王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

師匠と弟子

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カラン、と乾いたベルの音が鳴る。

「シルビオ、次こっちの……ん、ハルトか」

開いたドアに意識を向けたユーガは、入ってきた人物を見て驚くこともなく一瞥して作業に戻る。
ハルトは苦笑いだ。

「相変わらず冷めてるなぁ。一応お客さんなんですけど?」
「昼間から酒飲む気かよ……」

シルビオが案内するでもなくカウンターに座るハルト、平常運転のユーガ。
しかし、怜悧な薄茶色の瞳はハルトの意思を的確に汲む。

「何も言わずに長らく閉めてたのが心配だったんだろ。連絡もせずに悪かったな」
「あぁ、いいよ。どうせまたでしょ?」

にやりと唇の端を吊り上げるハルト。
付き合いが長いだけあって、ユーガのことをよく分かっている。
ユーガは溜め息をつき、ガラス張りの棚を開けて上等な葡萄酒を取り出した。

「……口止め料な。しばらくは様子見したいんだよ」
「気が利くねぇ」

相も変わらず柔和な笑みを浮かべるハルト。
…彼は、時折ユーガよりも上手うわてな面を見せる遣り手である。
シルビオが感心するほど会話の主導権を握るのが上手い。
ちゃっかり葡萄酒を頂いて、ハルトはグラスを手にしつつユーガへ疑問を向けた。

「それで、何があったの?」
「大体察しはついてるんじゃないか?」

ユーガは若干不機嫌そうにそんな返しをする。
ハルトはくすっと微笑を零し、テーブルに腰掛けて足をぶらぶらさせているシルビオをちらりと見た。

「……また居候が増えたとか?」
「そんなところだ」

ユーガは肩を竦め、背後に視線を遣る。
先日までユーガ一人で回していたキッチンから、食材を刻む包丁の音が響いている。

「シルビオが拾ってきた。相当訳ありで、一先ずここで面倒見ることにした。…あいつも気に入っちまったみたいだしな」
「えへへ~」

呆れ混じりにそう呟くユーガに、シルビオはへらへらとした笑顔を返した。
ハルトはどこか安心したように息をつく。

「そっか……シルビオが気に入ったなら大丈夫そうだね。…もしかして、今はその子と寝てるの?」

その発言に、シルビオは若干気まずそうな顔をする。

「ん……まぁね。今のところは」
「そっかぁ」

にこにこするハルト。

「珍しいね、決まった子に身体借りてるの。しかも同居中の相手なんて」
「ハルトさぁん……」

大変モラルの欠如した発言が返ってくる。
が、残念なことに事実である。
シルビオは不満げに頬を膨らませた。

「手出してないってば!!一緒に寝てるだけ!!」
「もっと珍しいじゃん。好みじゃなかったの?」
「ち~が~うっ!!アステル教徒なの!!あと怪我人なの!!」

揶揄うような口調のハルトに、子供のように叫び返すシルビオ。
ユーガは呆れ混じりにその様を眺めている。

「お前ら、口を開けばそればっかりだな……」
「別にいいでしょ~?シエラ教徒なんだし」

悪びれる様子もなく、にこっと笑うハルト。

闇属性の魔法を授ける天空と月の神─シエラを信奉する信者は、このジェイド地区ではかなり多い。
何故かと言うと、教義が非常に緩いからだ。
混沌を好むかの女神は、信者がどんな荒くれ者でもどんな悪事を働こうとも、自身を崇拝しているのであれば平等に愛を注ぐ。
後暗い者が集まるジェイド地区では、彼女のスタンスが非常に好まれているのである。
そしてシエラ教では、他の宗派では禁止されるような事象─特に恋愛や性方面─が公式に許可されていたりする。
シエラ教徒であるシルビオとハルトはそこら辺にかなり寛容であり─というかぶっちゃけかなり遊んでおり─、ユーガはそれにいつも見て見ぬふりをしているのであった。
勿論、清貧さが要求されるアステル教徒との相性はかなり悪い。
というより、シエラ教徒が一方的に拒絶されているというのが正しい。
シルビオがヴォルガに対して気を遣っているのは、そうした宗派間の関係性も鑑みてのことだ。

…別に、ヴォルガと触れ合っているのに他意はない。
心の底ではちょっと魔が差したら手出しちゃいそうだなぁとか思っていたりはしない。
しないったらしない。

というのがシルビオの正直な所見である。

ユーガは溜め息をつき、自由奔放な師弟に率直な意見をぶつけた。

「俺としては、これを機に少しは落ち着いてくれると助かるんだがな。ハルトも、あまり助長するようなこと言うなよ」
「うっ……」
「はぁーい」

ユーガの鋭い視線に射抜かれて声を詰まらせるシルビオに対し、ハルトは呑気な声を上げてグラスを傾ける。
この酒場ではよく見られる光景であった。
シルビオは揶揄われ損だと肩を落としつつ、ハルトへの説明はユーガに任せ、店内の掃除でもしようと立ち上がる。

しかし。
五感に優れたシルビオは、気付いてしまった。
いつの間にか、キッチンから聞こえていた包丁の音が止まっていることに。
…ぎこちない仕草でゆっくりと顔を上げ、恐る恐るキッチンに視線を向ける。
扉の陰から、ヴォルガが無言でシルビオを見つめていた。
その透き通った薄青の瞳には、明らかに落胆と軽蔑の色があった。

楽観的観測はしない方がいいだろう。
多分、さっきまでの会話、全部聞かれていた。

「待って待って待って誤解だって~~~?!!」

全速力でキッチンに駆けて行くシルビオ。
ハルトは若いねぇという目でシルビオを眺め、ユーガはお前のせいだろと視線でハルトに訴えていた。

結局、三十分近くかけて、シルビオはヴォルガに邪な意図がない旨を全力で演説する羽目になるのだった。
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