白鯨と海の鮮血〜片白眼の少女と25の鯨〜

赤海 梓

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白鯨と海

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 これは田舎町である昼霧町に住む中学生、浜園はまぞの 益絵まえのちょっとした、だけど大きな物語。
 ここは私の中学校近くの森の中。私、浜園 益絵は今、

「てめぇムカつくんだよ!!何がオッドアイだ!!死ねよ!!」

「痛い!!ねぇ、本当にやめて!!」

「黙れよ!!人外糞キモアバズレ女!!お前がいなきゃ、瑠真るま君は私を見てくれてるはずなんだよ!!」

 クラスメイトの萩原おぎはら 紗里さりに暴行されている。殴られ、蹴られ、踏みつけられて…。

「死ねっ!!死んじまえよ!!」

「あっ…がはっ…!」

 理由は分かりきっている。目だ。私の目は昔の事故で左目が灰色になっている。
 それをクラスメイトで紗里の片思い相手の西出にしで 瑠真君が珍しがって、私に構うようになった。一方的に話しかけてくる瑠真君だったが、私も返事をするようになり、そのうち私と瑠真君は仲良くなった。そして最近私は瑠真君に告白された。私は断ったのだが、紗里はそれを許さなかった。

「はぁ、はぁ…。お前、気持ち悪いんだよその目。どうせカラコンでもつけてんだろ!!てめぇ、調子乗んなよ!!」

「乗れるわけないでしょ!!!こんな見た目、化け物みたいな…」

「うるせえんだよカス!!」

「痛っ!!」

 私は全力で殴られ、地面に這いつくばる。

「はぁ…はぁ…、もう…、もうやってやる…!そんなに灰色の目が愛しいんだったら、お前のその右の黒目から赤黒くて汚え血液全部抜いてやるよ!!」

「ま…待って!!それは流石に許されないよ!!」

「黙れアバズレ!!」

 そして紗里はポケットからキリのようなものを取り出した。

「え…待って…?本気なの…?」

「てめえなんか…、もう、死んじゃえよ…?」

 私は立って逃げようとするが、殴られた痛みで上手く立てず、地面に足を滑らせながら少しずつ後ろに下がるしか無かった。

「逃げんじゃねぇ!」

 紗里は蹴りを私に入れる。

「ぐあっ」

「はぁ…はぁ…、もう、やっていいよね?」

「やめ、…やめて、やめて!!やめ…」

 グシュゥ

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!」





































「…疲れた」

 2日後。私は眼帯生活よ余儀なくされていた。紗里は何事も無かったかのように次の日も学校に行ったらしい。

「学校…行きたくないなぁ」

 お母さんには心配をかけたくなくて、転んだところに石があったと伝えた。

「いってきます」

「行ってらっしゃい。車と石には気をつけるのよ」

「…」

 私は家のドアを閉め、学校とは真反対の方向へと足を運ぶ。

「辛いことがあった時は、あそこで時間を潰すのに限るよ…」

 あそこと言うのは、かなり高い崖の上にあり、その下には海が広がる公園だ。名を前は海原東公園うなばらひがしこうえん

「着いた…」

 今すぐにでも叫んで泣き出したい感情をこらえ、公園にある唯一の遊具である滑り台の階段に腰をかける。

「…私だって、好きでこんな目してるんじゃない…」

 私が小さい頃、大震災の影響で家が火事になった。
 火事になったのは夜中の出来事で、炎が大きくなってもなお私はまだ眠っていた。隣の部屋の父と母の起きろという声すら私には届かなかった。
 自分の周りに炎が近づいてようやく私は自分の危機に気がついた。部屋にいたのは、布で炎を消そうとしながら私を庇ってくれているおばあちゃんだった。
 けれど、燃えたせいで倒れてくる柱が私目掛けて倒れてきた。
 だが私は助かった。おばあちゃんが、私に覆いかぶさったからだ。あまり力のないおばあちゃんが、燃えた柱が私に当たらないように背中で受け止めてくれていたのだ。その時のおばあちゃんの顔は笑顔であったが、同時に死を覚悟している眼でもあった。
 数分はその状況であっただろう。おばあちゃんの眼にはもう光が灯っていなかったが、それでも尚私を守ってくれていた。

 その時私は炎で熱せられたおばあちゃんのペンダントで左目を焼いてしまったのだ。その後私は家ごと津波に攫われたのだが、私だけ奇跡的に帰還した。
 私はおそらくこの時の後遺症で左目が灰色になってしまった。

