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隠し通せているつもりなのかな、と横顔を盗み見て思う。
ここ一か月ぐらい、どう見ても悩んでいるというか。憂鬱な表情をすることが多くなっていたのには気づいていた。
だけど、あいつからは何も言おうとはしなくて。俺や、楓たちといるときはいつも通りの圭人だったから、きっと話したくないことなのかな、なんて考える。
「いや聞けよ」
「でも、さぁ……」
俺の部屋でクッションを抱きしめながら、自分と同じ顔が唇を尖らせた。
「もし、家族のこととか。それこそ会社のこととかだったら、あんまり首突っ込むのも悪いじゃん……」
「そんなの、首突っ込むかどうかなんて後からでも決められんだろ?とにかく内容聞いてからどうするか決めればいいのに」
「そもそも聞かれたくないかもしんない」
「だから、それだって聞いてみないとわかんねぇじゃん!」
まったく、と憤慨しながら俺の隣まで移動して。持っていたクッションを投げ捨てた楓が、その代わりみたいに俺を抱きしめる。
「泣き出しそうな顔してるくせに。話して欲しいんだろ」
「そ、それは、そうだけど」
「そりゃ俺だってさぁ、付き合ってるからって何もかも知りたいとかは思わねぇよ。だけど、何かあったってわかるぐらいいつもと違うなら、それは話してほしいって思うし、それは当たり前のことじゃん」
「かえでぇ」
「圭人が樹のこと、誰より何より大事にしようとしてんのなんか俺や智にぃにだってわかるぐらいなんだからな。その圭人がお前に何も言わないなんて、気になるのも当たり前」
思わずうなり声が零れると、双子の弟は苦笑して俺から離れた。
大丈夫だよって言うみたいに、その手は頭を撫でてくれる。
「それに、なんか悩んでるなら力になりたいのも普通。俺だってそう、智にぃは秘密が多いから」
「……確かに」
「大抵のことは自分でどうにかしちゃうんだろうけどさ。心配かけたくないって気持ちもわかるし」
「うん、それは、俺も、そうかも」
「樹は我慢しすぎ」
撫でていた手が、そのまま俺の鼻をぎゅっと摘まんだ。痛い。
「聞いてきなよ。それでだめだったらいくらでも慰めてやるし、場合によっては智にぃに話して一緒に殴り込みに行ってやるから」
「もう、楓ってば……でも、ありがと」
「俺はともかく智にぃ怒らせないようにしろって言っといて」
「怖いもんな、怒ると。なぁ楓」
「俺のことはいいの!」
茶化す余裕が出てきた俺に怒るふりをする弟に、今度は俺から抱きつく。
なんだよ、なんて笑うけれど。俺は兄だというのに、本当にいつも楓に助けられていて。
それが情けなくもあり、ちょっとだけ、嬉しくも思うんだ。
やっぱりそういうのあるんだ、と楓がつぶやくから俺も頷く。
「ドラマか映画の世界だけかと思ってた」
「俺も。社交パーティーなんてものが現実に存在するとは」
「僕も実際行くのは初めてだねぇ」
「智にぃはなんか他のパーティーとかしてそう」
「ドンペリ入りまーす的な」
「……ごめんってば……」
二人してからかいながら、圭人に案内された部屋に向かった。
結局、圭人の様子が少しおかしかった理由が、このパーティーだ。
なんでも、彼の父親が定期的に参加しているパーティーらしく。いろいろな会社の人たちが顔を出すので、その繋ぎを作るために顔を出せとちょくちょく言われていたらしい。
ただ、『社交』パーティーという名前の通り、多少見合いじみた紹介をされることもあるそうで。圭人本人は気が進まないと、ここ一年ほどは大学が忙しいと理由をつけ、断り続けていた、とか。
「ほんと、あいつ樹のこと好きだな」
「……そうだといいんだけど」
「しれっと惚気んな」
