588 / 792
十二年の時を経て 編
お墓参り
しおりを挟む
「そんな感じだから、うちにはあまり気を遣わなくていいのよ。誕生日や母の日はちょっと嬉しいけどね」
先月の母の日には、ちょっと立派な花束と美味しいお菓子をあげた。
場合によっては花束とコスメだったり、ちょっとした小物だったり、変化をつけているけど。
母は話を続ける。
「……人の命はお金では買えないわ。どれだけ大金を積まれても、澄哉さんは戻ってこない。……けど、時間を巻き戻す事もできない。……だから、私にとって大切なのはこの先私と朱里が路頭に迷わず、朱里にちゃんとした教育を受けさせ、希望する大学、就職先まで導くためのお金が大事だった。……あのお金を受け取る時、ちゃんとした謝罪をもらえず、パワハラも認めず、本当に悔しかったけど、自分たちの未来のために手を打ったと思ってる」
「……ありがとう。一人で戦っていてつらかったよね。支えられなくてごめん」
謝ると、母はニコッと笑って首を横に振った。
「でも、意外と孤独じゃなかったのよ。両親も、澄哉さんのご両親も味方になってくれたし、友達が話を聞いてくれた。看護師をしている清美おばさんが、朱里をよく見に来てくれたけど、……覚えてたかしら」
言われて、私は父の妹である優しい叔母さんを思い出した。
「ああ、それはうっすら覚えてる。『最近よく遊びに来てるな』とは思ってて。『最近どう?』って色々聞かれて、『別に……』みたいに愛想悪かったと思うけど、……そっかぁ……。心配してくれてたんだね」
「つらい事があって孤独だって思っていても、実はみんな心配してくれているのよ。『助けてください』って手を差し伸べたら、誰かが掴んでくれる。……朱里も覚えておいて」
「うん」
話が一旦終わったあと、私はおずおずと申し出た。
「……これからお父さんのお墓参りに行きたいって言ったら、……駄目? 先日の命日も、父の日も過ぎちゃったけど……。……今までなかなか行けてなかったから」
私は父の死を受け入れようとせず、あまりお墓参りに行かなかった。
母がお墓参りに誘っても『忙しい』と言って行かず、家に飾られている父の写真を見て、たまに文句を言っていた。……そんな、酷い子供だった。
「今までの私、お父さんに対して態度が悪かったと思う。お墓まで行って、ちゃんと謝りたい」
「うん、そうするといいわ。みんなで行きましょうか」
「……私も付き合う」
その時、今まで黙っていた美奈歩が小さく挙手して、ボソッと言った。
「ありがとう、美奈歩ちゃん」
微笑んだ母にお礼を言われ、妹は「……別に」と照れくさそうに呟いた。
**
それから私たちは車二台に分かれて、甲府市にある父の眠る墓地に向かった。
霊園までは二時間ぐらいかかり、現場に着いてから近くで仏花とお供え物を買った。
霊園は高台にある緑に囲まれた場所だ。
母について行って今野家のお墓まで歩いていくと、墓石の両脇には紫陽花が咲いていた。
それを見て一瞬「う……っ」となったけど、自分が紫陽花を苦手になった理由がやっと分かった。
納骨の時に、ここで紫陽花を見ていたからだ。
「……私、梅雨時期とか紫陽花、てるてる坊主とかが凄く苦手だったの。……時期はお父さんの死を思い出すから、てるてる坊主は……言わずもがな。……紫陽花は綺麗なお花と思ってるけど、どうしてか苦手で……。……でも、納骨の時にここで見ていたんだね」
私は墓石を丁寧に拭きながら母に言う。
父や尊さんは、周りに生えている雑草を手で抜いていた。
母は掃き掃除をし、美奈歩はちりとりを持ってビニール袋にゴミを入れている。
「そう思ってしまうのは仕方ないわ。……でもね、紫陽花ってお父さんの好きな花だったの」
「そうなの?」
私はチラッと母を見る。
「梅雨時期に咲く花でしょう? それが終わったらカラッと晴れた夏が来るって言っていて。お父さん、夏生まれだから、ああ見えて夏が好きだったのよ。澄哉っていう名前も、澄み渡った空を意味しているんですって。……インドアで読書が好きそうな雰囲気だけど、写真を撮るために休みになったらブラブラと散歩に出ていたでしょう? 基本的に外が好きで、植物や昆虫に詳しい人だった」
