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一章 紫碧のひととせ
忙しない日々
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それからしばらく、シルビオとユーガは噂を聞きつけてやってきた客たちの対応に追われる羽目になった。
何とか落ち着く頃には、更に一週間が過ぎていた。
ヴォルガは申し訳なさそうな顔をしていたが、こればかりは先輩の仕事である。
しばらくは表に出ない方がいいだろう。
そしてそんな彼はというと、すっかり仕事に慣れてユーガの代わりに簡単な調理も担当するようになっていた。
実力主義で他者に厳しいユーガが認める程度の腕前ではあり、シルビオは思わず感心してしまった。
欠点があるとすれば、怪我人にもかかわらず働きすぎているところだろうか。
気分次第で業務に熱が入らなくなるシルビオとは違い、彼はどうも仕事中毒な面があるようだ。
もうちょっと気を抜いていいのにと業務ほったらかしで観察していたシルビオは、働けとユーガに叩かれる羽目になったが。
ヴォルガが味付けをしてくれた賄いのスープは、温かさが染みて美味しかった。
そんなこんなで、飛ぶように日々は過ぎた。
気付けば、ヴォルガを拾ってから一ヶ月が経ち。
季節も、本格的に冬へ移り変わろうとしていた。
「はぁ~、寒……っ!」
営業後。
すっかり冷えきった空気に身震いしながら、シルビオはいつも通り看板を閉まっていた。
看板も氷のように冷たくなっている。
手早く済ませようと、若干強引に重たい木製の看板を回転させ…
「……随分、冷えるようになったな」
「わっ?!」
突然店の扉が開き、ひょこっとヴォルガが顔を覗かせた。
驚いた拍子に飛び上がり、勢いのまま看板はバタッと地面に倒れてしまった。
「あ……悪い、驚かせたか」
「いやぁ、あはは……外に出てくるなんて珍しいね?」
動揺の痕跡を慌てて直しつつ、ヴォルガに話しかける。
今日の空気のように澄んだ瞳は、どこか寂しそうに空を見上げた。
「……もう寒くなってきたんだなと思って。ここは、あまり雪が降らないんだな」
「……」
シルビオは何も言えずに言葉を詰まらせてしまった。
彼の出身地だというヘルヴェティア地区は、山間部ということもあり豪雪地帯として知られている。
中央の王都方面と比べても標高が低いジェイド地区は、そちらと比べれば降雪は少ない方だ。
…もう帰れない故郷を想うと、寂しいのだろう。
冬になっても暗い闇に包まれたこの街は、彼が暮らしていた場所とは何もかも違うから。
シルビオはしばらく黙り込んだ後、ヴォルガとの距離を詰め、そっと彼の手を取った。
細く華奢だが、固く骨張った働き者の手だ。
「シルビオ……?」
不思議そうなヴォルガに、シルビオはいつもの明るい笑顔を返す。
そのまま、ぎゅっと彼の腕を握った。
「まだ冬の初めだからね。あと二月くらいしたら、積もるくらい降ることもあるんだよ!」
「……そうなのか」
「うんっ!雪が降るとね~、猫がよく店の前で暖取ってたりして可愛いんだ~。懐かせるとユーガに怒られちゃうんだけどさぁ」
「お、おう……」
若干引き気味な返答をくれるヴォルガ。
その顔から、寂しげな色は消えていた。
シルビオはにこっと笑って、彼の腕を引っ張って歩きながら続ける。
「ヴォルガは猫好き?」
「んん……あまり見たことがないな。知人に狂気的な猫好きはいたが」
「そっかぁ。じゃあ、今度野良猫見つけたら、ヴォルガのとこに連れてくるね。あ、ユーガには内緒だよ?」
「……」
ヴォルガは一瞬複雑そうに目を伏せたが、すぐにシルビオへ向き直り、微かに唇を綻ばせた。
「ありがとう」
「……え?」
何が、とは言わなかった。
彼はすぐに顔をふいっと背け、すたすたと足早に店の中へ戻っていった。
「寒い。早く戻るぞ」
「あ、ちょ、ちょっと待って~?!」
慌てて追いかけるシルビオ。
