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竜王と竜妃の協力
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当たり前だが、付近に竜の姿はなかった。
竜の姿を失ったカリューシアは、どこか別の国に思える。
「ライオットも、よくぞシーラを連れ帰ってくれた。心より感謝する」
国王イグニスの言葉に、ライオットは「お気にせず」と爽やかな笑みを浮かべる。
「それにしても……、それが伝令から聞いた『穢れ』なのか」
目を細めたイグニスが見るのは、娘の両手に抱えられた布の塊。
ライオットが伝令に渡した書状には、すべての事が簡潔に書かれてあった。
「シーラ、渡しなさい」
「ですが……」
手を差し出してきたイグニスに、シーラは渋ってみせる。
ここまで来たら、最後まで自分の手で決着をつけたいと思ったのだ。
しかしそれを察したのか、王妃デボラが優しい声で言い含めてくる。
「良いですか? シーラ。確かに今回のきっかけは、あなたが元の世界で起きた惨劇をどうにかしたいと思ったこと他なりません。あなたがすべての中心なのかもしれません。ですがどの世界にいても、私たちはあなたの親です。娘であるあなたにすべて辛い事を追わせ、のうのうとしていられる薄情な親にさせないでください」
シーラに生き写しと言っていい美貌のデボラは、やんわりと言ったあと娘の手から布の塊を奪ってしまった。
「それに、巫女としての芙力で言えば、まだまだお母様の方が上なのですよ」
最後にパチンと悪戯っぽくウインクをすると、デボラは「ね、あなた」と夫に同意を求める。
「そうだ。お前はルドガー陛下を救出しに行った時から、ずっと無理を押しているだろう。気を張ってばかりで疲れただろうから、今日はもう休みなさい」
温かな言葉に、シーラは拍子抜けした顔をしていた。
「お父様、お母様……。怒っていらっしゃらないのですか? 私、カリューシアに竜を狂わせる呪いを持ってきてしまったのに……」
厳しく叱られると覚悟していたのに、両親は包み込むような愛情を見せてきて、シーラも戸惑っていた。
「あなたが三国の平和と竜のために奔走している事ぐらい、親ですもの分かっています。竜の事はカリューシアに。ここから先は私たちが何とかします。セプテアからも改めて和平の会談が申し込まれていますから、安心なさい」
「ルドガーから……、書状が送られてきたのですか?」
心の底で、セプテアでルドガーが権力を握り返したのだとシーラは察した。隣でライオットも微笑んでいる。
「件の宰相殿は、現在牢に幽閉されているそうです。反逆の瞬間を元帥閣下や騎士団長殿、その他大勢の騎士が目撃したと書かれてありました。ルドガー陛下の叔父上であるマーカス様からも、他の貴族たちに現在の体勢を立て直すよう声が掛かったのでしょう」
「……良かった……」
心底安堵して足の力が抜けかけたシーラを、ライオットが力強く支えてくれた。
「だからお前は安心して休みなさい。会談の時になれば同行して、その目でルドガー陛下の口から事実を聞くといい」
「……はい」
ここまで気力のみで動いていたシーラは、あまりの安堵にそのまま気を失ってしまった。
疲労も溜まり、限界まで神経が高ぶっていた。
それがプツンと切れてしまい、糸を失った操り人形のようにくずおれてしまったのだ。
当たり前にその体をライオットが受け止め、しっかりと抱え直す。
「俺はシーラを寝かせたあと、ガズァルに戻ります。会談の時にまた会おうとシーラにお伝えください」
国王夫妻と共に宮殿に向かって歩き始め、ライオットはシーラの時間旅行がもうそろそろ終わる予感を抱いている。
運命を変えた竜姫は、あと少しすれば元の時間軸に戻ってしまうのだ。
そうなった時、この世界の平和は守られたとしても、彼女がいた世界は安泰なのだろうか? ふと、そんな心配をしてしまうのだ。
「あなたにもご迷惑をお掛けしましたね、ライオット」
坂道を歩き慣れたデボラが娘の頼もしい幼馴染みに微笑みかけ、あどけないシーラの寝顔を見てさらに笑みを深める。
「いいえ。シーラのお転婆は今に始まった事ではありませんから。彼女はいつでも竜と三国の平和を大切にしています。その協力ができて、救うべき大切な人の命が助かったのなら、俺はそれで本望です」
高地にあるカリューシアの空気は、澄んでいて気持ちいい。
吹き抜ける風も眼下にあるレティ湖の輝きも、守りたいと思う昔ながらの風景だ。
「あなたとルドガー陛下は、幼い頃からずっとシーラを大切にしてくれていたものね」
デボラの声も、隣国の王妃という立場よりずっと近しい。
「守りたいのです。シーラを、ルドガーを。この美しい国々を」