俺と、俺が一緒に連れてきたがった楓と、智にぃ。俺たち三人をリムジンが迎えに来て、そのまま連れて行かれた場所がここだ。
とある避暑地の中にある、とにかくでかい別荘。城かよとつぶやいた楓の顔が完全に呆れていた。
戸惑う俺たちを圭人が見つけてくれて、支度するようにと案内されたのが今いる部屋だ。
「クローゼットは向こうみたいだね」
「広すぎんだろ……」
ひょこ、と続き部屋から顔を覗かせた智にぃに促され、楓がそちらへと向かう。
広いだとか豪華だとかしつこいぐらいに楓は言うけれど、俺もほぼほぼ同意見だ。何しろ、今いる部屋だって三部屋が続いていて、ちょっとしたマンションの一室ぐらいの広さはある。
「このへん好きに着ろってことかな」
「たぶん。でも、これどうなんだろ……着れるかな」
「ちょっと試してみようよ」
続き部屋からは智にぃと楓の会話が聞こえてくる。俺は俺で、もうひとつの部屋を覗いてみた。立派すぎる寝室。
大きなベッドにぼすんと腰かけて、いろいろと反芻してみる。まさか、自分がこんな場所で行われるパーティーなんかに出ることになるなんて、人生わからないものだ。
いまだに、俺は圭人が俺を好きだって思ってくれていることが、夢みたいで。こんな場所にいるのが当たり前のあいつと、自分は全然まったく釣り合ってないよななんて、ネガティブなことが浮かんでは消えた。
そんなことを考え出すと涙が出そうになって、少しだけ鼻の奥が痛んだ。
「樹、駄目だわこれ」
「ん、どした?」
部屋の外から楓の声がして、緩みそうになった涙腺をごまかしベッドから離れる。
「あいつ、意外と筋肉あんの?」
「はえ?」
唐突なことを聞かれて変な声が出る。
「樹の方が知ってんだろ」
「な」
「顔真っ赤」
「か、からかうからだろ?!」
「ごめんって。で、どうなんだよ実際」
楓の言うとおりではあるのだけれど、それを思い出せば顔が熱くなった。
そんな俺を面白そうに眺めながら、持っていたシャツを手渡される。
「智にぃの方が圭人より身長あるじゃん。それでギリギリって感じ」
「だから何がだよ」
「サイズだって。俺らの方が圭人と身長近いのに、シャツがでかいの」
「……マジで?」
横に並んだ時のサイズ感や、見覚えのある上半身を脳裏に思い浮かべて。確かに身長そのものは俺と楓――まったく同じ身長の俺たちと、大して変わらないように思える。
着てみろよ、と楓に促されてそのシャツに袖を通してみた。
「ほんとだでかい」
「まず肩幅が合わねぇんだよな……どうしよ」
この分だと、スーツのサイズ関係も怪しそうだ。特に下。
「智にぃと足の長さ変わんねぇのはさすがハーフって感じ」
「……確実に俺らじゃ裾あまるやつじゃん」
「樹から圭人に連絡してくれよ」
「いいけど、電話出るかなあいつ」
困った顔をした智にぃが、部屋に置かれている椅子に腰かけた。
たぶん、サイズ的には智にぃの方が近いんだろう。細身のドレススーツを着こなして、どうしようかねぇ、なんて笑っている。
そこへ、部屋の扉が軽くノックされた。戸惑いながら、はい、と答えると遠慮がちに開けられる。
「失礼いたします。いかがですか?」
「え、っと」
顔を覗かせたのは、俺も知っている初老の男性だ。圭人の家で働いている、執事の人。
御召し物の具合をお伺いさせていただきます、なんて丁寧な言葉で言われるのに慣れていない俺たちは、互いに顔を見合わせた。
「いかがなされました?」
「あ、あのですね」
軽く楓に肘でつつかれて一歩前に出る。たぶん、この人と一番面識があるのは俺だから、多少緊張はするもののそれはきっと正しい。
「その、好きな物をとは言われたんですが……ちょっと、俺や弟には大きいみたいで」
