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第17話 強欲の木曜日
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考えてみれば、4日も連続で雨が降ることなんて相当珍しいのではないか。鯔のつまり雨というものは雲に溜まった水分を空気が支えきれなくなってしまい降ってきやがる。つまりそれほどの量の水が溜まっているということだ。もちろん、4日間永遠に降り続けていたわけではない。夜中や明け方は上がっていた時間もあったそうだ。しかし私がこの道を通る時間帯はいつも土砂降りと言って差し支えないほどの量の雨が降っている。そのおかげで3日連続で同じ場所で滑ってしまった。テレビで滑った芸人はそのあとのリアクションで挽回する事ができると聞いた事があるし、見ている側からしても滑ったあとの周りの弄りやリアクションで滑った事を忘れ去るほど笑いを掻っ攫っている光景を見ると面白いと思ってしまう。いや、実際に面白いことは間違いないのだが。しかし私のように一人ぼっちで物理的に滑ってしまった場合、ただただ悲しいのだ、あと痛い。誰かに見られているとそれはそれで恥ずかしくて顔から火を出して周囲の雨を蒸発させてしまうことになるし、1人だと孤独と痛みに耐える二重苦を味わうことになるため、どっちに転んでも滑って時点で終わりなのだ。ちなみに私は3日とも1人で滑っているため後者になる。孤独に関してはいつもそうだからそれほど苦しくない。ただ痛い。何度でも言う、痛いのだ。そして今日だ。昨日あれほど警戒することを決心したため滑ることはなかった。しかしだ、滑らなければいいというものではなかった。例のツルツルタイルを慎重に通り切った直後、路肩にたまった水たまり上をトラックが颯爽と走り去って行った際、水しぶきを上げ私の膝から下の部分に襲いかかってきた。制服の長ズボンを履いているため濡れた場所はズボンの裾と靴だ。若干靴の中も濡れた。どうしてあれほどの速度で運転しなければならないのだ。居眠りでもしていて約束の時間に荷物を届ける事ができなくなりそうだったのかもしれない。親方がやたら厳格で寡黙な人間で怒らせてしまったら最後、的な状況下に置かれていたのかもしれない。もしくはトイレに行きたかったのかもしれない。急いでトイレのある店に向かおうとしていたのかもしれない。ちょうどあのトラックの向かう先にこの街唯一のショッピングモールがある。モールと言えるほどの規模では無いがこの街の人はなぜかそう呼ぶ。大きく見せたいのだろうか、誰に?とにかく、それならまだ納得がいく。て言うか、トラックの運転手がどうして急いでいたかなんてどうでもいい。知ったことでは無いのだ。それよりも今私のこの靴の中が若干湿っていることに集中するべきかもしれない。いや、忘れられるものなら忘れたい。私は着ているものが濡れる事が嫌いなのだ。好きな人こそいないかもしれないが嫌い度で言うと他の人より高い自信がある。私の17年間の衣服との歴史と培ってきた矜恃をもって断言する。そんなものはない。ドラマやアニメで制服のままプールに飛び込む描写をたまに見るが、理解できない。青春の悪戯?若気の至り?知ったことか。濡れた後に少し重くなった体を引きずって家路に着くなんて、考えたくもない。そんな私が今靴の中のジメジメした感触を一歩、また一歩と苦しみながら踏み締めている。もう歩きたくない。しかし早く脱ぎたい。帰らなければ脱げない。帰るためには歩かなくてはならない。しかし歩きたくない。なんだこのスパイラルは。
なんてことを考えていると、またあの傘屋さんに自然と視線が移った。今日も趣のある佇まいだ。相変わらず素敵だ、しかしできれば靴下屋さんであってほしかった。それならもっと好きになっていたはずだ。おや、店先の傘おきに見覚えのある白い傘が置いてある。怪しまれないように店の中を覗くとカウンターの前で2人の女性が言い争っていた。片方はおそらくあの女性だろう。やはりあの傘は白い桔梗の傘だったのか。この傘屋で買ったもので間違いなかった。しかし雰囲気はあまりよろしくないようだ。さすがに会話の内容までは聞こえないがカウンターに思い切り両手をつき、怒鳴っているように見える。これ以上はやめておこう。人に見られたい状況ではなさそうだ。ここで見つかるとバツが悪い。濡れた靴に再び意識を戻し、駅へ向かった。
信号を待つ間、やはり先刻の事が頭から離れないでいた。何があったのだろうか。しかし一つ言えることは客と店員程度の関係では無いようにみえた。古くからの友人かビジネスパートナーなのかもしれない。そう言えば、あの女性があの傘屋にいたと言うことはもちろん駅のホームにはいないということになる。つまりあの女性に関する謎の答えを知ることはできないということだ。実に残念だ。それを知るために大して考えたくもない根拠をでっちあげてデタラメな予想を彼女に披露したというのに。待っている間に来るだろうか、あの様子では来ないだろう。そもそもあんな状況で他の客が来たらどうするんだ。知らねえよと言わんばかりに信号が変わった。なんだよ、相変わらず空気がよめないし冷たいな。
「どうも」
「やあ、少年・・・?なんか歩き方ぎこちないね」
「えぇ、少し濡れてしまって」
「はは~ん、なるほど、トラックが跳ね上げた水たまりの水でももらったね」
「そ、そうですよ」
そこまでピンポイントで当てなくてもいいと思う。エスパーめ。
「でもなんか楽しくない?変な感触がして」
彼女とは一生分かり合えないかもしれない、分かり合おうとしたこともないが。
「その感触が嫌なんですよ」
「気にしない気にしない」
確かに、そこには同感だ。気にしてもしょうがない。もうなかったことにしてさっさと帰るに尽きる。
「それはそうですね」
「ところでさ」
「はい?」
「今日、あの女性来てないんだけど」
「あぁ、そうなんですか」
知っていた。何事も予め分かっていれば驚くことはない。驚くというのは知らないこと、予期しないことを知るからこそ起こる現象、心象である。だから未来予知なんてものがあったり、先のことを知って安心したいという思いが占いなどの人知を逸したものにつながり、それに縋る人がいるのだ。しかし私は知らなくていい、先のことなんて。分からないから面白いんだ。おっと、長くなりそうだ、この考えはまた今度話すとしよう。
「反応薄いね、あんなに答え知りたがってたのに」
「残念ですよ、ものすごく。あなたこそケロっとしてるじゃないですか」
「う~ん、私はそこまで知りたかったわけじゃないというか、考える方が重要っていうか、自分の中の答えを出したかっただけっていうか、ごめんねよくわかんないや」
「あなたでもわからない事なら、自分にもわからないですね」
「そうそう、だからドンマイ!」
「どこからの、だからですか」
「でも、明日来るかもしれないじゃん」
「そうですけど」
昨日見たあの女性の顔はやはり見間違いではなかったのだ。あの顔の原因はきっとさっき見た諍いにもあるのだろう。俄然知りたくなってきた。このまま終わってしまうのは煮え切らない。しかし私にはどうすることもできない。
「元気だしなって、ほらほら」
「誰かと、喧嘩とかしたことあります?」
「え?急にどうしたのよ?」
「いや、なんとなくです」
「喧嘩ねえ、子供の時はあったかもしれないけど、もうあんまり覚えてないなぁ」
「そうですよね、喧嘩とか、しなさそうですよね」
「そんなことないわよ」
「でも、喧嘩とかしないほうがいいですよね」
「そうかな?喧嘩できる関係って素敵だと思うけどな」
「そうですか?」
「仲良くないと傷つけたくないし、言いたいこと言いづらいじゃない?でもそれを厭わなくなって相手を傷つけてでも言いたいことを言える関係ってなかなかないじゃん、相手を傷つけてでも伝えたい思いがあるってことよ?そんな関係って・・・素敵じゃない?」
「そう、かもしれませんね」
私は曖昧な返事しかできなかった。彼女のその言い方が気になったからだ。何かを後悔しているかのような言い方だった。
「あ、電車、来るね」
「はい、結局来ませんでしたね、あの女性」
「うん、明日は来るといね」
「はい」
相手を傷つけてでも伝えたいこととは何なのだろうか。そして彼女のあの表情。今週は考え事ばかりだ。しかも厄介なことに1人で考えても答えがわからない。電車が到着する間際、私は向かいのホームを一瞥した。
なんてことを考えていると、またあの傘屋さんに自然と視線が移った。今日も趣のある佇まいだ。相変わらず素敵だ、しかしできれば靴下屋さんであってほしかった。それならもっと好きになっていたはずだ。おや、店先の傘おきに見覚えのある白い傘が置いてある。怪しまれないように店の中を覗くとカウンターの前で2人の女性が言い争っていた。片方はおそらくあの女性だろう。やはりあの傘は白い桔梗の傘だったのか。この傘屋で買ったもので間違いなかった。しかし雰囲気はあまりよろしくないようだ。さすがに会話の内容までは聞こえないがカウンターに思い切り両手をつき、怒鳴っているように見える。これ以上はやめておこう。人に見られたい状況ではなさそうだ。ここで見つかるとバツが悪い。濡れた靴に再び意識を戻し、駅へ向かった。
信号を待つ間、やはり先刻の事が頭から離れないでいた。何があったのだろうか。しかし一つ言えることは客と店員程度の関係では無いようにみえた。古くからの友人かビジネスパートナーなのかもしれない。そう言えば、あの女性があの傘屋にいたと言うことはもちろん駅のホームにはいないということになる。つまりあの女性に関する謎の答えを知ることはできないということだ。実に残念だ。それを知るために大して考えたくもない根拠をでっちあげてデタラメな予想を彼女に披露したというのに。待っている間に来るだろうか、あの様子では来ないだろう。そもそもあんな状況で他の客が来たらどうするんだ。知らねえよと言わんばかりに信号が変わった。なんだよ、相変わらず空気がよめないし冷たいな。
「どうも」
「やあ、少年・・・?なんか歩き方ぎこちないね」
「えぇ、少し濡れてしまって」
「はは~ん、なるほど、トラックが跳ね上げた水たまりの水でももらったね」
「そ、そうですよ」
そこまでピンポイントで当てなくてもいいと思う。エスパーめ。
「でもなんか楽しくない?変な感触がして」
彼女とは一生分かり合えないかもしれない、分かり合おうとしたこともないが。
「その感触が嫌なんですよ」
「気にしない気にしない」
確かに、そこには同感だ。気にしてもしょうがない。もうなかったことにしてさっさと帰るに尽きる。
「それはそうですね」
「ところでさ」
「はい?」
「今日、あの女性来てないんだけど」
「あぁ、そうなんですか」
知っていた。何事も予め分かっていれば驚くことはない。驚くというのは知らないこと、予期しないことを知るからこそ起こる現象、心象である。だから未来予知なんてものがあったり、先のことを知って安心したいという思いが占いなどの人知を逸したものにつながり、それに縋る人がいるのだ。しかし私は知らなくていい、先のことなんて。分からないから面白いんだ。おっと、長くなりそうだ、この考えはまた今度話すとしよう。
「反応薄いね、あんなに答え知りたがってたのに」
「残念ですよ、ものすごく。あなたこそケロっとしてるじゃないですか」
「う~ん、私はそこまで知りたかったわけじゃないというか、考える方が重要っていうか、自分の中の答えを出したかっただけっていうか、ごめんねよくわかんないや」
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「そうそう、だからドンマイ!」
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「でも、明日来るかもしれないじゃん」
「そうですけど」
昨日見たあの女性の顔はやはり見間違いではなかったのだ。あの顔の原因はきっとさっき見た諍いにもあるのだろう。俄然知りたくなってきた。このまま終わってしまうのは煮え切らない。しかし私にはどうすることもできない。
「元気だしなって、ほらほら」
「誰かと、喧嘩とかしたことあります?」
「え?急にどうしたのよ?」
「いや、なんとなくです」
「喧嘩ねえ、子供の時はあったかもしれないけど、もうあんまり覚えてないなぁ」
「そうですよね、喧嘩とか、しなさそうですよね」
「そんなことないわよ」
「でも、喧嘩とかしないほうがいいですよね」
「そうかな?喧嘩できる関係って素敵だと思うけどな」
「そうですか?」
「仲良くないと傷つけたくないし、言いたいこと言いづらいじゃない?でもそれを厭わなくなって相手を傷つけてでも言いたいことを言える関係ってなかなかないじゃん、相手を傷つけてでも伝えたい思いがあるってことよ?そんな関係って・・・素敵じゃない?」
「そう、かもしれませんね」
私は曖昧な返事しかできなかった。彼女のその言い方が気になったからだ。何かを後悔しているかのような言い方だった。
「あ、電車、来るね」
「はい、結局来ませんでしたね、あの女性」
「うん、明日は来るといね」
「はい」
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