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久しぶりの場に、少しばかり眩暈を覚える。
単純に口にした酒が合わなかったのか、それとも人酔いか。おそらくそのどちらもだろうな、と考えながら、壁に寄りかかった。
幸い、挨拶というか。社交辞令と値踏みするような時間帯は過ぎたようで、パーティーの参加者は思い思いに楽しんでいる。
そんな機会にわざわざ俺のところへくるような変わり者もとりあえずは見当たらず、ほっとして息を吐いた。
軽く袖を払う。触れられた場所が、なんとなく鬱陶しく思えた。
「まあ、美人は美人だけどな」
独り言が零れる。聞いている人間も見ている人間も誰もいないし、と新しいグラスに口をつけた。中身はただの水だ。
別に男が好きだったわけじゃない。じゃないけれど、美人を目の前にしても何の魅力も感じなくて。
これほどまでに俺の中心を占めるあいつが、今隣にいないことを悔しく思う。
「探しに行くか……少しぐらい大丈夫だろ」
またも独り言をつぶやいて、空になったグラスをそれ用のワゴンに戻した。
樹たちの姿はなかったけれど、おそらく庭だろう。正面と中庭と裏庭、そのどれかにはいるだろうかと思ったときだ。
『さて、宴も酣でございますが』
それは聞き慣れた声だった。自分の父親のそれだ。
このパーティーももう終わりだろうか、と思い声の方を見る。一段高くなった壇上で、マイクを手にした顔がほころんでいた。
何か収穫があったんだろう。それなら嫌々ではあるものの、俺がこの場にきた価値もあるものだ。
『少しだけ、お時間をいただきたい』
何か話すことがあるのかと首を傾げる。すると、父親はおもむろに俺を見た。
『不肖の息子が、お付き合いされている方を紹介したいとのことで』
危なかった。水を含んでいたら確実に吹き出していたし、グラスを持っていたら落として割っていたところだ。
顔中に疑問を浮かべながら父親を見返す。他意はないようで、にこにこと楽しそうに笑っていた。
それよりも気になったのは、そのすぐ近くで微笑んでいる黒いドレスの女性だ。ちくしょう、と漏れた声は誰の耳にも届いていないことを願う。
意趣返しということか。一応は辺りを見回して、樹がいないことを確認してから深いため息をついた。
とはいえ、この状況で父親に恥をかかせるわけにもいかない。覚悟を決めるしかないと、何度か息を吐きながらその壇上へと近寄る。
笑顔の父親からマイクを受け取って、何度か声を吹き込んだ。
『どうも、不肖の息子です』
小さな笑いが聞こえる。じろりと女性をひと睨みしてから、正面に向き直った。
『生憎なんですが、俺の想い人は今この場にはいないようで』
「あら、会場にいらっしゃるのでは?」
すぐ近くで皮肉めいた声がする。今度はそちらを見ずに、淡々と続けた。
『頭を下げて来てもらったので。どこにいようと自由にしてもらってるんです』
嘘は言っていない。あからさまに落胆した父親に苦笑して、また後でな、と小声で告げる。
『それに、こんな風に紹介するために来てもらったわけでもないので。恥ずかしがり屋なんですよね』
ほんの少しの本音を覗かせると、この茶番を仕組んだであろう女性が笑顔を張り付けたまま、すぐ横へと並んだ。
当然、会場内はもしやとざわつく。下手をすれば腕を取られ、既成事実のひとつでも作られてしまいそうだ。
その前に、と樹の姿を探す。楓や智にぃが見つかれば、とも思ったがそのどの姿もない。
『俺の好きな人は、ピアノがすごく上手いんですよ』
だったら、と開き直り。女性が何かを言う前に先手を取って、口を開いた。
『大学で出会ったんですけどね。俺が編入して、何日かあとのことでした……惚気させてもらっても?』
「……ええ、どうぞ」
笑顔を浮かべているくせに、苦虫を噛み潰したような声で言う。先手を取ったのは正解のようだ。
『一応俺にもね、好きな子っていうのは存在していたわけです。甘酸っぱい初恋っていうんですか?子供のときとか』
訳知り顔で父親が頷いた。その様子を見る限り、乗せられただけのようだ。
自分の父ながら、その微妙な人の好さはどうにかならないものかと思う。普通、会社社長なんてある程度ずるがしこいものじゃないか。
