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変化1
空の色が変わり始めた頃、お茶会は終わった。
「クライヴ、先に戻っていて。少しオーガストに健康のことや、調子など聞いておきたいから」
「ああ、幼馴染みなら心配だろう。俺も顔色が悪いなと思っていたから……。離れた所で待っているから、話しておいで」
「ありがとう」
宮殿の方へゆっくり戻ろうとしている人々の中、モニカは少し足を速めてオーガストに近づいた。
「オーガスト」
「……モニカ」
彼の名前を呼ぶと、白を基調とした聖爵特有の服を着たオーガストが顔を上げる。
「今回は来てくれてありがとう。それにしても……、顔色が悪いわ。元気にしているの?」
スラリと背の高い彼は、一時騎士にも劣らない体つきをしていた。
けれど今は、もう鍛える必要もないと諦めてしまったのか、筋肉が少し落ちている。
「……あぁ、元気だよ。結婚おめでとう、モニカ」
強がりのように返事をするが、オーガストの目はモニカを見ようとしない。
「聖爵のお仕事は上手くいっている? 教会関係者の方々に、意地悪されていない?」
チラッと司教の方を盗み見し、彼が他の人物と会話中であるのを確認してからモニカは言う。
「あぁ、お義父さんは優しくしてくれるよ。僕も日々勉強を重ねている」
「そう? あなたは元々努力家だから、この一帯の教会がより強固なものになると信じているわ」
「ん……」
ゆっくり歩いていると、また百合の香りがする場所に差し掛かり、モニカは少し表情を曇らせる。
クライヴは離れた所で妹のヘザーと会話をしつつ、時折彼女の方を気にしていた。
「ねぇ、オーガスト。私、あなたなら……」
何か言いかけたモニカの脳裏に、真っ白な百合の花畑が広がり、その香りが鼻を突き抜ける。
――百合。
何かが記憶の中で閃きそうになり、酷く頭が痛んだ。
「モニカ?」
足をよろめかせた彼女を支え、オーガストはそのまましゃがみ込む。
「……大丈夫。……大丈夫よ」
オーガストの腕の中で、モニカはうわごとのように「大丈夫」を繰り返す。
「モニカ!」
クライヴがすぐに反応し、こちらに駆けてくる。
「ブライト猊下。モニカは?」
「分かりません。突然具合を悪くされたようで……」
クライヴの問いに、ブライト聖爵――オーガストも訳が分からないという顔をしている。
「失礼」
断りを入れてクライヴはオーガストの腕からモニカを受け取り、軽々と抱き上げた。
その姿に、オーガストの目に羨望が走る。――が、誰も気付かない。
妻を抱いてしっかりと歩いて行くヴィンセント国王の姿を、遠くから侍女たちが喜色のこもった表情で見ていた。
**
「大丈夫か? モニカ」
「ええ」
部屋に戻り、クライヴは自らモニカのドレスを脱がせた。
慌ててケイシーが用意したネグリジェをモニカに着せ、そのままベッドに寝かせたのだ。
「何がどうなって……、具合が悪くなった?」
「分からないの……。百合の香りがしたと思ったら、急に頭が痛くなって」
自分でも百合の香りなど、嗅ぎ慣れていると思う。
ウィドリントンの庭園にも当たり前のように百合が植えられていたし、このヴィンセントの城の百合園が特別嫌いというほど、何か感情を持っている訳でもない。
「……君から少し百合の花は遠ざけておこう」
「そんなこと、しなくていいわ。百合に罪はないもの」
「本当に百合に罪がないと思うか? 君が覚えていないだけで、百合に関する何かが君に害を及ぼしたのかもしれない」
「それは……」
そう言われると、モニカも返答に窮してしまう。
「とにかく、今はゆっくり寝ているんだ」
「ええ……」
頭を撫でられ、モニカは体が眠りを欲しているのに気付いた。
トロンとした彼女の目元を見て、クライヴも表情を優しくする。
「結婚式から連続して忙しくしていたから、疲労も出ているんだろう。気が済むまで寝ていていい」
「でも……、お父さまたちとの晩餐があるわ……」
「君の体調の方が大事だ」
「ちゃんとしなきゃ……」
「……じゃあ、時間が近くなったら起こすから」
あくまでも王妃としての仕事をこなそうとするモニカに、クライヴは誇らしさを感じた。
「お願い……。ちゃんと起こしてね……」
次第に小さくなってゆく声に、優しい手が応える。
クライヴに頭を撫でられながら、モニカは眠りの淵に落ちていった。
