【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜

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十二年の時を経て 編

お墓参り

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「そんな感じだから、うちにはあまり気を遣わなくていいのよ。誕生日や母の日はちょっと嬉しいけどね」

 先月の母の日には、ちょっと立派な花束と美味しいお菓子をあげた。

 場合によっては花束とコスメだったり、ちょっとした小物だったり、変化をつけているけど。

 母は話を続ける。

「……人の命はお金では買えないわ。どれだけ大金を積まれても、澄哉さんは戻ってこない。……けど、時間を巻き戻す事もできない。……だから、私にとって大切なのはこの先私と朱里が路頭に迷わず、朱里にちゃんとした教育を受けさせ、希望する大学、就職先まで導くためのお金が大事だった。……あのお金を受け取る時、ちゃんとした謝罪をもらえず、パワハラも認めず、本当に悔しかったけど、自分たちの未来のために手を打ったと思ってる」

「……ありがとう。一人で戦っていてつらかったよね。支えられなくてごめん」

 謝ると、母はニコッと笑って首を横に振った。

「でも、意外と孤独じゃなかったのよ。両親も、澄哉さんのご両親も味方になってくれたし、友達が話を聞いてくれた。看護師をしている清美きよみおばさんが、朱里をよく見に来てくれたけど、……覚えてたかしら」

 言われて、私は父の妹である優しい叔母さんを思い出した。

「ああ、それはうっすら覚えてる。『最近よく遊びに来てるな』とは思ってて。『最近どう?』って色々聞かれて、『別に……』みたいに愛想悪かったと思うけど、……そっかぁ……。心配してくれてたんだね」

「つらい事があって孤独だって思っていても、実はみんな心配してくれているのよ。『助けてください』って手を差し伸べたら、誰かが掴んでくれる。……朱里も覚えておいて」

「うん」

 話が一旦終わったあと、私はおずおずと申し出た。

「……これからお父さんのお墓参りに行きたいって言ったら、……駄目? 先日の命日も、父の日も過ぎちゃったけど……。……今までなかなか行けてなかったから」

 私は父の死を受け入れようとせず、あまりお墓参りに行かなかった。

 母がお墓参りに誘っても『忙しい』と言って行かず、家に飾られている父の写真を見て、たまに文句を言っていた。……そんな、酷い子供だった。

「今までの私、お父さんに対して態度が悪かったと思う。お墓まで行って、ちゃんと謝りたい」

「うん、そうするといいわ。みんなで行きましょうか」

「……私も付き合う」

 その時、今まで黙っていた美奈歩が小さく挙手して、ボソッと言った。

「ありがとう、美奈歩ちゃん」

 微笑んだ母にお礼を言われ、妹は「……別に」と照れくさそうに呟いた。



**



 それから私たちは車二台に分かれて、甲府市にある父の眠る墓地に向かった。

 霊園までは二時間ぐらいかかり、現場に着いてから近くで仏花とお供え物を買った。

 霊園は高台にある緑に囲まれた場所だ。

 母について行って今野家のお墓まで歩いていくと、墓石の両脇には紫陽花が咲いていた。

 それを見て一瞬「う……っ」となったけど、自分が紫陽花を苦手になった理由がやっと分かった。

 納骨の時に、ここで紫陽花を見ていたからだ。

「……私、梅雨時期とか紫陽花、てるてる坊主とかが凄く苦手だったの。……時期はお父さんの死を思い出すから、てるてる坊主は……言わずもがな。……紫陽花は綺麗なお花と思ってるけど、どうしてか苦手で……。……でも、納骨の時にここで見ていたんだね」

 私は墓石を丁寧に拭きながら母に言う。

 父や尊さんは、周りに生えている雑草を手で抜いていた。

 母は掃き掃除をし、美奈歩はちりとりを持ってビニール袋にゴミを入れている。

「そう思ってしまうのは仕方ないわ。……でもね、紫陽花ってお父さんの好きな花だったの」

「そうなの?」

 私はチラッと母を見る。

「梅雨時期に咲く花でしょう? それが終わったらカラッと晴れた夏が来るって言っていて。お父さん、夏生まれだから、ああ見えて夏が好きだったのよ。澄哉っていう名前も、澄み渡った空を意味しているんですって。……インドアで読書が好きそうな雰囲気だけど、写真を撮るために休みになったらブラブラと散歩に出ていたでしょう? 基本的に外が好きで、植物や昆虫に詳しい人だった」

「そうなんだ……。……私、小学生までの記憶しかなくて、今はもうほとんどお父さんの事を思い出せなくて、ただ大好きだったとしか思えない。……あとは断片的に、スーパーのイートインでアイスを買ってくれたとか、カメラを買ってくれたとか……」

「そういうものよ。私も今五十二歳になって、小さい時に両親がどうしてくれたとか、あまり覚えていないもの。断片的には覚えているけどね。……親子として一緒に過ごした事や、楽しい思い出を覚えていればそれで十分。……つらい事をずっと覚えているのは苦しいから、ある程度悲しんだあとは手放していいの」

 母が言ったあと、父が「腰にくるな」と笑ったあとに言った。

「人生って色んな事の連続で、当たり前だけど〝今〟に近い記憶ほど鮮明に覚えている。過去にあった嫌な出来事は、いつまでも心の中に棘のように刺さって消えないが、優しくて穏やかな日常こそ、平和だった証拠として薄れていくんだ。……でも漠然と『幸せだった』と思えたならそれでいい。……私も妻を愛していた記憶はしっかりあるし、四人家族だった時の幸せな思い出は大切に胸の奥にとってある。……でも、それをいつまでも振り返らずに、〝今〟の自分が作る事のできる幸せに目を向けていく事のほうが大事だ。……そうしたら、十年後、二十年後の自分が思いだして、新しい幸せに浸れるかもしれない。穏やかで幸せな記憶は薄れがちだからこそ、沢山沢山積み重ねて、分厚い層にしていくんだ」

 父の話を聞いて、彼もまた愛妻を病気で失った事を思い出す。

 チラッと美奈歩を見ると、真剣な表情で父親の言葉を聞いていた。

「……お母さん、お父さんが撮ってた写真って今でもある?」

「あるわよ。アルバムに収めて押し入れの奥にしまってあるけど。帰ったら一緒に見ましょうか」

「うん! お父さんがこの世界をどう見ていたのか、今ちゃんと確かめたい。……それで、昔に私がお父さんからもらったカメラ、まだあるならまた使ってみようかな」

「いいんじゃない? 大事にとってあるわよ」

 そんな会話をしながら私たちはお墓を綺麗にし、母から順番にお参りしていった。

 三田のマンションを出た時から、私はこうしたいと思っていたので、尊さんと共に数珠を持ってきていた。

 私はそれを手に絡め、両手を合わせて父に語りかける。
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