伝えるすべを私は他に知らない

白井はやて

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31.戦い②

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『俺はともかく先生たちが負けるはずは…』
 
 随分前だったか、それとも今日のことだったのか記憶はすでに混ざり合ってあやふやになっているが、確かに彼から聞いたことのある言葉が頭を過ぎる。
 
『先生たちはそこいらの魔族に余裕で勝てる強い人が揃っている』
 
 その言葉を疑っていたわけではない。
 寧ろ彼の限りない信頼を受けた二人がどれくらい強いのか知らなかったときから、その彼の信頼を信じてミラさまたちを頼っていた。
 二人が無事なら、赤い化け物と渡り合えるのではないかと。
 
「……すごい」
 
 その希望は間違っていなかった。
 思わず呟いて口元に手を添え、それらの光景を立ち尽くしながら見つめる。
 何度繰り返しても私では手も足も出なかったオーガに、エルドさまはいとも簡単に大きな氷塊を左手足に突き刺していた。
 
「オオォォ!!」
 
 耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げながら、オーガは自分の左手足を刺す氷塊へ右腕を振り下ろして破壊しだしたが、割れていくのに氷は不思議と小さくならない。
 エルドさまを見ると、かざしたままの両手はほんのりと光ったままだ。
 
「キサマラぁっ!」
 
 氷塊の破壊を諦めたオーガが、壊れた楽器のようなひどい声で叫び、腕を振り回し暴れ出す。
 破壊される木々、屋敷前にあった花壇はすでに踏み潰されて悲惨な状態。
 そんな荒れ狂うオーガを余裕で避けるヒムカさま。
 離れた距離から氷塊の状態を維持し続けるエルドさま。
 二人の様子を私はただアニュと共に見ていたけれど、暴れ出した凶暴なオーガから距離を開けるために安全な場所をと周囲へ視線を動かしたところで、通りの向こうにミラさまが立っていることに気がついた。
 
「……!」
 
 私の驚く視線に気づいたのか、ミラさまがその場で片手をヒラヒラ小さく振る。
 この場から彼女の元へ移動するべきか、それともこのまま移動せず猛り狂うオーガに認識されないようするべきか迷っている間に、ミラさまが先に動いて私のいる場所へ歩いてきた。
 暗くて気が付かなかったが、彼女の服がひどく汚れている。血まみれだ。
 
「…あ、あの……血が」
 
 赤茶の丸襟が特徴的な白いジャケットだったのに、血が斑点のようにあちこち付着して右袖はすっかり赤黒くなっている。
 私に指摘されてミラさまはため息まじりで肩を竦めた。
 
「ほんと残念、このジャケットお気に入りだったのよ」
「白ですから…落としても目立ちますね」
 
 隣にいるアニュがジャケットを見つめ沈痛な表情だ。
 洗濯まで彼女の仕事ではないが、白い服から色を落とすのが難しいことは彼女はもちろん、さすがの私も知っている。
 けれど今もオーガが大暴れしている状況で、こんなにも余裕のある状況があまりにも現実離れしすぎて頭が混乱してしまう。
 そんな私の気持ちを察したのか、ミラさまは腕を組むと雄叫びをあげて暴れるオーガを冷めた目で見た。
 
「貴女をずっと困らせていたのは、アレね?」
「は、…はい」
「色々計略を練っていたから、もっと頭の良いオーガかと予想していたのよ。アレじゃあ、他のオーガより少しマシってだけね」
「そ、そうなのですか?」
 
 ミラさまの言葉に戸惑う。
 六回も繰り返してようやく倒せそうだと思える状況にできた私が、手も足も出なかった今までを思い浮かべていると。
 
「あなたは戦える力こそなかったけれど、守りたい一心でタイムループを繰り返して、今の時間にたどり着いた。充分優れているわ、自信持って」
 
 まるで私が考えていたことを理解しているかのような言葉を笑顔で掛けられて、ほおと落ち込みかけた気持ちがふわりと軽くなった心地がする。
 胸元で手を組んで祈るように目を閉じたところで、ミラさまが「さて」と短く呟いた。
 
「ヒムカでトドメはさせそう?」
 
 離れた場所で両手をかざし、ほんのり光らせたままのエルドさまへ彼女は大きな黒い腰ベルトに手を添えて尋ねる。
 
「無理ですね、決定打に欠けます」
 
 即答で彼は抑揚なく言い切る。
 私たちが言葉を交わしている間も、ヒムカさまは暴れるオーガと対峙していて、疲れが見て取れるほど消耗しているようだ。手にしている氷剣で猛るオーガの手足を凍らせているものの、エルドさまのように長時間その状態を維持できていない。
 しばらくすると凍りついたはずの手足が動かせるようになっていた。
 以前彼が少しずつ追い詰められて負けたときのように、決定打がないために押し切られてしまう。
 それなのにエルドさまが作り出した氷塊は全く消えることもなく、オーガの動きを鈍らせ、血を流させている。
 これがヒムカさまの負けるはずはないという信頼を得られる実力差なのだろう。
 
「それじゃあ、私が行きますか」
 
 苦笑した彼女が腰に提げていた白い鞘を握りしめた。
 ミラさまの剣はヒムカさまのものより短く、太めだ。丸みを帯びた鍔の左右に宝石が付いている。その剣を持ち、彼女は私を見て、にこりと笑顔を浮かべた。
 
「終わらせてくるわね」
 
 大人の余裕か、それとも歴戦の勝者による余裕か。
 彼女は鞘から剣を抜き出して、躊躇うこともなく、普段道を歩いているときと同じように暴れるオーガへ向かっていく。
 
「ヒムカ、代わるよ」
「!」
 
 汗だくのヒムカさまがオーガの足元で彼女の言葉に一瞬だけ振り向いて、振り回す大きな腕を避けるとそれまでよりも大きく距離を置く。
 それを確認して、ミラさまが軽く走り出した。
 そう私が理解したときには一気に速度を上げて、いつの間にかオーガのすぐ近く。
 ミラさまを警戒し振り下ろされたオーガの右腕を一瞬で駆け上り、短い剣にも関わらず、その太い腕をいとも簡単に切り落としていた。
 どん! と腕が地に落ちる音。
 
「ガアアァ!!」
 
 絶叫が木霊する。
 思わず耳で塞いだけれど、目は彼女から逸らせずにいた。
 たどり着いた肩の上、彼女は暴れるオーガの動きを気にする風もなく、そのまま剣を横から首に突き刺し頭を切り落とした。
 ぶわと血しぶき。
 彼女の服はああして血まみれになったんだと今更理解した。
 
「…………」
 
 肩の上で彼女が口を動かし呟いたように見えたが、絶命したらしいオーガと離れた場所にいる私たちには何も聞こえない。
 崩れ落ちるオーガから飛び降りてミラさまはこちらへ歩いてきながら肩でひと息つくと、私を見る。
 
「終わったわね」
 
 優しい声に、ようやく終わりを実感して。
 大きく頷くと溢れる涙が瞳からこぼれ落ちた。
 
 
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