Dom/Subコマンドが重い壮真と誰とでもプレイする春崎

高山奥地

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 春崎容(はるさきよう)はいつもの調子でダイナミクスバーでプレイ相手を探していた。大昔は特殊性癖とされていた被虐や嗜虐はやがて性別として認識された。ダイナミクスと呼ばれるこの性別区分によると人はUsual、Dom、Sub、Switchの四系統に分類される。Usualは一般的な人。Domは支配願望の強い傾向にあり、Subは従順でありたい傾向にある。SwitchはDomとSub両方の特徴を併せ持つ。ダイナミクスがマイノリティであるDom、Sub、Switchは定期的にプレイを行うことで精神状態を良好に保てるという。
 春崎容はSub性が強く、頻繁にプレイをしないと体調が保てない男だった。体調を保つ薬も試したがあまり効かず、結局こういうところで日々のプレイ相手を見繕う生活をしている。
 こんなことでは特定のパートナーなどきっと作れないだろうと、春崎はどこかで諦めていた。
 今日の相手を探しているが、顔見知りは今日は誰も相手をしてくれそうにない。久しぶりに新規開拓が必要だろうか。春崎はそう思いながら辺りをざっと見回した。ふと店員に声をかけられる。
「ハルちゃん、貴方を呼んでる人がいるけど、知り合い?」
 ドア付近を手で示されてその男を見る。身長はやや高め、服の上からだと身体付きは普通、髪型はショートでスッキリめの黒髪、顔がなんだかボンクラっぽそうな、いや、木訥として優しそうな顔つきである。
「知らないけど呼んでるなら行ってくる」
 春崎はその男に近寄った。男もこちらを見る。
「えっと貴方が春崎容さん?」
「うん、そうだよ。おにいさんの名前は?」
「八田壮真(はったそうま)、です。その、不躾かもしれないが貴方とプレイをしたくて」
 薄々わかっていたけれどプレイのお誘いである。春崎としては渡りに船、遠慮なく乗らせてもらう。
「助かるー。今日誰も捕まらなくてさ、ホテルでいい?」
「あ、ああ」
 八田壮真という男は曖昧に了承した。春崎はバーの会計をすると壮真と店を出る。
「八田、壮真……壮真って呼んでもいい?」
「うん、いい、が……」
「何歳?」
「二十五歳」
「年下だー、おれ二十七」
 ま、誤差範囲でしょ、と春崎は言う。
 よく行くラブホテルの部屋に着いてベッドの前で春崎と壮真は向かい合う。木訥で優しそうに見えたその顔が密室では急にうすら怖く感じた。
「セーフワード『赤』でいい?」
「いい、いいんだが……」
「どしたの」
「俺はコマンドが重いらしいんだ。その、本当にプレイしても大丈夫だろうか」
 壮真が言う。ここまで来て躊躇うのかよ、と思ったがそういうことを言う機会を与えなかったのは春崎自身なので壮真の不安を尊重する。
「心配なんだね。おれはコマンドが重いってよくわからないからプレイしてみたい。泣いちゃったらごめんだけど」
「ん、うん、頼む、頼みます」
「じゃあ」
「おすわり」
 どんなプレイが好み? と聞く前に壮真がコマンドを出した。その言葉に膝が床に付き、腰が落ちる。従おうと頭が動くまでもなく従わされるコマンドだった。コマンドが引力を伴って強引に従わせてくる。拒否を許さぬような重さ。コマンドが重いというのはこういうことかと思い知らされる。
 その重力が春崎には心地よくさえあった。今までプレイした人達とは違う、抗いがたいコマンドの力。絶対的に自分を支配してくれそうな安心感。
「いい子だ」
 頭を撫でられる。褒められて春崎は嬉しくなる。SubとしてDomのコマンドに従えることは大きな喜びである。にやけて壮真を見上げると彼の不安そうな目とかち合った。
「俺のコマンドはこんな感じなんだ。気分は悪くないか?」
「気持ちいい。続けてほしい」
「えっと、これ以上プレイをしたことがなくて、何したらいいか……」
 まじかコイツ、と春崎は思わないでもなかったがコマンドに重みを感じるのは初体験なので、今までのプレイ相手はこれに耐えられなかったのかと思えばそこそこ納得出来た。壮真が春崎の手を取って立たせる。春崎は自分の両頬を叩いてぼんやりした脳に活を入れた。
「ものは試しでコマンドを出したわけね。何をしたらいいかわからないなら、導入編として三つプレイのパターンを挙げるよ。一つはセックス、プレイではよくやるものなので慣れておくと便利。もう一つは筋トレ、負荷を掛けてそれを達成すると褒めるというオーソドックスなプレイが可能だよ。最後に餌付け、相手に手ずから食べさせることによって庇護欲や支配欲を満たせるプレイ。どれがいい?」
 春崎が説明すると壮真は難しそうに眉間にシワを寄せた。壮真が言う。
「春崎さんはどれがしたい?」
「セックス」
 春崎がすぐに答える。プレイでのセックスが春崎には一番都合がいい。
「初めて会ったDomとするんだぞ?」
「男とするのが無理なら他でもいいけれど、初めてでも二度目でもおれはセックスを推奨するよ」
「そ、そうなのか」
 壮真が唖然として言った。考えるように自分の手で自分の顎を撫でた後、決心したように言う。
「じゃあ、セックスしよう」
「オーケー、ありがとね。シャワー浴びてくる」
「ああ」
 そうして、交代でシャワーを浴びた。セックスの準備を済ませた二人はベッドの上に乗る。春崎はシャツは着ているがズボンは脱いでいる。壮真は上下を着ている状態だ。ベッドサイドにはパウチ型のローションとコンドームのパックが置いてある。
「おいで」
 壮真が抱き締めるために手を広げてコマンドを言う。春崎はそのコマンドの引力のままに壮真のすぐそばまで来た。こんな他愛のないコマンドでも壮真が言うとズシリと重い。壮真に抱き締められる。
「いい子だ。どうされたい? 言って」
「すぐに、そのちんぽを中にいれてほしい。我慢したくない。いっぱいアナルの奥を突いてほしい」
 春崎は恥ずかしそうに言った。春崎には普段、直接的な言葉を言うことに羞恥心はない。ただ、壮真の前でそんな言葉を使うのは堪らなく恥ずかしく感じた。いつもは「言わせたいってことは恥ずかしい言葉を使うと喜ぶんだろう」程度の認識でいたコマンドが今日は酷く羞恥心を煽る。
 壮真はやや呆気にとられた様子だったがすぐに春崎を誉めちぎった。
「ちゃんと言えて偉いな。いっぱい気持ちよくなろう」
 壮真はベッドサイドからコンドームを取るとズボンのジッパーをおろして自分のそれに装着する。パウチ型のローションの封を開けてローションを塗りつける。
「春崎さん、見せてほしい。春崎さんのアナルを」
 春崎はそう言われて四つ這いになって腰を上げる。慣れていないSubならやらないだろうが、春崎は尻たぶを両手で広げて壮真に恥ずかしいところを晒した。顔がじんわりと熱い。こんなことを恥ずかしいとは思えない程度には擦れていると思っていた自分が今はウブに頬を染めている。
「恥ずかしいならそんなに無理しなくて大丈夫だよ、セーフワードも使っていいから」
 後ろから落ち着かせるようにシャツ越しに背中を撫でて壮真が言う。慣れていない人に言うような優しい言葉が逆に春崎の気持ちを乱した。相手の要望に的確に応えられていない。そんな不安が春崎を支配する。こんなに満たしてくれる人に応えられないことが何よりも恐ろしい。
「できる。できるから。応えられるから。なんでもなんでもするから」
 そんな言葉が春崎の口から出てきた。春崎は普段こんな風にすがったり、なんでもするなんて確約できないことを言ったりしない。
「春崎さん、大丈夫か?」
「やめないで。続けて。ちゃんと、やるから、指示して。なんでも、大丈夫、だから」
 不安感が螺旋を下るような恐ろしさ。頭の中がくるくると回って恐怖を隠せない。
「春崎さんはちゃんと応えてくれた。心配しなくてもしっかりできている」
 明らかにケアの言葉だ。Sub dropしかけていたのかと春崎も気づく。
「うぁ、ごめん。……ありがと」
 春崎が壮真に振り返って言う。壮真が不安そうな顔をした。
「やめるか?」
「続けたい、だめ?」
 春崎はだめぇ? と若干語尾を伸ばして媚びた言い方をしてみる。春崎はビッチで通っているのもあってこの手の媚び方には多少覚えがある。壮真には普通に効いたようでちょっと照れたように笑った。壮真は春崎のアナルにコンドームを着けた先端をあてがった。
「お尻持たなくていいから、手はベッドについて。セーフワードはちゃんと言えるな?」
「うん、嫌な時は言うよ」
