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71話 前置き
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クラヴェル兄弟にクレハの向かいの部屋で待機するよう命じると、俺は彼女の部屋の扉をノックする。そう間をおかず『どうぞ』と返事が返ってきたので、ドアノブに手をかけ扉を部屋の内側へと押した。部屋の中にはクレハとリズ、そしてミシェルがいた。クレハはソファに腰掛けており、その横にリズとミシェルが立っている。
「レオン」
クレハが俺の名前を呼ぶ。それだけで俺は彼女しか見えなくなる。初めて会った時は殿下と敬称で呼ばれたのだけど、すぐに訂正させた。普段は呼び名にあまり拘ったりしないのに……。彼女の口から発せられるというだけで、自分の名前が特別な響きを持って聴こえてしまうのだから、我ながら呆れてしまう。
「レナードさんとルイスさんは?」
「あのふたりは向かいの部屋で待っているよ」
ちらりとミシェルに視線を送ると、彼女は心得たとばかりに静かに頷く。
「リズちゃん、お話が終わるまで外で待っていましょうか。殿下、私達も別室で待機致します。何かありましたらお呼び下さい」
「ああ」
リズを促しながらミシェルは部屋から出て行く。人払いをしたことで、クレハの顔がどことなく緊張感を帯びたものになる。クレハが座っているソファの近くまで歩を進めると、ことさら優しく彼女に問いかけた。
「クレハに大切な話があるんだ。聞いてくれる?」
「はい……」
「隣、座るよ」
揺れる瞳で俺を見上げている彼女の頭をひと撫ですると、ソファに腰を下ろした。
「あの……レオンはまだ遅刻したおふたりの事を怒っていますか?」
「……アイツらには注意をしただけ。怒ってないよ」
クレハは安心したように息を吐いた。そんなに兄弟が心配だったのか。ミシェルが説教だなんて言ったせいだな……それにしても、あの短い間で随分と仲良くなったものだ。ちょっと妬ける。
「兄弟の事はまた後で。クレハ、今から俺が君にする話……本当はもっと早くに伝えるべきだったのかもしれない。でも、それを聞いたクレハがどう思うか……俺は怖かったんだ。だから、取ってつけた理由を作って先延ばしにしていた。君に嘘をついていたんだよ……ごめん」
「嘘って……何を……」
「クレハは王宮に来て、もうどれくらいになるかな」
「えっと、ひと月以上にはなります」
慎重になっているせいか、遠回しで勿体ぶった話し方をしてしまう。それでも最初から順序立てて説明した方がクレハも理解しやすいだろう。それに、俺自身も頭の中を整理したかった。別にルイスに言われたからじゃないけども……
「俺との婚約が決まって、王宮へ招かれて……それからずっとだよね。クレハも最初は不思議がっていたね、家から迎えが来ないって……」
「はい、でもそれは……」
「うん。俺が君を引き止めたからだ。側にいて欲しいって……でも、本当はそれとは別に迎えが来ない理由がちゃんとあったんだよ。それが、俺が君についた嘘。3日後クレハは家に帰る予定だよね……だから、その理由をちゃんと説明しておかなきゃいけなくなったんだよ」
当初、迎えが来ないことを家で何かあったのではないかと、クレハは疑っていた。それを俺が誤魔化したのだった。俺の話が嘘だったということ……嘘をついてまでクレハを王宮に足止めした。そして更に、クレハの反応が怖かったという発言。彼女の顔に憂色が漂い始める。膝の上で強く握られている彼女の手……俺はその上にゆっくりと己のそれを重ね合わせた。
「クレハに側にいて欲しいっていう、その気持ちは嘘じゃないよ。俺は君と一緒にいられることは嬉しかったし、本当は今でも帰らないでって思ってる。いっそ……どこかに閉じ込めておきたいくらいだよ」
「レオンはまたそういう事を言う……」
「そういう事って?」