「それは大変失礼いたしました。代わりのものを用意致しますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「あ、はい、すみません」
とても丁寧な言い方と物腰ながら、その姿に慇懃無礼なところは一片たりとも見当たらない。
「いえいえ、こちらこそ坊ちゃんが粗相を」
そんな執事さんが付け加えた一言に、隣の楓が堪えきれず吹き出した。
こら、と小声でたしなめると、バツが悪そうに頬を掻く。
「坊ちゃんなんだなあいつ」
「紛れもなく坊ちゃんだよ。まぁ俺はもう慣れたけど」
「俺は慣れない」
「僕もちょっと危なかった」
部屋を出て行った執事さんを見送ったあと、思い出し笑いをする楓に軽く肩をすくめて返した。とはいえ、二人の言うこともわかる。
「だってあいつ、大学にいるときとか樹と一緒にいるときとか、全然そんな感じしねぇじゃん」
「……うん」
「だからさぁ、こんなパーティーに出てるってのもけっこう驚いた」
うん、ともう一度頷いた。
「なんつーか本当、別世界っつーか」
「楓」
咎めるような智にぃの声に、はっとして楓が俺を見る。ごめん、と言われて小さく首を横に振った。
「いーよ、大丈夫。智にぃも、本当のことだし」
「だからって樹が傷ついていいわけないでしょ」
「ありがと」
本当のこととは言いつつも、その気遣いは嬉しい。
気にしないようにしていたつもりだったけれど、俺の心の中にはやっぱり場違いなんじゃないかという気持ちが大きくなっていた。
楓と智にぃが困ったように顔を見合わせる。圭人に言われて、一応の覚悟を決めてここまできたけれど、帰ってしまおうかなんていう思いが脳裏をよぎっていった。
だけど、そんな俺の不安を見透かしたようなタイミングで扉がノックされる。
「失礼いたします」
そう言って顔を覗かせたのは、さっきの執事さんだ。
彼は数着の服を広げると、にこりと笑ってお好きなものを、と告げた。
にこやかに知らない人と話す横顔を見つめる。
髪も服もいつもと違って。しっかりセットされた髪も、深い青色のボウタイときらきらしたグレーのタキシードも、やけに似合っていた。
きっとこの場にいる人たちは、いろんな会社の偉い人や血縁者で。そんな人たち相手に何を怯むこともなく、ごく自然に堂々と会話している姿は、まるで俺の知っている圭人じゃないみたいだ。
楓と智にぃに挟まれていなければ、俺は逃げ出してしまっていたことだろう。
「……樹、大丈夫?」
「ん、大丈夫。お前も食っとけよ」
心配そうにする楓に笑って返す。断ることもできたのに、来ると決めたのは俺自身なわけで、その心配を二人にかけるのはおかしな話だ。
もしかしたら、バレているのかもしれないけれど。何食わぬ顔をして、楓と智にぃにテーブルの上の美味そうな食事を勧めた。
「無理すんなよ」
「してないって。圭人もさ、ちゃんと俺らのこと気にしてくれてたじゃん」
「それはそうだけどさぁ……」
気になるのか、ちらちらと楓が圭人のほうを見ている。
今、彼は黒いドレスの女性と会話をしていた。正直、気にならないといえば嘘になるけれど。社交パーティーという名前の通り、ここは圭人のような人にとっての社交場なのだろうし。
それを俺が邪魔するようなことがあっちゃいけない。もう一度大丈夫だよと笑って、ローストビーフを口に運んだ。
「まあ、まだ圭人くんから何か言われたってわけじゃないし。今のうちに、少し外の空気でも吸いに行こうよ」
「でも……」
「そうしよ、樹。何かあんなら連絡寄越すだろ」
背中を押されて、ホールから出る瞬間振り返る。
圭人の腕に触れる、細くて白い手。指先の爪までも綺麗に彩られたそれに、どうしようもない嫉妬と劣等感が湧き上がって。
そんな自分を見られたくなくて、急ぎ視線を前に戻すと、心配そうな楓にされるがまま中庭へと足を進めた。
ここ一か月ぐらい、どう見ても悩んでいるというか。憂鬱な表情をすることが多くなっていたのには気づいていた。
だけど、あいつからは何も言おうとはしなくて。俺や、楓たちといるときはいつも通りの圭人だったから、きっと話したくないことなのかな、なんて考える。
「いや聞けよ」
「でも、さぁ……」
俺の部屋でクッションを抱きしめながら、自分と同じ顔が唇を尖らせた。
「もし、家族のこととか。それこそ会社のこととかだったら、あんまり首突っ込むのも悪いじゃん……」
「そんなの、首突っ込むかどうかなんて後からでも決められんだろ?とにかく内容聞いてからどうするか決めればいいのに」
「そもそも聞かれたくないかもしんない」
「だから、それだって聞いてみないとわかんねぇじゃん!」
まったく、と憤慨しながら俺の隣まで移動して。持っていたクッションを投げ捨てた楓が、その代わりみたいに俺を抱きしめる。
「泣き出しそうな顔してるくせに。話して欲しいんだろ」
「そ、それは、そうだけど」
「そりゃ俺だってさぁ、付き合ってるからって何もかも知りたいとかは思わねぇよ。だけど、何かあったってわかるぐらいいつもと違うなら、それは話してほしいって思うし、それは当たり前のことじゃん」
「かえでぇ」
「圭人が樹のこと、誰より何より大事にしようとしてんのなんか俺や智にぃにだってわかるぐらいなんだからな。その圭人がお前に何も言わないなんて、気になるのも当たり前」
思わずうなり声が零れると、双子の弟は苦笑して俺から離れた。
大丈夫だよって言うみたいに、その手は頭を撫でてくれる。
「それに、なんか悩んでるなら力になりたいのも普通。俺だってそう、智にぃは秘密が多いから」
「……確かに」
「大抵のことは自分でどうにかしちゃうんだろうけどさ。心配かけたくないって気持ちもわかるし」
「うん、それは、俺も、そうかも」
「樹は我慢しすぎ」
撫でていた手が、そのまま俺の鼻をぎゅっと摘まんだ。痛い。
「聞いてきなよ。それでだめだったらいくらでも慰めてやるし、場合によっては智にぃに話して一緒に殴り込みに行ってやるから」
「もう、楓ってば……でも、ありがと」
「俺はともかく智にぃ怒らせないようにしろって言っといて」
「怖いもんな、怒ると。なぁ楓」
「俺のことはいいの!」
茶化す余裕が出てきた俺に怒るふりをする弟に、今度は俺から抱きつく。
なんだよ、なんて笑うけれど。俺は兄だというのに、本当にいつも楓に助けられていて。
それが情けなくもあり、ちょっとだけ、嬉しくも思うんだ。
やっぱりそういうのあるんだ、と楓がつぶやくから俺も頷く。
「ドラマか映画の世界だけかと思ってた」
「俺も。社交パーティーなんてものが現実に存在するとは」
「僕も実際行くのは初めてだねぇ」
「智にぃはなんか他のパーティーとかしてそう」
「ドンペリ入りまーす的な」
「……ごめんってば……」
二人してからかいながら、圭人に案内された部屋に向かった。
結局、圭人の様子が少しおかしかった理由が、このパーティーだ。
なんでも、彼の父親が定期的に参加しているパーティーらしく。いろいろな会社の人たちが顔を出すので、その繋ぎを作るために顔を出せとちょくちょく言われていたらしい。
ただ、『社交』パーティーという名前の通り、多少見合いじみた紹介をされることもあるそうで。圭人本人は気が進まないと、ここ一年ほどは大学が忙しいと理由をつけ、断り続けていた、とか。
「ほんと、あいつ樹のこと好きだな」
「……そうだといいんだけど」
「しれっと惚気んな」
俺と、俺が一緒に連れてきたがった楓と、智にぃ。俺たち三人をリムジンが迎えに来て、そのまま連れて行かれた場所がここだ。
