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馴れ初め編/最終章 その瞳に映るモノ、その唇で紡ぐモノ
66.答えは身近な所に
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その後、数分も経たないうちに、思ってもいない場所から、解決の糸口はひょっこりと姿をあらわした。
「ねぇ、後藤ちゃん」
「どうした?」
(……?)
突如あらわれた漫画の謎について思い悩むことが、ほんの少しだけ楽しくなってきた頃。それは聞こえてきた。
発生場所は一列分の座席を挟んだ前方。運転席と助手席にいる、國枝と後藤からだ。
「水谷ちゃんの本、後藤ちゃんのでしょ?」
(……ん? えっ!?)
道順に関する相談でも始めるのかと思っていれば、次の瞬間國枝の口から予想外の内容が飛び出す。
「ん、んんっ!」
すると、続けて聞こえたのは、あからさまな後藤の咳払いだった。
六人乗り用のレンタカーは、後藤達のいる一番前の席と、千優が座る席の間には、篠原が座る席が一列ある。
そのため、一番前にいる二人の様子を、千優のいる場所から確認するのは困難だ。
それはきっと、向こうも同じ。
ただ、声量を抑え喋っていたわけではないため、國枝と後藤のやりとりが聞こえたように、先程した茅乃とのやりとりも、きっと向こうへ聞こえているだろう。
「…………」
千優は驚くあまり飛び出しそうになる声を抑えるため、咄嗟に両手で己の口を塞ぐ。
前方から聞こえた会話をくり返し頭の中で再生しながら、隣で漫画を堪能する茅乃と、シート越しに運転席の後藤を、何度も見比べてしまった。
先程の茅乃が言っていた事と、今しがた聞こえた男達のやり取り。それらの散らばったピースを、千優は頭の中で組み立てていく。
そして彼女の中で、一つの結論を導き出した。
(え、うそ……。マジで?)
後藤が腐男子であることは、交際発覚時に茅乃から聞いていた。
しかし、先程チラリとだけ目にした、あのエロすぎる漫画を、後藤も読んでいる、というのだろうか。
あまりにも衝撃的な憶測が、否応なしに組み上げられていく。千優に、それを止める術も、否定する術もない。
話に聞いていただけの状況と、その事実を目の当たりにする状況では、こんなにも衝撃が違うモノかと、更なる驚きが襲ってくる。
そして千優は、旅行中ずっと頭の片隅に取り残されていた謎の答えを見つけた。
(あぁ! そうか、だから千優の機嫌が直ったのか!)
旅行初日、旅館へ向かう途中あれだけ不機嫌だった友人が、宿泊先へ着いた途端、ケロッとした様子に変わった。
きっとあれは、こっそり件の漫画を後藤が貸したことがきっかけなのだ。
(後藤さん、夜中とかにこっそり読もうとしてたのかな。あれを……読むのか……すごい勇気)
座席越しに姿の見えぬ後藤を見つめながら、千優は新たな尊敬の念を抱く。
同時に、この友人にしてこの彼氏アリと、羨望にも似た感情を二人に抱きながら、頭の片隅に残った謎が解決した事に、ホッと息を漏らした。
「へぇー、俺知らなかったっす。後藤さんも、漫画とか好きだったんすね」
度重なる衝撃と頭の片隅にあったしこりが無くなったお陰か、先程まで沈んでいた気持ちは空の彼方へ消えていった。
そんな千優の耳に届いたのは、またも前方から聞こえる声だった。
今度のそれは先程よりも近く、声色からもすぐに篠原だと気づく。
「俺、今ハマってる漫画があるんすよ。十年以上連載されてる少年漫画なんすけど」
「うるさい! 後ろで騒ぐな、気が散る!」
これまで驚くほど静かだったはずが、一度口を開けば、もういつもの篠原が姿をあらわす。
まさにそれは、飼い主に懐く犬のようで、これまた普段と変わらず、後藤からの怒号が飛んでくる。
(篠原は、わかってないんだろうな……)
前日の件もあり、彼の様子が少し気になっていた千優だが、元気な姿に内心ホッとしつつ、運転席から騒ぎ続ける男へ、シート越しに視線を移動させる。
きっと篠原は、後藤のことを純粋な漫画好きとしか思っていない。
何も知らぬ彼は、真相にたどり着いていないし、今後もたどり着かないだろう。
