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おまけ
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少しだけ、ひんやりとした空気に爪先が触れる。
すぐ側にあるだろう温もりを感じたくて、腕と体を動かしてみるけれどそこには何もない。
「……エディ?」
つぶやいて体を起こす。何も着ていない体は、やっぱりいくらか冷えた。
俺の隣はくしゃりとなったシーツだけで。なんとはなしに手のひらを乗せてみると、まだ温かい。
首を軽く傾げていると、階段を上がってくる足音がする。ちょっとした悪ふざけのために、俺はベッドの中にもう一度もぐり込んだ。
「おはよー……って、まだ寝てんの?」
寝室の扉を開ける音と、呆れたような声。
足音はベッドのほうに近づいてきて、俺の頭の上にある窓のカーテンを勢いよく開けた。
「ほら起きなよ」
「んー」
ゆさ、と体を揺らされるけれど、まだ寝惚けてるふりをする。
起きないの、と不満げに唇を尖らせる表情がかわいくて、もう少しだけ我がままを言いたくなった。
「エディが、キスしてくれたら起きる」
「なんだよそれ」
くす、と笑って。子供か、なんて言われながらもキスを強請る。
するりと白い手が伸びてきて、頬に唇が触れた。
「……ん。ほら、もういいだろ?起きてごはんにしよ」
「エディ」
「なに、って、ちょ、うわっ!」
ベッドから離れようとしたエディの手首を掴み、引き寄せる。ぼすん、とマットレスが音を立てて、その体を受け止めた。
「危ないだろ?!」
「大丈夫だって。それより、もっかい」
「こーら、もう。離せって」
掛け布団から体を半分出した状態で、細い体をぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「まったくもう」
「ん」
呆れながら、でも笑いながら。反対側の頬に、ちゅ、と音を立てて。
「おしまい。起きてってば」
「もっかいベッドの中に引きずり込んでいい?」
「ばか」
額を叩かれ、今度は俺が口を尖らせる。さらりと動く髪の間に見える耳は赤いのに、と軽く食んだ。
「っ!こ、こら、だめ」
「だめ?」
「だめ!せっかく、朝に仕事がないなら朝ご飯一緒に食べようと思って作ったんだから、冷めちゃうじゃん!」
ベッドに戻されたら最後、何をされるかは重々理解しているようで。
「それは大問題だな。よし、シャワー浴びて着替えてくるわ」
笑いながら言って、腕の中のエディを解放し、自分の服をテキトーに手に取る。
早くしろよ、なんて言うエディの声は、ずいぶん心地よく響いた。
香ばしく焼けたパン。彩り鮮やかなサラダと、ハムとチーズを挟んだジャガイモのガレット。ゆで卵は二つ。それから、ナスの入ったミネストローネ。
「あれ?」
「本当はラタトゥイユにしようかと思って買ってあったんだけど、今朝起きたらちょっと肌寒かったからスープにしちゃった」
「あー、なるほど。夏ももう終わりだもんな」
熱い時期によく作ってくれていた、野菜をトマト味に煮た、冷たい常備菜を思い出しながら答える。
「季節の変わり目ってやつだよね。昨日は暑いぐらいだったのに」
「体調、気を付けろよ。すぐ喉にくるんだからお前は」
「お前もな」
互いに言って笑って、食事を始めることにした。
あの町に、一人で住んでいたときには考えもしなかった生活だ。
市場で買ってきたものを、エディが調理してくれて。俺はその辺のセンスが正直あまりないから、凝ったものは作れないけれど。たまに、エディのためにと魚料理肉料理なんかを振る舞ってみたりする。
普段はあまりやらないからと、その代わりのように日々家を綺麗に保つのは俺の領分で、意外と彼は、物を出しっぱなしにする癖があるからと思い出した。
「何笑ってんの?」
「え」
完全に無自覚に、笑っていたらしい。
「笑ってた?」
「うん。思い出し笑い?」
「そんなもん。こないだソファの隙間からお前の靴下片方だけ出てきたの思い出した」
