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63話 悪ふざけ
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「部屋はこちらを使って下さい。着替えは……申し訳ないですが、今日のところは俺の服で我慢して下さいね」
「はぁーい」
店に到着すると明かりは全て消され、静閑としていた。店の閉店時間は17時……現在18時半、皆仕事を終えて帰宅してしまったようだった。タイミング良く明日は定休日だ。必要な物は明日、町で買い揃えることにしよう。
ルーイ先生に使って貰う部屋は特別だ。この部屋はレオン様も時々寝泊まりされていた為、いつ使用されてもいいように掃除は毎日欠かさず行われ、ベッドメイキングも完璧だ。この部屋があって良かった……夜中に慌てて準備をするような事はあまりしたくないからな。
「では、そこまで広い店ではありませんが、ご案内させて頂きますね」
「おうっ! よろしくな」
先生は物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回している。馬車に乗った時もそうだったが、それがまるで小さな子供のようで微笑ましく感じると同時に、自分の持つ『神』という存在のイメージから遠くかけ離れていて困惑してしまうのだった。
厨房を見たいと仰るので、そこを最後にして案内は終わりにしよう。今日はもう、早く休みたい……
厨房に入ると、先生は勢いよく調理台に駆け寄り、周りにある器具をまじまじと眺め始めた。些か興奮した様子で、器具の名前や使い方を俺に質問してくる。
「ここであの美味いお菓子が作られるんだと思うと、何だか感動するな。しかし、本業と掛け持ちで店をやってくの大変じゃないか?」
「好きな事ですので、全く苦ではないんですよ。それに、皆が進んで手伝ってくれていますので……有難いことです」
そう、あくまで俺の本業は軍人。カフェ経営は当然そちらに差し支えのない範囲で行なっている。およそ2年前……自分の店を持ってみたかったと、うっかり零してしまった俺に、だったらやってみればいいと背中を押したのはレオン様だ。レオン様を始め、皆の協力があるからこそ、この店は成り立っているのだ。
「そうか、良いチームなんだな。実際にセディが料理してる所も見てみたいな……」
先生は厨房全体を眺めながら、壁沿いにゆっくりと歩き出した。その時、ある事に気付く。
(あれは……リンゴが入った木箱か?)
両手で抱えられる程度の大きさの木箱が、通路を塞いでいる。恐らくしまい忘れたのだろうが、先生の進行方向上に鎮座しているそれは、どう見ても邪魔である。しかも先生は、丁度視線を天井の方へ向けている為、木箱の存在に気づいておられなかった。このままだと木箱に躓いて転んでしまうかもしれない。
「ルーイせんせ……」
ガタッ!!
「うおっ!?」
予感は的中。足元に注意して下さいと言おうとした矢先、先生は木箱に足を取られ、バランスを崩した。倒れそうになる先生を支えようと飛び出した俺は、先生と床の間に自分の体を滑り込ませた。しかし、結局そのまま2人揃って転倒してしまったのだった。仰向けの状態で倒れたので、腰と後頭部を床にぶつけてしまう。
「大丈夫ですか!? 怪我はっ……」
「あー……大丈夫。何ともないよ、ありがとう。セディも平気か?」
「良かった……申し訳ありません」
「いや、俺の方こそ前方不注意だったね。てか、セディは意外と無茶するな。俺重いだろ? ごめんね、すぐどくか……」
その時、厨房の外……廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。それは真っ直ぐにこちらに向かっている。
「セドリックさん!? 今の音は……大丈夫ですか!!」
「ミシェル?」
厨房に勢いよく飛び込んできたのは、うちの従業員であるミシェルだった。てっきり全員帰宅したものだとばかり思っていたが、まだ店に残っていたのか……。俺達が転んだ音に驚いて、急いで様子を見に来たようだ。
「どちら様?」
「ミシェル・バスラー、うちの従業員の1人です」
「あらま。それじゃ、ご挨拶しなきゃだね」
「あっ、あの……私忘れ物しちゃって……そしたら厨房から灯りが漏れてて、セドリックさん戻って来たんだと思って……その、挨拶だけでもして帰ろうと……」
ミシェルは急にしどろもどろとなり、言葉を詰まらせながら話す。何故か俺達から視線をそらしながら……
そこで改めて、自分達が今どんな体勢をしているか思い出した。先生は俺の体がクッションになったおかげか無傷だったのでそこは良かった……が、床に寝そべる成人男性2人……片方がもう1人の体に覆い被さるように密着している。それは、どことなくいかがわしい場面に見えなくもなく……。おいおい、ミシェルお前まさか……
「あの、その……すみません。私、知らなくて……」
気まずそうに俺達を直視することを避けるような目の動き……彼女の顔がうっすらと赤く染まっている。ミシェルの態度は明らかに『ヤバいとこ見ちゃった』である。先生もミシェルがとんでもない勘違いをしているのに感づいたのだろう。下から見上げた先生の表情は、一言でいうならとても悪い顔をしていた。口角が上がり、瞳は三日月のように形を変えている。何か良からぬ事を画策しているような……嫌な予感がする。
先生は俺の顔の真横に両手を付いた。端正な顔がどんどん近づけられる。鼻同士が重なり合い、お互いの吐息を肌に感じるほどの距離でそれは止まった。
「せっかく、イイとこだったのに邪魔が入っちゃったね……セディ」
まるで恋人にでも語りかけるような甘い声に背筋がゾワッとした……。ただでさえ誤解を招くような体勢でいるのに、更に追い討ちをかけるような事しないで下さい!!
