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255話 前夜(2)
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「ジェラール陛下からルーイ先生には全面的に協力するよう仰せつかっております。ですが……これは、あくまで私個人の意見です。ニュアージュの者たちとこれ以上直接関わろうとなさるのはやめて頂きたい。非常に危険です。貴方は既に怪我を負わされている身なのですよ」
「ジェイク……それはもう俺たちが散々先生に進言したことだ。お前が何を言おうが、この方の意思は揺るがないよ。諦めろ」
個人の意見だと!? あのバルトが陛下の御命令にないであろう事を自主的に行うだなんて……
まだ会って間もない先生を案じている。バルトが先生を疑うことはあっても、心配するなんてそんなこと……俺は想像すらしていなかった。
「俺とセドリックは同じ話をこれまで何度もしてきたんだ。先生を危険な目に合わせたくない。今でもその気持ちは変わらない。でも、二人組との交渉は先生の存在ありきで成り立つ。誰にも代役を務めることは出来ないんだよ」
「自分のような者が事件に深入りすべきでないのは、重々承知しております。それでも、犯行に魔法が使われていたと聞いて、自分の持つ知識がお役に立てるのではないかと思ったのです。危険が伴うのは覚悟の上。ジェイク隊長……どうかご容赦下さい」
「……個人の意見だと前置きしましたでしょう。すでに陛下と殿下の許可が出ている。私にはお二人がお決めになったことを覆すなどできません。貴方に一言注意を促しておきたかった。それだけです」
「つまり、心配をして下さっているのですね。初対面の自分にそこまで心を砕いて頂いて……ジェイク隊長はお優しいな」
ぶっきらぼうに告げるバルトに向かって、先生はまたしても笑顔を向ける。この時俺は見逃さなかった。バルトの鉄仮面のような表情が僅かに緩んだ。光の速さで先生に絆されていってる。この男はこんなにちょろかっただろうか。
「バルト隊長、心配する必要はない。交渉の場には私も立ち合うことになっている。先生は私がこの身に代えてでもお守りする。ニュアージュの二人組には指一本ですら触れさせない」
これ以上、先生とバルトのやり取りを黙って見ていられなかった。二人の間に割り込むように声を上げてしまう。せっかく良い雰囲気で会話が進行していたというのに……
バルトは驚きまではしないにしても、怪訝そうな顔をしていた。俺は本当にどうしてしまったんだろう。胸の中のモヤモヤは治まることなく、むしろ酷くなる一方だった。
「……そうだな、セドリック。お前が側にいるという事ほど、頼もしいものはない。ジェイク、当然こちらは万全を期して本番に臨む。そう心配するな。交渉は問題なく成功するだろう。さて、先生の紹介はこのくらいにして本題に移ろう」
不穏な空気を感じ取ったのか、レオン様は話題を切り替えた。ニコラ・イーストンの捜査報告を行うようにバルトに命じる。
レオン様のおかげで幾分冷静になった。わけのわからない感情に振り回され、場の空気を乱してどうする。仕事に集中しろ。
バルトは既に俺のことは気にしていないのか、さっさと準備に取り掛かっている。先生の方は――
視線を彼へ向ける。驚いて声が出そうになってしまった。先生が俺を見つめている。まただ……またあの目だ。彼が時折見せる、人の心の内側を暴くかのような強く突き刺さる眼差し。俺が心底苦手としている物の一つ。宝石と見紛うばかりの美しい紫色の瞳も、この時ばかりは目を背けたくて堪らなくなる。
レオン様も俺の態度がおかしいことを感じ取っているのだ。先生が気付かないはずがない。この後間違いなく問い詰められるのだろう。自分自身ですらこの不快感の正体が分からないのに、他人にどう説明したらいいのだ。また悩みのタネが増えてしまった。