「とぼけないで下さい。私が恥ずかしがるの分かっててやってるんですもの……」
クレハは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。触れている彼女の手から、僅かに力が抜けていくのが分かった。
「クレハって可愛いよね」
「ほら、そういうとこ! ……レオンって本当に10歳なんですか?」
「それよく言われる。そんなに大人びて見えるかな? 身長だって同年代の子と比べても、飛び抜けて大きいわけでもないのに」
「見た目の話じゃないと思いますよ……」
「……父上やセドリックなんて年齢詐称してるとか、中におっさんが入ってるとか好き放題言ってくるんだよ」
「ふっ……! ぐっ、そ、それくらい……大人っぽいってことですっ……よ」
「クレハ酷い。笑ってる」
「わっ、笑ってないです!!」
一応俺に悪いと思っているのか、クレハは必死に笑いを堪えている。目が少し涙ぐんでいた。俺はそんな彼女の顔をじっと見つめる。クレハは感情がすぐ顔に出る。今までも色んな表情を俺に見せてくれた。怒った顔、泣いた顔、拗ねた顔……どれも可愛いくて愛おしいけれど、やっぱり笑った顔が1番好きだ。
「クレハが笑顔だと、俺は嬉しいよ」
「レオン……あなたが私のためにいつも心を砕いてくれているのを知っています。嘘をついたのだって、私を思いやっての事ですよね。レオンから見たら弱くて頼りないかもしれません……でも、私大丈夫です。本当のことを教えて下さい」
目の端に溜まった雫を拭いながら、クレハは告げる。添えるように触れていた俺の指先を、彼女の方から握り返してきたので、一瞬動揺してしまう。自分はいつも好き勝手にクレハに触っているのに、向こうから行動されるとこうも心を乱されるのか……やはり不意打ちはヤバいな。クレハの気持ちが分かった。
「うん。でも、俺だって状況を完全に把握してはいないんだ。だから、質問されても答えられない所があるけど……」
「それでも良いです。お願いします」
彼女に伝えるのは、最初に父上が俺に話してくれたこと……つまり、表向きの理由。ジェムラート公もクレハに対してはその設定で通すようだし、合わせた方が良いだろう。
「分かった。じゃあ、クレハ……落ち着いて聞いてね……これから俺がする話を。君のお姉さん、フィオナについて……」
「レオン」
クレハが俺の名前を呼ぶ。それだけで俺は彼女しか見えなくなる。初めて会った時は殿下と敬称で呼ばれたのだけど、すぐに訂正させた。普段は呼び名にあまり拘ったりしないのに……。彼女の口から発せられるというだけで、自分の名前が特別な響きを持って聴こえてしまうのだから、我ながら呆れてしまう。
「レナードさんとルイスさんは?」
「あのふたりは向かいの部屋で待っているよ」
ちらりとミシェルに視線を送ると、彼女は心得たとばかりに静かに頷く。
「リズちゃん、お話が終わるまで外で待っていましょうか。殿下、私達も別室で待機致します。何かありましたらお呼び下さい」
「ああ」
リズを促しながらミシェルは部屋から出て行く。人払いをしたことで、クレハの顔がどことなく緊張感を帯びたものになる。クレハが座っているソファの近くまで歩を進めると、ことさら優しく彼女に問いかけた。
「クレハに大切な話があるんだ。聞いてくれる?」
「はい……」
「隣、座るよ」
揺れる瞳で俺を見上げている彼女の頭をひと撫ですると、ソファに腰を下ろした。
「あの……レオンはまだ遅刻したおふたりの事を怒っていますか?」
「……アイツらには注意をしただけ。怒ってないよ」
クレハは安心したように息を吐いた。そんなに兄弟が心配だったのか。ミシェルが説教だなんて言ったせいだな……それにしても、あの短い間で随分と仲良くなったものだ。ちょっと妬ける。
「兄弟の事はまた後で。クレハ、今から俺が君にする話……本当はもっと早くに伝えるべきだったのかもしれない。でも、それを聞いたクレハがどう思うか……俺は怖かったんだ。だから、取ってつけた理由を作って先延ばしにしていた。君に嘘をついていたんだよ……ごめん」
