時戻りのカノン

臣桜

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信じるよ

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「元の世界では、花音は俺に会わなかったんだね?」

「はい。きっと葬儀には来てくれていたんだと思いますけど、私はそれどころじゃなくて……。挨拶もしただろうけど、参列者の一人に過ぎなかったと思います」

「恐らく今の世界でも、洋子さんが手術を受けなかったら亡くなっていたかもしれない……」

 秀真は独り言のように呟く。

「だから、祖母が検査や手術にためらっていたと秀真さんに聞いて、本当に助かったんです。ありがとう」

「いいや、俺だって洋子さんに元気になってほしいと思っていた。最後は孫である花音の言葉で勇気づけられたんだから、お礼を言われる筋合いはないよ」

 謙虚な姿勢を見せる秀真の言葉に、花音はより好意を抱く。

 やがて秀真は大きく息をつき、ソファの背もたれに身を任せた。

「不思議な事ってあるもんだな」

「信じてくれるんですか?」

「信じるよ。ちょっとの付き合いだけど、花音がこういう話をして、人を騙して喜ぶ女性だと思わない。まして大好きな自分の祖母の死が関わるなら、冗談でもこんな事を言わないだろう」

「……ありがとう」

 彼が信じてくれた事に感謝し、同時にずっと一人で秘密を抱えていた重荷がフッと軽くなった気がした。

「まず、この世界で出会えた事に感謝だな」

 秀真が微笑み、花音も「はい」とはにかむ。

「……それで、花音はこれからどうするつもりなんだ?」

「どう……って?」

 尋ねられ、そう応えておきながらも花音はドキッとする。

 自分が考えるのを先延ばしにし、無意識に目を向けないでいたものについて、秀真が触れてきたからだ。

「最近では映画やアニメでもタイムスリップとか、時空を跨ぐ作品が出ている。俺もそういう作品が好きでよく見ているけど、花音が体験したのは、ピアノという媒介を経てだからタイムワープに分類されるのだと思う」

 言われて、他にもタイムリープという言葉があると思いだした。

 確かその単語を使っていた作品では、主人公が自分自身の力で時間を跨いでいた。

「何となく、全部同じかと思っていたけど、違いがあるんですね」

 花音の言葉に秀真は頷き、言葉を続ける。

「俺はSFの専門家じゃないし、詳しく調べている訳でもない。多分、これをタイム何……と括りをつけなくても、問題ないと思う。それでも今回の事は、ピアノの力を借りて、強く念じれば花音だけが時を跨げる可能性がある……とまとめた方がいい気がする」

「何だか曖昧ですよね。ピアノを弾いても必ず時間を跳べる訳じゃない気がするし、私が本当に心の底から願わないと、梨理さんは聞いてくれない気がします」

「その、梨理さんという、亡くなった娘さんがキーパーソンか……」

 秀真は考え込み、なぜ花音だけが梨理のピアノで時間を跳躍できたのかの推測をブツブツ呟く。けれど結論は出ず、秀真は沈黙してしまう。

「……私はいま、満足しています。祖母は助かりましたし、こうやって秀真さんと良い出会いができました。だから……周囲の環境さえ許してくれるなら、今のままでいたいと思います」

 やがて花音が言うと、秀真も「それもそうだな」と同意してくれる。

「花音は洋子さんの死に未練があり、過去を変えたかった。それが叶ったのなら、もう余計に動く必要はないと思う」

「ですよね。……時間を渡ったって言うと、この世界にいたはずの自分がどうなったのかも気になりますが……。今の所、身の回りでおかしな事はないですし」

 別世界の〝自分〟と合う事は、時間渡航の物語で最大のタブーであると、今まで映画などを見ていても分かっている。

 花音は自分自身を抱き締め、俯いた。

「本当は、自分がしでかしてしまった事を考えれば考えるほど、怖いんです。あとで何か大きなしっぺ返しがこないかとか……」

 そんな花音の背中を、秀真はトントンとさすってくれる。

「俺は花音みたいに不思議な目に遭っていないから、すべて想像でしか言えない。でも、SF映画にあるようにタイムトラベラーを管理する、時空警察みたいなものが存在するとは思えない。仮に遠い未来にそういうものが存在するとしても、別の時代に深く干渉して騒ぎを起こすのは得策ではないと思うんだ。それこそ、未来が大きく変わってしまう」

「……確かに」

「やり直せたら、というのは人間がずっと抱える願いだと思う。でもやり直せないからこその人生だと俺は思う。仮に未来で時間渡航が当たり前の事になっても、基本的に他人の運命をねじ曲げる事など、歴史を大きく変える事は禁じられていると思う。だから今の花音に誰かが罰を与えるとかは心配しなくていいんじゃないかな」

 励まされ、花音は頷く。

「ずっと離れていたピアノを、弾くか弾かないかで花音には選択肢があった。けれど過去の花音は『ピアノを弾いたら確実に時間渡航ができる』なんて思っていなかっただろう?」

「はい。あの時はただ、祖母への追悼の想いで一杯でした」

「じゃあ、ノーカンじゃないかな」

 ケロリとして言われ、花音は目を瞬かせる。
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