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第一章:高齢者たちの再出発
ニ
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二
翌日から自由な日々が始まった。
朝は慌ただしく起きて食事をして会社へ行く、という生活からは解放された。そのため、妻も朝の雑事から解放されて楽になる。
「さあ、自由だぞ!」と、声に出して叫ぶ。
最初はそう思っていたし、毎日、判で押したように会社に行かなくてもよくなったこと、少しだけ布団にくるまっていてもよいこと、に、喜びを感じていた。
しかし私には、これが趣味だ、といえるものが無かった。のんびりした会社だったとはいえ、会社での仕事が自分の時間のほとんどを占めていたことに改めて気付かされた。
そのため、少し遅く起きてもすることがなく、テレビのスイッチを入れる。この時間にテレビなどを見たことがなかったので、様々なドラマの再放送が多いことに驚きを感じる。あちこちチャンネルを変えてみるが、結局は水戸黄門など、時代劇の再放送を見てしまう。
そうしているうちにお昼を告げるサイレンが聞こえる。私の家は、A社の工場に近い(社宅跡地を切り売りした)分譲地に建っていた。このため、就業開始、終了など、節目で鳴らされるサイレンが聞こえる。
退職してしまうと、このサイレンは会社の縛りがまだ続いているようで、最初はうっとうしく思った。しかし、お昼のサイレンは昼食時刻が来たという合図にもなり、便利だと思うようになっていった。
何もせずにテレビを見ているだけなのに、人間、時間が来ると腹が自然と空いてくる。不思議なものだ。妻と一緒に昼食を摂り、そして少しの昼寝。
午後も、テレビのワイドショーを見たりしてなんとなく時間が過ぎていき、夕食の時間。
テレビばかり見ているうちに、あっという間に一日が終わる。一日というのが、今まで生きてきた日数分の一という分数になるらしいから、分母が大きくなる分、どんどん一日が短くなっていく。それを実感する。
テレビは面白い。私はテレビが好きだ。テレビを思いっきりみられる、ということに喜びを感じている自分がいる。しかし、会社員であれば仕事をしているはずの時間にテレビを見ていることへの罪悪感。そういう気持ちを覚える自分もいる。
そのうち、時代劇の再放送も、毎回ワンパターンであるためか、だんだんと飽きてきた。
妻は茶道の免状を持っていた。この関係で毎週金曜日は、近所の奥様方なんぞを集めて、家で、お茶会を開いたり、お茶のお作法を教えたりしている。これが妻の小遣い稼ぎになっているし、ボケ防止にもつながっている。金曜日は、午前中から奥様方がやってくる。このため当然ながら私が家にいると邪魔になる。そこで、近くに図書館があるので、金曜日はそこで過ごしてみることにした。
図書館というのも久しぶりだった。
無趣味の私だったが、唯一、本を読むのは好きだった。しかし最近、老眼が進んだこともあって、ほとんど本を読んでいなかった。
じっくりと本を読んでみるのもいいかもしれないな、そう思うと、少しわくわくしてきた。足取りも軽く、図書館へと向かった。
しかし現実は、思っていたのとはいろいろと違っていた。
図書館には、私と同じような、いや、それ以上の年齢の同じようなネズミ色にくすんだ人々が、たくさんいた。(なぜみんな年寄りは同じような服装をしているのだろう?)
