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道を……踏み外しているのか
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「ルド、シーラの言う通りにしよう。お前だって命は惜しいだろう。ご両親の敵を知りたくても、お前の命がなければ何にもならない」
「……一晩よく考えてみる。君たちも今夜はそれぞれの部屋で休んでくれ」
重たい溜め息をつき立ち上がったルドガーは、置き時計で時刻を確認する。
「晩餐を用意できなくて済まない。明日の朝は何か良さそうな食事を用意させるから」
「気を遣わなくていいですよ。私、お祭りの屋台大好きですもの」
「そうだな、たまに自由に食べられるのも楽しい」
二人で桜まつりを楽しんでいた事を匂わされ、ルドガーはまた素の表情になった。
「……次は私もちゃんと呼んでくれ。仲間外れは嫌だからな」
「分かってるよ、ルド」
ライオットは立ち上がり、ルドガーの背中を叩く。記憶にある通りの仲睦まじい二人の姿を、シーラは目を細め見守っていた。
**
客間でシーラはネグリジェに着替え、神竜に祈りを捧げ眠りに就こうとしていた。
そこに控えめなノックの音がし、「はい?」とシーラはいらえる。
こんな夜更けに客人を訪れるとは何事だろう? と思うも、心の中でライオットかルドガーのどちらかのような気がしていた。
控えめにドアを開くと、やはりそこにはガウン姿のルドガーが立っている。
「少し……二人で話をさせてくれないか?」
「嫁入り前の淑女に、何もしないと約束するのなら」
冗談めかして言えば、ルドガーもクスッと笑った。
「別の世界で抜け駆けをしたライオットとは違うからな。君に手を出す時は、ちゃんと手順を踏むとも」
シーラに迎えられ、ルドガーは室内に入る。
「何か飲みますか?」
「いや、下手に飲むと眠りが悪くなるから……。そうだな、水でいい」
そう言ってルドガーは自ら水の入ったデキャンタを傾ける。
魔導で冷やされた水は、コポコポと涼しい音を立ててグラスに注がれた。
「私もお水をお願いします」
「ああ」
二人分の水を手に、ルドガーがテーブルまでやって来た。
向かい合ってソファに座り、どちらからともなく水を飲む。
「……君を傷付けてしまって済まない」
先に口を開いたのはルドガーだった。
「別の世界の自分だからと、責任を放棄するような事はしたくない。違う『私』だとしても、そいつは『私』である事に違いないのだ。今の私は君を挟んでライオットに嫉妬を抱く事はあっても、殺したいなど思った事はない。……それだけは、信じてほしい」
「分かっています。もう一人のルドガーが何を考え、ライオットを殺害しようとしたのか分かりません。ですが私も、恋心がこじれただけであのような事になったと思えません。それこそあなたには皇帝として国を束ねる責任や立場があります。その根幹に関わるような事でないのかと……、一人で悩んでいたのですが」
シーラが分かってくれていたと知り、ルドガーも安心したようだった。
「君には心から感謝している。結婚しようとしていたライオットを殺され、私を恨んでも仕方がない。それなのに君は時を超えてまでして、私とライオットを救おうとしてくれた。君の勇気と行動力に、心から敬意を払う」
胸に手を当て、ルドガーは深く頭を下げた。
「……どんな形になっても、私たち三人は永遠の幼馴染みだと思っています。三人ともが互いをよく知り、性格も行動パターンも理解しているつもりです。もし誰かが道を踏み外そうとしているのなら、残る二人が全力で止めなければいけない。そう思っています」
「道を……踏み外しているのか。私は」
シーラの言葉に怒るでもなく、どこか客観的な声でルドガーが呟く。
「私の目には、自らの命を軽んじているように見えます」
静かな声に、ルドガーはゆっくりと両手で顔を覆い前屈みになり溜め息をついた。
肘と膝をつけ長身を折り曲げたような姿勢は、何かを堪えているようにも見える。
「……どうしたらいいのか分からないんだ。このままでは私は、何もできないお飾りの皇帝のままだ。結婚すら、好きな人とできないかもしれない。実際宰相の娘が最近我が物顔で宮殿を闊歩している。望む政治を執りたいと思っても、余計な外野がいて思うままにできない。かといって発言力の大きいダルメアを無視する事もできない」
弱り切ったルドガーの姿を前に、シーラは静かに立ち上がる。
微かな衣擦れの音をさせて歩き、ルドガーの隣に座った。
優しく彼の銀髪を梳り、背中をさする。
もう自分とライオットしか、こうしてルドガーを励まし甘やかせる存在はいないのだとシーラは分かっていた。
「……何か策はあるはずです。今回の刻印の事も、皇帝の玉体に恐ろしい呪いを刻みつけた事は許されません。きっと他の貴族たちも知らされていない可能性が高いでしょう。ごく一部……ルドガーと宰相とその回りの者たちだけの事だと思います。軍事力を必要以上に拡大させようとしている原因など突き詰めれば、必ず宰相の弱みに繋がると思うのです。そこを突けば、きっとあなたが皇帝として振る舞える時代になるはず……」