「あのペンダント、私があげたやつだったんだよな。…やっぱりなんか複雑」

 あぁ、昔のこと思い出してる暇無いや。これからどうしようかな…。学校に行けば次は殺されるかもしれない。紗里はいつもは優等生だから、頭の悪い私の話なんて教師は信用しないだろう。

「あー…死にたい」

 私はもう、打ちのめされてしまった。…死にたい。死にたいなぁ…。死にた



『キュゥウーーーン』



「…!?」

 海から聞いたことがない声が?
 私は崖のギリギリに立ち、下の海を覗き込む。

「…鯨だ。白鯨だ」

『キュウーーーン』

 崖の下には沢山の白鯨がいた。白い鯨が、ひー、ふー、みー…、23頭もいる。


『キゥウーーーン』


「鳴いてる…?いや、呼んでる?私を…呼んでるの…?」

 鯨の不思議な声、不気味なようで心地が良い。
 私の身体は、なぜか1歩を踏み出していた。

『キュゥウーーーン』

 ズルッ
「あっ…」

『キュゥウーーキュウーーー』

「ああっ…」

 私は崖から足を滑らせてしまった。でも、不思議と身を委ねてしまっていた。白くさざめく波に呑まれよう目を閉じた。当然だ。こんな環境で、生きながらえようとなんて思えない。

「あははっ…、死ねるいい機会だよ…!」

 ザバーーーン!!!



 やっとだ。やっと終われる。ゴミみたいな日々を。

『キュゥウーーーーン』

『キュウキュウーーーン』

 この子たちは私を襲おうとしてるのかな…?いいよ、私なんかが君たちの糧になれるなら、それで…。


『ゴォォォォォウン!!』


『キュゥーーーー!!』

「…?」

 なんだ、この声…?

『キュウーーー!!キュウーーン!!』

『ゴォォォォォォ!!』

 どこからともなくやって来た1頭の白鯨が、元いた白鯨を襲っている…?蹴散らしているの…?

『ギュゥゥゥゥーーーーン!!!』

『ゴォォーーーーン!!!』

 こんな私を、助けてくれてるって言うの…!?だめだよ…!こんな数に勝てっこな…

『ゴォォォォォォン』

「!?」

 突如やってきた1頭の白鯨がとてつもないスピードで私を背中に乗せ、群れの白鯨を引き離すように泳ぎ始めた。

「…!!」

『ゴォォォォォォォォォ』

 みるみるうちに白鯨の群れは離れていった。

「…」

 信じられなかった。私を助けてくれるだなんて、こんな価値のない私を…?















「…」

 静かな海に出た。なんの生物もいなくて、心地良さをも感じる。

「あ…あなたが、助けてくれたの?」

 ここはなぜだか呼吸ができて、喋ることもできた。

「…」

 鯨は何も言わない。そりゃそうか。人間の言葉が通じるとは思えない。

「…ここはどこ?」

「…」

 もちろん返事は無い。ただこちらをじっと見つめている。

「じゃあちょっと、海面に出てみようかな…」

 私は視線を上に向ける。太陽の光が見える。どうやらそこそこ浅い位置のようだ。

「……」

 静かだな、この海。心地よいような、不気味なような。

「……」

 海面はあまり波が立っていない。僅かに揺れる日光が、安心感を催させる。

「……」

 ……。

「……」

 ……。

「……」

 ………?

「……」

 ……あれ?

「……………」

 ……おかしいな?

「……………………………」

 どれだけ水面に向かっても、一向に近づく気配がない。全くと言っていいほど、上に進んでいない。

「……ひっ!!」

 私は臓の芯から体が冷えきる感触を覚えた。


『ニヤァッ』


 私を助けてくれた鯨は、ニヤニヤとこちらを見ていた。

「…!!!」

 怖くなった私は全力で逃げた。コイツは私を助けたんじゃない。する為に、奴らから私を強奪したのだ。私はそう確信した。

「…!?」

 だがしかし、いくら逃げても私の位置は変わらなかった。いくら動いて泳いでも、浮き沈みを試みても、私は鯨の目の前から逃げ出すことができなかった。

「……いやっ」


『…アーーーーン』


 口を開けた…!やっぱり私を食い殺すに連れ去ったんだ…!!