それならそれでいいと、内心頷きつつ、今茅乃が手にしている漫画にまで興味を持たないことだけを必死に願う。
何も知らずそのままの方がいい場合も、多々あるのだから。
「本当、優しいわよね。後藤ちゃんって」
「別に優しくなんてないだろう……」
「意気消沈中の彼女に、自分が持ってきた漫画を貸してあげるなんて……もう、ラブラブなんだから!」
いつの間にか強張っていた身体の力を抜き、ポフンとシートの背に身体を預ける。
これで少しは車内の雰囲気も良くなるかもと思い、安堵する千優。
そんな彼女の耳に届いたのは、前方から聞こえるテンション高めな國枝の声だった。
キャー、なんて女性のような叫び声をあげる彼に、後藤の叱責が飛ぶ。
(あーあぁ、また始まった)
続いて溜め息混じりな吐息を吐き出しながら、千優はぼんやりと車の天井を見上げる。
似たようなやりとりを、どこかで聞いた気がすると引っ掛かりを感じ、しばし考えた彼女の脳内に浮かび上がるのは、以前ショッピングモールで遭遇した日の出来事。
やはり、國枝は後藤をからかうことが好きなのだろうか。
真面目故に、一々正面から受け取ってしまう先輩を、可哀想や気の毒だと感じることはあるが、國枝のように面白いと感じることは無い。
今回の旅行中、もう何度目かわからぬ心の合掌をしながら、「後藤さん頑張れー」と小さなエールを送る。
「えぇー! ちょ、二人って付き合ってるんすか?」
これ以上交際について弄らない方が良いのではと思う千優を尻目に、ここで新たな勢力が加わった。
それは、この数時間の中で一番騒がしい同期の叫び声。
どうやら篠原は、後藤と茅乃の交際事実を知らなかったらしい。
國枝にバレていたため、てっきり仲の良い篠原も知っているかと思っていたが、どうやら違う様だ。
「……ん? 後藤ちゃんったら、話してなかったの? 水谷ちゃんとは恋人兼お仲間だって」
「國枝……とりあえず、一回黙れ? あと、篠原はいい加減口塞げ!」
篠原からは怒涛の質問責め、そして國枝からは度重なる暴露。
集中砲火を浴びせられ、普段温厚な印象が強い後藤も、何かがプツリと切れたのか、これまで以上に荒れている。
それでも男達は口を噤まず、各々言いたいことを言い続ける。
「…………」
静寂な空気も耐えられないと感じていたが、これはこれで苦痛以外の感情が湧かない。
初日の移動よりかなり賑やかに、そして煩くなる車内で、千優は呆然とするしかなかった。
「あれ? 千優、どうしたの?」
あまりの騒音に、止めに入ろうかと前方へ向けた視線は、すぐ傍から聞こえた声に引き寄せられる。
「なんか、知らない間に騒がしくなってるけど……何かあった?」
現状に対する理解が追いついていないのか、茅乃はきょとんと首を傾げ、こちらを見つめる。
その手元を見れば、先程まで夢中になって読んでいた漫画は、パタリと閉じられていた。
どうやら今しがた、本の世界から現実へ戻ってきたらしい。
すぐ近くで繰り広げられていたにも関わらず、彼女は何一つ認識していない。
あんなに煩いなか、どうやってと、千優の中に新たな衝撃がやってくる。
隣に座る友人は、自分の世界に対する邪魔者をシャットアウトする力があるのだろうか。
この日千優は思い知らされた。友人達の中で一番強靭なメンタルを持ち合わせているのは、他ならぬ茅乃だということを。
(さて、そろそろ……ん?)
騒々しくも、一応無事終了した旅行の記憶をしばしふり返る。
その後千優は、横たえていた体を起こし、壁掛け時計で時間を確認した。
(もう寝ようかな……)
普段より少しばかり早い時間だが、特にこれと言ってすることも無い。
それなら、明日に備えて早めにベッドに入った方がいいと、彼女は一人コクリと頷く。
これは本格的に就寝準備を始めるべきかと、千優はその場に立ち上がろうと、片膝をついた。
その時、テーブルの上に置きっぱなしだったスマートフォンが着信を告げる。
『篠原寿明』
画面に表示された名前を前に、まるで騎士が姫へ忠誠を誓うような体勢のまま、千優はその場で息をのみこんだ。
「ねぇ、後藤ちゃん」
「どうした?」
(……?)
