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元は結婚というものに執着はしていなかった。
3番目でも王子という立場上、物心ついたときにはもう決められた婚約者がいて、国のための結婚だと言い聞かされていた。恋や愛などという感情を感じることさえなかった。

男しかいない学園で恋なんて見つかる訳がないと思っていたが、運命的な出会いをしてしまった。見た目は同年代男子と変わらないが、周りより少し低めの背、ちょっとした仕草や声変わりをしない可愛らしい声、隣に立ったときに香る甘い香り。男であってもいい、この者を傍に置きたい、手に入れたいと思い続けていた。
この気持ちが恋心だと自覚したあとチャンスというものは意外とすぐ巡ってきた。彼だと思っていた子は彼女、女であった。閨教育は受けていたし滞りなくできたと思う。残念だったのは処女ではなかったことだけだ。処女であればすぐにでも婚約をして妃として迎えたかったのに既にあの伯爵子息とデキていた。

「彼氏?はこの前できたけど、この国って何人いてもいいんでしょ?宰相が言ってた」

あの何を考えているかわからない宰相が後見人だとそのときに教えてもらった。今思えば好きになった者のことを調べなかった自分が悪いのだが

「ヒナタがそれでもよいなら」
「ヒナって呼んで。本当の名前はヒナだから」

どうして女なのに名前まで変えて学園に通っているのかと問えば、異世界から現れた際に男と間違えられたからだそうだ。間違えたのはあの宰相子息のジョエル。昔から人を見た目だけで判断するような人間だ。自分とは相容れない人間である。
異世界から現れたのであれば文献にもある異世界の花嫁ではないかと思うが、通常とは違う現れ方や男と思われていた彼女のことは異世界の花嫁とは発表しなかったとあとで宰相に聞いた。本来であれば異世界から花嫁を迎える際は召喚魔術を使うそうだが、膨大な魔力を使うので今は使用できる者が国にはいないそうだ。ヒナは召喚魔術で現れたわけではないので異世界の花嫁だと発表する必要がないと言うのも頷ける。しかし、そう発表されていたら彼女は間違いなく同じ年頃の王族である私の妃となっていたのにと思わざるを得なかった。

男ばかりの環境にただ一人の女、ましてや体の関係がある人間ともなれば溺れるのは必然であった。日々学び、知識を深めたり魔術を身に付けていくのも楽しくはあったが、彼女といるときが一番楽しい時間であった。しかし彼女は自分のことだけを考えてくれているわけではなかった。伯爵子息と自分だけだと思っていた彼女の恋人は、自分の側近2人と留学中の隣国の公爵子息も含め5人となっていた。自分は公爵位を賜り王に臣下として仕えていくつもりなので、妻を複数の夫と共有することはなんの問題もなかった。身分は自分が一番高いし自分が一番愛されているという謎の自信もあった。
父である国王に頼み婚約を破棄もした。婚約者にも男が数人いたが、流石にそこを公にしてしまえば彼女の今後にも響くだろうと自分からの一方的な婚約破棄だと発表したのだ。


魔術講師の元へ類稀なる魔力の持ち主がやってきたと聞いたのもこの頃であった。自分よりも2つ下という彼は平民だと言うが、誰にでもわかるほどとてつもない魔力の持ち主であった。今は助手として魔術講師に師事しているが今年中には養子として迎えられ学園で学んでいくそうだ。
彼が平民の出、ましてや母が娼婦であり父がわからぬと差別する者、大きすぎる魔力に気味悪がる者もいたが自分にはこの者が王家を、国を支える魔術師になると確信を持っていた。

「ノアール、お前はこの国にとって欠かせない人間だ。よく学び国のために仕えてくれ」
「殿下…」

自分よりも2つ年下だという彼が学園を卒業したら国一番の魔術師になり、自分のために異世界の花嫁を召喚させることになろうとはこの時はまだ思いもしなかった。



卒業が近くなったときにはもうヒナはあまり学園に通ってはいなかった。急に女性らしく変わる体に隠しきれないと宰相も悟ったのだろう。日時は指定されたが会えて体を重ねられる喜びはあった。卒業さえしてしまえば、爵位を賜ればもうこんなもどかしい思いをしなくて済むと毎日のように思っていた。

「やっぱり私、夫が何人もいるなんて無理なの」

宰相の執務室の隣にある応接間に集められたと思えばヒナは泣きながらそう言った。そうか、自分だけを選んでくれるのかと思えばでてきた名前は自分ではなくあの伯爵子息だった。

「ヒナが異世界の花嫁であると公表する。残念だが騒ぎになるのでヒナは国にいることは難しいだろう」

父の右腕である宰相の言葉を受け入れることは難しかった。選ばれた伯爵子息はいい、他の3人が受け入れていることが理解できなかった。

「なぜだ、なぜ私ではないのだ」
「リュカは王子様じゃん…公務とかできないもん」
「生まれは変えることはできないが私は王族ではなく公爵となる!公務などしなくてもいい道だってある!」

感情を表に出すなと言われてきたが今日ばかりは堪えきれなかった。こんなにも好きになった相手に切り捨てられようとしているのだ、必死にならないわけがない。

「伯爵家の人は一対一で夫婦になりたいと言ったら受け入れてくれたの。爵位も関係ない、仕事をしながら旅にでていいって」
「私もその中には…」
「だからリュカは王子様でしょ?もうリュカって呼ぶこともダメだって宰相も言ってるし」