今日の新聞を綴じたのを手に取ろうとすると、ソファーに掛けていた70代前半と思われるハゲの小男が、小さくコホンと咳払いをした。そして耳元で、「それ、〇〇さんがこの後読みますんで、その後にしてください」と、ささやくような声で注意される。
仕方なく、昨日の新聞を持って、大机の端の席に着こうとする。するとそこにいた一同の視線が一斉にこちらに注いでくる。声の無い注意。どうやら、まだ来ていない誰かさんの決まりの席になっているようだ。見渡してみると、大机に着いている面々は親会社A社の退職者らしい。以前、見たことがあるような顔ぶれだ。おそらくは部長職クラス、それ以上の役職で退職し、悠々自適。しかし退職しても会社時代の序列を引きずっているようなヘンな仲間たち。まるで図書館が会員制クラブみたいな状況になっている。
そのうちの一人の顔は、はっきりと覚えていた。我々の仕事に対していつも嫌味を言っていた人間だ。それを思い出すと嫌気がさしてきた。
新聞を戻し、書棚の本を漁ることにする。しかし、こんなに本があるのに、読んでみようと思う本が無い。目の前に急にたくさんのご馳走を出され、どれから手を付けてよいかわからない、そういう感覚でもなかった。しばらく本を読まなくなっているうちに、本を読む、という気持ち自体が実は失せてしまっていた、そんな感じだ。老眼を理由に本に手を伸ばさなくなって久しかった。その間に好きだったはずの本、それを読むことそのものが面倒になってしまっていたのだ。たくさんの本を目の前に、そういう自分に気付かされてしまった。
さらにはこの老眼のためか、書棚の上や下の段の本のタイトルすら見えない。いちいち眼鏡をかけかえるのも面倒だ。仕方なく目の高さの段の本を眺める。たまたま目の前に、かなり昔に読み損ねたうちに絶版になってしまった海外小説があった。手をのばす。(が、その前に、これは誰誰が読む本です、などと声がけされないかと、思わず左右を見てしまう。誰もいない。)
その本を開いてみたが、読む気が一瞬にして失せた。字が小さいのだ。今の自分には、あまりに文字が小さすぎる。思ったよりも老眼が進んでしまっていた自分に愕然とする。
その日は隅っこの席(ここなら誰にも咎められないだろう)で、北斎の画集などを見て過ごした。
図書館には期待に胸膨らませて出かけたのに、図書館そのものと自分自身への失望というお土産をいっぱいかかえて帰宅した。
それ以来、図書館には足が向かなかった。
散歩もしてみた。
これも最初は良かった。しかし区画整理した分譲地の性質上、同じような住宅が延々と続いている。代り映えがしない。非常に単調だ。新しい発見でもないかと、ぐるぐると歩いてみる。しかしそのうち自分の体重をささえる膝が悲鳴を上げはじめてしまい、数日で断念した。もっと痩せなければいけなかったことと、運動を何もしていなかったことを後悔する。
何もしないままにも時間だけは過ぎていく。
今までほとんどは会社にいた人間が今は家にいることになる。このため最初は喜んでいた妻も、だんだんと鬱陶しさが増すようになってきたようだ。少しずつだが、邪魔者扱いされ始める。
パチンコ屋などにも行ってみる。今まで、パチンコ屋には入ったこともなかった。入った瞬間、いきなりの騒音とたばこの煙。身体が拒絶反応を起こす。結局は、一時間もいることができなかった。私にはこの娯楽は合わない。
埃のかぶったレコードプレーヤーを物置から引っ張り出してきた。時間はたくさんあるから、若い時分に集めたレコードを聴いてみようと思ったのだ。何年も使っていなかったが、レコードプレーヤーは見事に動いた。
吉田拓郎、松山千春など、高校時代に買ったフォークソングのLPをまずかけてみる。レコードの溝にたまった埃か何かでじゃりじゃりした雑音が入る。おまけに曲の途中で針が飛んで、同じフレーズが何度もリピートしてしまう。
昔は何時間もレコードを聴いていたはずなのに、レコードをかけることを面倒だと思う自分がい る。CDみたいに聴きたい曲までリモコンで飛ばすこともできない。しかも思ったよりも音がよくない。レコードは音が良いというが、CDのクリアな音に慣れてしまったためなのだろうか?それともレコードのアナログで重厚な音には合わない薄っぺらな人間になってしまったのだろうか?