突如あらわれた漫画の謎について思い悩むことが、ほんの少しだけ楽しくなってきた頃。それは聞こえてきた。
発生場所は一列分の座席を挟んだ前方。運転席と助手席にいる、國枝と後藤からだ。
「水谷ちゃんの本、後藤ちゃんのでしょ?」
(……ん? えっ!?)
道順に関する相談でも始めるのかと思っていれば、次の瞬間國枝の口から予想外の内容が飛び出す。
「ん、んんっ!」
すると、続けて聞こえたのは、あからさまな後藤の咳払いだった。
六人乗り用のレンタカーは、後藤達のいる一番前の席と、千優が座る席の間には、篠原が座る席が一列ある。
そのため、一番前にいる二人の様子を、千優のいる場所から確認するのは困難だ。
それはきっと、向こうも同じ。
ただ、声量を抑え喋っていたわけではないため、國枝と後藤のやりとりが聞こえたように、先程した茅乃とのやりとりも、きっと向こうへ聞こえているだろう。
「…………」
千優は驚くあまり飛び出しそうになる声を抑えるため、咄嗟に両手で己の口を塞ぐ。
前方から聞こえた会話をくり返し頭の中で再生しながら、隣で漫画を堪能する茅乃と、シート越しに運転席の後藤を、何度も見比べてしまった。
先程の茅乃が言っていた事と、今しがた聞こえた男達のやり取り。それらの散らばったピースを、千優は頭の中で組み立てていく。
そして彼女の中で、一つの結論を導き出した。
(え、うそ……。マジで?)
後藤が腐男子であることは、交際発覚時に茅乃から聞いていた。
しかし、先程チラリとだけ目にした、あのエロすぎる漫画を、後藤も読んでいる、というのだろうか。
あまりにも衝撃的な憶測が、否応なしに組み上げられていく。千優に、それを止める術も、否定する術もない。
話に聞いていただけの状況と、その事実を目の当たりにする状況では、こんなにも衝撃が違うモノかと、更なる驚きが襲ってくる。
そして千優は、旅行中ずっと頭の片隅に取り残されていた謎の答えを見つけた。
(あぁ! そうか、だから千優の機嫌が直ったのか!)
旅行初日、旅館へ向かう途中あれだけ不機嫌だった友人が、宿泊先へ着いた途端、ケロッとした様子に変わった。
きっとあれは、こっそり件の漫画を後藤が貸したことがきっかけなのだ。
(後藤さん、夜中とかにこっそり読もうとしてたのかな。あれを……読むのか……すごい勇気)
座席越しに姿の見えぬ後藤を見つめながら、千優は新たな尊敬の念を抱く。
同時に、この友人にしてこの彼氏アリと、羨望にも似た感情を二人に抱きながら、頭の片隅に残った謎が解決した事に、ホッと息を漏らした。
「へぇー、俺知らなかったっす。後藤さんも、漫画とか好きだったんすね」
度重なる衝撃と頭の片隅にあったしこりが無くなったお陰か、先程まで沈んでいた気持ちは空の彼方へ消えていった。
そんな千優の耳に届いたのは、またも前方から聞こえる声だった。
今度のそれは先程よりも近く、声色からもすぐに篠原だと気づく。
「俺、今ハマってる漫画があるんすよ。十年以上連載されてる少年漫画なんすけど」
「うるさい! 後ろで騒ぐな、気が散る!」
これまで驚くほど静かだったはずが、一度口を開けば、もういつもの篠原が姿をあらわす。
まさにそれは、飼い主に懐く犬のようで、これまた普段と変わらず、後藤からの怒号が飛んでくる。
(篠原は、わかってないんだろうな……)
前日の件もあり、彼の様子が少し気になっていた千優だが、元気な姿に内心ホッとしつつ、運転席から騒ぎ続ける男へ、シート越しに視線を移動させる。
きっと篠原は、後藤のことを純粋な漫画好きとしか思っていない。
何も知らぬ彼は、真相にたどり着いていないし、今後もたどり着かないだろう。
それならそれでいいと、内心頷きつつ、今茅乃が手にしている漫画にまで興味を持たないことだけを必死に願う。
何も知らずそのままの方がいい場合も、多々あるのだから。
