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64話 帰宅計画(1)
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「ルーイ様、大丈夫かな……」
「セドリックがついてるから平気だよ」
「セドリックさんに迷惑かけてないといいけど」
「あのさぁ……クレハ。俺といる時は俺だけを見て、そして俺のことだけ考えて」
レオン殿下……なかなかに無茶苦茶なことを仰る。しかし、殿下の表情は真剣そのもの。この言葉がいかに本気であるかが伺える。クレハ様が殿下そっちのけで、別の事に気を取られているのがお気に召さないんですね……
王宮で侍女見習いをさせて頂いてから数日が経ち、本日はクレハ様と殿下に誘われて午後のティータイムにご一緒させて頂いている。しかし、おふたりの間に少しばかり不穏な空気が漂い始めたのを感じて、私はハラハラしているのだ。
『ルーイ』という方は殿下の新しい先生なのだそうだ。ディセンシア家とも所縁があるらしく、クレハ様もお知り合いだと聞いた。お茶請けに用意された焼き菓子を見たクレハ様が『これルーイ様が好きそう』とぽそりと呟いたのを皮切りに、そこからクレハ様の『ルーイ先生』語りが始まった。最初こそ穏やかにクレハ様の話を聞いていた殿下だけれど、クレハ様のとある一言で場の空気が一転した。
「リズ、ルーイ様って凄く素敵なんだよ。背が高くて……顔はもちろんだけど、声もとってもカッコいいの」
また新たな美形が増えたのか……それはお会いするのが楽しみって……クレハ様、その発言はちょっとマズいと思いますよ。
心なしか周囲の温度が2、3度下がったような気がした。殿下を中心に冷たい風が流れ出ている錯覚までしてしまい、思わず身震いする。
レオン殿下はクレハ様の事が大好きだ。それはもう、溺愛と言ってもいいくらい。その殿下が、自分以外の男性を褒めるクレハ様を見ておもしろい訳がない。
クレハ様の言動に他意は無いだろう。クレハ様は嬉しかったことや、感動したことをそのまま素直に口にする。取り澄ましたところが無いのは、クレハ様の魅力の1つだと私は思っているが、今回はそれが悪い方向に作用していた。それに、カミル様の件でも分かるようにクレハ様は少々……いや、かなり鈍い。殿下が目に見えて機嫌が悪くなっているのに、全く気づいておられない。
「レオンもそう思いますよね?」
「ウン……ソウダネ」
同意を求めてきたっ! 殿下の見事なまでの棒読みが怖いです。この後に殿下の『俺だけ見てろ』発言に繋がるのだけれど、本格的に拗れる前にクレハ様をお止めしなければ……そう思った時――
「あっ、そうだ。私、レオンにお願いしようと思っていた事があるのですが聞いて貰えますか?」
なんとクレハ様の方から別の話題に移って下さった。しかも、クレハ様からのお願いなんて……。それを聞いた殿下は、さっきまでのつまらなそうな表情を一瞬にして晴れやかなものへと変化させた。クレハ様の手を取り、その指先に軽く唇を落とす。
「なに? クレハの頼みならなんでも聞いてあげるよ」
殿下は熱のこもった視線を向けながら、口元に寄せていたクレハ様の手を、自身の頬になぞる様に擦り付ける。クレハ様は顔を真っ赤にしている。当然のように使用人の存在などは完全スルーです。セドリックさん……私、頑張って慣れますから。この場にいない殿下の最側近である彼に言われた事を思い出し、私は心の中で気合いを入れ直した。
「えっと……一度、家に帰りたいと思ってるんです」
さっきとは別の意味で空気が変わった。クレハ様を見つめる殿下の瞳がスッと細められる。
「……家が恋しくなった?」
「そういうわけでは……いや、そうなのかもしれません」
