たくさんのキスをして

白井はやて

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31. 赤い目

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 うっすらと意識が目覚めて、まだ眠い顔を手のひらで抑える。
 窓の外からカーテン越しに差し込む光からすでに朝となっていることに気づいて、何時か確認するため寝室のクローゼット側に置いている時計を見ようと体を捻った。
 カチカチ音が聞こえてくる時計を頭に浮かべていたが、意識がはっきり覚め始めたことで背中側から聞こえる寝息に気づいて時計の音が頭から抜け落ちる。
 背中側にはベリルがこちらを向いて気持ちよさそうな、少し幼い寝顔でまだ熟睡していた。

『話すまでかなり緊張してた。話せて安心したのか、眠気ひどい』

 話しているのに眠さのあまり手で顔を覆うほどだったので、その時点でひとまず話は中断。
 ベッドに入ってすぐ寝落ちるほどに緊張していたのかと少しだけ声を出さずに笑って、隣に潜り込んで昨夜は彼女も眠った。

『聞きたいことあれば言って。答えられる範囲で答えるから』

 眠る直前そう言っていたので、アゲートは聞きたいことを思い浮かべてみる。
 何かあるだろうか、…と考えていると腕が伸びてきて彼女をぐいと引き寄せ抱きしめられたので挨拶。
 
「おはよ」
「…おはよう」

 まだ眠そうな声がすぐ近くから聞こえる。
 笑って、ぎゅっと抱きしめ返した。
 
「眠れた?」
「久しぶりにこんな眠った気する」

 抱きしめられてベリルの首元あたりに顔を埋める形となっているアゲートにはよく見えないが、彼は心地良さそうに目を閉じている。

「良かった、かなり疲れてたんだね。もう少し寝る?」
「……もう少しこのままがいい」

 このままが良いと言いながら、ベリルはごそごそと腕を動かして腕枕の体勢となり、アゲートの頭に顔を擦り寄せて包むように抱きしめると改めて目を閉じた。
 大切なもののように抱きしめられているアゲートはただ赤くなっていて、甘えるような彼の行動に照れが強い。
 半年以上好きだった人が自分を好きと言ってくれたことが信じられないほどなのに、この体勢は本当に嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜ状態だ。
 
「あの、ね。聞きたいこと思いついたよ。いつ聞けば良い?」
「…今どうぞ」

 恥ずかしさを誤魔化すために戸惑いながらも尋ねると、眠さがまだ残っている声で短く促されたので、迷いつつ聞いてみることに。

「以前酒場かどこかで名前だけは聞いたことあったけど、龍人族ってどんな一族なの?」
「…そうだなぁ。簡潔に言えば、主に黒龍の力を有してる一族。実は黒龍だけじゃないんだけど」

 答えが返ると同時に額へそっと触れるだけのキスをしてから、少しばかり愚痴も込められたため息混じりの説明が続く。

「どうしてもヒトと一線を画すから仕方ないとはいえ、ガチガチの一族主義。変な基準もある……と思ってたけど、これは体験したら変とは言えなくなったな」
「変な基準?」
「……この赤い目」

 また、ごそりと彼が動いて額同士を合わせると真っ直ぐ彼女を見つめた。
 色のついたメガネを取って初めて見たときから温かい炎のような赤い目が自分を見つめるから、彼女の照れはますます強まっていく。
 顔が熱くて、鼓動が早い。

「赤い目が…、何かの基準ってこと?」
「そう。……この目を怖がらないどころか好いてくれるヒトは一族にとってとても貴重。怖がるヒト多いんだ」
「赤くて綺麗なように思えるけど、怖いと思う人もいるんだね」

 そっとベリルの頬に触れて言う彼女の言葉に照れ笑いを浮かべ、ベリルから触れるだけのキスを何度か繰り返したあと舌を絡めて深いキスへ。
 少しして口を離したところで、腕枕を解いて肘を付く。
 キスを仕掛けて来たはずのベリルが何故か照れ笑いを見せて、アゲートの頬に優しく触れる。