『でも、そんなもの生温い感情だったと思い知らされたわけです。その音楽を聴いたときに』
「ぜひ聞かせていただきたいわ」
『本人がいいと言えば。言ったでしょう?俺は頼んでいる立場なもので、嫌だと言えば無理強いなんてできるわけがないんですよ』
「はは、うちの息子は案外尻に敷かれるタイプだったというわけか」
『俺が好き好んで敷かれに行ってるんだよ。仕方ねーじゃん』
茶化す父親におどけて返せば、笑いが起こる。なんとか、矛先を自分の方へ向けることに成功したようだと胸をなでおろした。
もともとは、どうにか誤魔化すために始めた惚気話だけれど。話しているうちに、俺が初めて樹と会った時のことを思い出し、勝手に頬は緩む。
『あの衝撃は、忘れられません。そのぐらい、少なくとも俺にとっては――その曲が、音が、全部が、初めての感情を揺さぶってきた』
そのくせ、と苦笑が漏れた。
『ただ、当の本人は奥手というか、奥ゆかしいというか。悪く言えばネガティブで、いくら俺が好きだって言ってもなかなか信じてくれなかったのが困り者でして』
あら、と女性が声をあげる。自分ならばと言いたげな視線を一蹴し、俺は続けた。
『贈り物をしようとしても断られる、食事に誘えばファミレスかチェーンの居酒屋。遊びに行こうと言えば近場の公園、カラオケ――ギリギリ遊園地。だけどそれが俺には嬉しかった』
不意にホールの奥の扉が開く。そこに今一番抱きしめたい人物の姿を捉え、馬鹿みたいに心は跳ねた。
まるでそこにだけ、あいつにだけスポットライトが浴びせられているような気すらしてくる。これだけ人の多い会場でも、どこにいたってわかる。
声が聴きたい。目を逸らしたくない。逸らせない。今すぐにここで、お前が好きだと叫びたい。
喉元までせり上がってきたそんな衝動を息を吐いてなんとか逃がし、マイクを握り直した。樹の目に、今俺はどう映っているのだろうかなんて思う。
『好きだと思えば歯止めが効かなくて。ずいぶん強引に押したけれど、自分の世界を広げてくれたなんて言ってもらえたことが嬉しかった』
かなりの距離があるけれど、そんなことは大した問題じゃない。樹を見つめて言えば、その距離でもわかるほどに顔を赤くした。
隣で同じ顔の楓が呆れた表情をしているのも見える。樹を挟んで反対側には、苦笑を浮かべつつも仕方ないって顔をした智にぃの姿もあった。
『だけど、本当に……本当に、世界を広げてもらったのは俺の方だ。自分も知らなかった自分を知って、誰も知らなかったお前を知れて、誰よりも好きになった。もっともっと、大事になった』
樹が小さく首を横に振る。会場の数人が、俺の視線を追っているのがわかった。
このまま続けてもいい。あいつをこの場に引っ張り出して、俺の好きなやつだって言ったって構わない。
だけど、きっとあいつはそれを望まないはずだ。仕方ないよな、と苦笑する。だって、俺が好きになったのは、そういうやつだから。
だから俺は視線を逸らす。何食わぬ顔をして、隣の女性に微笑みかけた。
『そういうわけなんで』
「結局、紹介はしてくださらないのね」
『言ったでしょう?勝手なことをして嫌われたくないんですよ。枕を涙で濡らす日々はもうたくさんです』
何か言おうとして開いた紅い口。それが声を発するよりも早く、俺は言う。
『ああ、でも代わりと言ってはなんですけど。今日、俺の大学の友人も招待しているんです。彼らの曲も、ぜひ聞いてもらいたいですね』
さざ波のようにざわつく会場を無視して、三人に視線をやった。
困った顔をした樹と、楽しそうな楓が何かをひそひそと囁き合って。智にぃが肩をすくめ、首を横に振る。
自分は双子とは別だと言いたげだが、そうは問屋が卸さない。
マイク片手に壇上を下り、早足で三人のところまで急いだ。
ありゃバレたな、と胸中で思う。
ただ、はっきり口にしたわけではないので、樹にバレていないならそれでいいし。そうじゃなくても、なんとか許してはくれるだろうと苦笑しつつ、部屋の扉を叩いた。
「お疲れ様」
「そっちこそ。急に振って悪かったな、お疲れ」
扉を開けた樹に、不思議に思って首を傾げる。
「まだ着替えてねーの?」
「……うう」
何やら唸り声を上げた。どうかしたのかと思い、とりあえずすぐ近くのソファーに座るよう誘導した。
「楓と智にぃは?」
「え、っと……もうひとつの、部屋」
「そっか」
パーティーの会場になっていた主催者の別荘ではなく、俺の父親の持ち物である別荘のほうまで移動して。
笑顔で一棟使えと鍵を置いて、自分はまだ挨拶があるからと近くのホテルに泊まりに行った父親のことを思い出す。
会場にいた人間のどれだけに、樹のことがバレたかまではわからないが少なくとも、俺の父親にはバレていることだろう。
「だから一棟貸してくれたんだろうしな」
「何の話?」
「ん?いや、こっちのこと。気にすんなってなんでもねーから」
笑って言えば、うん、という声が返ってくる。
「あ、のさぁ。聞いてもいい?」
「おう」
「お、俺、弾いたりして、良かったの?」
おどおどとした様子に、それでかと思い当たった。当たり前だろと言えば、僅かに眉が寄る。
「俺が頼んだじゃん、みんなで演ってって」
「でも、さぁ。なんていうか、ほら、偉い人ばっか、だったから」
「関係ねーよ。それに、みんな喜んで拍手してただろ?」
「……そうだと、いいんだけど。俺、お前の顔に泥塗ったんじゃないかって」
膝の上で、握り拳を作って。そこに視線を落とし、申し訳なさそうに言う姿もかわいい。
抱きしめたくなって、さっき我慢した分だと両腕を伸ばした。ソファーの上でぎゅうと強く引き寄せれば、戸惑ったようにもぞもぞと動いてから、いい位置を見つけたのか大人しくなる。
本当猫みたいだなと考えながら、回した手で髪を撫でた。
「大丈夫だから心配すんなよ。俺の親父の顔見ただろ?上機嫌だったじゃん」
「……ありがと」
「あとで楓にも言ってくれな」
「うん」
俺の言葉にやっと安心したのか、体から緊張が抜けたのがわかる。
なので、最初の疑問に立ち返り問いかけてみた。
「で、なんでまだそのままなんだ?あんまり乗り気な服じゃなかったから、さっさと着替えたのかと」
「……いいだろ、別に」
「俺としては目の保養」
ばか、という声はやけに甘ったるい。
「お前が、似合うって……言ったんだろ」
耳を赤くしながらの言葉に、下半身が重たくなるのは仕方のない事だと思う。
「だ、だから……お前の、手で、ぬがせて」
あげくにそんな殺し文句。
これっぽっちも勝てる気なんかしなくて。軽く天井を仰いでから、赤くなった耳に唇で触れ、仰せのままにと囁いた。
単純に口にした酒が合わなかったのか、それとも人酔いか。おそらくそのどちらもだろうな、と考えながら、壁に寄りかかった。
幸い、挨拶というか。社交辞令と値踏みするような時間帯は過ぎたようで、パーティーの参加者は思い思いに楽しんでいる。
そんな機会にわざわざ俺のところへくるような変わり者もとりあえずは見当たらず、ほっとして息を吐いた。
軽く袖を払う。触れられた場所が、なんとなく鬱陶しく思えた。
「まあ、美人は美人だけどな」
独り言が零れる。聞いている人間も見ている人間も誰もいないし、と新しいグラスに口をつけた。中身はただの水だ。
別に男が好きだったわけじゃない。じゃないけれど、美人を目の前にしても何の魅力も感じなくて。
これほどまでに俺の中心を占めるあいつが、今隣にいないことを悔しく思う。
「探しに行くか……少しぐらい大丈夫だろ」
またも独り言をつぶやいて、空になったグラスをそれ用のワゴンに戻した。
樹たちの姿はなかったけれど、おそらく庭だろう。正面と中庭と裏庭、そのどれかにはいるだろうかと思ったときだ。
『さて、宴も酣でございますが』
それは聞き慣れた声だった。自分の父親のそれだ。
このパーティーももう終わりだろうか、と思い声の方を見る。一段高くなった壇上で、マイクを手にした顔がほころんでいた。
何か収穫があったんだろう。それなら嫌々ではあるものの、俺がこの場にきた価値もあるものだ。
『少しだけ、お時間をいただきたい』
何か話すことがあるのかと首を傾げる。すると、父親はおもむろに俺を見た。
『不肖の息子が、お付き合いされている方を紹介したいとのことで』
危なかった。水を含んでいたら確実に吹き出していたし、グラスを持っていたら落として割っていたところだ。
顔中に疑問を浮かべながら父親を見返す。他意はないようで、にこにこと楽しそうに笑っていた。
それよりも気になったのは、そのすぐ近くで微笑んでいる黒いドレスの女性だ。ちくしょう、と漏れた声は誰の耳にも届いていないことを願う。
意趣返しということか。一応は辺りを見回して、樹がいないことを確認してから深いため息をついた。
とはいえ、この状況で父親に恥をかかせるわけにもいかない。覚悟を決めるしかないと、何度か息を吐きながらその壇上へと近寄る。
笑顔の父親からマイクを受け取って、何度か声を吹き込んだ。
『どうも、不肖の息子です』
小さな笑いが聞こえる。じろりと女性をひと睨みしてから、正面に向き直った。
『生憎なんですが、俺の想い人は今この場にはいないようで』
「あら、会場にいらっしゃるのでは?」
すぐ近くで皮肉めいた声がする。今度はそちらを見ずに、淡々と続けた。
『頭を下げて来てもらったので。どこにいようと自由にしてもらってるんです』
嘘は言っていない。あからさまに落胆した父親に苦笑して、また後でな、と小声で告げる。
『それに、こんな風に紹介するために来てもらったわけでもないので。恥ずかしがり屋なんですよね』
ほんの少しの本音を覗かせると、この茶番を仕組んだであろう女性が笑顔を張り付けたまま、すぐ横へと並んだ。
当然、会場内はもしやとざわつく。下手をすれば腕を取られ、既成事実のひとつでも作られてしまいそうだ。
その前に、と樹の姿を探す。楓や智にぃが見つかれば、とも思ったがそのどの姿もない。
『俺の好きな人は、ピアノがすごく上手いんですよ』
だったら、と開き直り。女性が何かを言う前に先手を取って、口を開いた。
『大学で出会ったんですけどね。俺が編入して、何日かあとのことでした……惚気させてもらっても?』
「……ええ、どうぞ」
笑顔を浮かべているくせに、苦虫を噛み潰したような声で言う。先手を取ったのは正解のようだ。
『一応俺にもね、好きな子っていうのは存在していたわけです。甘酸っぱい初恋っていうんですか?子供のときとか』
訳知り顔で父親が頷いた。その様子を見る限り、乗せられただけのようだ。
自分の父ながら、その微妙な人の好さはどうにかならないものかと思う。普通、会社社長なんてある程度ずるがしこいものじゃないか。
『でも、そんなもの生温い感情だったと思い知らされたわけです。その音楽を聴いたときに』
「ぜひ聞かせていただきたいわ」
『本人がいいと言えば。言ったでしょう?俺は頼んでいる立場なもので、嫌だと言えば無理強いなんてできるわけがないんですよ』
「はは、うちの息子は案外尻に敷かれるタイプだったというわけか」
『俺が好き好んで敷かれに行ってるんだよ。仕方ねーじゃん』
茶化す父親におどけて返せば、笑いが起こる。なんとか、矛先を自分の方へ向けることに成功したようだと胸をなでおろした。
もともとは、どうにか誤魔化すために始めた惚気話だけれど。話しているうちに、俺が初めて樹と会った時のことを思い出し、勝手に頬は緩む。
『あの衝撃は、忘れられません。そのぐらい、少なくとも俺にとっては――その曲が、音が、全部が、初めての感情を揺さぶってきた』
そのくせ、と苦笑が漏れた。
『ただ、当の本人は奥手というか、奥ゆかしいというか。悪く言えばネガティブで、いくら俺が好きだって言ってもなかなか信じてくれなかったのが困り者でして』
あら、と女性が声をあげる。自分ならばと言いたげな視線を一蹴し、俺は続けた。
『贈り物をしようとしても断られる、食事に誘えばファミレスかチェーンの居酒屋。遊びに行こうと言えば近場の公園、カラオケ――ギリギリ遊園地。だけどそれが俺には嬉しかった』
不意にホールの奥の扉が開く。そこに今一番抱きしめたい人物の姿を捉え、馬鹿みたいに心は跳ねた。
まるでそこにだけ、あいつにだけスポットライトが浴びせられているような気すらしてくる。これだけ人の多い会場でも、どこにいたってわかる。
声が聴きたい。目を逸らしたくない。逸らせない。今すぐにここで、お前が好きだと叫びたい。
喉元までせり上がってきたそんな衝動を息を吐いてなんとか逃がし、マイクを握り直した。樹の目に、今俺はどう映っているのだろうかなんて思う。
『好きだと思えば歯止めが効かなくて。ずいぶん強引に押したけれど、自分の世界を広げてくれたなんて言ってもらえたことが嬉しかった』
かなりの距離があるけれど、そんなことは大した問題じゃない。樹を見つめて言えば、その距離でもわかるほどに顔を赤くした。
隣で同じ顔の楓が呆れた表情をしているのも見える。樹を挟んで反対側には、苦笑を浮かべつつも仕方ないって顔をした智にぃの姿もあった。
『だけど、本当に……本当に、世界を広げてもらったのは俺の方だ。自分も知らなかった自分を知って、誰も知らなかったお前を知れて、誰よりも好きになった。もっともっと、大事になった』
樹が小さく首を横に振る。会場の数人が、俺の視線を追っているのがわかった。
このまま続けてもいい。あいつをこの場に引っ張り出して、俺の好きなやつだって言ったって構わない。
だけど、きっとあいつはそれを望まないはずだ。仕方ないよな、と苦笑する。だって、俺が好きになったのは、そういうやつだから。
だから俺は視線を逸らす。何食わぬ顔をして、隣の女性に微笑みかけた。
『そういうわけなんで』
「結局、紹介はしてくださらないのね」
『言ったでしょう?勝手なことをして嫌われたくないんですよ。枕を涙で濡らす日々はもうたくさんです』
何か言おうとして開いた紅い口。それが声を発するよりも早く、俺は言う。
『ああ、でも代わりと言ってはなんですけど。今日、俺の大学の友人も招待しているんです。彼らの曲も、ぜひ聞いてもらいたいですね』
さざ波のようにざわつく会場を無視して、三人に視線をやった。
困った顔をした樹と、楽しそうな楓が何かをひそひそと囁き合って。智にぃが肩をすくめ、首を横に振る。
自分は双子とは別だと言いたげだが、そうは問屋が卸さない。
マイク片手に壇上を下り、早足で三人のところまで急いだ。
ありゃバレたな、と胸中で思う。
ただ、はっきり口にしたわけではないので、樹にバレていないならそれでいいし。そうじゃなくても、なんとか許してはくれるだろうと苦笑しつつ、部屋の扉を叩いた。
「お疲れ様」
「そっちこそ。急に振って悪かったな、お疲れ」
扉を開けた樹に、不思議に思って首を傾げる。
「まだ着替えてねーの?」
「……うう」
何やら唸り声を上げた。どうかしたのかと思い、とりあえずすぐ近くのソファーに座るよう誘導した。
「楓と智にぃは?」
「え、っと……もうひとつの、部屋」
「そっか」
パーティーの会場になっていた主催者の別荘ではなく、俺の父親の持ち物である別荘のほうまで移動して。
笑顔で一棟使えと鍵を置いて、自分はまだ挨拶があるからと近くのホテルに泊まりに行った父親のことを思い出す。
会場にいた人間のどれだけに、樹のことがバレたかまではわからないが少なくとも、俺の父親にはバレていることだろう。
「だから一棟貸してくれたんだろうしな」
「何の話?」
「ん?いや、こっちのこと。気にすんなってなんでもねーから」
笑って言えば、うん、という声が返ってくる。
「あ、のさぁ。聞いてもいい?」
「おう」
「お、俺、弾いたりして、良かったの?」
おどおどとした様子に、それでかと思い当たった。当たり前だろと言えば、僅かに眉が寄る。
「俺が頼んだじゃん、みんなで演ってって」
「でも、さぁ。なんていうか、ほら、偉い人ばっか、だったから」
「関係ねーよ。それに、みんな喜んで拍手してただろ?」
「……そうだと、いいんだけど。俺、お前の顔に泥塗ったんじゃないかって」
膝の上で、握り拳を作って。そこに視線を落とし、申し訳なさそうに言う姿もかわいい。
抱きしめたくなって、さっき我慢した分だと両腕を伸ばした。ソファーの上でぎゅうと強く引き寄せれば、戸惑ったようにもぞもぞと動いてから、いい位置を見つけたのか大人しくなる。
本当猫みたいだなと考えながら、回した手で髪を撫でた。
「大丈夫だから心配すんなよ。俺の親父の顔見ただろ?上機嫌だったじゃん」
「……ありがと」
「あとで楓にも言ってくれな」
「うん」
俺の言葉にやっと安心したのか、体から緊張が抜けたのがわかる。
なので、最初の疑問に立ち返り問いかけてみた。
「で、なんでまだそのままなんだ?あんまり乗り気な服じゃなかったから、さっさと着替えたのかと」
「……いいだろ、別に」
「俺としては目の保養」
ばか、という声はやけに甘ったるい。
「お前が、似合うって……言ったんだろ」
耳を赤くしながらの言葉に、下半身が重たくなるのは仕方のない事だと思う。
「だ、だから……お前の、手で、ぬがせて」
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