魔術しか使用していない。それが……
「驚かせられたようで、なによりだ」
言葉と共に魔王が魔力を集中させると、床に流れ落ちていた彼女の血が浮かび上がり、剣の形状になり……次第に鋭く回転しながら、アレニエさんを切り裂かんと迫る!
「……ふっ!」
アレニエさんは掲げたままだった左手の先に魔力を集中。複数の短剣を生み出して射出させ、血の刃を迎撃する。
刃は標的に届く手前で短剣に刺し貫かれ、形状を崩す。空中で元の液体に戻った魔王の血は……
「――! アレニエさん、下がって!」
「っ!」
私の警告に従ってくれたのか、彼女は咄嗟にその場を飛び退き、両腕で急所を覆う。そこへ――
ヒュ、トトトト――
空中に飛び散った血液が再び形状を変え、獲物を突き刺さんと細い棘を幾本も伸ばした。
「くっ……!?」
かわしきれなかった血の棘がアレニエさんの両腕を襲う。硬質化した左腕は弾いていたが、人間のままの右腕に数本突き刺さり、わずかな手傷を負わせる。治癒力の高い半魔の姿ならすぐに傷は塞がるだろうけど、しばらくは剣を振るうのに支障が出るかもしれない。
そして魔王はその後も、次々といくつもの別種の魔術をアレニエさんに撃ち放っていく。
「他人の! 魔術を! 使えるなんて! 聞いてない! んだけど!」
それらを器用にかわしながら、アレニエさんが不満を漏らす。対する相手の反応は落ち着いたものだった。
「妾は魔物の王にして魔術の王。この程度は造作もない」
「魔術の王で、魔王……そんなのあり?」
「現実は受け入れるべきだな」
「ああ、そうだね!」
相手の魔術をかわし、時には魔力の短剣を投げて応戦するアレニエさん。が、速さも範囲もバラバラな魔術を織り交ぜられて上手くタイミングが掴めず、接敵するのに苦戦している。
「……」
私が今からでも出ていけば、おそらく的を散らせることはできる。
ただ、それでも魔王の元まで辿り着くのは難しいかもしれない。私にはアレニエさんのような勘の良さも素早さもないし、そのアレニエさんも先ほど無茶な動きをした反動か、動きに精彩を欠いている。
できれば、私一人で注意を引いて、アレニエさんを少しでも休ませてあげたい。
せめて、次になんの魔術を撃つのか分かれば、私でも接近できるかもしれないけれど……魔王が魔術を放つ動作はどれも大差がなく、〈流視〉で見ても撃ち出されてからじゃないと判別が……
そうして打開する術を考えている私の元へ――突如、流れ弾の雷が飛んでくる。
「――!」
「おっと」
バチィ――!
咄嗟に避けようとする私よりも先に、飛んできたものと同様の雷をルニアが放ち、相殺してくれる。
「ご無事ですか? リュイス様」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。今は貴女様をお護りするのが私の職務ですから」
そう言って彼女は、再び観戦する態勢に戻るが……
「……」
今、ルニアは、〈流視〉で流れを見ていた私より早く、流れ弾の迎撃に動いたように見えた。私は思わず彼女に問いかける。
「……あの……どうして、雷撃が来るって分かったんですか?」
「ん? そうですね。なんとなくです」
「なんとなく……?」
「はい、なんとなく。魔王様のお身体を走る魔力が、私のそれと似ている気がしたもので、念のためにと警戒していたのです」
「身体を走る、魔力から……それは、つまり……」
反射的に私は、魔術を放つ魔王に視線を――意識を集中する。身体の動きの流れ、だけじゃない。そのもっと先。今まで目を向けていなかった内側までもを見通すように目を凝らし――
やがて、光明を見出す。いけるかもしれない。駆け出そうとする私に向けて、魔王の傍仕えは確認するように声を掛けてくる。
「行かれますか?」
「はい。……止めませんよね?」
「もちろんです。どうか存分に魔王様を楽しませてくださいませ」
「それはできるか分かりませんけど……行ってきます」
結局彼女は、私に危害を加えたり人質に取るような真似はしなかったな。そんなことを思いながら。