「や、やっぱり……ごめんなさい!! 失礼致しましたーー!!!!」
「ミシェル!? ちがっ……ちょっ、帰るな!!」
ミシェルは逃げるようにこの場から走り去ってしまった……盛大に勘違いをしたまま。俺は先生の下から抜け出し、急いで立ち上がると彼女を追いかける。先生は床をバシバシと叩きながら大笑いしていた。この神……思っていた以上にタチが悪い。今更ながら、この方の対応を全て自分に押し付けた主のことを少し恨めしく思ってしまった。
「先程は大声を出してしまい申し訳ありません……」
「いや、いいんだ。驚かせたのはこちらだ……それより誤解が解けて本当に良かった」
全力疾走で逃げていく彼女に何とか追い付き、さっきの状況は事故だったのだと説明した。先生の悪ノリのせいでなかなか信じて貰えず大変だった。
「夜中に近所迷惑だろ、セディ」
「誰のせいだと思ってるんですかね……」
「セドリックさんに聞きました、レオン殿下の新しい先生だそうですね。ご挨拶もせずにすみませんでした。私、ミシェルといいます」
「俺はルーイ。こっちこそ、ごめんね……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい」
ミシェルは先生をうっとりとした目で見つめている。そして次に俺の方へ視線を向け、ほぅと小さく息を吐いた。
「さっきは驚いて取り乱してしまいましたが、こうやって改めて並んでいるところを拝見致しましたら……おふたりならありだなと」
どういう意味だ……何が『あり』なんだよ。
「だってさ。セディ、どーする?」
「……どうもしませんよ。ミシェル、お前もう帰れ」
「えーっ! セドリックさん、さっきは帰るなって言ったのに」
「セディったら勝手なんだから……そんなに俺と2人っきりになりたいのかな。もしかして続き期待してる?」
「やっ、やっぱりおふたりはそういうご関係で……」
「違う!! そもそも俺は、今日初めて先生にお会いしたんだぞ。先生もコイツをからかうのやめて下さい……馬鹿正直にすぐ信じるんですから」
先生は楽しそうに笑っている。さっきとは違って控え目に。口元を手で覆いながら……
俺は、この方がどういう経緯でここにいるのか詳しくは知らない。レオン様から聞く限り、ご本人が望んだものではないのは確かだけれども。
もしかして、無理に明るく振る舞っている? 妙に気安い態度も、俺に気を使わせないようにしているのだろうか。
「ミシェルは明日から王宮勤務だろう……今日は早く帰って休め。仕事に差し支えるぞ」
「えー……もっとルーイ先生のお話を聞きたいのに」
「先生もお疲れだ。話ならまた今度でいいだろ」
別に疲れてないと先生が横槍してきたが、無視して強制的にお開きにさせて貰う。俺が疲れてるんですよ……
ミシェルは渋々といった様子で帰り支度を始めたので、俺達も部屋に戻ろうと厨房を後にした。先生を部屋まで送り、戸締りをして自分も休もうと廊下を歩いていると、丁度店から出ていこうとしているミシェルとかち合った。
「セドリックさん、それでは失礼致します。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。気を付けて帰れよ」
「あのー……」
ミシェルが俺の近くに駆け寄る。そして、声を顰めて内緒話をするようにはなしだす。
「本当にあの方とは何もないんですか? 心配しなくても、私誰にも言いませんよ」
「……無いに決まってるだろう」
一気に脱力した。ほんと先生はとんでもないことしてくれたよ。しばらくこのネタでイジられる予感がして、俺は今日1番大きな溜息をつくのだった。
「はぁーい」
店に到着すると明かりは全て消され、静閑としていた。店の閉店時間は17時……現在18時半、皆仕事を終えて帰宅してしまったようだった。タイミング良く明日は定休日だ。必要な物は明日、町で買い揃えることにしよう。
ルーイ先生に使って貰う部屋は特別だ。この部屋はレオン様も時々寝泊まりされていた為、いつ使用されてもいいように掃除は毎日欠かさず行われ、ベッドメイキングも完璧だ。この部屋があって良かった……夜中に慌てて準備をするような事はあまりしたくないからな。
「では、そこまで広い店ではありませんが、ご案内させて頂きますね」
「おうっ! よろしくな」
先生は物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回している。馬車に乗った時もそうだったが、それがまるで小さな子供のようで微笑ましく感じると同時に、自分の持つ『神』という存在のイメージから遠くかけ離れていて困惑してしまうのだった。