クレハ様は屋敷の皆に心配をかけた事をとても気になさっていた。これからも王宮に滞在するのなら尚更、一度帰宅して自分はもう元気なのだと知らせておきたいとのこと。クレハ様の状況は手紙などで逐一報告されてはいるだろうけれど、直接お会いして得られる安堵感に勝るものはない。自分だってそうだったのだから。
「しばらくの間、一緒にいてくれるって言ったよね? 俺まだ全然満足してないんだけど」
「王宮には、またすぐに行きますよ」
「離れず側にいて欲しいなぁ……」
殿下はクレハ様の手を握り締めながら切なげに呟いた。そもそもフィオナ様の問題がまだ解決していない。今クレハ様にお帰りになって貰っては困るのだ。殿下は何とか思いとどまらせようとしているのか、甘えるような仕草で帰らないでと訴えている。クレハ様……そんな助けを求めるような目で私を見ないで下さい。私にはどうする事もできません。
しかし、フィオナ様のことはどう決着をつければ良いのだろうか……現状様子を見るということになってはいるけれど、クレハ様に何も説明しないまま誤魔化し続けるのは無理だと思う。赤の他人ならともかく、フィオナ様はクレハ様の姉君なのだから……
「頂いたお見舞いのお礼も直接伝えたいんです。どうしても駄目ですか?」
「はぁ……分かった、いいよ」
そうですよね、駄目ですよね……って、殿下いま何て……もしかして分かったって言ったの? まさかフィオナ様のこと忘れていらっしゃるんじゃ……
「本当!? ありがとうございます、レオン」
「その代わり、条件がある」
殿下の提示した条件とは、クレハ様の帰宅はあくまで一時的なものとし、数日滞在したらまた王宮へ戻ってくること。殿下の側近の1人を護衛として同行させること、そして……
「帰る日は今から5日後……それでも良い?」
「はい!」
クレハ様は殿下の出した条件を全て受け入れた。とりあえず帰宅できる目処が立ったことを喜んでいらっしゃる。そんなクレハ様を横目に私の心境は複雑だ。やはりどうしてもフィオナ様のことが気になってしまうから。
「リズ、君もクレハに付いて行って欲しい。後で同行する部下を紹介する」
「分かりました」
殿下には何かお考えがあっての事だとは思うけれど。私の心配が杞憂に終わればいいと、願わずにはいられなかった。
「セドリックがついてるから平気だよ」
「セドリックさんに迷惑かけてないといいけど」
「あのさぁ……クレハ。俺といる時は俺だけを見て、そして俺のことだけ考えて」
レオン殿下……なかなかに無茶苦茶なことを仰る。しかし、殿下の表情は真剣そのもの。この言葉がいかに本気であるかが伺える。クレハ様が殿下そっちのけで、別の事に気を取られているのがお気に召さないんですね……
王宮で侍女見習いをさせて頂いてから数日が経ち、本日はクレハ様と殿下に誘われて午後のティータイムにご一緒させて頂いている。しかし、おふたりの間に少しばかり不穏な空気が漂い始めたのを感じて、私はハラハラしているのだ。
『ルーイ』という方は殿下の新しい先生なのだそうだ。ディセンシア家とも所縁があるらしく、クレハ様もお知り合いだと聞いた。お茶請けに用意された焼き菓子を見たクレハ様が『これルーイ様が好きそう』とぽそりと呟いたのを皮切りに、そこからクレハ様の『ルーイ先生』語りが始まった。最初こそ穏やかにクレハ様の話を聞いていた殿下だけれど、クレハ様のとある一言で場の空気が一転した。
「リズ、ルーイ様って凄く素敵なんだよ。背が高くて……顔はもちろんだけど、声もとってもカッコいいの」
また新たな美形が増えたのか……それはお会いするのが楽しみって……クレハ様、その発言はちょっとマズいと思いますよ。
心なしか周囲の温度が2、3度下がったような気がした。殿下を中心に冷たい風が流れ出ている錯覚までしてしまい、思わず身震いする。
レオン殿下はクレハ様の事が大好きだ。それはもう、溺愛と言ってもいいくらい。その殿下が、自分以外の男性を褒めるクレハ様を見ておもしろい訳がない。
