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第8話 タイミングを逃すと後戻りができなくなるようです

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 「それにしても、なんだねその格好は?」

 伯爵様はどうも僕の着ているゴシックドレスが気になるらしい。
 そりゃそうだよね、男の僕が女物のドレスを着ているだなんて。もし今の格好を親や友達に見られたらと思うと恥ずかしさで死んでしまいそうだ。あぁ、よく考えると職場の同僚以外で連絡取り合ってる奴いなかったかな……。

 「やっぱりおかしいですよね、僕も似合っていないと思ったんですよ。でも、二人に無理やり着せられてしまって……」

 この格好を変だと理解してくれる伯爵に何故だか感謝の念が尽きなかった。すると隣から、
 
 「そんなことないですよコヨミさん! 似合ってますから、着付け係の私が言うんだから間違えありません! こう見えても私ここで働く前は実家で織物屋やっていたのでセンスには自信があります」

 あれ、そうだったかね? と、前の職業について問うホダスティルモにシノは勢いよく頷いて見せた。
 ごほん、と咳払いした後、

 「それにしてもキミはソヴィラフの館で何をしていたんだね? あのような何もない場所へギルドが依頼を出すとは思えんし、預かった手荷物からしても冒険者というわけでもあるまい。とゆうより、どうやってあのような辺鄙な場所へたどり着いたんだ? 携帯用の食料はおろか水袋さえも持っていなかったが」

 穏やかな口調の裏にある疑念を隠そうともせず、それが知的好奇心から来るものなのか、はたまたそうではないのかはわからなかったが、いけない事をしてしまったとき上司から問い詰められているときのような居心地の悪さを感じた。果たして神と転生についての話を素直にしてよいものかと考えた。コヨミが元々生きていた日本という国はいわば、この世界の住人であるシノやホダスティルモ伯爵様達からすれば異世界だ。実際に転生した本人であるコヨミならばこの事実を受け入れることができる。しかし、ここにいる人たちはどうだろうか? もし、日本で暮らしていた頃の何も知らなかった頃の自分であれば、転生を司る神の存在と異世界の存在を信じることができただろうかと想像してみる。だが、どうやっても無理だ、理解できるはずもない。向こうではある程度理解を示すような変わり者もいたかもしれないがこちらでは異世界という単語を口にしただけで最悪、〝悪霊付き〟などと身も蓋もないレッテルを貼られて非難される恐れだってありうる。ここは安全に、何か適当な嘘でも並べて乗り切ろうと決めたが生憎創造性の欠片もない自分では上手い嘘を考えることができない。そんなコヨミがう~ん、と唸りながらどうしようかと悩んでいると、ホダスティルモは何か閃いたようにハッと目を開いて言いにくそうに口を開いた。

 「もしかしてキミ……記憶をなくしているのかね?」

 「えっ!?」

 「考えてみれば館の中でキミと出会ったとき、そこに掛けてある虚城王犬ヴォルノークウルフの頭を見て気絶していたね」

 そういえばそんなことあったような……。
 
 「あの館くらいのダンジョンに入る者なら、たかが魔物の姿を目にしただけで気を失うということもあるまい。となると何も知らずに迷い込んでしまったのだろう。不運だったね、しかし良かった。もし私が先だって魔物を狩っていなければキミは襲われて死んでいただろう。そういう意味では運が良かった、と言えるのかな」

 どおりで館の中に魔物が何もいなかったわけだ。しかし――。
 ホダスティルモの言っていることはあながち間違ってはいないが、記憶を失っているという事実は全く持って勘違いだ。どうしたものかと悩んでいると隣に座っているシノに手を握られた。

 「大丈夫ですよコヨミ。私はコヨミさんが例えどんな人だっとしてもずっと友達のままでいます、だから心配しないでください。これからも仲良くやってきいましょう」

 「は、はい。よろしくお願いします」

 やばい、これ今更いいわけでないやつだ。
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