あのパンの香りが届かないように

八月森

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6話 どこかで会ったことがあったかな

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「ここに並ぶのはハイラント帝国から仕入れた高品質の魔具ばかり! さあ、見ていって――」

「うちのパンは美味しいわよー! お値段もお買い得――」

「魔王も討伐されたし、少しは魔物の被害も減るかも――」

「いやー、『戦場』に近いこの街じゃ、あんまり変わらないんじゃ――」

「それより、最近怪しい連中がうろついてるって噂のほうが――」

「……」

 気づけば私は、またこの通りで立ちすくしていた。落とした肩からリュックがずり落ちる。

(……やっぱり……)

 三度目のその光景に。その喧騒に。そしてさっきまでの記憶に。今度こそ確信を抱く。私は――

(私は、……何度も、ループしてるんだ……)

 そういった物語を読んだこともあるが、まさか自分の身にそれが起こるなんて思いも寄らなかった。それに、実際に死を迎える際の苦痛や恐怖は、物語で想像した以上の強烈なもので……

「う……」

 この二回の(元の世界のものも含めれば三回の)自分の死に様、苦痛、血の匂いを思い出して吐き気を覚え、うずくまる。肉体的な損傷はなかったことになっているが、精神的なダメージが大きい。

 しかし黙ってこうしている訳にはいかない。本当にループしているのなら、もうそろそろ彼女が来るはずだ。私は地面に落ちた自分の荷物に手を伸ばし、身体で庇うように抱えた。と、同時に――

「……! ちっ……!」

 背後から迫っていた、ボロボロの衣服を纏った赤髪の少女が、荷物を奪い損ねたことに舌打ちし、そのまま走り去る。

「……」

 これまでのループでは、彼女に荷物を奪われたことに端を発して貧民街に向かい、そこで私は命を落としていた。なら、そもそも荷物を奪わせなければ、悲劇は回避できるのでは、と思ったのだ。

 実際、荷物が無事なら私が貧民街に向かう理由はない。このまま見ぬふりをすることもできた。だけど……

「待って!」

 遠ざかる赤髪の少女の背中に私は声を投げかけた。が、少女は当然止まらない。そしてこれまでのループと同じように、貧民街に向かって走り去っていく。
 そこを寝床にしているのなら、帰るのは当然の帰結だ。けれど、今、貧民街には……

「――どうかしたかい? ……突然声をかけてすまない。私は――」

 そこで、二周目と同じように声をかけてくれた彼女に、私は必死ですがりついた。

「――アルテアさん!」

「? どうして、私の名を? どこかで会ったことがあったかな?」

 あ……そうだ。互いに名乗りあい、私の死に怒り、剣を振るってくれた彼女は、前回の彼女で……それがなかったことになっている現状に、少し胸が痛む。けれど、今はそれを抑え込んででも懇願する必要がある。

「すみません、こっちが一方的に知っているだけで……それより、お願いします! 力を貸してください! このままじゃ、あの子が危ないんです!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どういうことだい? あの子というのは?」

「貧民街に暮らしている少女です……! 今、あそこには危険な集団が……確か、悪魔崇拝者って呼ばれる人たちが――」

「! ……君、その話をどこで?」

 その名を聞くと共に、アルテアさんの目が鋭く細められる。それに少し気圧されながらも、私は必死で言葉を紡ぐ。

「その……私、実は――」

 実は違う世界からここにやって来て、何度も死んでループして、過去をやり直してるんです――と、勢いのままに正直に話そうと一瞬考えてから、ふと我に返る。……こんな話、誰がいきなり信じてくれるというのか。

 とはいえ、来たばかりのこの世界でもっともらしい情報の出どころなど思いつけない。それでも、あの子を助けたい気持ちに嘘はない。どう言えばいいのか。なんと言えば信じてもらえるのか。悩み抜き、瞬間的に精神の限界を迎えた末に私は――

「わ、私……たまに未来が見えることがあるんです……!」

 彼女の瞳を精一杯見返しながら、私はハッキリと言い放っていた。
 いや何言ってるんだ私。いくら気が動転してたからって未来が見えるとか。確かに疑似的にはそう言えなくもないけれど――

「なるほど……神から授かる加護の中には、未来を予見するものもあると聞く。君がそれを授かったというなら……」

 あ、あれ? 意外とすんなり信じてもらえそう……?

「信じて……くれるんですか?」

「ああ。君はずっと真剣で、嘘を言っているようには見えなかったからね。もちろん悪戯だった時はきつく叱ることになるだろうけど……その心配はいらないのだろう?」

「はい……!」

「うん、よし。しかし、君。その加護のことをこんな往来で話してはいけないよ。下手に知られれば誰にどのように利用されるかも分からないんだから。もっと注意しなさい」

「あ、はい……」

 結局叱られてしまった。でも彼女がいい人なのはこのやり取りだけでも実感できる。そんな彼女だからこそ頼ってしまったし、みすみす死なせる訳にもいかないのだ。必要な情報を伝えなければ。

「と、とにかく、お願いします。力を貸してください。相手は十人くらいで、手に手に武器を持っていました。だから――」

「ああ、分かった。――ディルク。君は大至急詰め所に戻って、応援を呼んできてくれ」

「はい!」

 傍にいた男性の騎士は返事と共に、通りの向こうに駆け出していく。それを見送ってから私はアルテアさんに呼びかけ、先導して走り出した。

「こっちです! ついてきてください!」
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