[完結]勇者の旅の裏側で

八月森

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終章

エンディング1 剣の継承亭にて

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 パルティール王国王都下層に辿り着いたのは、昼頃だった。わたしたちは、まず真っ先に〈剣の継承亭〉への帰途につく。

 慣れたはずの城門からうちまでの道のりも、長旅の後だと懐かしく感じてしまう。わずかな感慨にふけりながら歩き続け、やがて継承亭の建物が見えた辺りで……

「……? ……あっ! 貴女!」

 たった今建物から出てきた冒険者の一団から一人が抜け出し、こちらに駆け寄ってきた。

 上半身を覆う黒い外套。下半身はぴっちりとしたパンツルックに、動きやすそうなブーツを履いている。この辺りでは見かけない顔の女性だ。他の地域から下層にやってきた類だろうか? ……あれ? でも……地元の人間じゃないはずだけど、顔にはどこか見覚えがあるような……?

「貴女たち、あのまましばらく旅に出てたのね。無事に帰ってきたみたいでなにより……って、もしかして、私のこと、憶えてないかしら?」

 聞かれ、リュイスちゃんが少し困った顔を見せる。

「アレニエさん、お知り合いですか?」

「えー、っと……なんとなく、憶えはあるんだけど」

 そう言うと目の前の女性は、気を悪くした風もなく微笑んで見せる。

「あの時は暗闇でちゃんと顔も見えてなかったでしょうし、仕方ないわね」

 あの時……暗闇……?

 そう言われて、どこか思い当たる節があるのだけど、もう少しのところで出てこない。

「私よ。エカルラートと同じ部隊にいて、貴女たちを襲撃して返り討ちにあった――」

「――あぁ! あの時の暗さt――」

「ストップ! 往来で大声でその呼称はやめて」

 彼女は咄嗟にこちらの口に手を当て、声を塞ぐ。

「ごめんごめん。そっか、あの時の子かぁ。久しぶりだね」

「アレニエさん? えーと……」

「ほら、前に、アルマトゥラ砦にアルムちゃんを助けに行く時、話したことあったでしょ? 暗……ごにょごにょ、の別動隊の居場所を聞き出すために、尋問した女の子のこと」

「あぁ、聞いた憶えがあります。貴女が……」

 そう言って視線を送るリュイスちゃんに、元暗殺者の彼女は微笑みを向けた。

「ええ。あの時はありがとう、神官さん。会えたらお礼を言おうと思っていたの。貴女が死人が出るのを嫌がってたおかげで、私も他の仲間も、そこの彼女に殺されずに済んだから」

「え? えーと……どう、いたしまして……?」

 なぜ感謝されているのかピンときていないらしい。リュイスちゃんは不思議そうな顔をしながらその言葉を受け取っていた。かわいい。

「で、あなたがここにいるってことは……」

「貴女の勧めを聞いて、冒険者に鞍替えしたのよ。なんだかすっきりしたわ。前の仕事より、遥かに自由に生きられる」

「それは良かった」

「それより、お店で話を聞いて驚いたわ。貴女、あのお店の娘さんで、しかもこの辺りではかなり有名らしいわね」

「あぁ、うん。そういえば、その辺なんにも言ってなかったね」

「ええ。考えてみれば私たちは、互いに名乗り合ってさえいないものね」

 その状況になんだかおかしさを感じ、わたしと彼女は小さく笑い合った。リュイスちゃんはポカンとしていた。

「私はレイチェルよ。今は貴女のお店に厄介になっているから、今後は顔を合わせることも多くなるかもしれないわね」

「そっか、よろしく。わたしはアレニエ」

「え、と、リュイスです」

 わたしたちの名を噛み締めるように頷くと、彼女――レイチェルは、冒険者の一団の元へと踵を返す。

「もう行かなきゃ。今日もこれから依頼をこなしに行くの。機会があったら一緒に食事でもしましょう」

「うん。それじゃーねー」

 手を振り合い、レイチェルと別れたわたしたちは、なんとなく顔を見合わせる。

「……人の縁て面白いもんだね」

「こんな繋がり方もあるんですね」

 本来なら出会うことさえなかったはずの彼女が、今は同じ宿で共に仕事を受けるかもしれない同業者なのだ。なんだか感慨深いものがある。

「さて、それじゃそろそろうちに――」

 と、歩き出したところで……再び継承亭の扉が開き、誰かが口論しながら外に出てくる。

「いい加減にしてください――」

 出てきたのは、尖った耳が特徴的なエルフの女性。金色の髪を短く切って、手足に金属製の防具を填めている。こちらははっきりと見覚えがある、昔からの知り合いだった。

「フェリ? どうしたの?」

「あっ! アレニエ!」

 本名はフェリーレ。わたしの体術の師匠だ。彼女はこちらの姿を確認すると、何かを引きずるようにしながらズンズンと歩み寄ってくる。

「アレニエ、貴女、アルクスに私の居場所を教えたでしょう!」

「え、うん。探してたって言ってたから。まずかった?」

「まずいですよ! これ見てください!」

 そう言ってくるりと回転したフェリの腰のあたりには……見覚えのあるエルフの男性が、なぜか泣きながらしがみついていた。

「アルクス?」

「ええ、そうです。お酒を飲んだらこの有様で、泣きながら村に帰るようにずっと絡んでくるんです。どうにかしてください」

「どうにかと言われても」

 泣き上戸だったのか、この人。

「フェリーレ~……一緒に村に帰りましょうよ~……」

「だから私はまだ帰らないと言っているでしょう!」

「そんなこと言わずに~……父上も母上も帰りを待ってるんですよ~……」

「ええい、うっとおしいですね!」

 フェリはアルクスを振り払おうと身体を揺らしているが、なかなか離れてくれない。これ以上ここにいるとまた絡まれそうだ。彼らが騒いでいる隙に、わたしはリュイスちゃんを連れて横を通り抜け、継承亭の扉に手をかけた。