「なんで今それ?!」
「不思議だよな。靴下って両方履いて両方脱ぐのに、なんで片方だけ落ちてんだよ」
「うう……悪かったってば……」
原因は簡単で、シャワーを浴びる前にエディが酔っ払ったというだけのことだ。
だけどそれをしばらく放置していたのが非常に面白い。その辺に靴下が片方だけ落ちていても、気にならないらしい。
俺がそれを笑い話にして以来、エディは靴下を必ず揃えて入れるようになった。俺としては別に面白いからいいのにと思いつつも、そうやって気にしている姿がまたかわいらしいので黙っている。で、こうしてからかう。
「ご馳走様」
「俺もごちそうさま。流しでいい?」
「ああ、すぐやっちゃうわ」
「そしたら俺洗濯機回してくるよ。なんか洗う物ある?」
「シーツ」
流しに入れられていく食器を眺めつつ、愛用のゴム手袋をした。水でさっと流してから洗剤で、なんて思っていると、横に真っ赤な顔のエディがいて。
「……どうした?」
「慣れない、その、シーツ」
「まあ汚すのほとんどお前だ痛い」
本当のことを言ったのに、思い切り背中を叩かれる。
相変わらず真っ赤な顔で、ばか、と小さくつぶやくその姿が愛しい。
「いいじゃん、中身防水だし。洗うのはシーツだけでいいんだから」
「そういう問題じゃねぇよ……」
「ま、仕方ないよな。潮吹く癖ついてだから痛いって」
もう、と怒りながら人の背中をもう一度叩いて、寝室へ早足で逃げていく背中を目で追ってから、堪えきれない笑みを口元に浮かべた俺は、皿を洗うことにした。
大通りを歩いて、公園を通り抜ける。真ん中に噴水のあるこの場所は、家族連れや恋人たちの憩いの場所として親しまれていた。
鳥が飛び立って、子供が歓声を上げる。それを微笑ましく眺めるエディの頬に触れた。
「ん、なに?」
「ちょっと冷たくなってんじゃないかと思って」
「まだ大丈夫だって。そこまで気温も低いわけじゃないし」
ふふ、と笑う。
しばらくをこの町で過ごしてみてわかったが、エディはけして丈夫な方じゃない。今みたいな季節の変わり目や、これからのような冷え込む時期になると体調を崩すことが多くなった。
「……変な話だよねぇ」
「そうだなあ」
何を言っているかは理解できたので、頷きを返す。
悪魔だったころは、風邪なんてものを知らなかったそうだ。
「人間って大変だ」
「気を付けろよ、ほんと」
言いながら公園を抜ける。
エディの言うとおり、気温はそこまで低くないが風が少し冷たく感じられた。剥き出しの手を摑まえて、自分のポケットに突っ込むと驚いて俺を見る。
「な、なんだよシグ」
「手がちょっと冷たい。いいからこうしておけって」
「……あの、さぁ。前々から聞きたかったんだけど」
何を、と言うと視線をだいぶ泳がせたあとに、息を吐いて答えた。
「俺が言うのも何なんだけど、普通人間って男同士でくっついたりしないんだろ?」
「まあそうだな。男女が普通」
「……その、恥ずかしく、ならねぇの?」
思わず足を止め、エディをじっと見つめる。小さく唸り声を上げて、ふいっと目を逸らした。
「だって、さぁ。俺とお前って……明らかに男二人じゃん。身長も大して違わねぇし。普段は、気になんないんだけど……お前、外でも平気でこうやって手とか繋ごうとするし……」
「周りの目が気になるのか?」
「目、っていうか……その……」
珍しく煮え切らない態度で、伏せた目の上の睫毛が揺れる。白い肌にうっすらと赤みが差していて、それはとてもに綺麗に思えた。
「おま、え、さぁ……かっこいい、じゃん」
「は?」
「だから、その、えっと」
慌てながら次の言葉を探す。
俺はといえば、なんとなく言いたいことはわかったので。ここで今すぐ口を塞いでやろうかとも思ったけれど、とりあえずやめておいた。
「つまりあれだろ、お前どんだけ自分に自信ないんだよ」
「自信っていうか、さぁ……」
「俺とお前が恋人に見られることもそうだけど、お前が俺にかっこいいっていう時は自分が釣り合わないと思ってるときだろ?」
