時戻りのカノン

臣桜

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お礼の食事

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「お付き合い頂いて、ありがとうございました。それに、祖母が前向きになってくれて良かったです」

 改めて病院前に停まっていた別のタクシーに乗り、今度こそ気兼ねなく札幌駅に向かいながら、花音は秀真に礼を言う。

「どう致しまして。私は何もできていませんが、花音さんの真摯な訴えかけが洋子さんに届いたのだと思ってます」

 忙しい人だろうに、ここまで付き合わせてしまったのに、秀真は嫌な顔一つしていない。

 その様子を見て、「できた人なんだな」と花音は感心していた。

「本当に、何とお礼を申し上げたらいいのか……」

 格好いいだけでなく、性格も良くて、花音たち家族を思いやってくれる優しさがある。

 東京から洋子の見舞いだけに訪れた秀真と、〝これから〟があるなんて思っていない。

 そこまで思い上がっていないつもりだ。自分に言い聞かせるも、花音の中には抑えきれない秀真への好意と感謝、憧憬が生まれていた。

「……じゃあ、代わりに……というのも何ですが。さっきも言ったように、今夜夕食をご一緒しませんか? 札幌の食を楽しめる店で、楽しく話せたらと思います」

(ご馳走しないと!)

「はい、もちろん!」

 秀真の言いたい事をピンと察した花音は、必死に美味しい店を思い出そうとする。

 だが世の中の地元っ子がそうであるように、花音は札幌テレビ塔に登った事はないし、観光地と言われる場所にもあまり行かない。

 札幌駅近くにある、〝赤レンガ〟または〝旧道庁〟の名で親しまれている、北海道庁旧本庁舎や、時計台などは街中にあるため、歩いているとチラッと見かける事はある。

 だがわざわざ中に入ってどうなっているか確かめる事は、一度もしていない。

 なのでネットで知り合った本州の友達が、「今度札幌に行きたいんだけど、どこか美味しいお勧めの店や、札幌ラーメンある?」と言われても、毎回言葉に詰まっていた。

 彼らが求めているのは〝北海道らしさ〟と、〝美味しい札幌ラーメン〟だ。

 花音が友達や同僚と外食する時は、お洒落なカフェやイタリアンバルなどだ。

 基本的にラーメン通ではないし、海鮮がメインで出る居酒屋はそれほど行かない。

 ゆえに現在、非常に店選びに迷っていた。

「……す、すみません……。良さそうなお店、検索してもいいですか……?」

 とうとうぎこちなく片手を挙手して、困っている事を示す。

 その一言だけで、秀真は大体の事情を察したようだった。

「……ああ! あまり北海道らしい店とかは、行かない感じですか?」

「そうなんです……」

「じゃあ、二人で良さそうな店を探しましょうか。花音さんに丸投げにしてしまって、すみません」

「いえ」

 提案をありがたく呑み、花音はスマホを取りだして良さそうな店を検索してゆく。

 そのまましばらく二人でスマホを弄り、「ここはどうでしょう?」という提案をしていった。

 結局、札幌駅に着いたあとは大通公園を通ってすすきのまで歩き、新鮮な海鮮を出す居酒屋に向かう事にした。




 札幌駅に着くと、またタクシーの支払いは秀真がしてくれ、花音は申し訳なさで一杯になる。

(夕ご飯はしっかり私がご馳走しないと!)

 意気込んでいると、駅北口の出入り口から康夫と春枝が出てきた。

「病院に戻ったんですって?」

 二人は待たされて怒る様子も見せない。

 その人の良さに、花音は逆に申し訳なさを覚えた。

「私の我が儘で、病院に戻ってもらったんです。すみません」

 ペコリと頭を下げると、隣で秀真が事の経緯を説明した。

「それじゃあ、洋子さん、手術を受ける覚悟ができたのね」

「良かったなぁ……」

 孫から説明を聞き、老夫婦は笑顔を見せている。

「……本当に、瀬ノ尾さんご家族はいい人ですね。うちの祖母にそんなに優しくしてくださって、ありがとうございます」

 礼を言うと、春枝は「どういたしまして」と笑ってから「歩きましょうか」と駅の中に入る。

 時刻は十七時をすぎていて、秀真がこれからの予定を話すと、すすきのまでゆっくり歩きながら話す事になった。

 札幌に住む花音は、六月頃が一番いい季節だと思っている。

 たまに暑くなる日はあるが、黙っていても汗が噴き出るというほどでもなく、外を歩けば爽やかな風が吹く。
 緑の多い郊外に行けば、それは気持ちいいのだ。

 五月は早緑が目に美しい時期でもあるが、日によってまだ少し寒い時もある。

 なので六月はあらゆる意味で、札幌あるいは北海道を満喫するのに丁度いいと思っている。
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