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消えた新妻2
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その背中を見て部下二人は一歩引き、恐怖をたたえた表情で視線を外す。
自分たちの主が『こう』なってしまえば、どうなるのかは身に染みて分かっている。
感情などない振る舞いをし、『任務遂行』のためならなんだってする――死神。
戦争が終わり、久方ぶりにその姿も気迫も感じることはなかったのに――。
「――ブレアは部下を集めろ。すぐに動ける者を集め、王宮の警備など必要な者を除き精鋭班を作れ。セドリックは私に随行し、知る限りのことを話せ」
「「はっ!」」
寸分違わず二人の声が重なり、ブレアはすぐに部屋を出て行った。
「女はどんな姿をしていた?」
「赤毛で青い目の令嬢でした。ワインレッドのドレスに、水玉が少し珍しい印象がありました。出身はアルトドルファーで、アルデンホフ伯爵令嬢と仰っていました」
セドリックの報告を聞いている間、ギルバートはベッドの横に膝をついていた。目を細めてベッドを撫で、プラチナブロンドの髪の毛を一本見つける。
それから部下がその場にいるのも構わず、ギルバートはベッドに顔を埋めて匂いを吸い込んだ。
スゥッと音がするほどベッドの匂いを嗅ぐが、ブレアは平然としたまま元帥の動向を見守っている。
「……間違いなくここにいたな」
シャーロットの匂いは散々嗅いだので、ほんの微かな匂いでも間違えようがない。
次にテーブルに向かい、同様にソファに顔を埋めて匂いを吸い込んだ。
「…………」
その姿をセドリックは真面目な顔でみていた。
元帥が犬のように鼻がいいのを、彼をはじめ部下たちは知っている。
片目を失ったギルバートは、十月堂の時間の時に多少なりとも脳にショックを受けた。その後ギルバートの嗅覚は異様に鋭敏になったのだ。
ギルバートの悪名の中に、『地獄の番犬』というものもある。それは彼の嗅覚の鋭さを知っている、軍内部の者がつけたものだ。
本来なら恐れられる元帥の勲功の一つとして言い出したものなのだが、今となっては貴族たちに『陛下の犬』と呼ばれる由縁の一つになってしまった。
ソファのどこにシャーロットが座っていたかを判別すると、ギルバートは次にグラスの匂いを嗅ぐ。
「…………」
スンッと鼻がなり、考える間を置いてからまたスンッと匂いを吸い込む。
「……ワインにしてはどこか甘ったるい匂いがする。薬を盛られたな」
立ち上がり、次は窓辺に向かう。
「カーテンをすべて開けろ」
「はっ」
すぐに談話室のカーテンはすべて開けられ、思い出したセドリックは情報をつけ加える。
「私が奥さまのお姿を確認した時、あそこの窓が開いておりました」
「…………」
セドリックが指さした窓にギルバートはツカツカと歩み寄り、その周辺をつぶさに観察してゆく。
「……暗くて分かりづらいが、ここに何かこすれた跡があるな。……ロープか何かを使ったとして……。ベッドの柱に何か不審な跡はあるか?」
ギルバートに言われてセドリックはすぐに確認をはじめ、頑強なベッドの柱に、同じくこすれた跡を発見した。
「ありました!」
「…………」
ギルバートの金色の目が睨む先は、夜風に吹かれて白い花を揺らすマロニエの木。かなり樹齢を重ねた木で、枝の中には人一人の体重ぐらい支えられる太さのものもあった。
「……もうかなり遠くまで行っているか……」
そう呟いたあと、踵を返して部屋を出る。
「斥候を出し、国境を閉鎖しろ。死ぬほど走らせろ」
「はっ!」
先ほどから背中に冷や汗が止まらないセドリックは、走り出した。
一人になったギルバートは、国王に報告すべく廊下を進んでいた。
国王に報告して軍を動かす必要があるが、アルトドルファーの国王にはまだ知らせないほうがいいだろう。
わざわざ和平を結んだというのに、また戦争が起こっては堪らない。
国として平和を望む立場の国王が、何か腹に一物持って会談に臨むのもおかしい。よって今回の犯行は、エリーゼを含む一部の者が主犯と踏んだ。
それに先ほど嫌になるほど同席して観察したが、アルトドルファーの王族はみな心から楽しんでいて、何かを企んでいる表情ではなかった。
(……騒ぎが大きくなる前に鎮められればいいが)
ふと掌にヌルッとしたものを感じれば、いつのまにか力一杯拳を握り爪が掌に食い込んでいた。
