the trip voice

あきら

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18 二人で食事を

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 炊飯器をセットした音が広くはないキッチンに響く。
 あとは鶏肉を小さく切って炒めて、味付けをして。最後に目玉焼きを用意して全部乗せれば完成だ。
 なので、と一息つく。座椅子に近いソファーに腰を下して、飲みかけだったお茶に口を付けた。

「びっくりしたなぁ」

 まさか颯太と会うなんて思っていなくて。だけど、思ったより普通に話せたことに、自分自身安堵する。
 全然変わってない、と独り言が落ちた。たかが半年ほど前の話なのに、ずいぶん昔のことのように思える。
 どれくらい、その場に座ってぼうっとしていたんだろうか。
 がちゃ、と何の前触れもなく玄関の扉が開いて、驚きのあまり飛び上がった。

「な、あ、ちょ、連絡かインターホン押すかしろよ!」
「わ、悪い、でも」

 俺の文句に肩を上下させながら答えたのは、当然のように透で。
 荒い息を何とか整えてから部屋に上がると、汗で落ちた前髪を掻き上げる。

「っ、はー……よかった、なんも、なくて」
「何も、って何が」
「だって、お前……何回、電話しても、出ねえし」

 え、とつぶやいて慌てて携帯電話を探した。それはいつも使っている鞄の底の方に入ったままになっていて、画面を明るくすればちょっと驚くレベルの着信履歴が並んでいる。

「おま、どんだけかけてんだよ」
「出ねえからだろ……あー、マジで焦った。大学終わってダッシュしてきた」
「ったく……悪かったよ気づかなくて。ほらお茶やるから」
「おうサンキュ」

 テーブルに置いたままになっていた飲みかけのそれを渡すと、嬉しそうに笑って一気に空にした。
 整った顔を汗が伝っていって、本当に走ってきたんだなと妙な感心をしてしまう。
 仕方がないのでフェイスタオルを持ってきて、それも渡してやった。首に引っ掻けて顔の汗を拭く仕草を、なんとなく眺める。

「湊」
「何?あ、そうだごめんまだ飯できて――」
「なんかあったのか?」

 食い気味に言葉を遮られ、指先がびくりと跳ねた。
 それでも平静を装って、別に何も、と返すけれど。

「嘘つけ」
「う、嘘って。なんでそんな」
「声のトーンが違う」

 そんなの、俺自身にだってわからないのに。やけに自慢げに言うから、驚きと戸惑いの混ざった胸中を押しつぶして笑う。

「なんだよそれ。何にもないって」

 けれど、そんなものが通用するわけがない。それは薄々、俺も勘付いていた。
 じっと大きな両目が見てくる。長い睫毛が揺れて、悲しそうに歪む眉を見てしまったら、意味のない強がりも嘘も決壊してしまった。
 ぼろ、と勝手に涙が落ちる。頬を伝って床に落ちて、ラグに小さな染みを作った。

「……自分の中で消化できねえなら、俺には言えよ。絶対、離れたりしないから」
「っは、な、んだよ、それ。ほんと、おまえ……なんで、おれなんか」
「俺なんかなんて言うな」

 首にかけていたタオルを取って、何やら指先で確認して。たぶん乾いたところを探し当てたそれが、ゆっくり俺の涙を拭ってくれる。
 その感触があまりに優しくて、しばらくの間涙は落ち続けた。
 やっと俺が落ち着いたのは、炊飯器が出来上がりを告げたころで。その音に思わずびくりとしてしまい、透と顔を見合わせ苦笑する。

「……ありがと。もう、大丈夫だから」
「話しては、くれねえの」
「その辛そうな顔、やめてくれたら話してもいい」

 半分本気、半分冗談で言えばますます眉間に皺が寄った。いい男が台無しだな、なんて思ったりすれば、それは簡単に口からこぼれ落ちる。

「湊、なんだよそれ、ずるい」
「はは、ごめん。でも、俺のことでお前にそんな顔して欲しくない」
「……俺がこんな風になるのは、湊のことだけだ」
「――そっか。ありがと」