黒曜石の目を細め、ライオットは温かな笑みを浮かべた。
**
竜の姿を失ったカリューシアは、どこか別の国に思える。
「ライオットも、よくぞシーラを連れ帰ってくれた。心より感謝する」
国王イグニスの言葉に、ライオットは「お気にせず」と爽やかな笑みを浮かべる。
「それにしても……、それが伝令から聞いた『穢れ』なのか」
目を細めたイグニスが見るのは、娘の両手に抱えられた布の塊。
ライオットが伝令に渡した書状には、すべての事が簡潔に書かれてあった。
「シーラ、渡しなさい」
「ですが……」
手を差し出してきたイグニスに、シーラは渋ってみせる。
ここまで来たら、最後まで自分の手で決着をつけたいと思ったのだ。
しかしそれを察したのか、王妃デボラが優しい声で言い含めてくる。
「良いですか? シーラ。確かに今回のきっかけは、あなたが元の世界で起きた惨劇をどうにかしたいと思ったこと他なりません。あなたがすべての中心なのかもしれません。ですがどの世界にいても、私たちはあなたの親です。娘であるあなたにすべて辛い事を追わせ、のうのうとしていられる薄情な親にさせないでください」
シーラに生き写しと言っていい美貌のデボラは、やんわりと言ったあと娘の手から布の塊を奪ってしまった。
「それに、巫女としての芙力で言えば、まだまだお母様の方が上なのですよ」
最後にパチンと悪戯っぽくウインクをすると、デボラは「ね、あなた」と夫に同意を求める。
「そうだ。お前はルドガー陛下を救出しに行った時から、ずっと無理を押しているだろう。気を張ってばかりで疲れただろうから、今日はもう休みなさい」
温かな言葉に、シーラは拍子抜けした顔をしていた。
「お父様、お母様……。怒っていらっしゃらないのですか? 私、カリューシアに竜を狂わせる呪いを持ってきてしまったのに……」
厳しく叱られると覚悟していたのに、両親は包み込むような愛情を見せてきて、シーラも戸惑っていた。
「あなたが三国の平和と竜のために奔走している事ぐらい、親ですもの分かっています。竜の事はカリューシアに。ここから先は私たちが何とかします。セプテアからも改めて和平の会談が申し込まれていますから、安心なさい」
「ルドガーから……、書状が送られてきたのですか?」
心の底で、セプテアでルドガーが権力を握り返したのだとシーラは察した。隣でライオットも微笑んでいる。
「件の宰相殿は、現在牢に幽閉されているそうです。反逆の瞬間を元帥閣下や騎士団長殿、その他大勢の騎士が目撃したと書かれてありました。ルドガー陛下の叔父上であるマーカス様からも、他の貴族たちに現在の体勢を立て直すよう声が掛かったのでしょう」
「……良かった……」
心底安堵して足の力が抜けかけたシーラを、ライオットが力強く支えてくれた。
「だからお前は安心して休みなさい。会談の時になれば同行して、その目でルドガー陛下の口から事実を聞くといい」
「……はい」
ここまで気力のみで動いていたシーラは、あまりの安堵にそのまま気を失ってしまった。
疲労も溜まり、限界まで神経が高ぶっていた。
それがプツンと切れてしまい、糸を失った操り人形のようにくずおれてしまったのだ。
当たり前にその体をライオットが受け止め、しっかりと抱え直す。
「俺はシーラを寝かせたあと、ガズァルに戻ります。会談の時にまた会おうとシーラにお伝えください」
国王夫妻と共に宮殿に向かって歩き始め、ライオットはシーラの時間旅行がもうそろそろ終わる予感を抱いている。
運命を変えた竜姫は、あと少しすれば元の時間軸に戻ってしまうのだ。
そうなった時、この世界の平和は守られたとしても、彼女がいた世界は安泰なのだろうか? ふと、そんな心配をしてしまうのだ。
「あなたにもご迷惑をお掛けしましたね、ライオット」
坂道を歩き慣れたデボラが娘の頼もしい幼馴染みに微笑みかけ、あどけないシーラの寝顔を見てさらに笑みを深める。
「いいえ。シーラのお転婆は今に始まった事ではありませんから。彼女はいつでも竜と三国の平和を大切にしています。その協力ができて、救うべき大切な人の命が助かったのなら、俺はそれで本望です」
高地にあるカリューシアの空気は、澄んでいて気持ちいい。
吹き抜ける風も眼下にあるレティ湖の輝きも、守りたいと思う昔ながらの風景だ。
「あなたとルドガー陛下は、幼い頃からずっとシーラを大切にしてくれていたものね」
デボラの声も、隣国の王妃という立場よりずっと近しい。
「守りたいのです。シーラを、ルドガーを。この美しい国々を」
黒曜石の目を細め、ライオットは温かな笑みを浮かべた。
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