243 / 302
242話 混乱(1)
しおりを挟む
クレハ様は自室に到着すると、すぐにベッドへ横になられた。明らかに様子がおかしい主の側から離れるのは気が進まなかったけど、眠るのでひとりにして欲しいとお願いされては仕方がない。それが私たちを遠ざけるための方便だと分かっていてもだ。
私とルイスさんは渋々だが退室することになった。それでも何かあった時にすぐさま対応できるよう、クレハ様の部屋の隣にある控えの間で待機しながら、今後どうすべきかを話し合うことにした。
「さっきの食事の席で問題が発生したのは明白だよ。ボスに報告しないと……」
食堂の前で暴れる寸前だったルイスさん。一時的に収めていた怒りがまた溢れ出してきたのだろう。今にも部屋から飛び出して行ってしまいそうだ。私はそんな彼を宥めながら、クレハ様のためにどうするのが最善かを必死に考えている。
「ルイスさん、逸る気持ちは分かりますがレオン殿下に知らせるのは待って下さい。まず私がクレハ様とお話しをしてみますので……」
「どのみち報告はしなきゃ……だったら早い方がいい」
「分かっています。でも、お願いです……少しだけ時間を下さい」
クレハ様の身に何が起きたのかはまだ判明していない。無理やり笑顔を作って普段通りに振る舞おうとなさっていた姿から想像するに、私たちにあまり知られたくない内容の可能性が高い。
クレハ様本人は上手く隠し通せていると思っているようだけど、残念ながらその健気な努力が実を結ぶことはない。ある程度交流があれば、クレハ様の異変にすぐに気付くだろう。そのくらい分かりやすかった。でも、だからといって周囲の人間が先走って事を大きくして、クレハ様を更に追い詰めてしまうような展開だけは避けなければならない。
今のクレハ様をレオン殿下が見たらどうなるか……想像するだけで怖い。彼の部下であるルイスさんでさえ、一触即発の状態なのだ。英明と名高い殿下もクレハ様のことになると、我を忘れて怒り狂うのではないか。そして、その怒りが旦那様へと向かってしまったら……王家とジェムラート家の関係が悪くなってしまったらどうしよう。
様々な不安が一気に押し寄せてきて、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。とにかく、そんなことにならないように、まずは私が先陣を切ってなんとかクレハ様を慰められないだろうか。
「……クレハ様があのような態度を取られているのは、殿下を始め、皆に心配をかけないよう気遣っておられるからでしょう」
「だろうね……全然隠せてないけど。姫さんは嘘がつけないタイプだわ」
ルイスさんは切なげに眉をひそめた。クレハ様のあの感情のこもらない笑顔を思い出したのだろうか。私も今までみたことのない主の表情に背筋が震えたのだった。
「私はそれに加えて、食堂での出来事は我々に隠しておきたいという気持ちも強かったのではないかと推察します。父親と娘の間で交わされた……非常にプライベートな内容かもしれません。それでしたら、クレハ様の方からお話しして下さる前に、周りが騒ぎ立てるのは得策ではないかと……」
「ジェムラート家の内輪ネタかもしれないってことね……それって……」
「まだ分かりません。それを確認するためにも、殿下にお知らせする前に、私に任せて頂けないでしょうか。もし、私たちが想像しているやり取りがクレハ様と旦那様の間でなされたのなら……今クレハ様に寄り添うのは自分が適任だと思います」
旦那様がこのタイミングで、しかもクレハ様があんなにも衝撃を受けるような話といえば……私たちが今の今までひた隠しにしていたあの出来事が思い起こされる。クレハ様が王宮に滞在することになった本当の理由。そう、フィオナ様の……
「もし……姫さんの姉さん関連の話が原因なら、どちらの事もよく知っているリズが適任か。確かに……ボスはテンパって失言しちゃうかもしれないな」
私も正にそれを心配しているのだった。そしてそれはクレハ様の方にも言えることだ。殿下とお話しをする必要はあるけど、それはクレハ様がもう少し落ち着きを取り戻してからの方がいい。
「分かったよ。とりあえずリズに姫さんを任せる。でもそんなに長らくは待てない。ボスに勘づかれるのも時間の問題だからね」
「ありがとうございます、ルイスさん」
「それと……俺を止めてくれたことにも礼を言う。さっきの姫さんを見たら頭に血が上っちゃってさ。取り返しのつかない失態をするとこだった。後先考えずに姫さんの父親に詰め寄ろうとしたんだからさ……」
「ほんとです。こんな子供に大人の男性……しかも軍人さんを足止めさせるなんて無茶な真似は今後させないで下さいよ。巨大な岩に向かって体当たりしてる気分でしたから」
「ははっ……ごめん。これからは気を付ける。俺もボスのこと笑えないな」
口ではルイスさんを諌めるような言葉を吐きつつも、内心は嬉しかった。それほどクレハ様を大切に思って下さっていることの証明でもあるから。
会話をしているうちにルイスさんも冷静になってきたようだ。部屋を飛び出していくような荒々しい空気はなくなった。
ルイスさんの協力を得る事に成功したけれど、これからが本番だ。私に任せろだなんて大口を叩いたのはいいけど、心臓は緊張と不安でバクバクと激しく高鳴っていたのだった。
私とルイスさんは渋々だが退室することになった。それでも何かあった時にすぐさま対応できるよう、クレハ様の部屋の隣にある控えの間で待機しながら、今後どうすべきかを話し合うことにした。
「さっきの食事の席で問題が発生したのは明白だよ。ボスに報告しないと……」
食堂の前で暴れる寸前だったルイスさん。一時的に収めていた怒りがまた溢れ出してきたのだろう。今にも部屋から飛び出して行ってしまいそうだ。私はそんな彼を宥めながら、クレハ様のためにどうするのが最善かを必死に考えている。
「ルイスさん、逸る気持ちは分かりますがレオン殿下に知らせるのは待って下さい。まず私がクレハ様とお話しをしてみますので……」
「どのみち報告はしなきゃ……だったら早い方がいい」
「分かっています。でも、お願いです……少しだけ時間を下さい」
クレハ様の身に何が起きたのかはまだ判明していない。無理やり笑顔を作って普段通りに振る舞おうとなさっていた姿から想像するに、私たちにあまり知られたくない内容の可能性が高い。