素っ気ないけれど、手は繋いだままだった。
じんわりと伝わる温もりが、何だか惜しいなぁと、そんなことを考えていた。
何とか落ち着く頃には、更に一週間が過ぎていた。
ヴォルガは申し訳なさそうな顔をしていたが、こればかりは先輩の仕事である。
しばらくは表に出ない方がいいだろう。
そしてそんな彼はというと、すっかり仕事に慣れてユーガの代わりに簡単な調理も担当するようになっていた。
実力主義で他者に厳しいユーガが認める程度の腕前ではあり、シルビオは思わず感心してしまった。
欠点があるとすれば、怪我人にもかかわらず働きすぎているところだろうか。
気分次第で業務に熱が入らなくなるシルビオとは違い、彼はどうも仕事中毒な面があるようだ。
もうちょっと気を抜いていいのにと業務ほったらかしで観察していたシルビオは、働けとユーガに叩かれる羽目になったが。
ヴォルガが味付けをしてくれた賄いのスープは、温かさが染みて美味しかった。
そんなこんなで、飛ぶように日々は過ぎた。
気付けば、ヴォルガを拾ってから一ヶ月が経ち。
季節も、本格的に冬へ移り変わろうとしていた。
「はぁ~、寒……っ!」
営業後。
すっかり冷えきった空気に身震いしながら、シルビオはいつも通り看板を閉まっていた。
看板も氷のように冷たくなっている。
手早く済ませようと、若干強引に重たい木製の看板を回転させ…
「……随分、冷えるようになったな」
「わっ?!」
突然店の扉が開き、ひょこっとヴォルガが顔を覗かせた。
驚いた拍子に飛び上がり、勢いのまま看板はバタッと地面に倒れてしまった。
「あ……悪い、驚かせたか」
「いやぁ、あはは……外に出てくるなんて珍しいね?」
動揺の痕跡を慌てて直しつつ、ヴォルガに話しかける。
今日の空気のように澄んだ瞳は、どこか寂しそうに空を見上げた。
「……もう寒くなってきたんだなと思って。ここは、あまり雪が降らないんだな」
「……」
シルビオは何も言えずに言葉を詰まらせてしまった。
彼の出身地だというヘルヴェティア地区は、山間部ということもあり豪雪地帯として知られている。
中央の王都方面と比べても標高が低いジェイド地区は、そちらと比べれば降雪は少ない方だ。
…もう帰れない故郷を想うと、寂しいのだろう。
冬になっても暗い闇に包まれたこの街は、彼が暮らしていた場所とは何もかも違うから。
シルビオはしばらく黙り込んだ後、ヴォルガとの距離を詰め、そっと彼の手を取った。
細く華奢だが、固く骨張った働き者の手だ。
「シルビオ……?」
不思議そうなヴォルガに、シルビオはいつもの明るい笑顔を返す。
そのまま、ぎゅっと彼の腕を握った。
「まだ冬の初めだからね。あと二月くらいしたら、積もるくらい降ることもあるんだよ!」
「……そうなのか」
「うんっ!雪が降るとね~、猫がよく店の前で暖取ってたりして可愛いんだ~。懐かせるとユーガに怒られちゃうんだけどさぁ」
「お、おう……」
若干引き気味な返答をくれるヴォルガ。
その顔から、寂しげな色は消えていた。
シルビオはにこっと笑って、彼の腕を引っ張って歩きながら続ける。
「ヴォルガは猫好き?」
「んん……あまり見たことがないな。知人に狂気的な猫好きはいたが」
「そっかぁ。じゃあ、今度野良猫見つけたら、ヴォルガのとこに連れてくるね。あ、ユーガには内緒だよ?」
「……」
ヴォルガは一瞬複雑そうに目を伏せたが、すぐにシルビオへ向き直り、微かに唇を綻ばせた。
「ありがとう」
「……え?」
何が、とは言わなかった。
彼はすぐに顔をふいっと背け、すたすたと足早に店の中へ戻っていった。
「寒い。早く戻るぞ」
「あ、ちょ、ちょっと待って~?!」
慌てて追いかけるシルビオ。
素っ気ないけれど、手は繋いだままだった。
じんわりと伝わる温もりが、何だか惜しいなぁと、そんなことを考えていた。
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