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第9章
第3話 母からの電話
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「時原、そっち頼む」
「わかった。真城さん、そこに雪落ちるよ」
「オッケー」
声と、ほぼでたらめなハンドサインで連携を取りながら、雪像を彫っていく。
制作は順調とはいえず、雪質のせいか他のチームも苦戦しているようだった。
雪まつり本番では当然最高品質の雪が使われるのだが、選考会で毎回用意はできないようで、嫌な回に当たってしまったのだろう。
「わっ」と声がして、「雪鬼連」チームの雪像が真っ二つに折れた。
かなり修復に時間がかかりそうだな、と横目で見ていると、「雪鬼連」のメンバーが素早く2つ肩車を作り、神輿の要領で重い雪を担ぎ上げ、雪を元の位置にもどした。
かなり強引なやり方だが、彼らにしかできない方法だと感心する。
あれが運営に評価されるのか、それとも減点なのかはわからない。
「うーん、直線の表現がうまくいかないな」
霜矢が首をひねる。
塊になった雪がぼろぼろとこぼれて、まっすぐにならない。
手で溶かして直線にする方法もあるが、時間がかかるし手に負担もかかる。
残り3時間。大枠はできたが、細かい表現がまだ着手できていない。
焦りが見え始めた頃、夏樹のスマホが鳴った。
「ごめん、ちょっと電話出る」
持ち場を離れてスマホを開くと、母親からの着信だった。
あまり出たくない、が、無視すると後でしつこそうだ。
「もしもし? 母さん?」
「夏樹、今どこにいるの?」
「どこって、北海道に戻ったけど」
まだ東京にいると思っていたのだろう。母親が息を飲む音が聞こえる。
「そのことなんだけどね、夏樹、やっぱり東京に帰ってこない?」
「は?」
「あなたが一人暮らししたいって言うから北海道に行かせたけど、やっぱりお友達付き合いを考えた方がいいんじゃないかしら」
「……須縄のことじゃないよな?」
夏樹は少し語気を強めたが、母親は話を止めない。
「そうそう、昨日の子。彼は何者なの? 家柄も将来もわからない人と、何を一緒に頑張るの? あの子と一緒にいると、あなたまでだらしなく見える」
「……黙れ」
「あの子やたら馴れ馴れしいわね。あなた、ステータスのために利用されてるんじゃないの?」
「……黙れよ」
「雪像作りなんて所詮お祭り騒ぎよ。そんな無駄なことをして何になるの? 時原家の名前を思い出しなさい。もっとふさわしい相手や仲間がいるはず」
「黙れって!」
記憶の中の父親はいつも厳しく、母親の顔は思い出せなかった。
違う、思い出せなかったんじゃない。思い出したくなかったんだ。
今なら鮮明に見える。
夏樹の作品を見る、母の目。恨めしさ、憎悪、嫉妬。
子供心に、恐怖を覚える自分。
中学生の頃の記憶。キッチンで泣く母の記憶。
「男が好きだなんて気持ち悪い。こんなの私がどう思われるか!」
かつて父の教え子だった母は、結局芸術家人生で一度も名のある作品を残せなかったと聞いた。
世間は時原正道のコピーを求めていた。夏樹に正道のようになることを期待していた。だから、才能のない母親の血をひどく非難したらしかった。
「もう二度と電話なんてかけてくるな。俺に二度と関わるな。二度と雪像と須縄のことを馬鹿にするな」
電話越しに、母親のすすり泣く声が聞こえる。
気の毒ではあるが、これは俺の人生だ。
声を断ち切るように夏樹は電話を切った。
作りかけの雪像の前に戻ると、霜矢が不思議そうな顔で夏樹を見つめる。
「時原、なんかすかっとした顔してる」
夏樹はスコップを手に取ってつぶやいた。
「俺、嫌な奴なのかもな」
「まあそう言う奴もいるかもな。でも、合う合わないってあるからさ!」
霜矢がにかっと笑う。
もっと早く、この笑顔に出会えていたら、と思うことがある。
もっと早く出会えていたら、かつての自分は救われていたのだろうかと。
「霜矢ぁ~時原く~ん」
深冬が情けない声で悲鳴を上げる。
「傘のところがどうしてもまっすぐにならない……」
「えー、どうすっかな」
雪像の裏手から上によじ登って、霜矢が難しい顔をする。
