メリー・クリスマス ミクス・マーダー

臣桜

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ジングルベル

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 両親はすでに他界し、兄は遺産を食い潰しながら、毎日チャットをして過ごしている。

 個人サイトでは、向精神薬について語ったり、如何に自殺するのが楽かを
〝仲間〟と話し合っていた。

 兄は強い人ではなかった。

 家族がバラバラになった時点で、彼は希望を失った。

 八畳の洋室を根城にし、その小さな世界で自分を守っていた。

 父の死も、母の死も、内心では自慢に思っていた妹の死も、すべてが兄に重たくのし掛かっただろう。

 家族が死ぬたび、兄は喪服に身を包んでその死に直面しなければならなかった。

 かつては家族五人で食卓を囲んでいたのに――。

 遺影を見ると他人のように思え、家族の笑顔をろくに記憶していない事を自覚させられる。

 ――いつからこうなってしまったんだろう。

 分からないまま、兄は引きこもり続け、あらゆるものから自分を守った。

 そんな中、諸悪の根源である私がミニスカートを穿いて現れたものだから、兄も限界を迎えてしまったのだろう。

 男同士の膂力がぶつかり合い、汚部屋はたちまちゴミの雪崩が起こったような惨状となった。

 私の穿いているストッキングが破れたのを見て、兄は『本当に女みてぇな、なまっちろい脚だな!』と嗤った。

 そして怒りと憎しみ、暴走する感情に支配された兄は、〝絶対悪〟である私を懲らしめた。

 その時味わった痛みで、私は真の〝女〟になった。

 力で屈服される恐怖を知り、望まない行為を強いられる絶望を味わった。

 だから、私は〝女〟なのだ。

〝女〟、なのに……。

 涙を流した私の目の前には、本物の〝女〟がいる。

 小柄で柔らかな体をしていて、乳房と女性器を持つ〝女〟。

「この偽物! 出来損ない!」

 顔を歪ませて私を罵る悠衣の声が、母の声に重なる。

「あぁ……、…………あぁああああぁああああぁああぁ…………っ!」

 私は恐怖に表情を引きつらせ、手から包丁を取り落とす。

 硬い床と金属がぶつかる不快な音が響いたあと、私は滂沱の涙を流しながら悠衣の首を絞めた。

「ごめんねっ、ごめんねぇ……っ! お母さん、ごめんなさいっ! お兄ちゃん、ごめんねぇっ! ごめ……っ、あはっ、ごめ、ごめ……っ、んっふふふふふふ……っ」

 ソファに押しつけた〝その人〟が、もう〝誰〟なのか分からない。

 母なのか、兄なのか、姉なのか。

 悠衣なのか、何度も刃を向けた彼女の家族なのか。

 ママなのか、学校で私をいじめた級友なのか、道ばたで私を嗤った女なのか、私を見て『キモッ』と言った男なのか。

 電車の中で泣きわめいていた赤ん坊なのか、腹を膨らませた妊婦なのか。

 まっとうに社会の中で働いている平凡なサラリーマンなのか、恋人に愛されて幸せそうに笑っている女の子なのか。

 憎い。

 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。

 全員憎い。みんな憎い。あいつらみんな死ねばいいのに。

「私は悪くないもーん! お前らが悪いんだろ!? 私を嗤ったお前らが悪いに決まってる! はい、ざーんねーんでーしたー!」

 細い首を絞めながら、私の〝男〟が反応する。

 ウィッグが引っ張られ、腕が引っ掻かれる。

 顔を押され、爪を立てられたから、その指を思いきり噛んでやった。

 そうしたらワンピースの胸元を引っ張られて破かれ、シリコン製の乳房がついたブラが露わになった。

 リビングの照明は、壊れているのではないかというほど点滅し、あちこちから何かが破裂するような音が聞こえている。

 最期に――、悠衣はうっ血した顔でうっすらと笑い、失禁しながら私の後ろを指さした。

「なに……」

 瞬間、バツンッ! と音が立ち、すべての電気が消えた。

 光を失った私は、その人の首から手を離して周囲を見回す。

 ポン、と肩に手を置いたのは、誰だろう。

 ワンピースの裾を引っ張ったのは、誰だろう。

 カーテン越しに街灯の光がぼんやりと差し込むなか、やけに姿見だけがよく見える。

 そこに映っていたのは、ウィッグネットを剥き出しにし、涙でメイクをグシャグシャにした、四十七歳の中年男性。

 後ろには、私が殺した五人――。

 腹部から臓物を覗かせたまま、顔をめった刺しにされたまま、白いワンピースを真っ赤に染めたまま、首にコードを絡ませたまま。



 あはははははははははははははははははははははははははははははははははは。



 死人が笑う。

 真っ暗な眼窩で私を見つめ、血、あるいは吐瀉物のついた唇を歪め、ありのままの姿を晒した私を指さして嗤う。

「あぁ……っ、……ひあぁあああぁあ……っ! 笑うな……っ、嗤うなぁああぁっ!」

 私はそいつらに向かってヒステリックに叫び、バタバタと玄関へ向かう。

「あぁああ……っ!」

 玄関には〝先生〟の血が大量に流れていた。

 ヌルッと足を滑らせた私は盛大に転び、体に着く血から逃れるように、必死に手足を動かして立ちあがり、外へまろび出る。

 通りを歩いていた男女が、私の姿を見て悲鳴を上げる。

「あぁあああぁあああぁああぁ…………っ」

 私は細長い手足を振り回すように走り、涙を流し、笑い始めた。

 ここまですべてを曝け出されたなら、もう開き直って堂々とするしかない。

 もうコソコソするのはやめて、一人の〝女〟として生きていくの!

「みんな、ありのままの私を見てえええぇえええぇっ!」

 私は両手を大きく振り、スキップをする。

「ジングルベールッ、ジングルベールッ、ジングルオールザウェーイッ」

 童心に返った私は、無邪気に歌い始める。

 あの頃は、覚えた英語を披露したら両親にとても褒められた。

 幼稚園で作った画用紙の三角帽を被り、【ジングルベル】を歌ったら、母は『よくできたね』と笑顔で褒めてくれた。

「オーワッファーン、イトゥイズトゥラーイッ、インアッワンホースオープンスレーイ! ヘイッ!」

 冬の冷たく澄み渡った空気を吸い、ウィッグネットを被り、破れたワンピースを着た私は、タイツで軽やかにアスファルトを踏みしめる。

 みんなが私の歌に合わせ、笑顔で手拍子してくれる。

 両親も、兄も、姉もいる。

 悠衣も先生もいる。

 みんなが見てくれているなか、私は誰よりも上手に【ジングルベル】を歌い、スキップをした。





 クリスマスイブ、街に美しいイルミネーションが灯り、心が沸き立つ飾り付けがされているなか、私はどこまでもどこまでも、満面の笑顔でスキップしていった。



 視える人には、私の背後に六人の霊が憑いているのが見えた事だろう。




 完




**


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