「この赤い目を温かくて綺麗と思うヒトが本当にいるとは考えてなかったな」
「そっか、触れるだけで思考が全部知られちゃうのか」

 一番最初に関係を持ったときから、彼女は何度もこの赤い目を温かい炎のように綺麗と思っていた。
 そのときから知られていたのかと考えてから、色々思い出す。
 彼に触れながらベリルとまた関係を持ちたいと考えていたことが多々あったなと思い出したところで、「うん」と同意される。

「そういうときは俺のことが好きなんじゃないかって思ったりしてた。自信なかったけど」
「……っ!」

 肯定され、一気に顔の熱が上がった。
 慌てて起き上がって彼に向けて頬を膨らますと、彼の頭や肩などを人差し指でつつく。

「はっ、早く気持ちを読めることとか教えてくれたら良かったのに…っ!」
「だから、許可取らないといけなかったんだって」

 困った様子で、だが笑ってベリルからの言い訳。
 照れ隠しに「恥ずかしい」と繰り返してアゲートはつついて訴えていたが、時計を見て慌てる。
 今日は昼からの仕事だったため、酒場で着替えることを考えれば昼前には出発しないと間に合わない。

「あ、仕事行く準備しなきゃ…!」
 
 準備をするためにアゲートがベッドの淵へと移動して立ち上がったところで、起き上がったベリルが細い腰に手を回して抱きつく。
 
「無理なことは理解してる…のに、行かないでほしい……って子供みたいだ」
 
 引き止めたい言葉と行動に、思わずなんだかベリルが可愛いと考えたところで「つまり子供みたいってことだよな」と少しばかり不機嫌そうに腕を解き、体を反転させて窓際にいるアゲートに背中を向けた。
 拗ねた、と胸の内で目を細めて彼女も後ろから大きな背中へと寄りかかるように抱きつく。
 ぐっと体重を乗せたため、驚いたベリルが前かがみになって顔だけで振り向いた。その顔は口を尖らせて少しだけ捻くれたものだったので、アゲートは寄りかかったまま耳に口付けて囁く。
 
「明日休みだから、今日は我慢して」
「……っ、あ、明日、休み?」
「うん」
 
 振り向いていたその顔がぱっと明るくて嬉しそう、だが。
 耳まで赤くなっている。
 
「終わった頃迎え行く。あと、拗ねてないから」
「はーい」
 
 彼の拗ねた訴えに笑って返事をして、外出用の服に着替え始める。
 その様子を頭を掻くように何故か目を逸らしているので、笑顔で問いかけた。
 
「何で今更恥ずかしがるの!」
「は、恥ずかしいものは恥ずかしいし」

 以前自分もそう返したような気もしたが、また赤くなって目を逸らしたベリルを見て、顔が緩まってしまう彼女は着替え終えて。
 ベッドの上で恥ずかしそうにしている彼を抱きしめると「行ってきます」そう伝えて軽く頬に口づけてから準備を終えて仕事へと出発した。
 

 
「嬉しそうだけど、何かいいことあった?」
 
 機嫌よく給仕従業員用の赤いミニスカートと白いブラウスへ着替えていると、鏡の前で空色の美しい髪を結い上げているマリーから声を掛けられた。
 
「ベリルが昨日戻ってきて色々話しができたんです。あの日のマリーさんが言っていたように、聞きたいことにできる範囲で答えてくれるって言われて嬉しくて」
「そっか、良かった…センさんとのことは聞いた?」

 目を細めてマリーもまた嬉しそうな顔をしてから、彼女も気になっていたらしいことを尋ねられたので、着替え終えたアゲートは髪を整えているマリーの隣に腰掛けると、同じように鏡へ向かい髪を整えながら返す。

「聞きました。センさんの大好きな人が回復したみたいで、声を掛けに来たあのあと、その人のところへ送っていったそうです」
「そうなんだ、センさんきっと喜んだわね」
 
 二人笑顔で頷きあい、髪を整え終えたマリーは長い髪を結んでいるアゲートを見つめ優しく続ける。
 
「ベリルにばかり構ってないで、たまにはわたしたちとも出掛けたり、相手してね?」
「当たり前です! 三人でのお泊まり会が本当に楽しかったので、またぜひ!」
 
 大きく頷いて目を輝かすアゲートに「ありがと」とマリーは返す。
 そろそろ開店時間となったので、二人は笑顔で語り合いながら従業員用の部屋から出た。

 
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