「そうなんだ……。……私、小学生までの記憶しかなくて、今はもうほとんどお父さんの事を思い出せなくて、ただ大好きだったとしか思えない。……あとは断片的に、スーパーのイートインでアイスを買ってくれたとか、カメラを買ってくれたとか……」
「そういうものよ。私も今五十二歳になって、小さい時に両親がどうしてくれたとか、あまり覚えていないもの。断片的には覚えているけどね。……親子として一緒に過ごした事や、楽しい思い出を覚えていればそれで十分。……つらい事をずっと覚えているのは苦しいから、ある程度悲しんだあとは手放していいの」
母が言ったあと、父が「腰にくるな」と笑ったあとに言った。
「人生って色んな事の連続で、当たり前だけど〝今〟に近い記憶ほど鮮明に覚えている。過去にあった嫌な出来事は、いつまでも心の中に棘のように刺さって消えないが、優しくて穏やかな日常こそ、平和だった証拠として薄れていくんだ。……でも漠然と『幸せだった』と思えたならそれでいい。……私も妻を愛していた記憶はしっかりあるし、四人家族だった時の幸せな思い出は大切に胸の奥にとってある。……でも、それをいつまでも振り返らずに、〝今〟の自分が作る事のできる幸せに目を向けていく事のほうが大事だ。……そうしたら、十年後、二十年後の自分が思いだして、新しい幸せに浸れるかもしれない。穏やかで幸せな記憶は薄れがちだからこそ、沢山沢山積み重ねて、分厚い層にしていくんだ」
父の話を聞いて、彼もまた愛妻を病気で失った事を思い出す。
チラッと美奈歩を見ると、真剣な表情で父親の言葉を聞いていた。
「……お母さん、お父さんが撮ってた写真って今でもある?」
「あるわよ。アルバムに収めて押し入れの奥にしまってあるけど。帰ったら一緒に見ましょうか」
「うん! お父さんがこの世界をどう見ていたのか、今ちゃんと確かめたい。……それで、昔に私がお父さんからもらったカメラ、まだあるならまた使ってみようかな」
「いいんじゃない? 大事にとってあるわよ」
そんな会話をしながら私たちはお墓を綺麗にし、母から順番にお参りしていった。
三田のマンションを出た時から、私はこうしたいと思っていたので、尊さんと共に数珠を持ってきていた。
私はそれを手に絡め、両手を合わせて父に語りかける。
先月の母の日には、ちょっと立派な花束と美味しいお菓子をあげた。
場合によっては花束とコスメだったり、ちょっとした小物だったり、変化をつけているけど。
母は話を続ける。
「……人の命はお金では買えないわ。どれだけ大金を積まれても、澄哉さんは戻ってこない。……けど、時間を巻き戻す事もできない。……だから、私にとって大切なのはこの先私と朱里が路頭に迷わず、朱里にちゃんとした教育を受けさせ、希望する大学、就職先まで導くためのお金が大事だった。……あのお金を受け取る時、ちゃんとした謝罪をもらえず、パワハラも認めず、本当に悔しかったけど、自分たちの未来のために手を打ったと思ってる」
「……ありがとう。一人で戦っていてつらかったよね。支えられなくてごめん」
謝ると、母はニコッと笑って首を横に振った。
「でも、意外と孤独じゃなかったのよ。両親も、澄哉さんのご両親も味方になってくれたし、友達が話を聞いてくれた。看護師をしている清美おばさんが、朱里をよく見に来てくれたけど、……覚えてたかしら」
言われて、私は父の妹である優しい叔母さんを思い出した。
「ああ、それはうっすら覚えてる。『最近よく遊びに来てるな』とは思ってて。『最近どう?』って色々聞かれて、『別に……』みたいに愛想悪かったと思うけど、……そっかぁ……。心配してくれてたんだね」
「つらい事があって孤独だって思っていても、実はみんな心配してくれているのよ。『助けてください』って手を差し伸べたら、誰かが掴んでくれる。……朱里も覚えておいて」
「うん」
話が一旦終わったあと、私はおずおずと申し出た。
「……これからお父さんのお墓参りに行きたいって言ったら、……駄目? 先日の命日も、父の日も過ぎちゃったけど……。……今までなかなか行けてなかったから」
私は父の死を受け入れようとせず、あまりお墓参りに行かなかった。
母がお墓参りに誘っても『忙しい』と言って行かず、家に飾られている父の写真を見て、たまに文句を言っていた。……そんな、酷い子供だった。
「今までの私、お父さんに対して態度が悪かったと思う。お墓まで行って、ちゃんと謝りたい」