本当、なんていうか。
初めて会った時からの変わりように、毎日毎日驚かされている。
「誰からどう思われようと関係ない。それより、俺は自分が好きな相手と手を繋いで歩きたいし、自信がないなら今好きだって叫んで」
「いいからやめろってば」
「……なに不安になってんの、今更」
ポケットから二人分の手を出し、手首を掴み直して。ぐい、と引き寄せ倒れてくる体を抱きしめた。
「い、いま、俺が何の話、してたかっ」
「わかってるからこうしてんだよ。こうでもしなきゃ、お前はわかんないだろ」
「……ごめん」
「謝ってほしいわけじゃない」
くしゃ、と後頭部を撫でてやる。
「エディ自身、悪魔のときとはいろいろ違うこともあって大変だろうけどさ。頼むから、俺がお前のこと好きだってそれだけは疑うなよ」
「……うん」
「俺は、お前が悪魔だったから好きなわけじゃないし、人間だから好きなわけでもない。エディがエディだから、好きなんだ」
うん、ともう一度聞こえたのはか細い声。
だけど、ちゃんと頷いてくれたので、ゆっくりと回した腕を解いた。
「悪魔のときの不遜な態度どこいったよ」
「……ぜんぶ、お前が打ち砕いたんじゃねぇか。俺の余裕もプライドも、ぐずぐずにしてくれやがって」
「え?」
聞き返すと、一瞬のあと。顔がこれでもかと真っ赤に染まる。
「し、失言!忘れろ!忘れて!」
「いや無理だろ。なんで?いつ?」
「うるさい!絶対言わねぇ!」
「あ、こら待てって!」
さっきまでのしおらしい態度はどこへやら。大股でさっさと進んでいくエディを、次の信号まで追いかける羽目になるのだった。
戸惑う目が、辺りをさまよってから俺を見る。にこりと笑ってやると、ひ、と引きつった声を出した。
「なんだその声」
「だ、だって……すんの……?」
「する」
はっきりきっぱり言い放つ。だいたい、お互いに服を脱ぎ捨て、ベッドに押し倒されて俺を見上げている状況なのに、今更何を言ってるんだ。
「嫌?」
「い、いや、っていうか、その、えっと」
少し身を固くして、何か怖がっているような素振り。ふ、と笑って髪に唇で触れた。
「な、んか、お、怒って、んじゃん」
「怒ってはない」
苦笑したまま顔を上げる。
拗ねてんの、と冗談めかしていえば、なんでと返ってきた。
「お前がぁ、俺の愛を、疑うからですけど?」
「あ、あああ、あ、あい、って」
「だから?どんだけ俺が?お前のこと好きか、思い知ってもらわないとと思って」
やること散々ヤってんのに、愛してると口にすれば顔を真っ赤に染める。
顔だけじゃなく、その体も赤く染まっているのが見えて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ん、う……ぁ、あっ」
さて今日はどうしてやろうか、なんて。その滑らかな肌に指先で触れながら考える。
昨日つけた赤い跡に唇を落として、ぴくりと反応するのを確認して。
エディの片足を持ち上げると、自分の肩に引っ掛けた。
「え、ちょ、な、なに……」
「腰キツそうだな」
言って、枕を細い腰の下に入れてやる。そうしておいて、上がった後孔に顔を近づけた。
「っ、や、やだ、やだそれっ」
「嘘つけ」
「ひ、ぁ、ぁぅうっ」
そこへ舌を触れさせた俺の髪をぐしゃりと掴み、やだ、と繰り返す。どう考えても嘘の言葉は右から左へと聞き流し、エディのそこを舌先で蹂躙した。
「ぁ、ぁあ、あ、ぅ……やぁ、っ」
「ん……こっち、も」
「あぁ、あ、だめ、それ、でちゃ……っ」
俺が前を握り込むと、言葉よりも早く。とぷりと勢いのない白濁したそれが溢れていく。
「ほんと、敏感だな」
「っ、あ、だ、れのせ、いだとっ」
「俺かよ」
「……そう、だよ……他の、誰に抱かれ、たって、こんなの、なかった、んだから」
とろけて潤んだ瞳が少しだけ、恨みがましそうな色を乗せて俺を見てくるから。その頬に触れて口を塞いで、引っ込み思案な舌を捕まえ吸い上げた。
「ふ、ぁ……ぁあ、ぁ、や」
「やだ?」
「やだ……はなれ、るの……や、もっと」
腕が伸びて、首に絡む。
にや、と笑って足を撫でると、一気に奥まで俺自身を突き入れた。びくん、と震えて背中が反って、俺の背中に小さな痛みが走る。
「エディ……」
「っあ、ひ、ぅ……ま、まっ、て、おれ、いま……っ」
「うん、イってていいよ。奥まで入らせて」
「ち、が……っ、あ、ぁああっ!」
どろどろとしたものを絶えず吐き出しながら、中で達して。その姿はいつも見惚れるほどに綺麗だ。
首筋にまた新しい跡をつけて、強請るように回された腕に応えたくて。酸素を求める口を、また深く塞ぐ。
柔らかく、それでいてきゅうきゅうと締め付けてくるその感覚に、耐えられるわけもない。
「……なぁ、いい……?」
強く抱きしめて耳元で囁くと、必死にしがみついてこくこくと頷くから。
好きだと繰り返して、エディの最奥で欲を吐き出した。
扉が開く音がして、目を覚ます。数秒後にカーテンが開けられて、眩しさに目を擦った。
「今日は本当に寝てたね」
「……おう……おはよ……」
「おはよ。今日の予定は?」
「エディ……」
「こら、ちょ、んぅ……っ」
「何もないから、抱かせて」
「……お昼まで、でも、いい?」
その返事に、少し寝ぼけながら首を傾げる。
「お昼ごはん、アレクたちと……行く約束、しちゃったから」
「……夜に変更してもらう」
「え、っ、あ、だめ、だめだって」
駄目なんて、どうせ嘘だ。
薄く開いたままの扉の向こうからは、何の匂いもしない。と言うことは、エディが早く起きたにも関わらず朝食の用意もしていないと言うことで。
「もしもし?あー悪いな朝に。うんそう、悪いけど夜にして」
「仕事早いな!」
枕元の携帯電話で、素早くレスターに連絡してから、改めてエディをベッドの中に引き摺り込む。
もう、と少しだけ怒ったふりをして。
「……カーテン、しめて……?」
俺の腕の中で、元悪魔は蠱惑的に微笑んだ。
「悪魔っつーか小悪魔だよな」
「ん、っ……なんの、はなし……?」
「こっちの話」
すぐ側にあるだろう温もりを感じたくて、腕と体を動かしてみるけれどそこには何もない。
「……エディ?」
つぶやいて体を起こす。何も着ていない体は、やっぱりいくらか冷えた。
俺の隣はくしゃりとなったシーツだけで。なんとはなしに手のひらを乗せてみると、まだ温かい。
首を軽く傾げていると、階段を上がってくる足音がする。ちょっとした悪ふざけのために、俺はベッドの中にもう一度もぐり込んだ。
「おはよー……って、まだ寝てんの?」
寝室の扉を開ける音と、呆れたような声。
足音はベッドのほうに近づいてきて、俺の頭の上にある窓のカーテンを勢いよく開けた。
「ほら起きなよ」
「んー」
ゆさ、と体を揺らされるけれど、まだ寝惚けてるふりをする。
起きないの、と不満げに唇を尖らせる表情がかわいくて、もう少しだけ我がままを言いたくなった。
「エディが、キスしてくれたら起きる」
「なんだよそれ」
くす、と笑って。子供か、なんて言われながらもキスを強請る。
するりと白い手が伸びてきて、頬に唇が触れた。
「……ん。ほら、もういいだろ?起きてごはんにしよ」
「エディ」
「なに、って、ちょ、うわっ!」
ベッドから離れようとしたエディの手首を掴み、引き寄せる。ぼすん、とマットレスが音を立てて、その体を受け止めた。
「危ないだろ?!」
「大丈夫だって。それより、もっかい」
「こーら、もう。離せって」
掛け布団から体を半分出した状態で、細い体をぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「まったくもう」
「ん」
呆れながら、でも笑いながら。反対側の頬に、ちゅ、と音を立てて。
「おしまい。起きてってば」
「もっかいベッドの中に引きずり込んでいい?」
「ばか」
額を叩かれ、今度は俺が口を尖らせる。さらりと動く髪の間に見える耳は赤いのに、と軽く食んだ。
「っ!こ、こら、だめ」
「だめ?」
「だめ!せっかく、朝に仕事がないなら朝ご飯一緒に食べようと思って作ったんだから、冷めちゃうじゃん!」