「嘘って……何を……」
「クレハは王宮に来て、もうどれくらいになるかな」
「えっと、ひと月以上にはなります」
慎重になっているせいか、遠回しで勿体ぶった話し方をしてしまう。それでも最初から順序立てて説明した方がクレハも理解しやすいだろう。それに、俺自身も頭の中を整理したかった。別にルイスに言われたからじゃないけども……
「俺との婚約が決まって、王宮へ招かれて……それからずっとだよね。クレハも最初は不思議がっていたね、家から迎えが来ないって……」
「はい、でもそれは……」
「うん。俺が君を引き止めたからだ。側にいて欲しいって……でも、本当はそれとは別に迎えが来ない理由がちゃんとあったんだよ。それが、俺が君についた嘘。3日後クレハは家に帰る予定だよね……だから、その理由をちゃんと説明しておかなきゃいけなくなったんだよ」
当初、迎えが来ないことを家で何かあったのではないかと、クレハは疑っていた。それを俺が誤魔化したのだった。俺の話が嘘だったということ……嘘をついてまでクレハを王宮に足止めした。そして更に、クレハの反応が怖かったという発言。彼女の顔に憂色が漂い始める。膝の上で強く握られている彼女の手……俺はその上にゆっくりと己のそれを重ね合わせた。
「クレハに側にいて欲しいっていう、その気持ちは嘘じゃないよ。俺は君と一緒にいられることは嬉しかったし、本当は今でも帰らないでって思ってる。いっそ……どこかに閉じ込めておきたいくらいだよ」
「レオンはまたそういう事を言う……」
「そういう事って?」
「とぼけないで下さい。私が恥ずかしがるの分かっててやってるんですもの……」
クレハは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。触れている彼女の手から、僅かに力が抜けていくのが分かった。
「クレハって可愛いよね」
「ほら、そういうとこ! ……レオンって本当に10歳なんですか?」
「それよく言われる。そんなに大人びて見えるかな? 身長だって同年代の子と比べても、飛び抜けて大きいわけでもないのに」
「見た目の話じゃないと思いますよ……」
「……父上やセドリックなんて年齢詐称してるとか、中におっさんが入ってるとか好き放題言ってくるんだよ」
「ふっ……! ぐっ、そ、それくらい……大人っぽいってことですっ……よ」
「クレハ酷い。笑ってる」
「わっ、笑ってないです!!」
一応俺に悪いと思っているのか、クレハは必死に笑いを堪えている。目が少し涙ぐんでいた。俺はそんな彼女の顔をじっと見つめる。クレハは感情がすぐ顔に出る。今までも色んな表情を俺に見せてくれた。怒った顔、泣いた顔、拗ねた顔……どれも可愛いくて愛おしいけれど、やっぱり笑った顔が1番好きだ。
「クレハが笑顔だと、俺は嬉しいよ」
「レオン……あなたが私のためにいつも心を砕いてくれているのを知っています。嘘をついたのだって、私を思いやっての事ですよね。レオンから見たら弱くて頼りないかもしれません……でも、私大丈夫です。本当のことを教えて下さい」
目の端に溜まった雫を拭いながら、クレハは告げる。添えるように触れていた俺の指先を、彼女の方から握り返してきたので、一瞬動揺してしまう。自分はいつも好き勝手にクレハに触っているのに、向こうから行動されるとこうも心を乱されるのか……やはり不意打ちはヤバいな。クレハの気持ちが分かった。
「うん。でも、俺だって状況を完全に把握してはいないんだ。だから、質問されても答えられない所があるけど……」
「それでも良いです。お願いします」
彼女に伝えるのは、最初に父上が俺に話してくれたこと……つまり、表向きの理由。ジェムラート公もクレハに対してはその設定で通すようだし、合わせた方が良いだろう。
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