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240話 父と娘(2)
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食事も終盤に差し掛かり、そろそろデザートを用意して貰おうと考えていた。お父様は甘いスイーツも嫌いではないが、今は体が弱っているのでデザートにはさっぱりとした果物を出すようにお願いしてある。
最初はぎこちなかった会話も、食事を進めるうちに違和感の無いものになっていたと思う。オーバンさんの美味しい料理が場を和ませてくれたおかげだ。加えて私に釣られたのか、お父様はメインの食事を思っていた以上にしっかりと食べてくれた。いきなりたくさんの量を食べさせるのも良くないから、デザートは無理に薦めようとは思っていない。あくまで食べられそうならということで……
『一緒に食事をしてお父様を元気づけよう作戦』の1回目は、無事に成功したと言っていいのではないかな。
「お父様。お腹に余裕があればですが、デザートに果物はいかがですか? なんならお茶だけでも……」
用意したお茶は『オレガノ』だ。『とまり木』でも提供しているハーブティーで、以前セドリックさんに少し分けて貰っていたのだ。独特の風味があって好みが分かれるお茶だけど、腸内環境を整えて消化を促す効果がある。これもセドリックさんの受け売りだ。
「そうだな。じゃあ、お茶だけ頂こうかな。クレハは私の事は気にせずデザートを食べていいからね」
「はい。お父様こそ、私が食べているのを見て後から欲しくなっても知りませんからね」
もうすっかり以前と同じように会話ができている。この調子で私と一緒に規則正しい食事を取っていけば体力も回復して、激減した体重も元に戻っていくはずだ。
「……クレハ、ありがとう。お前のおかげで目が覚めたよ。家の長である私がいつまでもへこたれていてはいけないな。使用人たちも不安にさせてしまって申し訳なかった」
顔色はまだ悪いけど表情は晴れ晴れとしている。どこか吹っ切れたかのような清々しさだ。
お父様を励ます目的で今回の食事をセッティングしたわけだが、初日でここまでの効果があるなんて。嬉しい誤算ではあるけど、焦らず慎重にお願いしたい。
「お父様、まだ本調子ではないのですから無理をなさらないで下さい。レオン殿下もいらっしゃってますし……侵入者の件に関しては、彼を頼ってしばらくゆっくりなさっても……」
うちの屋敷で起きた騒動も島での襲撃事件との関連性を疑われている。そのため、王宮警備隊……つまりレオンを筆頭に捜査が行われていた。彼もお父様の不調は把握している。無理をしないよう心配りをしてくれるはずだ。
「……そういうわけにはいかないよ。本を正せば、一連の事件が起きた要因は、私にあるかもしれないのだから」
「それはどういう……」
事件を起こしたのはニュアージュの魔法使いだ。ジェフェリーさんが疑われるという予想外の展開はあったけれど、お父様は関係ないはず。うちの家族で魔力を持っているのは私だけだ。お父様が他国の魔法使いと繋がりがあるとも思えない。
お父様に非があるのだとしたら、ニュアージュから来たという『カレン』をろくな調査もせずに雇ってしまったことだろう。ルーイ様が怪我をする原因を作ったと考えれば、全く責任がないとは言えない。でもそれはジェフェリーさんと同じで、人助けをしようとしたら巻き込まれてしまったという印象の方が強い。ルーイ様も軽症だったこともあり、過剰に責める気にはなれなかった。
「……デザートとお茶が来たね」
オレガノハーブティーに果物の盛り合わせが運ばれてきた。食べやすいようにカットされた新鮮な果物。オレガノの爽やかでほろ苦い香りが鼻を通り抜ける。お茶とデザートを運んできた侍女が退室すると、お父様はお茶の入ったカップに手を伸ばした。
「ハーブティーだね。なんのハーブだろう」