ベッドに戻されたら最後、何をされるかは重々理解しているようで。
「それは大問題だな。よし、シャワー浴びて着替えてくるわ」
笑いながら言って、腕の中のエディを解放し、自分の服をテキトーに手に取る。
早くしろよ、なんて言うエディの声は、ずいぶん心地よく響いた。
香ばしく焼けたパン。彩り鮮やかなサラダと、ハムとチーズを挟んだジャガイモのガレット。ゆで卵は二つ。それから、ナスの入ったミネストローネ。
「あれ?」
「本当はラタトゥイユにしようかと思って買ってあったんだけど、今朝起きたらちょっと肌寒かったからスープにしちゃった」
「あー、なるほど。夏ももう終わりだもんな」
熱い時期によく作ってくれていた、野菜をトマト味に煮た、冷たい常備菜を思い出しながら答える。
「季節の変わり目ってやつだよね。昨日は暑いぐらいだったのに」
「体調、気を付けろよ。すぐ喉にくるんだからお前は」
「お前もな」
互いに言って笑って、食事を始めることにした。
あの町に、一人で住んでいたときには考えもしなかった生活だ。
市場で買ってきたものを、エディが調理してくれて。俺はその辺のセンスが正直あまりないから、凝ったものは作れないけれど。たまに、エディのためにと魚料理肉料理なんかを振る舞ってみたりする。
普段はあまりやらないからと、その代わりのように日々家を綺麗に保つのは俺の領分で、意外と彼は、物を出しっぱなしにする癖があるからと思い出した。
「何笑ってんの?」
「え」
完全に無自覚に、笑っていたらしい。
「笑ってた?」
「うん。思い出し笑い?」
「そんなもん。こないだソファの隙間からお前の靴下片方だけ出てきたの思い出した」
「なんで今それ?!」
「不思議だよな。靴下って両方履いて両方脱ぐのに、なんで片方だけ落ちてんだよ」
「うう……悪かったってば……」
原因は簡単で、シャワーを浴びる前にエディが酔っ払ったというだけのことだ。
だけどそれをしばらく放置していたのが非常に面白い。その辺に靴下が片方だけ落ちていても、気にならないらしい。
俺がそれを笑い話にして以来、エディは靴下を必ず揃えて入れるようになった。俺としては別に面白いからいいのにと思いつつも、そうやって気にしている姿がまたかわいらしいので黙っている。で、こうしてからかう。
「ご馳走様」
「俺もごちそうさま。流しでいい?」
「ああ、すぐやっちゃうわ」
「そしたら俺洗濯機回してくるよ。なんか洗う物ある?」
「シーツ」
流しに入れられていく食器を眺めつつ、愛用のゴム手袋をした。水でさっと流してから洗剤で、なんて思っていると、横に真っ赤な顔のエディがいて。
「……どうした?」
「慣れない、その、シーツ」
「まあ汚すのほとんどお前だ痛い」
本当のことを言ったのに、思い切り背中を叩かれる。
相変わらず真っ赤な顔で、ばか、と小さくつぶやくその姿が愛しい。
「いいじゃん、中身防水だし。洗うのはシーツだけでいいんだから」
「そういう問題じゃねぇよ……」
「ま、仕方ないよな。潮吹く癖ついてだから痛いって」
もう、と怒りながら人の背中をもう一度叩いて、寝室へ早足で逃げていく背中を目で追ってから、堪えきれない笑みを口元に浮かべた俺は、皿を洗うことにした。
大通りを歩いて、公園を通り抜ける。真ん中に噴水のあるこの場所は、家族連れや恋人たちの憩いの場所として親しまれていた。
鳥が飛び立って、子供が歓声を上げる。それを微笑ましく眺めるエディの頬に触れた。
「ん、なに?」
「ちょっと冷たくなってんじゃないかと思って」
「まだ大丈夫だって。そこまで気温も低いわけじゃないし」
ふふ、と笑う。
しばらくをこの町で過ごしてみてわかったが、エディはけして丈夫な方じゃない。今みたいな季節の変わり目や、これからのような冷え込む時期になると体調を崩すことが多くなった。
「……変な話だよねぇ」
「そうだなあ」
何を言っているかは理解できたので、頷きを返す。
悪魔だったころは、風邪なんてものを知らなかったそうだ。
「人間って大変だ」