「嫌っ、嫌だっ…いやぁぁぁっ!!」

『アーーーーーーーン』


『ギュゥゥゥゥーーーーン!!!』



「…!!」

 また別の白鯨が、私を食べようとする鯨に噛みつき、引き剥がした。私の事を守って…!?
 いや、信用するな。コイツだってきっと…


『キュウ…!』


 僅かに小柄なこの鯨は、私を包み込むように護ってくれている。
 あれ…?この子…。


(遅れてごめんなさい。それから…)


 脳に直接声が響く…?この声、この鯨の声だ…。

(貴女にこの呪いは、似合わないわ)

「呪い…?」

 その鯨の声と共に私の左目から、白い膿のようなものが流れ出る。
 世界に色がつき、周りの海はドス黒い血のような色になる。

「…!?あの鯨は!?」

 視線を移すと、さっきまでそこに居たはずの白の鯨はいなかった。
 そこに佇んでいたは全身が血塗られたようなであった。

(これで大丈夫です。貴女はもう帰った方が良いでしょう。貴女に、この海の世界は危険すぎる)

 そして私は泡に包まれる。

「待って、これは一体…!?」

 白の鯨はこれ以上何も言わなかった。

「待って、あなたのこと、私覚えて…」

 この言葉を言い切る前に私は、泡沫となって海から消え去った。




















































「待って!!」

 私は手を伸ばすが空を掴む。

「ここは…近所の…?」

 私が目を覚ました場所は砂浜であった。見覚えのある、近所の砂浜。
 空は夕焼けと言うには少し暗い程の明るさであった。

「…帰ろう」

 もう今日はどっと疲れてしまった。帰って寝てしまおう。

 ◇◇◇

「ただいま…」

「ちょっと益絵!今まで連絡もせずにどこ行ってたの!?なかなか帰ってこないから学校に連絡したら、今日は学校には来てないって………益絵、その左目…」

「……? どうかしたの?」

「その目……1回鏡で見てきなさい…?」

「え、あぁ、うん」

 急にどうしたのだろうか。私は言われた通り洗面所の鏡に向かう。

「別にどうって事ないでしょ……あれ…?」

「益絵、あなた目が戻ったのね…?」

 鏡に映った私の左目は、普通の女の子のように、黒く綺麗な瞳になっていた。

「…私、私っ…!!この目がずっと辛かった…!皆から蔑まされ、畏怖され、嫌悪を抱かれた。だけどもう、苦しむ必要は無い…。良かった、良かったよぉ…!」

「益絵……」

 私はお母さんに抱きつき、わんわんと泣き崩れる。今まで強がっていたが、周りの視線に耐える日常に毎日精神をすり減らしていた。

「ごめんね、今まで傷ついてることに気がつけなくて…。これからはちゃんと私に相談してね…!大丈夫、私はいつでも貴方の味方だから…ね?」

「うっ…、お母さぁぁーーーーん!!!」

 今夜は何もかも忘れて寝てしまおうと考えていたが、私は今までいじめられてきた事、恨みつらみを全てお母さんに話した。
 海に落ちた後の鯨たちにもついて、全てを。


「…そうなのね。何が起こっているのか私にもよく分からない。明日、村長の家に向かってみなさい?ここに生まれ、ここで育った村長なら、きっと何か知っているはずだから」

「…うん」

 こうして私の不思議な1日が終わったのだった。





 ◇◇◇

 後から知った話だ。この村には呪いが存在していた。

 白濁膿呪はくだくのうじゅ

 赤の鯨は、子供に呪いをかける。身体の一部が白色になる呪いだ。中には膿のようなものが溜まり、負の感情を吸収し、濃度を増す。
 その呪いが最大まで溜まった時、赤の鯨は子供を海に引きずり込み、食い殺し、己の力を増大させる。
 その呪いを解くには23の白鯨…または伝説の一頭の白鯨に出会わなければならない。
 23の白鯨は儀式を行い、その呪いを解いてくれる。1頭の白鯨は、不思議な力で呪いを解いてくれる。どちらも聖の使者だからこそ為せる御業だ。
 …これで良かったんだ。私が変に介入する話じゃない…。



 今でも私は海を見ると体の髄まで震える。簡単に言ってしまえば海洋恐怖症だ。
 白濁膿呪は解けても、私の心の奥底にこびり付いた記憶、赤黒い鯨の薄ら笑いが呪いとなって私の左目を痛めつける。

 これが私の経験した、25の鯨と呪いの話であった。
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