厨房を見たいと仰るので、そこを最後にして案内は終わりにしよう。今日はもう、早く休みたい……
厨房に入ると、先生は勢いよく調理台に駆け寄り、周りにある器具をまじまじと眺め始めた。些か興奮した様子で、器具の名前や使い方を俺に質問してくる。
「ここであの美味いお菓子が作られるんだと思うと、何だか感動するな。しかし、本業と掛け持ちで店をやってくの大変じゃないか?」
「好きな事ですので、全く苦ではないんですよ。それに、皆が進んで手伝ってくれていますので……有難いことです」
そう、あくまで俺の本業は軍人。カフェ経営は当然そちらに差し支えのない範囲で行なっている。およそ2年前……自分の店を持ってみたかったと、うっかり零してしまった俺に、だったらやってみればいいと背中を押したのはレオン様だ。レオン様を始め、皆の協力があるからこそ、この店は成り立っているのだ。
「そうか、良いチームなんだな。実際にセディが料理してる所も見てみたいな……」
先生は厨房全体を眺めながら、壁沿いにゆっくりと歩き出した。その時、ある事に気付く。
(あれは……リンゴが入った木箱か?)
両手で抱えられる程度の大きさの木箱が、通路を塞いでいる。恐らくしまい忘れたのだろうが、先生の進行方向上に鎮座しているそれは、どう見ても邪魔である。しかも先生は、丁度視線を天井の方へ向けている為、木箱の存在に気づいておられなかった。このままだと木箱に躓いて転んでしまうかもしれない。
「ルーイせんせ……」
ガタッ!!
「うおっ!?」
予感は的中。足元に注意して下さいと言おうとした矢先、先生は木箱に足を取られ、バランスを崩した。倒れそうになる先生を支えようと飛び出した俺は、先生と床の間に自分の体を滑り込ませた。しかし、結局そのまま2人揃って転倒してしまったのだった。仰向けの状態で倒れたので、腰と後頭部を床にぶつけてしまう。
「大丈夫ですか!? 怪我はっ……」
「あー……大丈夫。何ともないよ、ありがとう。セディも平気か?」
「良かった……申し訳ありません」
「いや、俺の方こそ前方不注意だったね。てか、セディは意外と無茶するな。俺重いだろ? ごめんね、すぐどくか……」
その時、厨房の外……廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。それは真っ直ぐにこちらに向かっている。
「セドリックさん!? 今の音は……大丈夫ですか!!」
「ミシェル?」
厨房に勢いよく飛び込んできたのは、うちの従業員であるミシェルだった。てっきり全員帰宅したものだとばかり思っていたが、まだ店に残っていたのか……。俺達が転んだ音に驚いて、急いで様子を見に来たようだ。
「どちら様?」
「ミシェル・バスラー、うちの従業員の1人です」
「あらま。それじゃ、ご挨拶しなきゃだね」
「あっ、あの……私忘れ物しちゃって……そしたら厨房から灯りが漏れてて、セドリックさん戻って来たんだと思って……その、挨拶だけでもして帰ろうと……」
ミシェルは急にしどろもどろとなり、言葉を詰まらせながら話す。何故か俺達から視線をそらしながら……
そこで改めて、自分達が今どんな体勢をしているか思い出した。先生は俺の体がクッションになったおかげか無傷だったのでそこは良かった……が、床に寝そべる成人男性2人……片方がもう1人の体に覆い被さるように密着している。それは、どことなくいかがわしい場面に見えなくもなく……。おいおい、ミシェルお前まさか……
「あの、その……すみません。私、知らなくて……」
気まずそうに俺達を直視することを避けるような目の動き……彼女の顔がうっすらと赤く染まっている。ミシェルの態度は明らかに『ヤバいとこ見ちゃった』である。先生もミシェルがとんでもない勘違いをしているのに感づいたのだろう。下から見上げた先生の表情は、一言でいうならとても悪い顔をしていた。口角が上がり、瞳は三日月のように形を変えている。何か良からぬ事を画策しているような……嫌な予感がする。
先生は俺の顔の真横に両手を付いた。端正な顔がどんどん近づけられる。鼻同士が重なり合い、お互いの吐息を肌に感じるほどの距離でそれは止まった。
「せっかく、イイとこだったのに邪魔が入っちゃったね……セディ」
まるで恋人にでも語りかけるような甘い声に背筋がゾワッとした……。ただでさえ誤解を招くような体勢でいるのに、更に追い討ちをかけるような事しないで下さい!!