放たれる魔術の合間を縫って、私はアレニエさんの元に駆け寄った。
「アレニエさん!」
「リュイスちゃん。……その顔は、何か掴めたのかな」
「なんとか、できると思います。だから、しばらく私に任せて、身体を休めてください」
私が戦場に混ざったのに気付き、こちらの様子を窺っていた魔王だったが、次にはこちらの台詞に興味を惹かれたように声を上げる。
「ほう? お前一人で、妾を相手取ると?」
そう指摘され、改めて自分がどれだけ危険な立場に置かれているのか、自覚する。
本音を言えば、すぐにでも逃げ帰りたい。神剣も持たずに魔王と対峙するなど、自分でも正気の沙汰とは思えない。けれど……
「……」
今までそれを一人で為してきた彼女を、一瞬視界に収めてから前を向く。青く輝く右目で、魔王を真っ直ぐに見据える。
「……はい。ですから、しばらくアレニエさんには手を出さないでいただけませんか」
「クク、約束はできんな。そちらのほうが面白いと判断すれば、妾はアレニエに狙いをつけるかもしれん。それが嫌ならば……お前が、妾の興味を惹いてみせるがいい!」
「っ!」
撃ち出された雷撃をなんとかかわし、駆け出す。そうしながら、視線は魔王から離さない。
挙動はもちろんだが、肝心なのはそれよりも奥、体内の魔力の流れ方だ。魔王が魔術を放つ際のそれを、〈流視〉で注視する。
魔王の心臓の辺り――おそらくここが魔力の核だ――から渦を巻くように魔力が流れ、腕の先に到達する。この流れ方は――
「(風の『塔』!)」
気付いたところで、横に大きく跳ぶ。その脇を、横倒しの竜巻が通過していった。
再び、駆け出す。目線は魔王に向けたままだ。
次に見えた魔力の流れは、魔王の心臓から腕の先までを、一瞬で駆け抜けていった。その手が握る斧の先端から迸るのは――
「(紫電!)」
私はそれが放たれるより早く、わずかに進路をずらして、最小限の動きで雷を避けてみせる。
「(……やっぱり、そうだ。間違いない)」
魔術を行使する際の体内の魔力の流れ。その流れ方には、魔術ごとに特徴があるんだ。風の『塔』なら渦を巻くように。雷撃なら、雷光のように身体を駆け巡っていく。
その流れを〈流視〉で見定めれば、実際に撃たれるよりわずかに早く、適切に、魔術を回避できる。私は仮説が正しかったことを確信し、駆ける足に一層力を込めた。
「ハハ! こうまで的確にかわすか!」
接近する私を見据えながら、魔王が笑う。魔術では間に合わないと判断したのか、片手で振り上げた戦斧を凄まじい勢いで振り下ろす。風を切る音が耳に残り、次には床に叩き付けるガギン!という音が辺りに響いた。
流れを読んで最小の動作でそれをかわし、懐に潜り込む。そして、唱える。
「《プロテクション!》」
私が最も使い慣れた、光で編まれた盾を生み出す法術。
それを、範囲をいつもより小さく――拳大まで狭めた代わりに硬度を凝縮させたものを、両手に纏わせる。司祭さま直伝の流派、プロテクション・アーツの、攻撃の型。
「ふっ!」
短い呼気と共に全身の『気』を右拳に、その先の盾にまで伝え、魔王を殴りつける。魔将にもダメージを与えた実績のあるこの拳は――
バシ――!
と、軽い音を立てて、あっさりと左掌で受け止められる。が、
「む――?」
受け止めた左手に痛みが走ったのか、魔王がかすかに怪訝な顔を見せる。おそらく、ぶつけた『気』――アスタリアの生命力が、魔王を形作るアスティマの穢れと反発しているのだろう。
が、それも一瞬のこと。魔王が左手に力を込めると、硬度を高めたはずの盾が徐々に砕かれてゆく。このままなら、やがて右手自体も掴まれ、圧し潰されてしまうだろう。そうなる前に私は――
右拳の盾を自ら解除し、即座に右腕を引く。込めていた力の行き場を失って、魔王がわずかに体勢を崩す。そこへ、
「はっ!」
「ぐ!?」
無事な左拳で、魔王の胴体を殴打する。そして即座に、
「《プロテクション!》」
引かせた右拳に再び盾を張り、引き絞った弓を放つように拳を打ち出す。
ズドっ!