「あ、そうだ」
夏樹は2人を見上げた。
「いいこと思いついた」
「わかった。真城さん、そこに雪落ちるよ」
「オッケー」
声と、ほぼでたらめなハンドサインで連携を取りながら、雪像を彫っていく。
制作は順調とはいえず、雪質のせいか他のチームも苦戦しているようだった。
雪まつり本番では当然最高品質の雪が使われるのだが、選考会で毎回用意はできないようで、嫌な回に当たってしまったのだろう。
「わっ」と声がして、「雪鬼連」チームの雪像が真っ二つに折れた。
かなり修復に時間がかかりそうだな、と横目で見ていると、「雪鬼連」のメンバーが素早く2つ肩車を作り、神輿の要領で重い雪を担ぎ上げ、雪を元の位置にもどした。
かなり強引なやり方だが、彼らにしかできない方法だと感心する。
あれが運営に評価されるのか、それとも減点なのかはわからない。
「うーん、直線の表現がうまくいかないな」
霜矢が首をひねる。
塊になった雪がぼろぼろとこぼれて、まっすぐにならない。
手で溶かして直線にする方法もあるが、時間がかかるし手に負担もかかる。
残り3時間。大枠はできたが、細かい表現がまだ着手できていない。
焦りが見え始めた頃、夏樹のスマホが鳴った。
「ごめん、ちょっと電話出る」
持ち場を離れてスマホを開くと、母親からの着信だった。
あまり出たくない、が、無視すると後でしつこそうだ。
「もしもし? 母さん?」
「夏樹、今どこにいるの?」
「どこって、北海道に戻ったけど」
まだ東京にいると思っていたのだろう。母親が息を飲む音が聞こえる。
「そのことなんだけどね、夏樹、やっぱり東京に帰ってこない?」
「は?」
「あなたが一人暮らししたいって言うから北海道に行かせたけど、やっぱりお友達付き合いを考えた方がいいんじゃないかしら」
「……須縄のことじゃないよな?」
夏樹は少し語気を強めたが、母親は話を止めない。
「そうそう、昨日の子。彼は何者なの? 家柄も将来もわからない人と、何を一緒に頑張るの? あの子と一緒にいると、あなたまでだらしなく見える」
「……黙れ」
「あの子やたら馴れ馴れしいわね。あなた、ステータスのために利用されてるんじゃないの?」
「……黙れよ」
「雪像作りなんて所詮お祭り騒ぎよ。そんな無駄なことをして何になるの? 時原家の名前を思い出しなさい。もっとふさわしい相手や仲間がいるはず」
「黙れって!」
記憶の中の父親はいつも厳しく、母親の顔は思い出せなかった。
違う、思い出せなかったんじゃない。思い出したくなかったんだ。
今なら鮮明に見える。
夏樹の作品を見る、母の目。恨めしさ、憎悪、嫉妬。
子供心に、恐怖を覚える自分。
中学生の頃の記憶。キッチンで泣く母の記憶。
「男が好きだなんて気持ち悪い。こんなの私がどう思われるか!」
かつて父の教え子だった母は、結局芸術家人生で一度も名のある作品を残せなかったと聞いた。
世間は時原正道のコピーを求めていた。夏樹に正道のようになることを期待していた。だから、才能のない母親の血をひどく非難したらしかった。
「もう二度と電話なんてかけてくるな。俺に二度と関わるな。二度と雪像と須縄のことを馬鹿にするな」
電話越しに、母親のすすり泣く声が聞こえる。
気の毒ではあるが、これは俺の人生だ。
声を断ち切るように夏樹は電話を切った。
作りかけの雪像の前に戻ると、霜矢が不思議そうな顔で夏樹を見つめる。
「時原、なんかすかっとした顔してる」
夏樹はスコップを手に取ってつぶやいた。
「俺、嫌な奴なのかもな」
「まあそう言う奴もいるかもな。でも、合う合わないってあるからさ!」
霜矢がにかっと笑う。
もっと早く、この笑顔に出会えていたら、と思うことがある。
もっと早く出会えていたら、かつての自分は救われていたのだろうかと。
「霜矢ぁ~時原く~ん」
深冬が情けない声で悲鳴を上げる。
「傘のところがどうしてもまっすぐにならない……」
「えー、どうすっかな」
雪像の裏手から上によじ登って、霜矢が難しい顔をする。
「あ、そうだ」
夏樹は2人を見上げた。
「いいこと思いついた」
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