「本当、優しいわよね。後藤ちゃんって」
「別に優しくなんてないだろう……」
「意気消沈中の彼女に、自分が持ってきた漫画を貸してあげるなんて……もう、ラブラブなんだから!」
いつの間にか強張っていた身体の力を抜き、ポフンとシートの背に身体を預ける。
これで少しは車内の雰囲気も良くなるかもと思い、安堵する千優。
そんな彼女の耳に届いたのは、前方から聞こえるテンション高めな國枝の声だった。
キャー、なんて女性のような叫び声をあげる彼に、後藤の叱責が飛ぶ。
(あーあぁ、また始まった)
続いて溜め息混じりな吐息を吐き出しながら、千優はぼんやりと車の天井を見上げる。
似たようなやりとりを、どこかで聞いた気がすると引っ掛かりを感じ、しばし考えた彼女の脳内に浮かび上がるのは、以前ショッピングモールで遭遇した日の出来事。
やはり、國枝は後藤をからかうことが好きなのだろうか。
真面目故に、一々正面から受け取ってしまう先輩を、可哀想や気の毒だと感じることはあるが、國枝のように面白いと感じることは無い。
今回の旅行中、もう何度目かわからぬ心の合掌をしながら、「後藤さん頑張れー」と小さなエールを送る。
「えぇー! ちょ、二人って付き合ってるんすか?」
これ以上交際について弄らない方が良いのではと思う千優を尻目に、ここで新たな勢力が加わった。
それは、この数時間の中で一番騒がしい同期の叫び声。
どうやら篠原は、後藤と茅乃の交際事実を知らなかったらしい。
國枝にバレていたため、てっきり仲の良い篠原も知っているかと思っていたが、どうやら違う様だ。
「……ん? 後藤ちゃんったら、話してなかったの? 水谷ちゃんとは恋人兼お仲間だって」
「國枝……とりあえず、一回黙れ? あと、篠原はいい加減口塞げ!」
篠原からは怒涛の質問責め、そして國枝からは度重なる暴露。
集中砲火を浴びせられ、普段温厚な印象が強い後藤も、何かがプツリと切れたのか、これまで以上に荒れている。
それでも男達は口を噤まず、各々言いたいことを言い続ける。
「…………」
静寂な空気も耐えられないと感じていたが、これはこれで苦痛以外の感情が湧かない。
初日の移動よりかなり賑やかに、そして煩くなる車内で、千優は呆然とするしかなかった。
「あれ? 千優、どうしたの?」
あまりの騒音に、止めに入ろうかと前方へ向けた視線は、すぐ傍から聞こえた声に引き寄せられる。
「なんか、知らない間に騒がしくなってるけど……何かあった?」
現状に対する理解が追いついていないのか、茅乃はきょとんと首を傾げ、こちらを見つめる。
その手元を見れば、先程まで夢中になって読んでいた漫画は、パタリと閉じられていた。
どうやら今しがた、本の世界から現実へ戻ってきたらしい。
すぐ近くで繰り広げられていたにも関わらず、彼女は何一つ認識していない。
あんなに煩いなか、どうやってと、千優の中に新たな衝撃がやってくる。
隣に座る友人は、自分の世界に対する邪魔者をシャットアウトする力があるのだろうか。
この日千優は思い知らされた。友人達の中で一番強靭なメンタルを持ち合わせているのは、他ならぬ茅乃だということを。
(さて、そろそろ……ん?)
騒々しくも、一応無事終了した旅行の記憶をしばしふり返る。
その後千優は、横たえていた体を起こし、壁掛け時計で時間を確認した。
(もう寝ようかな……)
普段より少しばかり早い時間だが、特にこれと言ってすることも無い。
それなら、明日に備えて早めにベッドに入った方がいいと、彼女は一人コクリと頷く。
これは本格的に就寝準備を始めるべきかと、千優はその場に立ち上がろうと、片膝をついた。
その時、テーブルの上に置きっぱなしだったスマートフォンが着信を告げる。
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