 よいしょ、と小さく言って座り直す。ちゃんと話したいと思ったからだ。
 透が俺に誠実をくれるように、俺もこいつには素直でいたい。

「今日、買い物してるときにさ。声、かけられたんだ……好きだったひとに」
「え?」
「たぶん、ほんとにたまたま。俺がこっちの大学に編入したのは知ってたみたいだから、もしかしたらってあったのかもしれないけど」

 それは本人に聞いてみないとわからない。わからないし、聞く気もなかった。

「少し思い出話して、帰ってきたんだ。それだけ」
「それだけで泣くのかよ」
「そんなこと言われてもさ。俺だってびっくりした」

 でも、と付け足すように俺は続ける。

「まだ好きだからとか、そういうんじゃないんだ、たぶん」

 独り言のような言葉を聞いた透が、少し驚いた顔をしているのが見えた。
 遠慮がちに差し出された手が、俺の両手を包み込む。されるがまま、あったかいな、なんて考えた。

「俺は馬鹿でさ。ずっとその人が好きだったけど、その人は俺のことただの友達としてしか見てないのなんか解ってて。それでも大丈夫だって思ってた」
「……見る目ねえな、そいつ」

 何言ってんだか、と小さく笑う。

「俺は、俺を過大評価してたんだよ。一緒に笑い合ってたって、好きだなんて言わずにいられる。たとえ振られたって変わらない友達でいられる。友達でいられなくなっても、笑ってみせる。結局全部駄目だった」
「そんなの、当たり前だろ。そんだけお前がそいつを本気で好きだったって証拠じゃんか」
「……結局、何一つできなくて。好きなんだって言って、友達でいたかった人を傷つけて、そのまま逃げ出してきたんだよ」
「お前だって傷ついてる。今も」
「馬鹿、なんで、お前ほんとそういうこと、言うかな」

 またじわりと涙が浮きそうになって、鼻をすすった。何度か深呼吸をして、それでも続ける。

「好きだった人には合わす顔がなくなって、自分の価値が欲しくて、あんな風に配信したりして」
「それがあったおかげで俺はお前を好きになれた」
「どんだけお前、俺に甘いの」
「湊が窒息するまで」

 もう、と。ほんの少し怒ったふりをしてみれば、透は笑った。

「お前がそんなだから、俺、透といると楽しくて。居場所だと思ってた配信のことも忘れるぐらい」
「……あんまりそういうこと言うなって言ってんだろ」
「だって、俺を認めて受け入れてくれたのはお前じゃん。俺の居場所、作ってくれた」
「下心があるからな?」
「茶化すなよ」

 離れていきそうだった手を、今度は俺が握り返す。

「嬉し、かった。全部、お前がくれるもの、言葉、時間、あったかさ」
「それは、俺はどう受け取ればいい?」
「……俺、今、どんな顔してる?」

 きっとそれが答えだ。
 俺は意地っ張りで無駄に強がりで、素直になりたいと思っても肝心な言葉は出てきてはくれないから。
 だから、誰より近くでこの半年の間、俺を見てくれていた透に、その答えを委ねたくなった。
 
 不意に、ふわりとご飯の炊けた香りが漂ってくる。
 それは、颯太に言われたことを思い出させた。誰か、ご飯を一緒に食べる人がいる、ということを。
 
「なあ、透」
「……湊」
「俺さあ、お前とごはん食べるの好きなんだ。俺の作ったものを食べてくれるのも嬉しいし、どっか食べに行くのも好き」

 つまり、それは。
 きっと、俺が透と共にありたいと思うことの、証明なんじゃないかな、なんて過ぎっていく。
 そんな胸中を知るよしもないはずなのに、目の前の透は泣き出しそうな笑顔で頷いた。


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