「クライヴ、先に戻っていて。少しオーガストに健康のことや、調子など聞いておきたいから」
「ああ、幼馴染みなら心配だろう。俺も顔色が悪いなと思っていたから……。離れた所で待っているから、話しておいで」
「ありがとう」
宮殿の方へゆっくり戻ろうとしている人々の中、モニカは少し足を速めてオーガストに近づいた。
「オーガスト」
「……モニカ」
彼の名前を呼ぶと、白を基調とした聖爵特有の服を着たオーガストが顔を上げる。
「今回は来てくれてありがとう。それにしても……、顔色が悪いわ。元気にしているの?」
スラリと背の高い彼は、一時騎士にも劣らない体つきをしていた。
けれど今は、もう鍛える必要もないと諦めてしまったのか、筋肉が少し落ちている。
「……あぁ、元気だよ。結婚おめでとう、モニカ」
強がりのように返事をするが、オーガストの目はモニカを見ようとしない。
「聖爵のお仕事は上手くいっている? 教会関係者の方々に、意地悪されていない?」
チラッと司教の方を盗み見し、彼が他の人物と会話中であるのを確認してからモニカは言う。
「あぁ、お義父さんは優しくしてくれるよ。僕も日々勉強を重ねている」
「そう? あなたは元々努力家だから、この一帯の教会がより強固なものになると信じているわ」
「ん……」
ゆっくり歩いていると、また百合の香りがする場所に差し掛かり、モニカは少し表情を曇らせる。
クライヴは離れた所で妹のヘザーと会話をしつつ、時折彼女の方を気にしていた。
「ねぇ、オーガスト。私、あなたなら……」
何か言いかけたモニカの脳裏に、真っ白な百合の花畑が広がり、その香りが鼻を突き抜ける。
――百合。
何かが記憶の中で閃きそうになり、酷く頭が痛んだ。
「モニカ?」
足をよろめかせた彼女を支え、オーガストはそのまましゃがみ込む。
「……大丈夫。……大丈夫よ」
オーガストの腕の中で、モニカはうわごとのように「大丈夫」を繰り返す。
「モニカ!」
クライヴがすぐに反応し、こちらに駆けてくる。
「ブライト猊下。モニカは?」
「分かりません。突然具合を悪くされたようで……」
クライヴの問いに、ブライト聖爵――オーガストも訳が分からないという顔をしている。
「失礼」
断りを入れてクライヴはオーガストの腕からモニカを受け取り、軽々と抱き上げた。
その姿に、オーガストの目に羨望が走る。――が、誰も気付かない。
妻を抱いてしっかりと歩いて行くヴィンセント国王の姿を、遠くから侍女たちが喜色のこもった表情で見ていた。
**
「大丈夫か? モニカ」
「ええ」
部屋に戻り、クライヴは自らモニカのドレスを脱がせた。
慌ててケイシーが用意したネグリジェをモニカに着せ、そのままベッドに寝かせたのだ。
「何がどうなって……、具合が悪くなった?」
「分からないの……。百合の香りがしたと思ったら、急に頭が痛くなって」
自分でも百合の香りなど、嗅ぎ慣れていると思う。
ウィドリントンの庭園にも当たり前のように百合が植えられていたし、このヴィンセントの城の百合園が特別嫌いというほど、何か感情を持っている訳でもない。
「……君から少し百合の花は遠ざけておこう」
「そんなこと、しなくていいわ。百合に罪はないもの」
「本当に百合に罪がないと思うか? 君が覚えていないだけで、百合に関する何かが君に害を及ぼしたのかもしれない」
「それは……」
そう言われると、モニカも返答に窮してしまう。
「とにかく、今はゆっくり寝ているんだ」
「ええ……」
頭を撫でられ、モニカは体が眠りを欲しているのに気付いた。
トロンとした彼女の目元を見て、クライヴも表情を優しくする。
「結婚式から連続して忙しくしていたから、疲労も出ているんだろう。気が済むまで寝ていていい」
「でも……、お父さまたちとの晩餐があるわ……」
「君の体調の方が大事だ」
「ちゃんとしなきゃ……」
「……じゃあ、時間が近くなったら起こすから」
あくまでも王妃としての仕事をこなそうとするモニカに、クライヴは誇らしさを感じた。
「お願い……。ちゃんと起こしてね……」
次第に小さくなってゆく声に、優しい手が応える。
クライヴに頭を撫でられながら、モニカは眠りの淵に落ちていった。
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