「ぐ、ぬ……!?」
打撃は標的の心臓を打ち、『気』を叩き込む。私が思う以上に効いているのか、魔王がわずかによろめき、数歩後退する。そして何かを思い出すように、私に目を向けた。
「この戦い方……十年前の、あの神官の……もしや、お前は――」
「……彼女は、私の師です」
短く告げた言葉に、魔王は愉快そうに笑い出した。
「ク、ハハ! 因果なものだな。師弟揃って妾に挑もうとは! しかも、拳でこの魔王を打つか! 面白い! さぁ、もっと見せてみよ! お前の力を妾に――」
そうして興奮を露わにする魔王を――
キン――!
――いつの間にか死角から接近していたアレニエさんの剣が、その首を刈り取っていった。
いや、ただの宣言じゃない。あれは、詠唱だ。なぜかそれが分かる。玉座の間を包む魔力の質がわずかに変化し、圧力を増した気さえする。そして同時に、違和感に気づく。
「(唱えずに魔術を扱えるはずの魔族が、詠唱を……?)」
その違和感にアレニエさんも警戒を示したのか。彼女は走りながら魔力の短剣を数本生み出し、天井に向けて投擲。そこから急降下させ、牽制する。
魔王はそれを、先ほどと同じく素手で受け止め、砕く。受け切れなかった短剣が身体に突き刺さるが、大した痛痒も感じていないのか、魔王は意にも介さない。
そうして意識を逸らさせている間に、アレニエさんが距離を詰める。あと一歩で彼女の剣の間合いに入る、というところで……魔王を中心に強烈に吹いた突風が、アレニエさんを吹き飛ばした。
「――!?」
器用に空中でバランスを取り、彼女は危なげなく着地する。が、今のは……
こちらの考えがまとまらない内に、魔王は戦斧を前方に掲げ、魔力を集中させる。反射的に、先刻までの黒球が頭に浮かぶが……斧の先端から放たれたのは闇ではなく……
ゴォォオ!
人一人を丸ごと呑み込めそうな大きさの、横倒しの竜巻だった。
「(あれは……!?)」
「イフの……風……!?」
横に跳んでかわしながら、アレニエさんが驚きに声を漏らす。私も同じ気持ちだ。魔王が使用した風の魔術に、私もアレニエさんも見覚えがあったからだ。風の魔将、『暴風』のイフが使う、風の『塔』に――
「かわすか! ならばこれはどうだ!」
魔王が、再び斧を掲げる。そこから放たれたのは、やはり闇ではなく、けれど風でもなく――
バチィ――!
「――!」
アレニエさんが咄嗟に左手を前に出し、寸でで防いだのは、紫に光る一条の雷光……私は思わず隣に視線を向ける。
「はい。私の魔術ですね」
「……」
彼女は事も無げに言うけれど、そんなに簡単な話じゃない。
魔族は、人類より強力な魔術を詠唱せずに扱える。が、それ故なのか、彼らが扱う魔術は、一個体につき一系統という制限があると言われている。イフなら風、ルニアなら雷だけだ。
本当に使えないのか、それともあえて使わないのかは不明だが、少なくともこれまで出会ってきた魔族は皆、一つの系統の魔術しか使用していない。それが……
「驚かせられたようで、なによりだ」
言葉と共に魔王が魔力を集中させると、床に流れ落ちていた彼女の血が浮かび上がり、剣の形状になり……次第に鋭く回転しながら、アレニエさんを切り裂かんと迫る!