「うん、そうするといいわ。みんなで行きましょうか」
「……私も付き合う」
その時、今まで黙っていた美奈歩が小さく挙手して、ボソッと言った。
「ありがとう、美奈歩ちゃん」
微笑んだ母にお礼を言われ、妹は「……別に」と照れくさそうに呟いた。
**
それから私たちは車二台に分かれて、甲府市にある父の眠る墓地に向かった。
霊園までは二時間ぐらいかかり、現場に着いてから近くで仏花とお供え物を買った。
霊園は高台にある緑に囲まれた場所だ。
母について行って今野家のお墓まで歩いていくと、墓石の両脇には紫陽花が咲いていた。
それを見て一瞬「う……っ」となったけど、自分が紫陽花を苦手になった理由がやっと分かった。
納骨の時に、ここで紫陽花を見ていたからだ。
「……私、梅雨時期とか紫陽花、てるてる坊主とかが凄く苦手だったの。……時期はお父さんの死を思い出すから、てるてる坊主は……言わずもがな。……紫陽花は綺麗なお花と思ってるけど、どうしてか苦手で……。……でも、納骨の時にここで見ていたんだね」
私は墓石を丁寧に拭きながら母に言う。
父や尊さんは、周りに生えている雑草を手で抜いていた。
母は掃き掃除をし、美奈歩はちりとりを持ってビニール袋にゴミを入れている。
「そう思ってしまうのは仕方ないわ。……でもね、紫陽花ってお父さんの好きな花だったの」
「そうなの?」
私はチラッと母を見る。
「梅雨時期に咲く花でしょう? それが終わったらカラッと晴れた夏が来るって言っていて。お父さん、夏生まれだから、ああ見えて夏が好きだったのよ。澄哉っていう名前も、澄み渡った空を意味しているんですって。……インドアで読書が好きそうな雰囲気だけど、写真を撮るために休みになったらブラブラと散歩に出ていたでしょう? 基本的に外が好きで、植物や昆虫に詳しい人だった」
「そうなんだ……。……私、小学生までの記憶しかなくて、今はもうほとんどお父さんの事を思い出せなくて、ただ大好きだったとしか思えない。……あとは断片的に、スーパーのイートインでアイスを買ってくれたとか、カメラを買ってくれたとか……」
「そういうものよ。私も今五十二歳になって、小さい時に両親がどうしてくれたとか、あまり覚えていないもの。断片的には覚えているけどね。……親子として一緒に過ごした事や、楽しい思い出を覚えていればそれで十分。……つらい事をずっと覚えているのは苦しいから、ある程度悲しんだあとは手放していいの」
母が言ったあと、父が「腰にくるな」と笑ったあとに言った。
「人生って色んな事の連続で、当たり前だけど〝今〟に近い記憶ほど鮮明に覚えている。過去にあった嫌な出来事は、いつまでも心の中に棘のように刺さって消えないが、優しくて穏やかな日常こそ、平和だった証拠として薄れていくんだ。……でも漠然と『幸せだった』と思えたならそれでいい。……私も妻を愛していた記憶はしっかりあるし、四人家族だった時の幸せな思い出は大切に胸の奥にとってある。……でも、それをいつまでも振り返らずに、〝今〟の自分が作る事のできる幸せに目を向けていく事のほうが大事だ。……そうしたら、十年後、二十年後の自分が思いだして、新しい幸せに浸れるかもしれない。穏やかで幸せな記憶は薄れがちだからこそ、沢山沢山積み重ねて、分厚い層にしていくんだ」
父の話を聞いて、彼もまた愛妻を病気で失った事を思い出す。
チラッと美奈歩を見ると、真剣な表情で父親の言葉を聞いていた。
「……お母さん、お父さんが撮ってた写真って今でもある?」
「あるわよ。アルバムに収めて押し入れの奥にしまってあるけど。帰ったら一緒に見ましょうか」
「うん! お父さんがこの世界をどう見ていたのか、今ちゃんと確かめたい。……それで、昔に私がお父さんからもらったカメラ、まだあるならまた使ってみようかな」
「いいんじゃない? 大事にとってあるわよ」
そんな会話をしながら私たちはお墓を綺麗にし、母から順番にお参りしていった。
三田のマンションを出た時から、私はこうしたいと思っていたので、尊さんと共に数珠を持ってきていた。
私はそれを手に絡め、両手を合わせて父に語りかける。
670
あなたにおすすめの小説
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる