階段の下 大罪を犯す

言ノ葉征

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第24話 色欲の月曜日

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 カーブミラーに映る自分を見ていた。鏡の中の自分も私を見ている。現実世界の私と鏡の中の私は違う、と私は思う。私は私だ。この世に1人しかいない。鏡の中にも別の世界は広がっていてその世界の私が今、私を見ている。つまり現実世界の私と鏡の世界の私がたまたまそれぞれの同じ場所に居ついてしまっているのだ。・・・いったい私は何を考えているんだ。
 
 そういえば、生まれて初めて土曜日と日曜日のことを少し嫌いになりそうだった。私は土日にこれと言って有意義な過ごし方をしているわけではない。ダラダラと寝て、起きて、惰性で食事をして、やるべき最低限の課題だけこなして不精精神で生きている。しかしそれでも学校にいる時間の方がつまらないから、それに比べたら休日はまだ好ましく思っていた。というか単純に朝起きなくていい日なんて素晴らしいじゃないか、というのが本音である。しかし、最近はその土日に少しだけ嫌悪感というか、不要というか、まあとにかくマイナスなイメージを抱き始めていた。その理由を考えた時、最初からその答えはわかっていたが納得したくなかった。なんというか、やっぱり恥ずかしいのだ。少し前にも思ったが、持っていない、感じていない時の方がその重要さを身に染みて感じることができる。私がどれだけその時間を欲しているか、ということを痛切に私の全細胞に教えてくれている。ただ、どれだけ願ったところで土日はやってくるし、二日間、つまり48時間という物凄い長い時間はどうしたって待たなくてはならない。楽しい時間は早く過ぎるのに辛く苦しい時間は長く感じるというのは本当だ。人間には体感時間というものがあるのだろう。不思議なものだ。歳を取れば時間の感じ方が早くなったり、あとは体内時計も似たようなものか、いや違うな。そういえば、今朝、電車の中で50代くらいのサラリーマンが「もう50代も折り返しだな、ほんとあっという間だよ」なんて話をしていた。あっという間とは、果たしてどれくらいなのだろうか、実際に「あっ」という間であるならばそんなのはほんの一瞬だ。わかっている、そんなのはただの喩えであることは、しかし実際に感じることができないのだからわからないのは無理もないではないか。私はまだ10代だし、あの時のサラリーマンの半分もまだ生きていないがこれまでの人生でも十分長かったように感じる。考えていても埒が明かない。だがまあ、充実している時間は過ぎ去るのが早いというのは私にも経験はあるから分からなくはない。きっとあのサラリーマンも充実した人生だったのだろう。そういうことにしておこう。なんの話だったかな、そうだ、土日という二日間の感じ方が今までとは違ってきているということだ。「待ち遠しい」という言葉は罪な言葉だと思う。それと同時に素敵な言葉だとも思う。できれば想い人とはお互いにそう思い合っていたい。

 月曜日は嫌いだった。世界史の瀬古も嫌いだった。これからはもっと嫌いになりそうだ。瀬古のやつ、大好きなフランス革命は終わったというのに相変わらず授業を進めるペースが遅い。生徒が教師に抱く意見としてはいささか違和感を感じるがやる気が感じられない。よくあんなので教師になれたものだ。あんなやつ、もし同級生にいても絶対に仲良くならない。それどころか話もしない。どうせずっと教室の隅で世界史の参考書を延々眺めているだけだろう。なんだ、私とそんなに変わらないではないか。仲良くなれそうだ、いや、なれない、なれたとしてもならない。瀬古の嫌がらせをなんとか耐え、帰りのホームルームを適当に流し、真っ先に机を1番後ろに追いやって誰よりも先に教室を後にする。この早さにはあの小柳も驚きだろう。廊下を早歩きして、真っ先に下駄箱に向かい上から二段目の私専用の扉を開ける。上履きを革靴に履き替え、校舎から飛び出した。今私は周囲の人間から見たらどのように映っているのだろうか。漫画の新刊を買いに行くのが楽しみでしょうがない小学生のようだ。こんな可愛い一面が私にはあったんだな。褒めて欲しい、はて、誰にだろう。

 我が校の駐輪場は校舎の脇の道を進んで角度が急な階段を下りて、なんのためにあるのかよく分からないため池の側道を通ってもう一度、角度の鋭い階段を降ってやっとたどり着くことができる。夏の暑い日はここを通るだけで汗をかくし冬の寒い日は一秒でも早く校舎に入りたいと思いながら歩く。要するにいい思い出はない。自転車に跨がり本格的に帰路に着く。雨の日はさすがに歩いて登校しているが基本は自転車で登下校をしている。学校からあの駅までは自転車で10分ほど、と言っても人によって速さが違うからなんともいえない。私はそんなに速い方ではないと自分で思っているためきっともっと速い人はたくさんいる。

 そんなことを思いながら今に至る。このカーブミラーをこんなにちゃんと見たのは初めてかもしれない。運悪く、いつも使っている道の途中で工事をしているため整備のために雇われたのであろうおじさんに足止めを食らっている。1車線しか使えなくなっているから車の往来をコントロールしているのだろう。こんなことならいつもと違う道で帰れば良かった。うん、明日からはそうしよう。

