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一章 紫碧のひととせ
灰の月
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柔らかい陽光がカーテンの向こうから射し込む。
呻きながら身体を起こし、カーテンをゆっくりと開ける。
外には見慣れた青い空と、薄汚れているが賑やかな街並みが見える。
シルビオが二十年を過ごした、ならず者の街だ。
「ん~っ……ふわぁ」
大きく伸びをし、猫のような欠伸を零してくしくしと目元を擦る。
長い黒髪は寝癖がついてふわふわと跳ねている。
早く支度しなきゃなぁと暢気に考えながら、シルビオは目を覚ました。
髪を手櫛で整えつつ隣を見ると、壁に背をつけてすぅすぅと眠る同居人の姿があった。
絹のような青い髪、透き通った白い肌、そしてあちこちに巻かれた包帯。
今やシルビオのパートナーとなった謎の美青年、ヴォルガである。
「えへへ……」
寝顔は天使のように美しい。
しかし、この一週間ですっかり彼に慣れたシルビオは、遠慮なくヴォルガの頬に触れた。
むにむに。
「……何触ってる」
すると、一秒も経たずに彼は目を覚ます。
無垢な光を閉じ込めたアクアマリンの瞳は、しかしシルビオには冷淡な視線を送ってくる。
シルビオはにへらと笑ってそれをいなし、懲りずにヴォルガの髪を優しく撫でた。
「おはよーヴォルガ。調子どう?」
ヴォルガは未だ不満げだが、それ以上突っ込むことはなく素直に返答する。
「大分良くなったよ。普通に動けると思う」
ゆっくりと起き上がり、シルビオの手をやんわりと払い除けるヴォルガ。
寝ている時は触れても文句一つ言わないが、契約外でのボディタッチはやはり嫌らしい。
まぁ、仕方ない。
ちょっと寂しいけど。
シルビオはぽつりと払われた手を眺めてから、いつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、予定通り今日から働くってことでいい?」
「ああ」
既に、ヴォルガを拾ってから一週間が経っている。
美味しい食事とゆっくり休める環境に恵まれ、ヴォルガは順調に回復していた。
既に立って歩ける程度には怪我も癒えており、実は昨日、彼本人から打診があったのだ。
そろそろ働かせてもらえないか、と。
体調を鑑みて簡単な作業からになるが、ユーガの許可も得たため、今日は久々に酒場を開け、ヴォルガはシルビオと共にその営業を手伝うことになっていた。
きらきらとした目で見つめ尋ねるシルビオに、ヴォルガは相も変わらず素っ気ない返事をよこす。
でも、とっても嬉しい。
また酒場で働けるのも、そこにヴォルガがいるのも。
わくわくする気持ちが抑えきれない。
ベッドからぴょんと飛び降りて、シルビオは元気に告げた。
「よーし!!じゃあ、まずは朝ご飯だね!!」
「そんな大声出さなくても聞こえる……」
そして、早速苦情をもらうのであった。
「美味しかった~!」
「……ご馳走様でした」
「はいはい」
数十分後。
酒場になっている一階のカウンターで食事を取ったシルビオとヴォルガは、ユーガに片付けを任せて業務内容の確認をしていた。
「最初は、ヴォルガは裏にいてくれればいいよ。ホールは俺一人で何とかなるし、ユーガの方の手伝いお願い。食材の下処理とか、皿洗いとか、やることいっぱいあるからさ」
「分かった」
「絶対目立つし絡まれるから、キッチンから出ない方がいいと思う。知らない人と話すの、あんまりしたくないでしょ?」
「……まぁ、うん」
真剣な顔で説明を続けるシルビオを、複雑そうに見つめるヴォルガ。
シルビオがきょとんとして彼を見つめ返すと、ヴォルガはふいっと目を逸らして呟いた。
「そこまで気遣わなくても……そんなに弱く見えるのか?」
何だか拗ねているようにも見える。
この一週間で分かったことだが、ヴォルガはどうも負けず嫌いな性質らしい。
一昨日も、暇つぶしにカードゲームをしていたら、彼が勝ち越すまで止めようとしなかったし。
中性的で儚い美貌のせいで、気を遣われることが多かったのかもしれないが。
普段は大人びているのに、こういうところは子供っぽくて可愛いなぁと思う。