「……一晩よく考えてみる。君たちも今夜はそれぞれの部屋で休んでくれ」
重たい溜め息をつき立ち上がったルドガーは、置き時計で時刻を確認する。
「晩餐を用意できなくて済まない。明日の朝は何か良さそうな食事を用意させるから」
「気を遣わなくていいですよ。私、お祭りの屋台大好きですもの」
「そうだな、たまに自由に食べられるのも楽しい」
二人で桜まつりを楽しんでいた事を匂わされ、ルドガーはまた素の表情になった。
「……次は私もちゃんと呼んでくれ。仲間外れは嫌だからな」
「分かってるよ、ルド」
ライオットは立ち上がり、ルドガーの背中を叩く。記憶にある通りの仲睦まじい二人の姿を、シーラは目を細め見守っていた。
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客間でシーラはネグリジェに着替え、神竜に祈りを捧げ眠りに就こうとしていた。
そこに控えめなノックの音がし、「はい?」とシーラはいらえる。
こんな夜更けに客人を訪れるとは何事だろう? と思うも、心の中でライオットかルドガーのどちらかのような気がしていた。
控えめにドアを開くと、やはりそこにはガウン姿のルドガーが立っている。
「少し……二人で話をさせてくれないか?」
「嫁入り前の淑女に、何もしないと約束するのなら」
冗談めかして言えば、ルドガーもクスッと笑った。
「別の世界で抜け駆けをしたライオットとは違うからな。君に手を出す時は、ちゃんと手順を踏むとも」
シーラに迎えられ、ルドガーは室内に入る。
「何か飲みますか?」
「いや、下手に飲むと眠りが悪くなるから……。そうだな、水でいい」
そう言ってルドガーは自ら水の入ったデキャンタを傾ける。
魔導で冷やされた水は、コポコポと涼しい音を立ててグラスに注がれた。
「私もお水をお願いします」
「ああ」
二人分の水を手に、ルドガーがテーブルまでやって来た。
向かい合ってソファに座り、どちらからともなく水を飲む。
「……君を傷付けてしまって済まない」
先に口を開いたのはルドガーだった。
「別の世界の自分だからと、責任を放棄するような事はしたくない。違う『私』だとしても、そいつは『私』である事に違いないのだ。今の私は君を挟んでライオットに嫉妬を抱く事はあっても、殺したいなど思った事はない。……それだけは、信じてほしい」
「分かっています。もう一人のルドガーが何を考え、ライオットを殺害しようとしたのか分かりません。ですが私も、恋心がこじれただけであのような事になったと思えません。それこそあなたには皇帝として国を束ねる責任や立場があります。その根幹に関わるような事でないのかと……、一人で悩んでいたのですが」
シーラが分かってくれていたと知り、ルドガーも安心したようだった。
「君には心から感謝している。結婚しようとしていたライオットを殺され、私を恨んでも仕方がない。それなのに君は時を超えてまでして、私とライオットを救おうとしてくれた。君の勇気と行動力に、心から敬意を払う」
胸に手を当て、ルドガーは深く頭を下げた。
「……どんな形になっても、私たち三人は永遠の幼馴染みだと思っています。三人ともが互いをよく知り、性格も行動パターンも理解しているつもりです。もし誰かが道を踏み外そうとしているのなら、残る二人が全力で止めなければいけない。そう思っています」
「道を……踏み外しているのか。私は」
シーラの言葉に怒るでもなく、どこか客観的な声でルドガーが呟く。
「私の目には、自らの命を軽んじているように見えます」
静かな声に、ルドガーはゆっくりと両手で顔を覆い前屈みになり溜め息をついた。
肘と膝をつけ長身を折り曲げたような姿勢は、何かを堪えているようにも見える。
「……どうしたらいいのか分からないんだ。このままでは私は、何もできないお飾りの皇帝のままだ。結婚すら、好きな人とできないかもしれない。実際宰相の娘が最近我が物顔で宮殿を闊歩している。望む政治を執りたいと思っても、余計な外野がいて思うままにできない。かといって発言力の大きいダルメアを無視する事もできない」
弱り切ったルドガーの姿を前に、シーラは静かに立ち上がる。
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優しく彼の銀髪を梳り、背中をさする。
もう自分とライオットしか、こうしてルドガーを励まし甘やかせる存在はいないのだとシーラは分かっていた。
「……何か策はあるはずです。今回の刻印の事も、皇帝の玉体に恐ろしい呪いを刻みつけた事は許されません。きっと他の貴族たちも知らされていない可能性が高いでしょう。ごく一部……ルドガーと宰相とその回りの者たちだけの事だと思います。軍事力を必要以上に拡大させようとしている原因など突き詰めれば、必ず宰相の弱みに繋がると思うのです。そこを突けば、きっとあなたが皇帝として振る舞える時代になるはず……」
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