ごまかすためにギルバートは再び革手袋を嵌め、ギュッと引っ張った。
**
自分たちの主が『こう』なってしまえば、どうなるのかは身に染みて分かっている。
感情などない振る舞いをし、『任務遂行』のためならなんだってする――死神。
戦争が終わり、久方ぶりにその姿も気迫も感じることはなかったのに――。
「――ブレアは部下を集めろ。すぐに動ける者を集め、王宮の警備など必要な者を除き精鋭班を作れ。セドリックは私に随行し、知る限りのことを話せ」
「「はっ!」」
寸分違わず二人の声が重なり、ブレアはすぐに部屋を出て行った。
「女はどんな姿をしていた?」
「赤毛で青い目の令嬢でした。ワインレッドのドレスに、水玉が少し珍しい印象がありました。出身はアルトドルファーで、アルデンホフ伯爵令嬢と仰っていました」
セドリックの報告を聞いている間、ギルバートはベッドの横に膝をついていた。目を細めてベッドを撫で、プラチナブロンドの髪の毛を一本見つける。
それから部下がその場にいるのも構わず、ギルバートはベッドに顔を埋めて匂いを吸い込んだ。
スゥッと音がするほどベッドの匂いを嗅ぐが、ブレアは平然としたまま元帥の動向を見守っている。
「……間違いなくここにいたな」
シャーロットの匂いは散々嗅いだので、ほんの微かな匂いでも間違えようがない。
次にテーブルに向かい、同様にソファに顔を埋めて匂いを吸い込んだ。
「…………」
その姿をセドリックは真面目な顔でみていた。
元帥が犬のように鼻がいいのを、彼をはじめ部下たちは知っている。
片目を失ったギルバートは、十月堂の時間の時に多少なりとも脳にショックを受けた。その後ギルバートの嗅覚は異様に鋭敏になったのだ。
ギルバートの悪名の中に、『地獄の番犬』というものもある。それは彼の嗅覚の鋭さを知っている、軍内部の者がつけたものだ。
本来なら恐れられる元帥の勲功の一つとして言い出したものなのだが、今となっては貴族たちに『陛下の犬』と呼ばれる由縁の一つになってしまった。
ソファのどこにシャーロットが座っていたかを判別すると、ギルバートは次にグラスの匂いを嗅ぐ。
「…………」
スンッと鼻がなり、考える間を置いてからまたスンッと匂いを吸い込む。
「……ワインにしてはどこか甘ったるい匂いがする。薬を盛られたな」
立ち上がり、次は窓辺に向かう。
「カーテンをすべて開けろ」
「はっ」
すぐに談話室のカーテンはすべて開けられ、思い出したセドリックは情報をつけ加える。
「私が奥さまのお姿を確認した時、あそこの窓が開いておりました」
「…………」
セドリックが指さした窓にギルバートはツカツカと歩み寄り、その周辺をつぶさに観察してゆく。
「……暗くて分かりづらいが、ここに何かこすれた跡があるな。……ロープか何かを使ったとして……。ベッドの柱に何か不審な跡はあるか?」
ギルバートに言われてセドリックはすぐに確認をはじめ、頑強なベッドの柱に、同じくこすれた跡を発見した。
「ありました!」
「…………」
ギルバートの金色の目が睨む先は、夜風に吹かれて白い花を揺らすマロニエの木。かなり樹齢を重ねた木で、枝の中には人一人の体重ぐらい支えられる太さのものもあった。
「……もうかなり遠くまで行っているか……」
そう呟いたあと、踵を返して部屋を出る。
「斥候を出し、国境を閉鎖しろ。死ぬほど走らせろ」
「はっ!」
先ほどから背中に冷や汗が止まらないセドリックは、走り出した。
一人になったギルバートは、国王に報告すべく廊下を進んでいた。
国王に報告して軍を動かす必要があるが、アルトドルファーの国王にはまだ知らせないほうがいいだろう。
わざわざ和平を結んだというのに、また戦争が起こっては堪らない。
国として平和を望む立場の国王が、何か腹に一物持って会談に臨むのもおかしい。よって今回の犯行は、エリーゼを含む一部の者が主犯と踏んだ。
それに先ほど嫌になるほど同席して観察したが、アルトドルファーの王族はみな心から楽しんでいて、何かを企んでいる表情ではなかった。
(……騒ぎが大きくなる前に鎮められればいいが)
ふと掌にヌルッとしたものを感じれば、いつのまにか力一杯拳を握り爪が掌に食い込んでいた。
ごまかすためにギルバートは再び革手袋を嵌め、ギュッと引っ張った。
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