シルビオはくすりと笑い、細身のパンツに包まれた長い足を組み替えた。
「違うよ~。ヴォルガが嫌がることしたくないの!一応俺先輩だし、後輩にはストレスなく働いて欲しいな~って」
「後輩……」
何だか物申したげな視線を感じるが、事実なので仕方ない。
シルビオは飄々とした態度のまま、彼の肩をばしばしと叩く。
「そう、後輩!先輩の言うことはちゃんと聞いて、そこそこに敬うように!ね!」
「……」
ものすごく不満げなヴォルガ。
しかし、事実は理解しているのか、特に文句は言わず小さく頷いた。
「……分かった。困ったことがあれば、頼らせてもらう」
殊勝というか、生真面目というか。
いかにも彼らしい返答に、シルビオは思わず吹き出してしまった。
「おい、何笑ってる。お前が言ったんだろ」
「ふふ……いや、ヴォルガって可愛いよね」
「殴るぞ」
蚊の一匹も殺せないような顔だが、案外喧嘩っ早いヴォルガであった。
時刻は進み、太陽が中天を過ぎた頃。
シルビオは、一人外に出て看板を出していた。
久方ぶりに触れる看板には薄ら埃が被っていて、軽く手で払ってから表に向ける。
『営業中』の文字を見るのも一週間ぶりだ。
あれからもう一週間かぁと、今更ながら感慨に耽っていたシルビオは、背後から掛けられた声で現実に引き戻された。
「やっと営業再開?」
「……あ、師匠!」
はっと振り返ったシルビオは、その姿を認めてぱっと顔を輝かせた。
灰青色の長髪を括り、優しげな黒い瞳でシルビオを見つめている若い男。
その呼び名通り、幼き頃のシルビオに魔法教育を施してくれた恩人─ハルトである。
彼はシルビオをよしよしと撫で回し、しかし穏和で整った顔立ちを微かに曇らせて話しかけてくる。
「心配してたんだよ?何かあったの?ここ数年、一週間も休みになることなんてなかったでしょ」
ハルトはユーガの昔馴染みでもある。
連絡も無しに酒場を閉めてしまったことで、相当心配をかけてしまっていたらしい。
シルビオは苦笑いし、ハルトの手を掴んで引っ張った。
「んー……まぁ、師匠ならいっか。せっかくだし寄ってってよ。ユーガも喜ぶだろうし」
「そうするよ。明日には戻らなきゃだしね」
「あ、そっか。間に合って良かった~」
開店直後だが、どうやらもう一波乱ありそうだ。
呻きながら身体を起こし、カーテンをゆっくりと開ける。
外には見慣れた青い空と、薄汚れているが賑やかな街並みが見える。
シルビオが二十年を過ごした、ならず者の街だ。
「ん~っ……ふわぁ」
大きく伸びをし、猫のような欠伸を零してくしくしと目元を擦る。
長い黒髪は寝癖がついてふわふわと跳ねている。
早く支度しなきゃなぁと暢気に考えながら、シルビオは目を覚ました。
髪を手櫛で整えつつ隣を見ると、壁に背をつけてすぅすぅと眠る同居人の姿があった。
絹のような青い髪、透き通った白い肌、そしてあちこちに巻かれた包帯。
今やシルビオのパートナーとなった謎の美青年、ヴォルガである。
「えへへ……」
寝顔は天使のように美しい。
しかし、この一週間ですっかり彼に慣れたシルビオは、遠慮なくヴォルガの頬に触れた。
むにむに。
「……何触ってる」
すると、一秒も経たずに彼は目を覚ます。
無垢な光を閉じ込めたアクアマリンの瞳は、しかしシルビオには冷淡な視線を送ってくる。
シルビオはにへらと笑ってそれをいなし、懲りずにヴォルガの髪を優しく撫でた。
「おはよーヴォルガ。調子どう?」
ヴォルガは未だ不満げだが、それ以上突っ込むことはなく素直に返答する。
「大分良くなったよ。普通に動けると思う」
ゆっくりと起き上がり、シルビオの手をやんわりと払い除けるヴォルガ。
寝ている時は触れても文句一つ言わないが、契約外でのボディタッチはやはり嫌らしい。
まぁ、仕方ない。
ちょっと寂しいけど。
シルビオはぽつりと払われた手を眺めてから、いつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、予定通り今日から働くってことでいい?」
「ああ」
既に、ヴォルガを拾ってから一週間が経っている。
美味しい食事とゆっくり休める環境に恵まれ、ヴォルガは順調に回復していた。