「……オレガノです。胃の調子を整えてくれる効果があるって聞いたから……」
「そうか。ハーブティーは飲み付けてこなかったけど、体に良さそうだね。これからは紅茶よりこっちにしようかな」
お父様は香りを楽しんでからハーブティーを口に運ぶ。私はその光景を静かに見守った。先ほどのお父様の発言が気になってしまい、デザートどころではなくなってしまった。
「クレハ」
「はい」
カップをソーサーの上に戻すと、お父様は小さく息を吐いた。俯きがちだった顔が正面を向いて、薄茶色の瞳が私を捉える。
「レオン殿下がうちの屋敷にいらっしゃってから、私に言われた言葉があるんだ。クレハがいない所でね。口止めはされていないから教えてあげるよ」
レオンが……? お父様に何を言ったというのだろうか。鼓動が早くなり、息苦しくなってきた。優しい彼はいたずらに人を傷付けるようなことはしない。分かっているけど……どうしてお父様は突然こんな話を始めたのだ。
「島で起きた襲撃事件に関与した者は身分を問わず厳罰に処す。事の顛末がどんなものであれ、クレハが殿下の婚約者であることは揺るぎない。肝に銘じておくようにと」
正直な感想。よくわからなかった。事件の共犯が裁かれるのは当然のことだ。そこになぜ私とレオンの婚約が関係してくるのか。意味不明だ。そしてそれをなぜお父様に警告のように伝えるのか。
「クレハ、これからお父様はお前に大事な話をしようと思う。事情があって今まで伝えられなかったんだ。殿下がどうしてこのような事を言われたのか、話を聞けば理解できるだろう」
「……分かりました、お父様。その大切なお話……私に聞かせて下さい」
「レオン殿下の婚約者はクレハだ。この先どんな困難なことがあっても、お前ならきっと乗り越えることが出来る。私はもう迷わないよ。クレハが立派に覚悟を決めているんだ。見習わないとな」
今の今まで伝えるのを先延ばしにされていたという話。レオンは知っている内容みたいだけれど、ここまで前置きをされると怖くなる。どんな話なんだと。お父様は語る気満々だし、私も聞くと言ってしまったので引き返せない。気を引き締めて挑むとしよう。
最初はぎこちなかった会話も、食事を進めるうちに違和感の無いものになっていたと思う。オーバンさんの美味しい料理が場を和ませてくれたおかげだ。加えて私に釣られたのか、お父様はメインの食事を思っていた以上にしっかりと食べてくれた。いきなりたくさんの量を食べさせるのも良くないから、デザートは無理に薦めようとは思っていない。あくまで食べられそうならということで……
『一緒に食事をしてお父様を元気づけよう作戦』の1回目は、無事に成功したと言っていいのではないかな。
「お父様。お腹に余裕があればですが、デザートに果物はいかがですか? なんならお茶だけでも……」
用意したお茶は『オレガノ』だ。『とまり木』でも提供しているハーブティーで、以前セドリックさんに少し分けて貰っていたのだ。独特の風味があって好みが分かれるお茶だけど、腸内環境を整えて消化を促す効果がある。これもセドリックさんの受け売りだ。
「そうだな。じゃあ、お茶だけ頂こうかな。クレハは私の事は気にせずデザートを食べていいからね」
「はい。お父様こそ、私が食べているのを見て後から欲しくなっても知りませんからね」
もうすっかり以前と同じように会話ができている。この調子で私と一緒に規則正しい食事を取っていけば体力も回復して、激減した体重も元に戻っていくはずだ。
「……クレハ、ありがとう。お前のおかげで目が覚めたよ。家の長である私がいつまでもへこたれていてはいけないな。使用人たちも不安にさせてしまって申し訳なかった」
顔色はまだ悪いけど表情は晴れ晴れとしている。どこか吹っ切れたかのような清々しさだ。
お父様を励ます目的で今回の食事をセッティングしたわけだが、初日でここまでの効果があるなんて。嬉しい誤算ではあるけど、焦らず慎重にお願いしたい。