「それでは、報告を行います。先にお伝えしました通り、ニコラ・イーストンの消息はいまだ不明の状態です。実家の方にも戻ってはいないようで……彼女の家族は何も知りませんでした。こちらの話を聞いてかなり驚いていたそうですので、匿っている可能性も低いと思われます」
「実家に帰ったという線は消えたか……」
「はい。ですが……ニコラ・イーストンが誰にも気付かれずに屋敷から出れるよう、手引きした人間がいるのを突き止めました。外での目撃者も複数おりますので、見つかるのは時間の問題ではないかと思います」
「その手引きした人間というのが、失踪の経緯を知っているという侍女か。この短期間でよく調べてくれたな、ジェイク」
「目撃情報に関しては、殿下があらかじめ場所の当たりを付けて下さったおかげです。特にリアン大聖堂で得た証言は今後の捜査に大いに役立つでしょう。どうして分かったのですか?」
「俺じゃない。勘の良い部下のおかげだよ」
「ミシェルちゃんだね。後で褒めてあげないとね」
ニコラ・イーストンは島で起きた襲撃事件の前後、リアン大聖堂で何度も目撃されていたそうだ。ミシェルが気にしていたニコラ・イーストンのバングルも、商人の証言からリアン大聖堂で購入したもので確定した。
「突然始まったニコラさんの教会通い。そして形見だというバングルが変わった理由。彼女の失踪と直接関係があるかは分からないけど、これも詳しく調べた方がよさそうだねぇ……」
「ジェイク。その失踪を手引きしたという侍女は、そのあたりの事情に関しては知っていたのか。ニコラ・イーストンに協力した理由などはどう説明している?」
「協力者の名前はエラ・ブリーム。彼女は今とても動揺しています。まさか警備隊の人間が出向いてくるような大事になるとは想像もしていなかったそうです。ニコラ・イーストンは恋人と駆け落ちしたのだとばかり思っていたと……」
「恋人!? ニコラ・イーストンに恋人がいたのか?」
失踪の理由が恋人と駆け落ちだと? 今まで我々が行ってきた推察を根底から覆すような説が出てきてしまう。これにはレオン様も先生も驚きを禁じ得なかった。口をぽかんと開けたまま、しばらく放心状態になってしまったのだ。
「ジェイク……それはもう俺たちが散々先生に進言したことだ。お前が何を言おうが、この方の意思は揺るがないよ。諦めろ」
個人の意見だと!? あのバルトが陛下の御命令にないであろう事を自主的に行うだなんて……
まだ会って間もない先生を案じている。バルトが先生を疑うことはあっても、心配するなんてそんなこと……俺は想像すらしていなかった。
「俺とセドリックは同じ話をこれまで何度もしてきたんだ。先生を危険な目に合わせたくない。今でもその気持ちは変わらない。でも、二人組との交渉は先生の存在ありきで成り立つ。誰にも代役を務めることは出来ないんだよ」
「自分のような者が事件に深入りすべきでないのは、重々承知しております。それでも、犯行に魔法が使われていたと聞いて、自分の持つ知識がお役に立てるのではないかと思ったのです。危険が伴うのは覚悟の上。ジェイク隊長……どうかご容赦下さい」
「……個人の意見だと前置きしましたでしょう。すでに陛下と殿下の許可が出ている。私にはお二人がお決めになったことを覆すなどできません。貴方に一言注意を促しておきたかった。それだけです」
「つまり、心配をして下さっているのですね。初対面の自分にそこまで心を砕いて頂いて……ジェイク隊長はお優しいな」
ぶっきらぼうに告げるバルトに向かって、先生はまたしても笑顔を向ける。この時俺は見逃さなかった。バルトの鉄仮面のような表情が僅かに緩んだ。光の速さで先生に絆されていってる。この男はこんなにちょろかっただろうか。
「バルト隊長、心配する必要はない。交渉の場には私も立ち合うことになっている。先生は私がこの身に代えてでもお守りする。ニュアージュの二人組には指一本ですら触れさせない」