「……ふっ!」
アレニエさんは掲げたままだった左手の先に魔力を集中。複数の短剣を生み出して射出させ、血の刃を迎撃する。
刃は標的に届く手前で短剣に刺し貫かれ、形状を崩す。空中で元の液体に戻った魔王の血は……
「――! アレニエさん、下がって!」
「っ!」
私の警告に従ってくれたのか、彼女は咄嗟にその場を飛び退き、両腕で急所を覆う。そこへ――
ヒュ、トトトト――
空中に飛び散った血液が再び形状を変え、獲物を突き刺さんと細い棘を幾本も伸ばした。
「くっ……!?」
かわしきれなかった血の棘がアレニエさんの両腕を襲う。硬質化した左腕は弾いていたが、人間のままの右腕に数本突き刺さり、わずかな手傷を負わせる。治癒力の高い半魔の姿ならすぐに傷は塞がるだろうけど、しばらくは剣を振るうのに支障が出るかもしれない。
そして魔王はその後も、次々といくつもの別種の魔術をアレニエさんに撃ち放っていく。
「他人の! 魔術を! 使えるなんて! 聞いてない! んだけど!」
それらを器用にかわしながら、アレニエさんが不満を漏らす。対する相手の反応は落ち着いたものだった。
「妾は魔物の王にして魔術の王。この程度は造作もない」
「魔術の王で、魔王……そんなのあり?」
「現実は受け入れるべきだな」
「ああ、そうだね!」
相手の魔術をかわし、時には魔力の短剣を投げて応戦するアレニエさん。が、速さも範囲もバラバラな魔術を織り交ぜられて上手くタイミングが掴めず、接敵するのに苦戦している。
「……」
私が今からでも出ていけば、おそらく的を散らせることはできる。
ただ、それでも魔王の元まで辿り着くのは難しいかもしれない。私にはアレニエさんのような勘の良さも素早さもないし、そのアレニエさんも先ほど無茶な動きをした反動か、動きに精彩を欠いている。
できれば、私一人で注意を引いて、アレニエさんを少しでも休ませてあげたい。
せめて、次になんの魔術を撃つのか分かれば、私でも接近できるかもしれないけれど……魔王が魔術を放つ動作はどれも大差がなく、〈流視〉で見ても撃ち出されてからじゃないと判別が……
そうして打開する術を考えている私の元へ――突如、流れ弾の雷が飛んでくる。
「――!」
「おっと」
バチィ――!
咄嗟に避けようとする私よりも先に、飛んできたものと同様の雷をルニアが放ち、相殺してくれる。
「ご無事ですか? リュイス様」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。今は貴女様をお護りするのが私の職務ですから」
そう言って彼女は、再び観戦する態勢に戻るが……
「……」
今、ルニアは、〈流視〉で流れを見ていた私より早く、流れ弾の迎撃に動いたように見えた。私は思わず彼女に問いかける。
「……あの……どうして、雷撃が来るって分かったんですか?」
「ん? そうですね。なんとなくです」
「なんとなく……?」
「はい、なんとなく。魔王様のお身体を走る魔力が、私のそれと似ている気がしたもので、念のためにと警戒していたのです」
「身体を走る、魔力から……それは、つまり……」
反射的に私は、魔術を放つ魔王に視線を――意識を集中する。身体の動きの流れ、だけじゃない。そのもっと先。今まで目を向けていなかった内側までもを見通すように目を凝らし――
やがて、光明を見出す。いけるかもしれない。駆け出そうとする私に向けて、魔王の傍仕えは確認するように声を掛けてくる。
「行かれますか?」
「はい。……止めませんよね?」
「もちろんです。どうか存分に魔王様を楽しませてくださいませ」
「それはできるか分かりませんけど……行ってきます」
結局彼女は、私に危害を加えたり人質に取るような真似はしなかったな。そんなことを思いながら。
放たれる魔術の合間を縫って、私はアレニエさんの元に駆け寄った。
「アレニエさん!」
「リュイスちゃん。……その顔は、何か掴めたのかな」
「なんとか、できると思います。だから、しばらく私に任せて、身体を休めてください」
私が戦場に混ざったのに気付き、こちらの様子を窺っていた魔王だったが、次にはこちらの台詞に興味を惹かれたように声を上げる。
「ほう? お前一人で、妾を相手取ると?」