クレハ様本人は上手く隠し通せていると思っているようだけど、残念ながらその健気な努力が実を結ぶことはない。ある程度交流があれば、クレハ様の異変にすぐに気付くだろう。そのくらい分かりやすかった。でも、だからといって周囲の人間が先走って事を大きくして、クレハ様を更に追い詰めてしまうような展開だけは避けなければならない。
今のクレハ様をレオン殿下が見たらどうなるか……想像するだけで怖い。彼の部下であるルイスさんでさえ、一触即発の状態なのだ。英明と名高い殿下もクレハ様のことになると、我を忘れて怒り狂うのではないか。そして、その怒りが旦那様へと向かってしまったら……王家とジェムラート家の関係が悪くなってしまったらどうしよう。
様々な不安が一気に押し寄せてきて、頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。とにかく、そんなことにならないように、まずは私が先陣を切ってなんとかクレハ様を慰められないだろうか。
「……クレハ様があのような態度を取られているのは、殿下を始め、皆に心配をかけないよう気遣っておられるからでしょう」
「だろうね……全然隠せてないけど。姫さんは嘘がつけないタイプだわ」
ルイスさんは切なげに眉をひそめた。クレハ様のあの感情のこもらない笑顔を思い出したのだろうか。私も今までみたことのない主の表情に背筋が震えたのだった。
「私はそれに加えて、食堂での出来事は我々に隠しておきたいという気持ちも強かったのではないかと推察します。父親と娘の間で交わされた……非常にプライベートな内容かもしれません。それでしたら、クレハ様の方からお話しして下さる前に、周りが騒ぎ立てるのは得策ではないかと……」
「ジェムラート家の内輪ネタかもしれないってことね……それって……」
「まだ分かりません。それを確認するためにも、殿下にお知らせする前に、私に任せて頂けないでしょうか。もし、私たちが想像しているやり取りがクレハ様と旦那様の間でなされたのなら……今クレハ様に寄り添うのは自分が適任だと思います」
旦那様がこのタイミングで、しかもクレハ様があんなにも衝撃を受けるような話といえば……私たちが今の今までひた隠しにしていたあの出来事が思い起こされる。クレハ様が王宮に滞在することになった本当の理由。そう、フィオナ様の……
「もし……姫さんの姉さん関連の話が原因なら、どちらの事もよく知っているリズが適任か。確かに……ボスはテンパって失言しちゃうかもしれないな」
私も正にそれを心配しているのだった。そしてそれはクレハ様の方にも言えることだ。殿下とお話しをする必要はあるけど、それはクレハ様がもう少し落ち着きを取り戻してからの方がいい。
「分かったよ。とりあえずリズに姫さんを任せる。でもそんなに長らくは待てない。ボスに勘づかれるのも時間の問題だからね」
「ありがとうございます、ルイスさん」
「それと……俺を止めてくれたことにも礼を言う。さっきの姫さんを見たら頭に血が上っちゃってさ。取り返しのつかない失態をするとこだった。後先考えずに姫さんの父親に詰め寄ろうとしたんだからさ……」
「ほんとです。こんな子供に大人の男性……しかも軍人さんを足止めさせるなんて無茶な真似は今後させないで下さいよ。巨大な岩に向かって体当たりしてる気分でしたから」
「ははっ……ごめん。これからは気を付ける。俺もボスのこと笑えないな」
口ではルイスさんを諌めるような言葉を吐きつつも、内心は嬉しかった。それほどクレハ様を大切に思って下さっていることの証明でもあるから。
会話をしているうちにルイスさんも冷静になってきたようだ。部屋を飛び出していくような荒々しい空気はなくなった。
ルイスさんの協力を得る事に成功したけれど、これからが本番だ。私に任せろだなんて大口を叩いたのはいいけど、心臓は緊張と不安でバクバクと激しく高鳴っていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
何も言わずメイドとして働いてこい!とポイされたら、成り上がり令嬢になりました
さち姫
恋愛
シャーリー・サヴォワは伯爵家の双子の妹として産まれた 。実の父と双子の姉、継母に毎日いじめられ、辛い日々を送っていた。特に綺麗で要領のいい双子の姉のいつも比べられ、卑屈になる日々だった。
そんな事ある日、父が、
何も言わず、メイドして働いてこい、
と会ったこともないのにウインザー子爵家に、ポイされる。
そこで、やっと人として愛される事を知る。
ウインザー子爵家で、父のお酒のおつまみとして作っていた料理が素朴ながらも大人気となり、前向きな自分を取り戻していく。
そこで知り合った、ふたりの男性に戸惑いながらも、楽しい三角関係が出来上がっていく。
やっと人間らしく過ごし始めたのに、邪魔をする家族。
その中で、ウインザー子爵の本当の姿を知る。
前に書いていたいた小説に加筆を加えました。ほぼ同じですのでご了承ください。
また、料理については個人的に普段作っているのをある程度載せていますので、深く突っ込むのはやめてくださいm(*_ _)m
第1部の加筆が終わったので、ここから毎日投稿致しますm(_ _)m
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます
ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。
前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。
社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。
けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。
家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士――
五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。
遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。
異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。
女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる