いとし、あやしや、あやかしの

あきら

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4 邂逅

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 確かにあいつらの見た目は、俺たちとは違っていた。
 いや俺たちと種族は違うから、異なるのは当たり前で。重要なのは、その家系の姿かたちになれない、というところで。
 だけどそのことをマイナスに感じたことなんかひとつもない。二人が悩んでいるのも知っていたから、俺たちは何も気にしないように触れないように接してきた。実際、気にしていなかったし。
 大人になれば変わるはずと思いながら生きてきて、裏切られて。その原因も理由も本人にはわからないまま、何年かが経って。
 それでも俺はお前が好きだよと、幾度となく口にしてきた、はずだった。



 意識し始めたのはと聞かれれば覚えていないが正解だ。
 ただ、自覚した時のことは脳裏に刻まれている。

 中学のころ、同じ家系でもあまり見栄えがよくない二人を疎ましく思っている奴らがいた。
 気が強いくせに、変なところで義理堅く、本家や家族に迷惑をかけたくなかったらしいあいつは大和と二人して、その気に食わない奴らに虐められているのを隠していた。
 目撃したのは、たまたまだった。勉強嫌いの俺が珍しく図書室で、肇に終わらない宿題を見てもらっていた時だ。
 俺たち四人と、あと幼なじみが三人。七人でだいたいいつも一緒にいることが多かったけれど、その日はテストが近くて。
 きっとあいつらを呼び出して虐めていた奴らも、図書室に俺たちがいるだなんて想像もしていなかったことだろう。

「早く金出せよ」
「っ、もう、ない」
「嘘つくんじゃねぇよ。また痛い目みたいのか」

 夏場に開け放たれていた窓から聞こえた声に、覚えがある気がした。
 肇も同じようにその窓を見ている。その視線が静かに俺の方に戻って、彼は小さく頷いた。
 足と手の先に神経を集中させ、わずかな音も立てないよう慎重に立ち上がる。足音にも細心の注意を払って、その窓に近づいた。
 図書室は二階。声は下からしていて、そちらに目を向ける。

「顔はやめろよ」
「わかってるって」

 知った顔が笑って、あいつの制服を掴んだ。
 斜め上から見えた珠希の表情に浮かぶのは諦めだ。俺より腕力も運動神経もあるお前なら、その手を振りほどくことだってできるだろうに。
 だけどあいつはまったくの無抵抗で、されるがままに腹筋を殴られた。

 ぶわ、と全身の血が逆流したかのような感覚に襲われる。自分が自分でなくなりそうな衝動。
 俺の本質をわからせてやろうかと思うほどに腹が立って、気づけば二階だというのに窓枠に足をかけていた。
 普通なら止めるだろう肇の声もない。逆にそのことが、沸騰しかけた俺の脳内を引き戻す。
 視線を横にやった俺よりも早く、彼の体は、宙に浮いていた。

 雷の音がする。肇の頭に鹿のような、だけど鹿のそれより長く太くそして捻じれた角が一対生えていた。
 紫の光が走ったかと思うと、それはムカつく同級生の服を掠め穴をあけて地面を焦がす。
 珍しいこともあるもんだ、そう思いながら俺は俺で飛び降りて、普段幼なじみたちにはビビりだと言われる俺だって、やりゃできんだと妙な感心をした。

「な、お、おま、それ」

 後ろから声が聞こえる。二階から飛び降りたというのに着地した両足には何のダメージもない。
 背中側で助かった。今俺がどんな顔をしているか、あまり見られたくなかったから。

「おい」
「な、なな、なんだ、なんなんだよ!」
「そりゃこっちの台詞だ。なあ肇?」
「次は当てる」

 宙に浮いたままの肇が淡々と告げる。

「次。この二人や俺たちの視界に、お前らが少しでも入ったら当てる」
「だってよ」

 言いながら、拳を握りしめた。腹の奥から湧き上がってくる破壊衝動みたいなやつに突き動かされるまま、珠希を殴りやがった男を同じように殴り飛ばす。

「今のうちにごめんなさいしろよ?俺は肇と違って何するかわかんねえぞ?」

 自分の角が伸びるのがわかった。俺の怒りを象徴するようなそれが天を向く。
 這う這うの体で逃げ出す背中を見送って、肇がゆっくり下りてきた。深呼吸で逃げてくれればいい怒りが、いつまで経っても俺の腹で管を巻いている。
 それに気づいているのかいないのか、珠希の指先が俺の背に触れた。

「……言えよ、馬鹿」
「ば、かは……どっちだよ……」

 震えて泣き出しそうな声。きゅ、と背中のシャツを引かれる感触に、軽く息を吐く。
 抱きしめたくなって、そして同時に渦巻いていた怒りと衝動が、吸い込まれるように消えていくのがわかった。
 そして理解する。俺は、珠希を好きなんだって。

「あんま心配させんな」
「……ごめん」
「いつでも、助けるから。お前が引け目に感じることなんか何もねえんだからな」
「……うん」

 涙声が少しだけ笑った気がした。



 あいつはとにかく卑屈で自己肯定感が低くて。ネガティブすぎるだろと俺が呆れるぐらいにネガティブだったから、とにかく褒めまくることにして。
 お前の話が好きだ、声が好きだ。笑った顔が好きだ、真剣な表情も好きだと何度言っただろう。
 最初こそ嫌がってやめろと言われることのほうが多かったように思う。そのうち慣れてきたのか、恥ずかしそうにありがとう、と返すようになった。

 もともとあいつの見た目も好きだったけれど、いつの間にかどんどん綺麗になって。それも何度も何度も褒めては好きだと繰り返した。
 だけどやっぱり、大和と二人。あいつらの姿は変わらなかった。白い妖狐になるはずの珠希の毛並は茶色いままだし、黒猫の家系のはずの大和も灰色のままだ。
 地元にいれば、否が応にもそれを実感させられる。親戚連中からはいつまでその姿なんだとつつかれ。
 だから、当然といえば当然だった。二人が地元を出る決意をしたのは。

 しかも二人して、俺たちの誰にもそれを言うつもりもなかったらしい。冗談じゃなかった。
 あれほど好きだと言っても、何も話してくれないのかと。俺の好きだという気持ちを、お前自身が好きなんだという言葉を、受け止めていてくれたのではなかったのかと。
 問い詰めた俺に、珠希は目を伏せて。小さな小さな声で、ぼそりとつぶやいた。

「……迷惑に、なるから」
「誰の」
「お前、の。俺らは、大丈夫、だから。お前はお前で、ここに、いないとだろ」

 握りしめた拳を震わせ、おそらくは涙を落として言っているのに。決めたからとそれ以上言うつもりもないのだろう。
 捕まえられると思ったのに。俺の側にいてくれると、そう信じていたのに。
 愛しい気持ちの次に、俺の中に湧き上がってきたのはありえないほどの執着心だった。

 だから追いかけた。ぎりぎり、受験に間に合ったのは本当に助かったと思っている。
 俺も同じところにいくだなんて言えば、きっと珠希はまた逃げるだろうから、全部秘密にして同じ大学を受験した。
 寮には入れなかったので、親父に頼み込んで独り暮らしをすることにして。大学の入学式で俺を見た珠希の顔は、まるで幽霊でも目撃したかのようなそれだったのを覚えている。
 慌てて言い訳をした俺のことを、あいつはどう思っているんだろうか。だけど結局のところ、俺たちは一緒に過ごしている。



「今日戻ってくんだろ?」
『一応そのつもり。なんか伝言とかあるなら聞いとくぞ』

 電話の向こうは肇だ。
 大学が夏休みに入り、当然のように実家へ帰ろうとはしない珠希と大和にくっつくような状態で俺も帰らないことを決めた。
 一人暮らしに金がかかるのは事実だったし、アルバイトもしたいしと親父には言ったけれど、苦笑いが返ってきたからおそらくお見通しなんだろう。
 肇も残りたそうだったけれど、何しろ俺たちと違ってあいつの家はなかなかに大きい。親戚連中も集まるから、一応の顔出しぐらいは必要だろうと帰ったのが三日前のことだ。

「あいつら元気だったか?」
『元気すぎるぐらいだ』
「おう聞こえてる」
『だったらわざわざ聞くんじゃねえよ』

 呆れた肇にかぶせるように、後ろから騒がしい声が聞こえる。
 聞き慣れている、だけど少し懐かしくも感じるその声に、思わず口元がほころんだ。

「俺らも元気にやってるってそれだけだな」
『――ま、それもそうだ。帰った初日に俺が言っといたから心配すんな』
「サンキュ。そんじゃ俺もバイト行くから」
『ああ、またな』

 切れた電話を机に置いて、出かける準備を済ませる。
 着替えている最中に、今度はメールの着信音が聞こえた。画面を確認すると珠希からで、探してたCDあったよという簡単な内容だ。
 それだけで単純な俺は嬉しくなって、今度一緒に買いに行く約束を取り付ける。
 デートだななんて思えば、勝手に頬が緩んだ。

 お疲れ様でした、とバイト先を後にする。
 今日は短時間のシフトだったから、まだ外は明るい。やっと夕方に差し掛かろうかという時間帯だ。
 さてどうするかな、なんて考える。とはいえ、確かここ数日、珠希は教授の手伝いかなんかで大学へ行っているはずだから、俺の予定も特にない。
 たまには少し離れた場所へ買い物にでも行ってみるか、と最寄駅の方へと足を向けた。

 そういえば、と携帯で検索をかける。行ってみたい古着屋もあるし、パソコンやカメラの周辺機器なんかも探してみたい。
 検索で出てきた駅で下りて、ついでにそのまま店も探した。いい買い物ができて、気分もいい。
 ついでだからと、見慣れない街を散策したくなる。何か面白いものでも見つかれば、珠希に土産話のひとつやふたつできるだろうし。
 
 気まぐれに電車に乗り、いくつか先の駅で降りた。
 川の向こうには緑の空間が広がっていて、その堀の周りを走っている人たちがいる。
 大きなビルと大きな道路、そして緑が同居している空間は目に面白い。普段はどちらかといえば郊外というか、緑の多い場所で生活しているけれど、こういう空間もいいなだなんて、単純に楽しくなった。
 カメラ持ってくりゃよかったなんて、趣味のひとつを思い起こす。本格的なものはないけれど、携帯電話もなかなかだしと思い直して辺りの景色を軽く撮影した。

「向こうの方行ってみるか。何があんだっけ……なんだあれ」

 川の近くに建つ、変わった建築様式のそれが国立劇場だとか。小学生のころに教科書で見た国会議事堂だとか。
 それを今肉眼で見ているのが少し不思議な感じもする。ずっと、俺たちは地元から出ないで暮らすのだと思っていたから。

 世の中には、きっと俺たち以外にも人間じゃないものはいて。俺たちと同じように、人として生きている奴らや、もしくは外界とかかわりを完全に断っているやつらもいるのかもしれない。
 実際、大学にはいろんなやつがいたし。珠希と大和がいる寮も、そういうやつら専用だ。

「ま、地元ほどいろんな種族がいるとこもなかなかねえけどな……たまには帰るか」

 肇との電話で、ほんの少し里心がついたのかもしれない。苦笑しながら、撮った写真を珠希に送りつけようか軽く迷った。

「……ん?」

 写真をスクロールしていると、その辺を歩いている人も当然映りこんでいるものがある。その中に、なんだか見覚えのある顔があるような気がした。
 画面を操作し、ズームにしてその顔を拡大する。三人分。

 そして俺は、それが誰だか理解して。慌ててまず珠希にメールを送った。
 平静を装って、今どこにいる何してると入れたメッセージは既読にすらならない。
 普通に考えれば、あいつらは今寮のほう――普段生活している町にいるはずで。まして俺がここにいるのも単なる偶然で。
 同じ場所に来ているだなんてこと、ないと思いながらも不安は消えない。

「っ、くそ」

 既読はつかないままで、今度は電話をかける。出る気配はない。
 少し迷い、大和にも連絡をしてみるけれどもこちらも返事はなかった。嫌な予感が、ゆっくりと肥大していく。
 次に電話をかけたのは、肇の携帯電話だ。こちらは二回のコールのあと、聞き慣れた声がもしもし、と告げた。

「今どこにいる?」
『新幹線の中だ。切るぞ』
「嫌な予感がする。飛んでこれるか」

 俺の言葉に、電話の向こうから緊張が伝わる。

『……わかった。GPSで現在地送れ、次の駅で下りて飛んで向かうわ』
「サンキュ」

 何しろ肇は俺たちと違って空を飛べる。もちろんこっそり、ではあるけれど、飛べるなら新幹線なんかよりもずっと速い。
 礼を言った俺に、電話の向こうで苦笑が聞こえた。

『お前の嫌な予感は滅多に外れねぇからな。まずいことに』
「え?」

 そんなことを言われたのは初めてだったので、戸惑いを返す。 

『知らねぇのかよ。鬼ってのは、第六感があるらしいぞ』
「……今、知りたくなかったわ」

 ため息交じりに言って、電話を切った。どうやら今回も、嫌な予感は当たるようだ。

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