 ギイィ、と錆びた蝶番ちょうつがいが軋む音を立てて、扉が開く。来客を告げる鐘が鳴る。迎えるのは見慣れた、けれど少し懐かしい光景。
 昼時ということもあり、食事に興じる人が談笑する様子や、食器の擦れる音が辺りに響いていた。中にはこの時間から飲んでる人などもいる。彼らは開いた扉に顔を向け、こちらの姿を確認すると、少し驚いたように声を掛けてくる。

「おぉ、アレニエか。久しぶりじゃねーか」

「今回はずいぶん長い留守だったな」

「まぁね」

 それらに適当に返答した後、わたしは目の前のカウンターに歩み寄り、その奥に立つ男性に向けて、ほんの少しかしこまって口を開いた。

「――ただいま、とーさん」

「……ああ」

 久しぶりの娘の帰還だというのに、とーさんは短く相槌を打つだけだった。まぁ、内心ではいつものように心配していたのだと思うけど。
 とーさんはわたしの無事を確認するようにしばらく見つめた後に、カウンター席でぐったりと突っ伏していた銀髪の女性に声を掛ける。

「おい、クラル。帰ってきたぞ」

「……帰ってきたぁ……? 誰が……?」

「後ろを向け」

「後ろぉ……?」

 昼間から酷く泥酔している様子のその女性は、苦労して振り向くと、わたし……の隣にいたリュイスちゃんの姿を確認した瞬間、椅子を蹴立てて飛び出してきた。

「――! リュイスー!」

「わぁ!? 司祭さま!?」

 そしてリュイスちゃんに突進し、抱き潰さん勢いで腕に力を込める。

「リュイス! リュイス! 無事に帰ってきてくれてよかった! 心配したんだからね!」

「し、司祭さま、それは嬉しいんですが、ちょっと、苦し……というか、お酒の匂いが……」

「飲まなきゃやってられないのよ! 仕事は忙しいし派閥争いは面倒だし貴女は帰ってこなくて心配だしであーもー!」

「あ、あの、ご心痛はお察ししますが、できればもう少し腕の力、を……きゅう」

 あ、落ちた。というかこのくだり前にも見たな。

 リュイスちゃんの師であり義理の親でもある彼女――クラルテ・ウィスタリアは、以前の旅から帰ってきた際も、ああやって全身で重い愛情をリュイスちゃんに伝えていた。重すぎて今と同様失神させていたが。
 見かねたとーさんや周りの客が彼女を止める中、不意に横から少女の声が届く。

「相変わらず不器用だな、あんたらは」

 そちらに顔を向けると、水色の長髪に大きな帽子を乗せた見知った顔の少女が、一人静かにテーブルで食事を取っていた。

「あれ、ユティル? 昼食食べに来たの?」

「そっちはついでだ。あんたのとこの旦那からまた仕事を請け負ってな。その帰りだよ」

「あぁ、なるほどね」

 彼女――ユティルは、下層で露天商をするかたわら、上層や中層へ情報を届ける繋ぎ役をすることもある。今日はそっちの仕事だったらしい。

「今回はずいぶん長旅だったみたいだが……ま、無事に帰ってこれたようでなによりだよ」

「ありがと。心配してくれたの?」

「リュイスの姉ちゃんの方はな。ああしてると、まだまだ頼りなく見えるしな」

「えー、わたしの心配もしてよ」

「あんたは心配するだけ無駄だろ。どうせどうにかして生き残るんだから」

「ちぇー」

 ユティルとはいつもこんな感じだった。お互いに軽口を叩き合い、けれど踏み込みすぎない、ちょうどいい距離感。それが、わたしにとっては心地いい。

「そういえば、あんたに客が来てるみたいだぞ」

「客? わたしに?」

「ああ。ほら、あそこ。一番奥の席で一人で飯食ってるおっさんだよ。あんたに会いにこの店を訪ねてきたらしい」

「ふーん……? じゃあ、ちょっと行ってきてみようかな」

「あんたなら心配いらんとは思うが、気をつけろよ」

「分かってるよー。それじゃあね」

 ユティルに軽く手を振り別れ、酒場を横断して問題の人物がいるテーブルに歩み寄った。

 黒髪に浅黒い肌で、引き締まった体躯の男性が、一人で静かに食事を取っている。周囲の席には誰も座っていなかった。
 壁には彼のものと思われる剣が立て掛けてあった。実用性一辺倒といった風情の武骨な長剣だ。わたしと同じような剣士なのだろう。
 顔に見覚えはない。〈黒腕〉の噂を聞いて来た類だろうか? 若干警戒しながらも、わたしは彼に近づいた。

「こんにちは。あなたが、わたしのお客さん?」

 そう声を掛けると、彼は静かに食事を進めていた厳めしい顔つきから、わずかに相好を崩してみせる。

「おお、久しいな、アレニエ・リエス。ようやく帰って来たか。待ち侘びたぞ」

 久しい?
 そう言われて改めて顔を見てみるが、やっぱり見覚えはない。

「……ごめん。どこかで、会ったことある?」

「む? 我が何者か分からぬか? まぁ、考えてみれば致し方ないかもしれんな」

 我? ずいぶん物々しい人だな。
 でも……その一人称に、この声の調子。どこかで、憶えがあるような……

「ならば、こう言えば伝わるか? ――久しいな、『森の蜘蛛』よ」
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