既に立って歩ける程度には怪我も癒えており、実は昨日、彼本人から打診があったのだ。
そろそろ働かせてもらえないか、と。
体調を鑑みて簡単な作業からになるが、ユーガの許可も得たため、今日は久々に酒場を開け、ヴォルガはシルビオと共にその営業を手伝うことになっていた。
きらきらとした目で見つめ尋ねるシルビオに、ヴォルガは相も変わらず素っ気ない返事をよこす。
でも、とっても嬉しい。
また酒場で働けるのも、そこにヴォルガがいるのも。
わくわくする気持ちが抑えきれない。
ベッドからぴょんと飛び降りて、シルビオは元気に告げた。
「よーし!!じゃあ、まずは朝ご飯だね!!」
「そんな大声出さなくても聞こえる……」
そして、早速苦情をもらうのであった。
「美味しかった~!」
「……ご馳走様でした」
「はいはい」
数十分後。
酒場になっている一階のカウンターで食事を取ったシルビオとヴォルガは、ユーガに片付けを任せて業務内容の確認をしていた。
「最初は、ヴォルガは裏にいてくれればいいよ。ホールは俺一人で何とかなるし、ユーガの方の手伝いお願い。食材の下処理とか、皿洗いとか、やることいっぱいあるからさ」
「分かった」
「絶対目立つし絡まれるから、キッチンから出ない方がいいと思う。知らない人と話すの、あんまりしたくないでしょ?」
「……まぁ、うん」
真剣な顔で説明を続けるシルビオを、複雑そうに見つめるヴォルガ。
シルビオがきょとんとして彼を見つめ返すと、ヴォルガはふいっと目を逸らして呟いた。
「そこまで気遣わなくても……そんなに弱く見えるのか?」
何だか拗ねているようにも見える。
この一週間で分かったことだが、ヴォルガはどうも負けず嫌いな性質らしい。
一昨日も、暇つぶしにカードゲームをしていたら、彼が勝ち越すまで止めようとしなかったし。
中性的で儚い美貌のせいで、気を遣われることが多かったのかもしれないが。
普段は大人びているのに、こういうところは子供っぽくて可愛いなぁと思う。
シルビオはくすりと笑い、細身のパンツに包まれた長い足を組み替えた。
「違うよ~。ヴォルガが嫌がることしたくないの!一応俺先輩だし、後輩にはストレスなく働いて欲しいな~って」
「後輩……」
何だか物申したげな視線を感じるが、事実なので仕方ない。
シルビオは飄々とした態度のまま、彼の肩をばしばしと叩く。
「そう、後輩!先輩の言うことはちゃんと聞いて、そこそこに敬うように!ね!」
「……」
ものすごく不満げなヴォルガ。
しかし、事実は理解しているのか、特に文句は言わず小さく頷いた。
「……分かった。困ったことがあれば、頼らせてもらう」
殊勝というか、生真面目というか。
いかにも彼らしい返答に、シルビオは思わず吹き出してしまった。
「おい、何笑ってる。お前が言ったんだろ」
「ふふ……いや、ヴォルガって可愛いよね」
「殴るぞ」
蚊の一匹も殺せないような顔だが、案外喧嘩っ早いヴォルガであった。
時刻は進み、太陽が中天を過ぎた頃。
シルビオは、一人外に出て看板を出していた。
久方ぶりに触れる看板には薄ら埃が被っていて、軽く手で払ってから表に向ける。
『営業中』の文字を見るのも一週間ぶりだ。
あれからもう一週間かぁと、今更ながら感慨に耽っていたシルビオは、背後から掛けられた声で現実に引き戻された。
「やっと営業再開?」
「……あ、師匠!」
はっと振り返ったシルビオは、その姿を認めてぱっと顔を輝かせた。
灰青色の長髪を括り、優しげな黒い瞳でシルビオを見つめている若い男。
その呼び名通り、幼き頃のシルビオに魔法教育を施してくれた恩人─ハルトである。
彼はシルビオをよしよしと撫で回し、しかし穏和で整った顔立ちを微かに曇らせて話しかけてくる。
「心配してたんだよ?何かあったの?ここ数年、一週間も休みになることなんてなかったでしょ」
ハルトはユーガの昔馴染みでもある。
連絡も無しに酒場を閉めてしまったことで、相当心配をかけてしまっていたらしい。
シルビオは苦笑いし、ハルトの手を掴んで引っ張った。
「んー……まぁ、師匠ならいっか。せっかくだし寄ってってよ。ユーガも喜ぶだろうし」
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