とある避暑地の中にある、とにかくでかい別荘。城かよとつぶやいた楓の顔が完全に呆れていた。
戸惑う俺たちを圭人が見つけてくれて、支度するようにと案内されたのが今いる部屋だ。
「クローゼットは向こうみたいだね」
「広すぎんだろ……」
ひょこ、と続き部屋から顔を覗かせた智にぃに促され、楓がそちらへと向かう。
広いだとか豪華だとかしつこいぐらいに楓は言うけれど、俺もほぼほぼ同意見だ。何しろ、今いる部屋だって三部屋が続いていて、ちょっとしたマンションの一室ぐらいの広さはある。
「このへん好きに着ろってことかな」
「たぶん。でも、これどうなんだろ……着れるかな」
「ちょっと試してみようよ」
続き部屋からは智にぃと楓の会話が聞こえてくる。俺は俺で、もうひとつの部屋を覗いてみた。立派すぎる寝室。
大きなベッドにぼすんと腰かけて、いろいろと反芻してみる。まさか、自分がこんな場所で行われるパーティーなんかに出ることになるなんて、人生わからないものだ。
いまだに、俺は圭人が俺を好きだって思ってくれていることが、夢みたいで。こんな場所にいるのが当たり前のあいつと、自分は全然まったく釣り合ってないよななんて、ネガティブなことが浮かんでは消えた。
そんなことを考え出すと涙が出そうになって、少しだけ鼻の奥が痛んだ。
「樹、駄目だわこれ」
「ん、どした?」
部屋の外から楓の声がして、緩みそうになった涙腺をごまかしベッドから離れる。
「あいつ、意外と筋肉あんの?」
「はえ?」
唐突なことを聞かれて変な声が出る。
「樹の方が知ってんだろ」
「な」
「顔真っ赤」
「か、からかうからだろ?!」
「ごめんって。で、どうなんだよ実際」
楓の言うとおりではあるのだけれど、それを思い出せば顔が熱くなった。
そんな俺を面白そうに眺めながら、持っていたシャツを手渡される。
「智にぃの方が圭人より身長あるじゃん。それでギリギリって感じ」
「だから何がだよ」
「サイズだって。俺らの方が圭人と身長近いのに、シャツがでかいの」
「……マジで?」
横に並んだ時のサイズ感や、見覚えのある上半身を脳裏に思い浮かべて。確かに身長そのものは俺と楓――まったく同じ身長の俺たちと、大して変わらないように思える。
着てみろよ、と楓に促されてそのシャツに袖を通してみた。
「ほんとだでかい」
「まず肩幅が合わねぇんだよな……どうしよ」
この分だと、スーツのサイズ関係も怪しそうだ。特に下。
「智にぃと足の長さ変わんねぇのはさすがハーフって感じ」
「……確実に俺らじゃ裾あまるやつじゃん」
「樹から圭人に連絡してくれよ」
「いいけど、電話出るかなあいつ」
困った顔をした智にぃが、部屋に置かれている椅子に腰かけた。
たぶん、サイズ的には智にぃの方が近いんだろう。細身のドレススーツを着こなして、どうしようかねぇ、なんて笑っている。
そこへ、部屋の扉が軽くノックされた。戸惑いながら、はい、と答えると遠慮がちに開けられる。
「失礼いたします。いかがですか?」
「え、っと」
顔を覗かせたのは、俺も知っている初老の男性だ。圭人の家で働いている、執事の人。
御召し物の具合をお伺いさせていただきます、なんて丁寧な言葉で言われるのに慣れていない俺たちは、互いに顔を見合わせた。
「いかがなされました?」
「あ、あのですね」
軽く楓に肘でつつかれて一歩前に出る。たぶん、この人と一番面識があるのは俺だから、多少緊張はするもののそれはきっと正しい。
「その、好きな物をとは言われたんですが……ちょっと、俺や弟には大きいみたいで」
「それは大変失礼いたしました。代わりのものを用意致しますので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「あ、はい、すみません」