「気を付けろよ、ほんと」
言いながら公園を抜ける。
エディの言うとおり、気温はそこまで低くないが風が少し冷たく感じられた。剥き出しの手を摑まえて、自分のポケットに突っ込むと驚いて俺を見る。
「な、なんだよシグ」
「手がちょっと冷たい。いいからこうしておけって」
「……あの、さぁ。前々から聞きたかったんだけど」
何を、と言うと視線をだいぶ泳がせたあとに、息を吐いて答えた。
「俺が言うのも何なんだけど、普通人間って男同士でくっついたりしないんだろ?」
「まあそうだな。男女が普通」
「……その、恥ずかしく、ならねぇの?」
思わず足を止め、エディをじっと見つめる。小さく唸り声を上げて、ふいっと目を逸らした。
「だって、さぁ。俺とお前って……明らかに男二人じゃん。身長も大して違わねぇし。普段は、気になんないんだけど……お前、外でも平気でこうやって手とか繋ごうとするし……」
「周りの目が気になるのか?」
「目、っていうか……その……」
珍しく煮え切らない態度で、伏せた目の上の睫毛が揺れる。白い肌にうっすらと赤みが差していて、それはとてもに綺麗に思えた。
「おま、え、さぁ……かっこいい、じゃん」
「は?」
「だから、その、えっと」
慌てながら次の言葉を探す。
俺はといえば、なんとなく言いたいことはわかったので。ここで今すぐ口を塞いでやろうかとも思ったけれど、とりあえずやめておいた。
「つまりあれだろ、お前どんだけ自分に自信ないんだよ」
「自信っていうか、さぁ……」
「俺とお前が恋人に見られることもそうだけど、お前が俺にかっこいいっていう時は自分が釣り合わないと思ってるときだろ?」
本当、なんていうか。
初めて会った時からの変わりように、毎日毎日驚かされている。
「誰からどう思われようと関係ない。それより、俺は自分が好きな相手と手を繋いで歩きたいし、自信がないなら今好きだって叫んで」
「いいからやめろってば」
「……なに不安になってんの、今更」
ポケットから二人分の手を出し、手首を掴み直して。ぐい、と引き寄せ倒れてくる体を抱きしめた。
「い、いま、俺が何の話、してたかっ」
「わかってるからこうしてんだよ。こうでもしなきゃ、お前はわかんないだろ」
「……ごめん」
「謝ってほしいわけじゃない」
くしゃ、と後頭部を撫でてやる。
「エディ自身、悪魔のときとはいろいろ違うこともあって大変だろうけどさ。頼むから、俺がお前のこと好きだってそれだけは疑うなよ」
「……うん」
「俺は、お前が悪魔だったから好きなわけじゃないし、人間だから好きなわけでもない。エディがエディだから、好きなんだ」
うん、ともう一度聞こえたのはか細い声。
だけど、ちゃんと頷いてくれたので、ゆっくりと回した腕を解いた。
「悪魔のときの不遜な態度どこいったよ」
「……ぜんぶ、お前が打ち砕いたんじゃねぇか。俺の余裕もプライドも、ぐずぐずにしてくれやがって」
「え?」
聞き返すと、一瞬のあと。顔がこれでもかと真っ赤に染まる。
「し、失言!忘れろ!忘れて!」
「いや無理だろ。なんで?いつ?」
「うるさい!絶対言わねぇ!」
「あ、こら待てって!」
さっきまでのしおらしい態度はどこへやら。大股でさっさと進んでいくエディを、次の信号まで追いかける羽目になるのだった。
戸惑う目が、辺りをさまよってから俺を見る。にこりと笑ってやると、ひ、と引きつった声を出した。
「なんだその声」
「だ、だって……すんの……?」
「する」
はっきりきっぱり言い放つ。だいたい、お互いに服を脱ぎ捨て、ベッドに押し倒されて俺を見上げている状況なのに、今更何を言ってるんだ。
「嫌?」
「い、いや、っていうか、その、えっと」
少し身を固くして、何か怖がっているような素振り。ふ、と笑って髪に唇で触れた。
「な、んか、お、怒って、んじゃん」
「怒ってはない」
苦笑したまま顔を上げる。
拗ねてんの、と冗談めかしていえば、なんでと返ってきた。
「お前がぁ、俺の愛を、疑うからですけど?」
「あ、あああ、あ、あい、って」