しばらくすると、レコードを聴くのにも飽きてしまった。
そして私は再び、時代劇の再放送を見ながら漫然と過ごすようになっていた。
翌日から自由な日々が始まった。
朝は慌ただしく起きて食事をして会社へ行く、という生活からは解放された。そのため、妻も朝の雑事から解放されて楽になる。
「さあ、自由だぞ!」と、声に出して叫ぶ。
最初はそう思っていたし、毎日、判で押したように会社に行かなくてもよくなったこと、少しだけ布団にくるまっていてもよいこと、に、喜びを感じていた。
しかし私には、これが趣味だ、といえるものが無かった。のんびりした会社だったとはいえ、会社での仕事が自分の時間のほとんどを占めていたことに改めて気付かされた。
そのため、少し遅く起きてもすることがなく、テレビのスイッチを入れる。この時間にテレビなどを見たことがなかったので、様々なドラマの再放送が多いことに驚きを感じる。あちこちチャンネルを変えてみるが、結局は水戸黄門など、時代劇の再放送を見てしまう。
そうしているうちにお昼を告げるサイレンが聞こえる。私の家は、A社の工場に近い(社宅跡地を切り売りした)分譲地に建っていた。このため、就業開始、終了など、節目で鳴らされるサイレンが聞こえる。
退職してしまうと、このサイレンは会社の縛りがまだ続いているようで、最初はうっとうしく思った。しかし、お昼のサイレンは昼食時刻が来たという合図にもなり、便利だと思うようになっていった。
何もせずにテレビを見ているだけなのに、人間、時間が来ると腹が自然と空いてくる。不思議なものだ。妻と一緒に昼食を摂り、そして少しの昼寝。
午後も、テレビのワイドショーを見たりしてなんとなく時間が過ぎていき、夕食の時間。
テレビばかり見ているうちに、あっという間に一日が終わる。一日というのが、今まで生きてきた日数分の一という分数になるらしいから、分母が大きくなる分、どんどん一日が短くなっていく。それを実感する。
テレビは面白い。私はテレビが好きだ。テレビを思いっきりみられる、ということに喜びを感じている自分がいる。しかし、会社員であれば仕事をしているはずの時間にテレビを見ていることへの罪悪感。そういう気持ちを覚える自分もいる。
そのうち、時代劇の再放送も、毎回ワンパターンであるためか、だんだんと飽きてきた。
妻は茶道の免状を持っていた。この関係で毎週金曜日は、近所の奥様方なんぞを集めて、家で、お茶会を開いたり、お茶のお作法を教えたりしている。これが妻の小遣い稼ぎになっているし、ボケ防止にもつながっている。金曜日は、午前中から奥様方がやってくる。このため当然ながら私が家にいると邪魔になる。そこで、近くに図書館があるので、金曜日はそこで過ごしてみることにした。
図書館というのも久しぶりだった。
無趣味の私だったが、唯一、本を読むのは好きだった。しかし最近、老眼が進んだこともあって、ほとんど本を読んでいなかった。
じっくりと本を読んでみるのもいいかもしれないな、そう思うと、少しわくわくしてきた。足取りも軽く、図書館へと向かった。
しかし現実は、思っていたのとはいろいろと違っていた。
図書館には、私と同じような、いや、それ以上の年齢の同じようなネズミ色にくすんだ人々が、たくさんいた。(なぜみんな年寄りは同じような服装をしているのだろう?)
