【完結】君の手が、入道雲を彫る

江夏みどり

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第2章

第1話 転ばぬ先の余計なお世話

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 翌朝、スマホのアラームで夏樹は目覚めた。
 暖房が効きすぎていて少しだけ暑い。

 重い体をもちあげて、歯を磨き、制服に着替える。
 胃がむかむかして、朝食は抜いた。昨日の夜はあまり眠れなかった。

 電車で学校の最寄り駅まで行き、慣れない雪道を転ばないようにゆっくり歩く。

 細かい雪がちらついて寒い。マフラーに顔の下半分をうずめると、繊維に息がしみ込んで湿り始めた。

「よっ、時原!」

 後ろから肩を叩かれて転びそうになる。
 振り返ると、霜矢そうやが頬をりんご色にして立っていた。

「今日も寒いな! 水筒にホットココア入れてきたんだけど飲む?」
「……いらねえ。てか、俺に関わんな」

 ココアがいらないというよりは、素直に「欲しい」と言う自分が想像できなかった。
 拒否の姿勢を示そうとポケットに手を突っ込もうとすると、霜矢が「あ!」と声を上げた。

「ポケットに手入れて歩くと危ないぞ! 転んだら綺麗な顔に怪我しちゃうからな」
「あ……うん」
「慣れてない人がよく転ぶんだよな。このへんつるつるしてるだろ。小学生の頃、深冬みふゆちゃんが滑って顔から転んじゃってさ。血がだくだくで俺超焦ったの。おばさんが『顔に傷ができたらお嫁にいけない!』って言うから『その時は俺がもらってやるよ!』って言ったら、従兄の兄ちゃんにめっちゃ怒られてさあ」

 深冬の話をぺちゃくちゃ喋る霜矢に、苛立ちが増す。
 歩幅を少しだけ大きくしてみても、霜矢は軽やかに隣に並んでくる。
 それが妙に鬱陶しく、でもどこか安心している自分がいる。
 そんな自分にさらに腹が立った。

「お前さ、真城ましろさんと付き合ってんの?」

 じとっとした目で睨みながら尋ねると、霜矢が飲みかけのココアを吹き出した。

「うわ汚ねえ」
「付き合ってなんかないって! てか深冬ちゃん普通に幼馴染だし」
「どうだか」
「だから違うってー。信じろよー」

 霜矢が焦ってぴょんぴょん飛び跳ねるたびに、背中のリュックサックがどさどさと鳴る。

 はー。うざ。
 なんで俺はこんな奴のこと気になってんだよ。
 夏樹が半ば落胆気味に見ていると、背後からいきなり深冬の声がした。

「おはよう、霜矢、時原くん。何喋ってたの?」

 少しぎょっとする。
 先ほどの会話、聞こえていただろうか?

 深冬が笑って、霜矢の水筒を見た。

「霜矢、またココア飲んでんの? この間まで大人ぶってブラックコーヒー飲んでたくせに」

 聞かれてはいなかったようだ。少しほっとする。

「従兄の兄ちゃんに勧められて飲んでたんだけど、やっぱりあれ苦くて飲めなかった」
「ガキだね~」
「ガキじゃねえし~」

 言葉でじゃれ合う霜矢と深冬。さっさとこの場を立ち去りたいが、こちらは雪道に不慣れな都会育ちで、相手はおそらく雪国育ちだ。振り切れそうにはない。

「あ、そうだ時原。今日の部活なんだけどさぁ。雪まつりの1次選考の雪像、そろそろ作り始めようと思ってて」

 霜矢の言葉に、夏樹は顔をしかめる。

「昨日も言ったけど、部活とか入る気ねえから」
「でも俺、どうしても雪まつりに出たいんだよ。俺と深冬ちゃんだけじゃ無理だ。時原の力が必要なんだ」
「それ、やっぱり夢のために俺を利用しようとしてるだけじゃねえか」

 霜矢がきょとんとして、「そうだけど?」と答える。
 意外な返答に、夏樹は思わず固まった。
 霜矢はけろっとした様子で言葉を続けた。

「ずっと探してたんだ、お前みたいにふわふわの雲を彫れるやつ。俺がすごいって思ったのはお前が初めてだったよ」

 深冬が笑って口を挟む。

「霜矢ってば、結構前から、『東京でもフランスでもいいから、この時原って奴をスカウトする―』って息巻いてたんだよ。さすがに止めたんだけどね。だからうちに越してきたって知って、びっくりしちゃった」

「俺、時原と一緒にあの場所を目指したい。利用されるのが嫌なら、お前が俺を利用するのでもいい。俺と同じ夢を持ってほしいんだ」

 何か言い返したかったが、夏樹は返答に詰まった。

 夢なんて、そんなもの。やめとけよ、どうせうまくいかない。遊びならよそでやれ。
 刺すような言葉が次々に頭を流れては、口に出る前に消えて行った。夢に向かって進む未来を信じてやまないこの二人が、過去の自分と重なる気がした。

「……まあ、仮入部なら」

 夏樹がぼそぼそ言うと、霜矢が目を輝かせた。

「本当に!? やったー、ありがとう! まじでうれしいよ。それじゃ、放課後中庭に集合な」

 能天気な奴。
 夏樹は少しだけ口をゆがめて笑った。そして、笑った自分に少し驚いてもいた。
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