「だから?どんだけ俺が?お前のこと好きか、思い知ってもらわないとと思って」
やること散々ヤってんのに、愛してると口にすれば顔を真っ赤に染める。
顔だけじゃなく、その体も赤く染まっているのが見えて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ん、う……ぁ、あっ」
さて今日はどうしてやろうか、なんて。その滑らかな肌に指先で触れながら考える。
昨日つけた赤い跡に唇を落として、ぴくりと反応するのを確認して。
エディの片足を持ち上げると、自分の肩に引っ掛けた。
「え、ちょ、な、なに……」
「腰キツそうだな」
言って、枕を細い腰の下に入れてやる。そうしておいて、上がった後孔に顔を近づけた。
「っ、や、やだ、やだそれっ」
「嘘つけ」
「ひ、ぁ、ぁぅうっ」
そこへ舌を触れさせた俺の髪をぐしゃりと掴み、やだ、と繰り返す。どう考えても嘘の言葉は右から左へと聞き流し、エディのそこを舌先で蹂躙した。
「ぁ、ぁあ、あ、ぅ……やぁ、っ」
「ん……こっち、も」
「あぁ、あ、だめ、それ、でちゃ……っ」
俺が前を握り込むと、言葉よりも早く。とぷりと勢いのない白濁したそれが溢れていく。
「ほんと、敏感だな」
「っ、あ、だ、れのせ、いだとっ」
「俺かよ」
「……そう、だよ……他の、誰に抱かれ、たって、こんなの、なかった、んだから」
とろけて潤んだ瞳が少しだけ、恨みがましそうな色を乗せて俺を見てくるから。その頬に触れて口を塞いで、引っ込み思案な舌を捕まえ吸い上げた。
「ふ、ぁ……ぁあ、ぁ、や」
「やだ?」
「やだ……はなれ、るの……や、もっと」
腕が伸びて、首に絡む。
にや、と笑って足を撫でると、一気に奥まで俺自身を突き入れた。びくん、と震えて背中が反って、俺の背中に小さな痛みが走る。
「エディ……」
「っあ、ひ、ぅ……ま、まっ、て、おれ、いま……っ」
「うん、イってていいよ。奥まで入らせて」
「ち、が……っ、あ、ぁああっ!」
どろどろとしたものを絶えず吐き出しながら、中で達して。その姿はいつも見惚れるほどに綺麗だ。
首筋にまた新しい跡をつけて、強請るように回された腕に応えたくて。酸素を求める口を、また深く塞ぐ。
柔らかく、それでいてきゅうきゅうと締め付けてくるその感覚に、耐えられるわけもない。
「……なぁ、いい……?」
強く抱きしめて耳元で囁くと、必死にしがみついてこくこくと頷くから。
好きだと繰り返して、エディの最奥で欲を吐き出した。
扉が開く音がして、目を覚ます。数秒後にカーテンが開けられて、眩しさに目を擦った。
「今日は本当に寝てたね」
「……おう……おはよ……」
「おはよ。今日の予定は?」
「エディ……」
「こら、ちょ、んぅ……っ」
「何もないから、抱かせて」
「……お昼まで、でも、いい?」
その返事に、少し寝ぼけながら首を傾げる。
「お昼ごはん、アレクたちと……行く約束、しちゃったから」
「……夜に変更してもらう」
「え、っ、あ、だめ、だめだって」
駄目なんて、どうせ嘘だ。
薄く開いたままの扉の向こうからは、何の匂いもしない。と言うことは、エディが早く起きたにも関わらず朝食の用意もしていないと言うことで。
「もしもし?あー悪いな朝に。うんそう、悪いけど夜にして」
「仕事早いな!」
枕元の携帯電話で、素早くレスターに連絡してから、改めてエディをベッドの中に引き摺り込む。
もう、と少しだけ怒ったふりをして。
「……カーテン、しめて……?」
俺の腕の中で、元悪魔は蠱惑的に微笑んだ。
「悪魔っつーか小悪魔だよな」
「ん、っ……なんの、はなし……?」
「こっちの話」
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ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
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