クレハ様の言動に他意は無いだろう。クレハ様は嬉しかったことや、感動したことをそのまま素直に口にする。取り澄ましたところが無いのは、クレハ様の魅力の1つだと私は思っているが、今回はそれが悪い方向に作用していた。それに、カミル様の件でも分かるようにクレハ様は少々……いや、かなり鈍い。殿下が目に見えて機嫌が悪くなっているのに、全く気づいておられない。
「レオンもそう思いますよね?」
「ウン……ソウダネ」
同意を求めてきたっ! 殿下の見事なまでの棒読みが怖いです。この後に殿下の『俺だけ見てろ』発言に繋がるのだけれど、本格的に拗れる前にクレハ様をお止めしなければ……そう思った時――
「あっ、そうだ。私、レオンにお願いしようと思っていた事があるのですが聞いて貰えますか?」
なんとクレハ様の方から別の話題に移って下さった。しかも、クレハ様からのお願いなんて……。それを聞いた殿下は、さっきまでのつまらなそうな表情を一瞬にして晴れやかなものへと変化させた。クレハ様の手を取り、その指先に軽く唇を落とす。
「なに? クレハの頼みならなんでも聞いてあげるよ」
殿下は熱のこもった視線を向けながら、口元に寄せていたクレハ様の手を、自身の頬になぞる様に擦り付ける。クレハ様は顔を真っ赤にしている。当然のように使用人の存在などは完全スルーです。セドリックさん……私、頑張って慣れますから。この場にいない殿下の最側近である彼に言われた事を思い出し、私は心の中で気合いを入れ直した。
「えっと……一度、家に帰りたいと思ってるんです」
さっきとは別の意味で空気が変わった。クレハ様を見つめる殿下の瞳がスッと細められる。
「……家が恋しくなった?」
「そういうわけでは……いや、そうなのかもしれません」
クレハ様は屋敷の皆に心配をかけた事をとても気になさっていた。これからも王宮に滞在するのなら尚更、一度帰宅して自分はもう元気なのだと知らせておきたいとのこと。クレハ様の状況は手紙などで逐一報告されてはいるだろうけれど、直接お会いして得られる安堵感に勝るものはない。自分だってそうだったのだから。
「しばらくの間、一緒にいてくれるって言ったよね? 俺まだ全然満足してないんだけど」
「王宮には、またすぐに行きますよ」
「離れず側にいて欲しいなぁ……」
殿下はクレハ様の手を握り締めながら切なげに呟いた。そもそもフィオナ様の問題がまだ解決していない。今クレハ様にお帰りになって貰っては困るのだ。殿下は何とか思いとどまらせようとしているのか、甘えるような仕草で帰らないでと訴えている。クレハ様……そんな助けを求めるような目で私を見ないで下さい。私にはどうする事もできません。
しかし、フィオナ様のことはどう決着をつければ良いのだろうか……現状様子を見るということになってはいるけれど、クレハ様に何も説明しないまま誤魔化し続けるのは無理だと思う。赤の他人ならともかく、フィオナ様はクレハ様の姉君なのだから……
「頂いたお見舞いのお礼も直接伝えたいんです。どうしても駄目ですか?」
「はぁ……分かった、いいよ」
そうですよね、駄目ですよね……って、殿下いま何て……もしかして分かったって言ったの? まさかフィオナ様のこと忘れていらっしゃるんじゃ……
「本当!? ありがとうございます、レオン」
「その代わり、条件がある」
殿下の提示した条件とは、クレハ様の帰宅はあくまで一時的なものとし、数日滞在したらまた王宮へ戻ってくること。殿下の側近の1人を護衛として同行させること、そして……
「帰る日は今から5日後……それでも良い?」
「はい!」
クレハ様は殿下の出した条件を全て受け入れた。とりあえず帰宅できる目処が立ったことを喜んでいらっしゃる。そんなクレハ様を横目に私の心境は複雑だ。やはりどうしてもフィオナ様のことが気になってしまうから。
「リズ、君もクレハに付いて行って欲しい。後で同行する部下を紹介する」
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