とても丁寧な言い方と物腰ながら、その姿に慇懃無礼なところは一片たりとも見当たらない。
「いえいえ、こちらこそ坊ちゃんが粗相を」
そんな執事さんが付け加えた一言に、隣の楓が堪えきれず吹き出した。
こら、と小声でたしなめると、バツが悪そうに頬を掻く。
「坊ちゃんなんだなあいつ」
「紛れもなく坊ちゃんだよ。まぁ俺はもう慣れたけど」
「俺は慣れない」
「僕もちょっと危なかった」
部屋を出て行った執事さんを見送ったあと、思い出し笑いをする楓に軽く肩をすくめて返した。とはいえ、二人の言うこともわかる。
「だってあいつ、大学にいるときとか樹と一緒にいるときとか、全然そんな感じしねぇじゃん」
「……うん」
「だからさぁ、こんなパーティーに出てるってのもけっこう驚いた」
うん、ともう一度頷いた。
「なんつーか本当、別世界っつーか」
「楓」
咎めるような智にぃの声に、はっとして楓が俺を見る。ごめん、と言われて小さく首を横に振った。
「いーよ、大丈夫。智にぃも、本当のことだし」
「だからって樹が傷ついていいわけないでしょ」
「ありがと」
本当のこととは言いつつも、その気遣いは嬉しい。
気にしないようにしていたつもりだったけれど、俺の心の中にはやっぱり場違いなんじゃないかという気持ちが大きくなっていた。
楓と智にぃが困ったように顔を見合わせる。圭人に言われて、一応の覚悟を決めてここまできたけれど、帰ってしまおうかなんていう思いが脳裏をよぎっていった。
だけど、そんな俺の不安を見透かしたようなタイミングで扉がノックされる。
「失礼いたします」
そう言って顔を覗かせたのは、さっきの執事さんだ。
彼は数着の服を広げると、にこりと笑ってお好きなものを、と告げた。
にこやかに知らない人と話す横顔を見つめる。
髪も服もいつもと違って。しっかりセットされた髪も、深い青色のボウタイときらきらしたグレーのタキシードも、やけに似合っていた。
きっとこの場にいる人たちは、いろんな会社の偉い人や血縁者で。そんな人たち相手に何を怯むこともなく、ごく自然に堂々と会話している姿は、まるで俺の知っている圭人じゃないみたいだ。
楓と智にぃに挟まれていなければ、俺は逃げ出してしまっていたことだろう。
「……樹、大丈夫?」
「ん、大丈夫。お前も食っとけよ」
心配そうにする楓に笑って返す。断ることもできたのに、来ると決めたのは俺自身なわけで、その心配を二人にかけるのはおかしな話だ。
もしかしたら、バレているのかもしれないけれど。何食わぬ顔をして、楓と智にぃにテーブルの上の美味そうな食事を勧めた。
「無理すんなよ」
「してないって。圭人もさ、ちゃんと俺らのこと気にしてくれてたじゃん」
「それはそうだけどさぁ……」
気になるのか、ちらちらと楓が圭人のほうを見ている。
今、彼は黒いドレスの女性と会話をしていた。正直、気にならないといえば嘘になるけれど。社交パーティーという名前の通り、ここは圭人のような人にとっての社交場なのだろうし。
それを俺が邪魔するようなことがあっちゃいけない。もう一度大丈夫だよと笑って、ローストビーフを口に運んだ。
「まあ、まだ圭人くんから何か言われたってわけじゃないし。今のうちに、少し外の空気でも吸いに行こうよ」
「でも……」
「そうしよ、樹。何かあんなら連絡寄越すだろ」
背中を押されて、ホールから出る瞬間振り返る。
圭人の腕に触れる、細くて白い手。指先の爪までも綺麗に彩られたそれに、どうしようもない嫉妬と劣等感が湧き上がって。
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