 駐輪場で自転車に耳心地の良い音で鍵をかけて、無駄に長い道を歩き駐輪場を出る。そういえば、なんでこの駐輪場はこんなに入り口、まあ出口でも良いが、こんなに長いのだ。しかも入る直前に降りなきゃ登れないような段差があるから一度自転車を降りなければならない。あんなものがなければこの道もスムーズに進めるのに、いやでもこの道を自転車に乗って進むと危ないな・・・だからこの段差があるのか、なんかすみません。
 こんな時でもやはりあいつはいつものように私の足止めをする。しかしこの信号とも長い付き合いだ。もう慣れた。もはやここで止まらないと気持ち悪いくらいだ。私は1日に2度しかこいつに会わないが、こいつは毎日何度も赤く光っては青く光ってを繰り返し我々人間社会の秩序を守っている。そう思うとなんだか立派なものに思えてくるからやめておこう。駅の端に設置されているトイレから1人のおじさんが手を大きく左右に振りながら出てきた。洗った手を払っているのか。周りに誰もいないから良いものの、すぐそばにいたら許さない。なんであんなことが平気でできるのか、その神経がわからない。ハンカチくらい持っておけよ、なければせめて服で拭け。なんてこと思っていると信号が変わってくれた。

 先週のこともあってか、駅員さんに対する好感度は私の中でうなぎ上りだ。もはや親戚レベルの親近感を感じる。いやでも、親戚でも大して仲良くない間柄の人にはなんとも思わないな。遠くの親戚より近くの他人という言葉もあるくらいだ、親戚=親しい仲、という認識は改めよう。
「お帰りなさい」
 なんということでしょう、おかえりと言われることがこんなに嬉しいことなんて。もはや親戚ではない、親だと思っても良いですか・・・。
「ど、どうも」
 素っ気ない返事しかできない自分に腹が立つ、卒業するまでに一度ちゃんとここの駅員さんには感謝を伝えよう。
 少しだけドキドキしながら階段を下り、件の場所へ着く。彼女はいつも通り、そこにいた。この時間を今の私は1番求めているのだ。
「よ、少年」
「相変わらずですね、あれ?」
「ん?何?」
「髪型、違いますね」
 いつもは何もせずにストレートに下ろしているだけなのに今日は二段階に髪を結んでいた。なんというのだ、この髪型は。
「よく気づいたね、そう、ハーフアップにしてみたの」
「ハーフアップですか、すみません、髪型には疎くて」
「うん、そうだろうと思ってるから全然良いよ、でも変化に気づいてくれたじゃん。それだけで十分だよ」
「そ、そうですか」
 驚いた、彼女にそんなことを言われるなんて、いやでも確かに、今までの私ならそんなことは言わなかっただろう。そもそも気づかなかったかもしれない。きっと彼女への気持ちがそうさせているのだろう。
「なんか、雰囲気違って良いですね」
「そう?まあ、雰囲気変えるために髪型も変えてるからね」
「なんで変えたんですか?」
「ん~、気まぐれかな」
「そ、そうですか」
 一瞬、地雷を踏んでしまったかと思った。女性の髪の変化に気付いてもあまり深くは聞かない方が良いと聞いたことがあったからだ。でも切ったわけではないしきっと大丈夫なのだろう。それに彼女なら、ストレートに言葉にしてくれるはずだから、いちいち髪の毛に秘めた想いを込めたりしないだろう。
「かわいいでしょ?私」
「え、えぇ、そうですね」
 もちろん本心でそう言ったが、いざ面と向かってかわいいかと言われると気恥ずかしいものがある。自分からはとても言えない。
「そっかそっかぁ、私、かわいいかぁ~」
「かわいいって言われるのは、嬉しいですか?」
「それはそうでしょ~、女の子だもん、誰だってかわいいって言われたら嬉しいよ」
「そ、そうですよね」
「でも、誰にでもホイホイかわいいって言ってるような奴もいるからねえ、そういう奴の言うかわいいは何も響かない」
「そうですか、そんなに言えるのは、羨ましいですけど」
「なんで?言いたいの?」
「言いたいっていうと語弊がありますけど、素直に思ったことを言えるって、大事なことじゃないですか。誰にでもできることではないと思いますし」
「ふ~ん、そんなもんかねえ、でも、私のことかわいいって思ったでしょ?」
「はい」
「そして、その気持ちは、私にちゃんと伝わった、だからそれで良いじゃない」
「でも、できれば自分から伝えたかったです」
「良いのよ、あんたはあんたらしくあれば。でももしいつか言わずにはいられない感情が芽生えたら、その時はちゃんと言うべきね。後悔しないように」
「そ、そうですよね」
 後悔しないように、か。その手のコミュニケーションにおいて後悔というものをしたことがないからなんとも言えないが世の中の多くの人が気持ちを伝えられずに離れ離れになってしまっているのを私は知っている。きっと私はそういう場面に遭遇しても逃げてきたんだろう。いや、言わずにいられないほど感情が動いたことがないのだ。もし彼女に対する気持ちがそうなら、そうなったら、私はちゃんと伝えるのだろうか。
「じゃあ、明日も何か変えてくるから、何が変わったか、気付いてね」
「え、そ、それはどうでしょう。自信ないですけど・・・」
「まあ良いじゃない、やってみようよ!」
「は、はぁ、わかりました」
 この気持ちには完全に気付いてしまっているが、今はまだ蓋をしておこう。いつか、開ける時が来るかどうか分からないが、今はそっとしまっておこう。この感情との接し方がまだよく分からない。わかる時が来るのだろうか。彼女は、こういう感情を知っているのだろうか。そして、向き合ったことがあるのだろうか。そして、彼女は私に対してどのような感情を抱いているのだろうか。
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