家族以外もう誰も呼んでくれなくなった『リュカ』という名前もヒナにすら呼ばれなくなるというのか

「ヒナと結婚したあとはこの者は爵位も継承権もないただの一般人となります。国にいることもほぼないでしょう。そしてヒナとも会わなくなれば殿下もお忘れになれるはずですよ」
「お前はそれでいいのか、仮にも後見人だろう?」
「えぇ。娘が巣立つような気ではありますが、ヒナがそうしたいという希望を叶えてあげるのが後見人というものです」

この場にいる全員が納得してるとでも言いたげである。あとは自分だけ、そう思われているのも理解している。なぜ諦めなければならないのか。奪えないように手の届かない場所へヒナが行かなければならないのか

「ヒナは…この国から出ていくのは納得しているのか」
「はい。でもたまに帰ってきますよ!そしたらお茶でもしましょうね」

そうか、もう自分はただのお茶をするだけの相手だと。ベッドで共に過ごしたいとも思われていないのだと。

「わかった。ヒナ、どうか幸せに。困ったことがあればいつでも宰相を頼るといい」

これ以上ここにいるのがツラい。早く立ち去りたい。席を立って扉を開ければ宰相子息のジョエルと目が合う。お前が異世界の花嫁と気付かなかったせいでこんな目にあっているんだ、ふざけるなと叫びたい気持ちも抑え自分の部屋へ急いだ

「誰も入るな」

わざと大きい音を出して扉を閉め魔術をかけた。
このベッドでヒナと過ごしたこともあった。なんと幸せだったろうと思い出すだけで涙が溢れる。なんとかなると思いたいけれど国の外に出てしまえば王子である自分は易々と追いかけていくこともできなくなる。なにより愛する者といる彼女を悲しませたくないのだ。
今だけ、今日だけだ。泣かせてほしい。はじめて恋を知ってそれに敗れただけなのだから。







あの伯爵子息もヒナも旅立った。今国で一番話題なのは異世界の花嫁のことである。彼女本人が大衆紙へ寄稿し、学園へ男として入ったことや私達と恋をしたことなどを連載として綴っている。そうしてほしいと願ったのは自分だ。可哀想な男と思われるより馬鹿な男だと思われたかった。私がなぐさめてあげたいと言う女に群がれるより、こんな男は嫌だと思う女ばかりになってほしかった。
読みは的中したのか、どこからも求婚はなかった。以前の婚約者は幸せな結婚をしているようだ。彼女の評判に傷がつかなくてよかった。
職務でも事前評判は良くなくとも仕事で見返した。仕事ぶりはとてもいいが女にはダメな第3王子として国からは認識されていった。

そんな日々も数年経てばそろそろ黙っていられないのが父だ。

「お前には本当にいい女はいないのか」
「この国にはおりませんね。私は貴賤関係なく女性からの支持はありませんから」
「その見た目でか?」
「えぇ。異世界の花嫁に溺れ婚約者を捨て、挙げ句の果てに捨てられ逃げられた哀れな男ですから」

はぁ、と大きな溜め息をついた父である王は横にいた宰相に向かって

「ノアールを呼べ」
「かしこまりました」

転移術ですぐにきたノアールは私の後ろで膝をつき指示を待つ。このノアール、学園を卒業後すぐに魔術師団へ入団し、直ぐ様国の筆頭魔術師まで登り詰めた

「ノアール、お前召喚術はつかえるか?」
「はい」
「ではこの者にふさわしい異世界の花嫁を召喚願いたい。いや、リュカだけではない、ロランとミシェルも一緒にもらってくれる者をだ」

異世界の花嫁を召喚、自分のために?ノアールの魔力を使って?

「陛下、それは」
「なに、ノアールの魔術がみてみたいのだよ。それにお前もそろそろ結婚したらいい。国内で無理なら異世界だ」
「殿下はそろそろヒナのことはお忘れになった方がよろしいかと。それにロランもミシェルも忠誠心のせいか全く結婚する気がない、いっそまとめて異世界の花嫁に面倒を見てもらうのが一番ですよ」

宰相の言うことが父と宰相の本音だろう。ヒナのことは考えないようにしているが完全に忘れられたわけでもない。

「ノアールの魔力をどれだけ使うのかも見物だな。どれだけ小さくなるか」
「陛下、それはノアールに失礼ですよ」
「以前魔獣、あれは竜か?あれを倒したときは3歳ほどになったな。あの舌ったらずな話し方はかわいかったな。召喚術はどれだけ魔力を使うのか」
「…さすがに国を滅ぼすレベルの魔獣討伐よりは魔力は使わないと思われますが一度養父の元へ文献を調べに行かせて頂きたいです」
「残念だな。小さなノアールは我が后や皇太子妃のお気に入りであったのに。用意した服もすぐ小さくなるし椅子も毎日替えなくてはならなかったからな。早送りで成長をみている気分だったぞ」

大声で笑う王と宰相は楽しみにしている様子だ。息子の伴侶を用意するというのに魔術師が小さくなるのが楽しみというのもおかしな話である。

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