 春崎は尻たぶを広げていた手を離し、ベッドに手を付く。「嫌な時はセーフワードを言う」という約束に安心したように壮真のそれがゆっくりと入ってくる。春崎はその圧迫感に喜びを感じた。欲しかったものが与えられる。
「あ、ああん、は、ああ、っあん」
 わざとらしく喘ぐと壮真は背後から春崎の腹を布越しにさすった。ぞわりと中が蠕動する。優しくひと撫でされて、中が嬉しそうに反応しているのを春崎は感じた。
「どこが好きなんだ? 気持ちいいところを教えて」
 耳元で壮真が低く囁く。それだけで中がおかしくなりそうだった。
 気持ち良くなりたいわけではない。自分はいいから相手がよくなってくれないと困る、と春崎は思った。何故困るのか。いつもは、頻繁に誘いたいから不興を買いたくないのであり、今はここまでの満足感を与えてくれる人を逃がしたくないから。
「奥、突かれるの好き」
 こういう時の体のいい言い訳を述べる。壮真は訝しげに言った。
「本当か。こことか好きそうなのに」
 壮真の腰が動いて、春崎の中のいいところにそれが当たる。それだけでイきそうだった。簡単にイきたくない。
「あ、や、すきすきすき、そこ、やだ! やっ」
「嫌なのか好きなのかわからない。ちゃんと言って」
「すきぃ、すき」
 重いコマンドは自白剤みたいなものだ。本音を引きずり出してしまう。
「今度はちゃんと気持ちいいところ言えたな。えらいぞ」
 そう言って壮真はそこに性器を押し付け、小刻みに動く。春崎は褒められて頭がバカになりそうだった。中を責められるのもあり得ないくらい気持ちいい。春崎はシーツを強く掴んで耐えようとする。壮真の腰使いにただただ翻弄されるが、壮真を性的に満足させることなくイくのは不本意だ。
「そ、ま、一緒にイこ。一人、は、やだ。あっんん、お願……」
「うん、気持ちいいな。イっていいよ。ずっとここグリグリしてやるから」
 優しくそう言われて意図が掴めない。思考の鈍った頭は絶頂を許可されたことしか理解できなかった。「イっていい」という重い許可のコマンドに抗えず、春崎は深く絶頂に達した。春崎の精液がシーツを汚す。
 ヒクリヒクリと中がうごめく。壮真は春崎の気持ちいいところを突くのを止めない。イったばかりの身体はそのじわじわ続く快感におかしくなりそうだ。
「あ、あっ、やば、これ、だめ、ぇ」
「痛い? 苦しい?」
「気持ちいっ、戻れな、っ~~~~~!!」
 春崎の萎えたそれが潮を噴いた。あまりの快楽に涙がじわりとにじむ。壮真が中で達した。ゴム越しに震えて射精するそれが愛おしい。
「春崎さん、ちゃんと気持ちよくなってお利口さんだったな」
 中からそれを抜きながら壮真が春崎を撫でた。春崎はぼんやりとした気持ちよさから戻ってこられない。壮真に身体を起こされて、壮真の膝に座らされて頬やこめかみや頭を撫でられる。壮真を眺めるが言葉が頭に入ってこない。ただ笑顔で労われているのはわかる。春崎の顔にもにへらと笑みが浮かぶ。Sub spaceに入ったことは誰の目にも明らかだ。
「よかった。春崎さん、ありがとう。嬉しい」
 ぼんやりと聴覚が戻ってくる。壮真の声は優しい。
「そうま……すごくよかった」
 言いながら恥ずかしくなった。どんなに嬉しくてもまだ一晩の間柄である。お互いをよく知らず、相手はこちらを名字にさん付けで呼んでくる。心の距離は遠い。それなのに浮かれてしまったことが恥ずかしかった。
 春崎は壮真の膝から退く。ベッドから降りて壮真と向かい合った。
「そういえば、壮真はおれのことを何で知ったの?」
 春崎が聞く。壮真は言いづらそうに視線を反らした。
「Dom専用のプレイクラブでいつも指名している人に『もう無理だから来ないでほしい。ヤりたいなら春崎容とでもヤってきてよ』と言われて……」
「おれ誰とでもヤるビッチで通ってるからねぇ」
「春崎さんが俺を受け入れてくれてよかった」
 壮真が急に真っ直ぐ春崎を見た。春崎はむず痒くなる。それなりに嬉しいけれど、そのひたむきさに照れてしまう。こういう時にどう言うのが正しいのかも分からない。ただまた次があればいいと思った。
「壮真、またしようね」
 春崎が言うと壮真は笑ってうなずいた。
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