「や、やっぱり……ごめんなさい!! 失礼致しましたーー!!!!」
「ミシェル!? ちがっ……ちょっ、帰るな!!」
ミシェルは逃げるようにこの場から走り去ってしまった……盛大に勘違いをしたまま。俺は先生の下から抜け出し、急いで立ち上がると彼女を追いかける。先生は床をバシバシと叩きながら大笑いしていた。この神……思っていた以上にタチが悪い。今更ながら、この方の対応を全て自分に押し付けた主のことを少し恨めしく思ってしまった。
「先程は大声を出してしまい申し訳ありません……」
「いや、いいんだ。驚かせたのはこちらだ……それより誤解が解けて本当に良かった」
全力疾走で逃げていく彼女に何とか追い付き、さっきの状況は事故だったのだと説明した。先生の悪ノリのせいでなかなか信じて貰えず大変だった。
「夜中に近所迷惑だろ、セディ」
「誰のせいだと思ってるんですかね……」
「セドリックさんに聞きました、レオン殿下の新しい先生だそうですね。ご挨拶もせずにすみませんでした。私、ミシェルといいます」
「俺はルーイ。こっちこそ、ごめんね……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい」
ミシェルは先生をうっとりとした目で見つめている。そして次に俺の方へ視線を向け、ほぅと小さく息を吐いた。
「さっきは驚いて取り乱してしまいましたが、こうやって改めて並んでいるところを拝見致しましたら……おふたりならありだなと」
どういう意味だ……何が『あり』なんだよ。
「だってさ。セディ、どーする?」
「……どうもしませんよ。ミシェル、お前もう帰れ」
「えーっ! セドリックさん、さっきは帰るなって言ったのに」
「セディったら勝手なんだから……そんなに俺と2人っきりになりたいのかな。もしかして続き期待してる?」
「やっ、やっぱりおふたりはそういうご関係で……」
「違う!! そもそも俺は、今日初めて先生にお会いしたんだぞ。先生もコイツをからかうのやめて下さい……馬鹿正直にすぐ信じるんですから」
先生は楽しそうに笑っている。さっきとは違って控え目に。口元を手で覆いながら……
俺は、この方がどういう経緯でここにいるのか詳しくは知らない。レオン様から聞く限り、ご本人が望んだものではないのは確かだけれども。
もしかして、無理に明るく振る舞っている? 妙に気安い態度も、俺に気を使わせないようにしているのだろうか。
「ミシェルは明日から王宮勤務だろう……今日は早く帰って休め。仕事に差し支えるぞ」
「えー……もっとルーイ先生のお話を聞きたいのに」
「先生もお疲れだ。話ならまた今度でいいだろ」
別に疲れてないと先生が横槍してきたが、無視して強制的にお開きにさせて貰う。俺が疲れてるんですよ……
ミシェルは渋々といった様子で帰り支度を始めたので、俺達も部屋に戻ろうと厨房を後にした。先生を部屋まで送り、戸締りをして自分も休もうと廊下を歩いていると、丁度店から出ていこうとしているミシェルとかち合った。
「セドリックさん、それでは失礼致します。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。気を付けて帰れよ」
「あのー……」
ミシェルが俺の近くに駆け寄る。そして、声を顰めて内緒話をするようにはなしだす。
「本当にあの方とは何もないんですか? 心配しなくても、私誰にも言いませんよ」
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