王と騎士の輪舞曲(ロンド)

春風アオイ

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一章 紫碧のひととせ

本音と本心

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「今日は災難だったね……」
「……大方は、俺のせいだろ」
「いや、違うよ!悪いのは全部店に押し入ってきたあいつら!罪悪感なんて持たなくていいんだからね」
「ん……分かったよ」

その日の夜。
結局夜は店仕舞いとし、シルビオとヴォルガはユーガの作った夕食を食べながらぽつぽつと話をしていた。
怪我人であるのに体を張らせてしまったヴォルガを労うため、場所は最初にヴォルガを運び込んだ暖炉のあるリビングだ。
暖炉には魔力がたっぷり注いであるので、ヴォルガが失った魔力も気休め程度には回復するだろう。
ユーガは下の階でリーリエと食事を取っている。
ゆっくり二人で食事を取るのは、ヴォルガがやって来てから初めてのことかもしれなかった。

「まさか魔剣なんて持ってるとは思わなかったから……ありがとね、対処してくれて」
「いや……ああいう人道を逸したものが嫌いなだけだ」

今日の話を振ると、ヴォルガは思い切り顔を顰めた。
そういえば、魔剣が砕けた時にどこか悲しそうな顔をしていたと思い出す。

「ヘルヴェティアの方には絶対にないよね。精霊を殺して作る武器なんて、神様に喧嘩売ってるようなものだし」
「ああ……アステル教でも明確に禁じられてる。そんなものを当たり前のように出してきたから……ちょっとな」

ヴォルガは、生真面目なだけでなく、正義感が強く熱いところもある。
そこはユーガと明確に異なる点だ。
ジェイド地区で生きていれば、自分に害が及ばなければ見て見ぬふりをすることは少なくない。
けれど彼は、自分の信念に背くことなら遠慮なく首を突っ込み、断罪するのだろう。
それだけの能力が彼にはある─いや、あったから。

シルビオは、人目も気にせずに飛び出してきたヴォルガの横顔を思い出していた。
あまりに綺麗で、眩しくて、目が離せなかったのだ。
こんな人が、今は自分のパートナーとして同じ屋根の下で同じご飯を食べている。
それが不思議で仕方なくて、それでいて嬉しかった。

「……俺は、ヴォルガのそういうとこ、好きだな」
「えっ?」

ぽつりと呟くと、ヴォルガは驚いたように目を丸くして、そして頬を赤らめてそっぽを向いた。

「酒も入ってないのに口説こうとするなよ」
「だから、口説いてないの!本音だって。俺はヴォルガのこと、すごく気に入ってるから」

にっと笑って彼を見ると、ヴォルガは更に気まずそうに目を伏せてしまう。

「……俺は、お前と、その……肉体関係を持つ気は、ないぞ」

シルビオはふと箸を止めた。
気恥ずかしそうなヴォルガに、優しく微笑んで答える。

「分かってるよ。大丈夫、無理矢理手出したりしないから。ヴォルガは、ただ隣で一緒に寝てくれるだけの同僚だから」
「……」

彼の望む回答であったはずなのに、ヴォルガは浮かない表情のままだった。
彼はもじもじと足の爪先を擦り合わせ、俯く。

「それは……本音、なんだよな」
「勿論」

笑顔のまま答えると、ヴォルガはおずおずとこちらを見つめてきた。

「本心か?」

ぴく、と指が震えた。
いじらしい表情に、感情が揺さぶられる。
シルビオは少しだけ距離を詰め、彼に顔を寄せ、囁いた。

「……ダメだよ、ヴォルガ。俺は、怪我人を無理矢理襲うような屑にはなりたくない」

そっと頬に触れ、顔を引き寄せる。
耳元に囁きを零す。

「俺みたいな奴を、あんまり煽らないで。本気になっちゃうから……ね?」

かぁっと、頬が熱を持った。
アクアマリンの瞳が、慌ただしく揺れていた。

「ご、めん……気をつける」
「ふふ、えらいね~」

わしゃわしゃと頭を撫でると、ヴォルガは強ばっていた肩の力を抜き、いつもの冷めた目で見つめてきた。

「子供扱いするな。歳は同じなんだろ」
「あははっ、ごめんごめん。ヴォルガ可愛いんだもん」
「……その言葉、侮辱と受け取った」
「なんでぇ?!」

ヴォルガはすっかりつんつんしてしまって、以後はまともに返事もしてくれなくなった。
しゅんとするシルビオがそれを照れ隠しだと気付いたのは、すっかり皿が空になってからであった。


「じゃあ、俺はこれからも裏方でいいんだな?」
「ああ。お前をホールに出した日には、えらいことになるだろうな」

夕食後。
シルビオがシャワーを浴びている間、食器を片付けながらヴォルガとユーガは今後の業務確認をしていた。
ユーガもヴォルガの行動を責めるつもりはないようで─皮肉めいた言い回しは相変わらずだが─表情は比較的穏やかであった。

「裏方に引っ込んでれば、一見の客の目に付くことはまずない。体もまだ癒えきってないしな。トラブルはなるべく減らせる方がいいだろ」
「……ああ。助かる」

殊勝に頷くヴォルガ。
その表情を見て、ユーガは小さく吹き出した。

「シルビオと何かあっただろ」
「っ……いや、別に……」
「手出すなとでも言ったのか?」

思わずびくっと肩が跳ねた。
本当に鋭い人だ。
きっと言うまでもないだろうと思いつつ、手玉に取られているのは癪なので言い返しておく。

「喧嘩した訳じゃないからな。ただ……あまり揶揄うなって、忠告されただけ」
「はははっ、本当に好かれたなぁ、お前」

何故か楽しそうなユーガの反応にむっとするヴォルガ。
だが、ユーガはそれ以上茶々を入れることはせず、わしゃわしゃと髪を掻き回してきた。

「わっ……?!」

驚くヴォルガに、ユーガは静かな声で告げてきた。

「自覚がない訳じゃないだろうがな。お前は、普通の人間じゃない。普通の人間はあんな魔法を涼しい顔で使えない。『烙印』持ちなら尚更だ。今お前のことが知れ渡ったら、善人だろうが悪人だろうがこぞって押し寄せてくるだろう。それだけ、お前には価値がある」
「……」

その言葉が事実なのは、とっくに知っていた。
『天才』という言葉は、物心ついた頃から聞き飽きるほど投げかけられてきた。
『烙印』という莫大なペナルティを背負っても、普通にはなれなかった。
それを、改めて突きつけられた。

「……何が、言いたいんだ?」

声が僅かに固くなる。
けれど、ユーガは緊張を解すように笑ってみせた。

「ああなに、遠慮する必要はないってことだよ。…お前は確かに優れた能力を持ってる。でも、シルビオもリーリエも、それが理由でお前に優しく接してるんじゃない。あいつらが認めるに足る心を持ってるからだ」

…本当に、全部見透かされている。
俯きがちに耳を傾けていると、今度は優しく頭を叩かれた。

「魔法を使って、色んな目を向けられて、ちょっと怖くなったんだろ。勿論、見せびらかすようなもんじゃねえがな。でも、過剰に怖がる必要はない。何かあったら、俺もあいつらもヴォルガを守れるし、守ろうと思ってる。本心からな」

こんなことを言う人だと思っていなかった。
意外だったが、嬉しかった。
能力ではなく、自分そのものを見てくれる人たちに拾われたのは、本当に幸運だった。
思わず、口元が綻んでいた。

「……本心、か」
「その顔、今度はシルビオに見せてやれよ」

ユーガは穏やかに微笑んでそう言った。

それは、何と言うか……
癪だから、また今度で。
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