そう指摘され、改めて自分がどれだけ危険な立場に置かれているのか、自覚する。
本音を言えば、すぐにでも逃げ帰りたい。神剣も持たずに魔王と対峙するなど、自分でも正気の沙汰とは思えない。けれど……
「……」
今までそれを一人で為してきた彼女を、一瞬視界に収めてから前を向く。青く輝く右目で、魔王を真っ直ぐに見据える。
「……はい。ですから、しばらくアレニエさんには手を出さないでいただけませんか」
「クク、約束はできんな。そちらのほうが面白いと判断すれば、妾はアレニエに狙いをつけるかもしれん。それが嫌ならば……お前が、妾の興味を惹いてみせるがいい!」
「っ!」
撃ち出された雷撃をなんとかかわし、駆け出す。そうしながら、視線は魔王から離さない。
挙動はもちろんだが、肝心なのはそれよりも奥、体内の魔力の流れ方だ。魔王が魔術を放つ際のそれを、〈流視〉で注視する。
魔王の心臓の辺り――おそらくここが魔力の核だ――から渦を巻くように魔力が流れ、腕の先に到達する。この流れ方は――
「(風の『塔』!)」
気付いたところで、横に大きく跳ぶ。その脇を、横倒しの竜巻が通過していった。
再び、駆け出す。目線は魔王に向けたままだ。
次に見えた魔力の流れは、魔王の心臓から腕の先までを、一瞬で駆け抜けていった。その手が握る斧の先端から迸るのは――
「(紫電!)」
私はそれが放たれるより早く、わずかに進路をずらして、最小限の動きで雷を避けてみせる。
「(……やっぱり、そうだ。間違いない)」
魔術を行使する際の体内の魔力の流れ。その流れ方には、魔術ごとに特徴があるんだ。風の『塔』なら渦を巻くように。雷撃なら、雷光のように身体を駆け巡っていく。
その流れを〈流視〉で見定めれば、実際に撃たれるよりわずかに早く、適切に、魔術を回避できる。私は仮説が正しかったことを確信し、駆ける足に一層力を込めた。
「ハハ! こうまで的確にかわすか!」
接近する私を見据えながら、魔王が笑う。魔術では間に合わないと判断したのか、片手で振り上げた戦斧を凄まじい勢いで振り下ろす。風を切る音が耳に残り、次には床に叩き付けるガギン!という音が辺りに響いた。
流れを読んで最小の動作でそれをかわし、懐に潜り込む。そして、唱える。
「《プロテクション!》」
私が最も使い慣れた、光で編まれた盾を生み出す法術。
それを、範囲をいつもより小さく――拳大まで狭めた代わりに硬度を凝縮させたものを、両手に纏わせる。司祭さま直伝の流派、プロテクション・アーツの、攻撃の型。
「ふっ!」
短い呼気と共に全身の『気』を右拳に、その先の盾にまで伝え、魔王を殴りつける。魔将にもダメージを与えた実績のあるこの拳は――
バシ――!
と、軽い音を立てて、あっさりと左掌で受け止められる。が、
「む――?」
受け止めた左手に痛みが走ったのか、魔王がかすかに怪訝な顔を見せる。おそらく、ぶつけた『気』――アスタリアの生命力が、魔王を形作るアスティマの穢れと反発しているのだろう。
が、それも一瞬のこと。魔王が左手に力を込めると、硬度を高めたはずの盾が徐々に砕かれてゆく。このままなら、やがて右手自体も掴まれ、圧し潰されてしまうだろう。そうなる前に私は――
右拳の盾を自ら解除し、即座に右腕を引く。込めていた力の行き場を失って、魔王がわずかに体勢を崩す。そこへ、
「はっ!」
「ぐ!?」
無事な左拳で、魔王の胴体を殴打する。そして即座に、
「《プロテクション!》」
引かせた右拳に再び盾を張り、引き絞った弓を放つように拳を打ち出す。
ズドっ!
「ぐ、ぬ……!?」
打撃は標的の心臓を打ち、『気』を叩き込む。私が思う以上に効いているのか、魔王がわずかによろめき、数歩後退する。そして何かを思い出すように、私に目を向けた。
「この戦い方……十年前の、あの神官の……もしや、お前は――」
「……彼女は、私の師です」
短く告げた言葉に、魔王は愉快そうに笑い出した。
「ク、ハハ! 因果なものだな。師弟揃って妾に挑もうとは! しかも、拳でこの魔王を打つか! 面白い! さぁ、もっと見せてみよ! お前の力を妾に――」
そうして興奮を露わにする魔王を――
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