今日の新聞を綴じたのを手に取ろうとすると、ソファーに掛けていた70代前半と思われるハゲの小男が、小さくコホンと咳払いをした。そして耳元で、「それ、〇〇さんがこの後読みますんで、その後にしてください」と、ささやくような声で注意される。
仕方なく、昨日の新聞を持って、大机の端の席に着こうとする。するとそこにいた一同の視線が一斉にこちらに注いでくる。声の無い注意。どうやら、まだ来ていない誰かさんの決まりの席になっているようだ。見渡してみると、大机に着いている面々は親会社A社の退職者らしい。以前、見たことがあるような顔ぶれだ。おそらくは部長職クラス、それ以上の役職で退職し、悠々自適。しかし退職しても会社時代の序列を引きずっているようなヘンな仲間たち。まるで図書館が会員制クラブみたいな状況になっている。
そのうちの一人の顔は、はっきりと覚えていた。我々の仕事に対していつも嫌味を言っていた人間だ。それを思い出すと嫌気がさしてきた。
新聞を戻し、書棚の本を漁ることにする。しかし、こんなに本があるのに、読んでみようと思う本が無い。目の前に急にたくさんのご馳走を出され、どれから手を付けてよいかわからない、そういう感覚でもなかった。しばらく本を読まなくなっているうちに、本を読む、という気持ち自体が実は失せてしまっていた、そんな感じだ。老眼を理由に本に手を伸ばさなくなって久しかった。その間に好きだったはずの本、それを読むことそのものが面倒になってしまっていたのだ。たくさんの本を目の前に、そういう自分に気付かされてしまった。
さらにはこの老眼のためか、書棚の上や下の段の本のタイトルすら見えない。いちいち眼鏡をかけかえるのも面倒だ。仕方なく目の高さの段の本を眺める。たまたま目の前に、かなり昔に読み損ねたうちに絶版になってしまった海外小説があった。手をのばす。(が、その前に、これは誰誰が読む本です、などと声がけされないかと、思わず左右を見てしまう。誰もいない。)
その本を開いてみたが、読む気が一瞬にして失せた。字が小さいのだ。今の自分には、あまりに文字が小さすぎる。思ったよりも老眼が進んでしまっていた自分に愕然とする。
その日は隅っこの席(ここなら誰にも咎められないだろう)で、北斎の画集などを見て過ごした。
図書館には期待に胸膨らませて出かけたのに、図書館そのものと自分自身への失望というお土産をいっぱいかかえて帰宅した。
それ以来、図書館には足が向かなかった。
散歩もしてみた。
これも最初は良かった。しかし区画整理した分譲地の性質上、同じような住宅が延々と続いている。代り映えがしない。非常に単調だ。新しい発見でもないかと、ぐるぐると歩いてみる。しかしそのうち自分の体重をささえる膝が悲鳴を上げはじめてしまい、数日で断念した。もっと痩せなければいけなかったことと、運動を何もしていなかったことを後悔する。
何もしないままにも時間だけは過ぎていく。
今までほとんどは会社にいた人間が今は家にいることになる。このため最初は喜んでいた妻も、だんだんと鬱陶しさが増すようになってきたようだ。少しずつだが、邪魔者扱いされ始める。
パチンコ屋などにも行ってみる。今まで、パチンコ屋には入ったこともなかった。入った瞬間、いきなりの騒音とたばこの煙。身体が拒絶反応を起こす。結局は、一時間もいることができなかった。私にはこの娯楽は合わない。
埃のかぶったレコードプレーヤーを物置から引っ張り出してきた。時間はたくさんあるから、若い時分に集めたレコードを聴いてみようと思ったのだ。何年も使っていなかったが、レコードプレーヤーは見事に動いた。
吉田拓郎、松山千春など、高校時代に買ったフォークソングのLPをまずかけてみる。レコードの溝にたまった埃か何かでじゃりじゃりした雑音が入る。おまけに曲の途中で針が飛んで、同じフレーズが何度もリピートしてしまう。
昔は何時間もレコードを聴いていたはずなのに、レコードをかけることを面倒だと思う自分がい る。CDみたいに聴きたい曲までリモコンで飛ばすこともできない。しかも思ったよりも音がよくない。レコードは音が良いというが、CDのクリアな音に慣れてしまったためなのだろうか?それともレコードのアナログで重厚な音には合わない薄っぺらな人間になってしまったのだろうか?
しばらくすると、レコードを聴くのにも飽きてしまった。
そして私は再び、時代劇の再放送を見ながら漫然と過ごすようになっていた。
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