時戻りのカノン

臣桜

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はい、ご苦労様でした

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 勿論、彼らには事前に「胡桃沢愛那には気をつけてほしい」という説明をした上で、この場限りで架空の性癖があると話すのは了承済みだ。

 彼らも社会的地位のある人物で、望んでいない女性から迫られては困っているのは共通した悩みだ。

 そんな中で、少しでも「近づきたくない相手」を排除できるなら……と、喜んで話にのってくれた。

 愛那は鼻の頭に皺を寄せ不快を示す。

 蝶よ花よと育てられた愛那は、理想が高く自己憐憫的だと集めた情報で分かっている。

 自分をちやほやしてくれる存在を求め、親の前では徹底的に〝いい子〟〝模範的〟である事を貫いたため、その反動が見えないところに出ていた。

 彼女の汚点を目の前でぶちまけた挙げ句、秀真は自分を〝下品で嫌な男〟として愛那に印象づかせ、嫌わせる戦法を採った。

「もう……! やめて! 二度と私に関わらないで!」

 バン! とテーブルを叩いて立ち上がった愛那は、帰ろうとする。

 その手首を秀真が掴んだ。

「その言葉に偽りはありませんね? もし今後あなたが私に何かしようとするなら、この方々からの証言をマスコミにリークします」

 彼の言葉に、愛那は顔を引きつらせる。

「絶対に! あなたには関わりません! 汚い手で触らないで!」

 叫ぶように言い、愛那は唾棄しそうな表情で告げてから、男たちを押しのけて店から出て行った。

 秀真は彼女が店から出るまで見送り、その姿が完全に消えてから溜め息と共ににっこり笑った。

「はい、ご苦労様でした」

 彼の声に、男性たちが笑い出す。

「いやー、スッキリしましたよ。あの女、大っ嫌いでしたから」

「それにしても、これでいいんですか? 追い詰めるならもっと他の〝証拠〟も持ってますけど」

 男性の言葉に、秀真は首を横に振る。

「今はこれで様子を見ます。恐らくもう二度と彼女とは関わりができないでしょうが、〝証拠〟はこちらで買った上で厳重に保管します」

「分かりました」

「今回はご協力ありがとうございます。残りの謝礼はご指定の口座に振り込みますので、あとは他言無用でお願い致します」

 そのあと、男性たちは挨拶をして去って行った。

 彼らが飲んでいた酒を払う事にしたが、軽い経費だ。

「……あぁ、疲れた」

 一仕事終えた、という晴れやかな表情で呟き、彼はホールスタッフを呼んで新しくハイボールを頼んだ。

 そしてスマホを取りだし、花音にメッセージを送った。

『花音、こんばんは。きっともう心配はないよ』

 すぐに花音から返事が来る。

『こんばんは。本当ですか? 愛那さんと会っていたんですか?』

 彼女の顔を思い浮かべ、秀真は自分がとても下品で嫌な男である演技をし、無事に愛那から嫌われたとメッセージを打つ。

 愛那の過去については、花音の耳に入れれば彼女を汚してしまうと思い、話さなかった。

 そのあと花音から送られてきたのは、キャラクターが大笑いしている動くスタンプだった。

『凄い戦法をとったんですね! 下品な秀真さん、見てみたかった!』

 花音が大笑いしている様子を思い浮かべ、秀真も一人表情を緩める。

『勿論、ふりだから花音は信じないでくれよ?』

『当たり前です!』

 気持ちは、とても晴れやかだった。

 これで花音と何の障害もなく結婚できる。

 あとは彼女が年末に東京に来た時、プロポーズをするのみ――。

 運ばれてきたハイボールを勝利の酒として飲み干した秀真は、会計をして颯爽と帰路につくのだった。




 あれから秀真が何度か札幌まで来てくれ、お互いの無事と、もう何も心配はないだろう事を確認した。

 花音は実家に帰ったついでに祖母の家に行き、空き時間を見てあの練習室で梨理に向かって礼を言った。

 その時、洋子に呼ばれて少し話す事になった。

「もう、ピアノは大丈夫なの?」

 時を超えても、〝花音〟がいる世界では六年前にコンクールで事故に遭った過去は変わっていないようだった。
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