「お父様、まだ本調子ではないのですから無理をなさらないで下さい。レオン殿下もいらっしゃってますし……侵入者の件に関しては、彼を頼ってしばらくゆっくりなさっても……」
うちの屋敷で起きた騒動も島での襲撃事件との関連性を疑われている。そのため、王宮警備隊……つまりレオンを筆頭に捜査が行われていた。彼もお父様の不調は把握している。無理をしないよう心配りをしてくれるはずだ。
「……そういうわけにはいかないよ。本を正せば、一連の事件が起きた要因は、私にあるかもしれないのだから」
「それはどういう……」
事件を起こしたのはニュアージュの魔法使いだ。ジェフェリーさんが疑われるという予想外の展開はあったけれど、お父様は関係ないはず。うちの家族で魔力を持っているのは私だけだ。お父様が他国の魔法使いと繋がりがあるとも思えない。
お父様に非があるのだとしたら、ニュアージュから来たという『カレン』をろくな調査もせずに雇ってしまったことだろう。ルーイ様が怪我をする原因を作ったと考えれば、全く責任がないとは言えない。でもそれはジェフェリーさんと同じで、人助けをしようとしたら巻き込まれてしまったという印象の方が強い。ルーイ様も軽症だったこともあり、過剰に責める気にはなれなかった。
「……デザートとお茶が来たね」
オレガノハーブティーに果物の盛り合わせが運ばれてきた。食べやすいようにカットされた新鮮な果物。オレガノの爽やかでほろ苦い香りが鼻を通り抜ける。お茶とデザートを運んできた侍女が退室すると、お父様はお茶の入ったカップに手を伸ばした。
「ハーブティーだね。なんのハーブだろう」
「……オレガノです。胃の調子を整えてくれる効果があるって聞いたから……」
「そうか。ハーブティーは飲み付けてこなかったけど、体に良さそうだね。これからは紅茶よりこっちにしようかな」
お父様は香りを楽しんでからハーブティーを口に運ぶ。私はその光景を静かに見守った。先ほどのお父様の発言が気になってしまい、デザートどころではなくなってしまった。
「クレハ」
「はい」
カップをソーサーの上に戻すと、お父様は小さく息を吐いた。俯きがちだった顔が正面を向いて、薄茶色の瞳が私を捉える。
「レオン殿下がうちの屋敷にいらっしゃってから、私に言われた言葉があるんだ。クレハがいない所でね。口止めはされていないから教えてあげるよ」
レオンが……? お父様に何を言ったというのだろうか。鼓動が早くなり、息苦しくなってきた。優しい彼はいたずらに人を傷付けるようなことはしない。分かっているけど……どうしてお父様は突然こんな話を始めたのだ。
「島で起きた襲撃事件に関与した者は身分を問わず厳罰に処す。事の顛末がどんなものであれ、クレハが殿下の婚約者であることは揺るぎない。肝に銘じておくようにと」
正直な感想。よくわからなかった。事件の共犯が裁かれるのは当然のことだ。そこになぜ私とレオンの婚約が関係してくるのか。意味不明だ。そしてそれをなぜお父様に警告のように伝えるのか。
「クレハ、これからお父様はお前に大事な話をしようと思う。事情があって今まで伝えられなかったんだ。殿下がどうしてこのような事を言われたのか、話を聞けば理解できるだろう」
「……分かりました、お父様。その大切なお話……私に聞かせて下さい」
「レオン殿下の婚約者はクレハだ。この先どんな困難なことがあっても、お前ならきっと乗り越えることが出来る。私はもう迷わないよ。クレハが立派に覚悟を決めているんだ。見習わないとな」
今の今まで伝えるのを先延ばしにされていたという話。レオンは知っている内容みたいだけれど、ここまで前置きをされると怖くなる。どんな話なんだと。お父様は語る気満々だし、私も聞くと言ってしまったので引き返せない。気を引き締めて挑むとしよう。
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