これ以上、先生とバルトのやり取りを黙って見ていられなかった。二人の間に割り込むように声を上げてしまう。せっかく良い雰囲気で会話が進行していたというのに……
バルトは驚きまではしないにしても、怪訝そうな顔をしていた。俺は本当にどうしてしまったんだろう。胸の中のモヤモヤは治まることなく、むしろ酷くなる一方だった。
「……そうだな、セドリック。お前が側にいるという事ほど、頼もしいものはない。ジェイク、当然こちらは万全を期して本番に臨む。そう心配するな。交渉は問題なく成功するだろう。さて、先生の紹介はこのくらいにして本題に移ろう」
不穏な空気を感じ取ったのか、レオン様は話題を切り替えた。ニコラ・イーストンの捜査報告を行うようにバルトに命じる。
レオン様のおかげで幾分冷静になった。わけのわからない感情に振り回され、場の空気を乱してどうする。仕事に集中しろ。
バルトは既に俺のことは気にしていないのか、さっさと準備に取り掛かっている。先生の方は――
視線を彼へ向ける。驚いて声が出そうになってしまった。先生が俺を見つめている。まただ……またあの目だ。彼が時折見せる、人の心の内側を暴くかのような強く突き刺さる眼差し。俺が心底苦手としている物の一つ。宝石と見紛うばかりの美しい紫色の瞳も、この時ばかりは目を背けたくて堪らなくなる。
レオン様も俺の態度がおかしいことを感じ取っているのだ。先生が気付かないはずがない。この後間違いなく問い詰められるのだろう。自分自身ですらこの不快感の正体が分からないのに、他人にどう説明したらいいのだ。また悩みのタネが増えてしまった。
「それでは、報告を行います。先にお伝えしました通り、ニコラ・イーストンの消息はいまだ不明の状態です。実家の方にも戻ってはいないようで……彼女の家族は何も知りませんでした。こちらの話を聞いてかなり驚いていたそうですので、匿っている可能性も低いと思われます」
「実家に帰ったという線は消えたか……」
「はい。ですが……ニコラ・イーストンが誰にも気付かれずに屋敷から出れるよう、手引きした人間がいるのを突き止めました。外での目撃者も複数おりますので、見つかるのは時間の問題ではないかと思います」
「その手引きした人間というのが、失踪の経緯を知っているという侍女か。この短期間でよく調べてくれたな、ジェイク」
「目撃情報に関しては、殿下があらかじめ場所の当たりを付けて下さったおかげです。特にリアン大聖堂で得た証言は今後の捜査に大いに役立つでしょう。どうして分かったのですか?」
「俺じゃない。勘の良い部下のおかげだよ」
「ミシェルちゃんだね。後で褒めてあげないとね」
ニコラ・イーストンは島で起きた襲撃事件の前後、リアン大聖堂で何度も目撃されていたそうだ。ミシェルが気にしていたニコラ・イーストンのバングルも、商人の証言からリアン大聖堂で購入したもので確定した。
「突然始まったニコラさんの教会通い。そして形見だというバングルが変わった理由。彼女の失踪と直接関係があるかは分からないけど、これも詳しく調べた方がよさそうだねぇ……」
「ジェイク。その失踪を手引きしたという侍女は、そのあたりの事情に関しては知っていたのか。ニコラ・イーストンに協力した理由などはどう説明している?」
「協力者の名前はエラ・ブリーム。彼女は今とても動揺しています。まさか警備隊の人間が出向いてくるような大事になるとは想像もしていなかったそうです。ニコラ・イーストンは恋人と駆け落ちしたのだとばかり思っていたと……」
「恋人!? ニコラ・イーストンに恋人がいたのか?」
失踪の理由が恋人と駆け落ちだと? 今まで我々が行ってきた推察を根底から覆すような説が出てきてしまう。これにはレオン様も先生も驚きを禁じ得なかった。口をぽかんと開けたまま、しばらく放心状態になってしまったのだ。
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