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第一章:高齢者たちの再出発
八
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八
候補者訪問は終わった。
身体を壊している人は別として、意外にも積極的に話を聞いてくれる人が多かった。また、介護をしながらでも参加してみたい、という人もいる。
この事実は、たとえ高齢化しても働きたい、という意欲の表れ、あるいは、自分自身の力を少しでも役にたてたい、という年齢を超えた気持ちの表れではないか、という感じがした。
今回、先輩たちを訪問したことで、逆に自分が元気付けられていることに気付かされる。
伝田の畑に車を走らせた。
そこの納屋は、小さなログの小屋になっていてなかなか居心地が良い。そのため、この小屋を拠点に検討を進めることにしたのだ。家でやると、家族にうるさがられる可能性がある。しかしここだと誰にも気兼ねする必要もない。そのため、候補者に集まってもらうのもこの小屋とした。
伝田が畑をおろそかにしている間、伝田の奥さんがしっかりと畑仕事を引き継いでいた。今日も、迷彩柄のツナギを着て畑仕事をしていた。私に気が付くと畑の向こうの方から軽く会釈している。
小屋に入ると候補者リストを出した。
「思ったよりもみなさん、積極的なのがちょっと意外だった感じがするな」
「みなさん、まだまだ働きたいんだろうね」
「太田さん、元木さんは、おそらくOKかな?」
「室山さん、加畑さん、中村さんもOKだと思うけど、健康面や家族のことが悩ましいな」
「戸田さんと山田さん、会わないうちに健康を害していたんだな」
「清瀬さん、飯田さんは、ちょっと残念だな」
「ということは、条件付きも含めてOKが五名か」
「フルタイムがダメな人が多いし、介護しながら、という人もいる。みんながOKしたとしても、どういう条件でこのプロジェクトに参加させるかを考えなければならないな」
「就業条件をどうするかだな」
悩ましかった。フルタイムでは働けない者が大半だった。また、フルタイムで対応しても、現役時代のような生産性はおそらく出ないだろう。さらには、健康面などの事由で一年という期間を乗り切れない者が出る可能性もあった。まずアセンブラプログラムを解読して、ロジックの文書化をやると仮定して、どの程度の生産性をおくべきだろうか?
「我々に加えて、五名全員参加してくれてギリギリかな」と、胸算用してみる。集合日には、五名全員が来てくれるのを祈るしかなかった。
歳のせいもあってか、日にちが経過するのは速かった。あっという間に、指定した集合日がやってきた。集まってもらう時刻は11時としていた。
我々は朝から畑の傍らの小屋に入り、その時を待っていた。
11時になった。しかし誰も来る気配はなかった。
雨が降って来た。
「積極的な言い方してくれてはいたけど、やっぱりダメなのかな。この天気みたいに」と、不安がよぎる。
しかし11時を10分くらい過ぎたあたりから、タクシーやら自家用車が小屋の前にやって来始めた。自分の車で来たのは、太田と加畑。室山は娘さんの車で送られてきた。
やや遅れて中村が、スクーターでやってきた。父親を見てもらうヘルパーが遅れてきたために、家を出るのが遅くなったとのことだった。
「四名か」そう思っていると、元木が奥さんの車で送られてきた。急いでいたのか、カツラが少しずれている。今日、集まることをすっかり忘れていて、いつものパークゴルフに行こうとしていたらしい。
「これで五名だ。我々を入れて七名。まるで“七人の侍”だな」と、私が言うと、伝田は
「かなりポンコツ感あふれる“七人の侍”だな」と、笑った。
雨は上がり、虹が出ていた。
「来てくれると思っていました」と、内心では冷や汗をかきながら、私が言うと、
「本当にオレたちでいいのか? 本当に役に立つのか?」と、開口一番に太田が言った。
「前にもお話したとおり、アセンブラ言語を知っているのは我々だけなんです。だから
我々なんです。我々だけなんです」
「この話には乗りたいけど、でも、やっぱりフルタイムはムリだわ」「おれもだ」「私も」
彼らは、異口同音に首を振った。やはり、就業条件は相当にゆるくしなければならない感じだった。
「そこはこれから調整していきましょう。その条件付きでみなさんどうですか?」
「わかった。やってみよう。みなさんはどうです?」と、太田が言うと、他の面々も頷いていた。
フルタイムではない仕事のしかた、まずこれを考えなければなければならない。またそれを基準にして生産性も見直してみなければならない。そういった諸々をまずは、堀田と交渉していかなければならない。
そう思っていたところで、伝田が言った。
「会社を作ろう。会社にしてしまおう」
一瞬、驚いたが、理にかなった話だ。
こういうハンディを抱えた面々では、再雇用であっても社員としての契約はムリだろう。ましてや一年という期限付きだ。アルバイトやパートでもよいが、いろいろと制約もある。であれば、会社を立ち上げて、準委任契約でやらせてもらうのがよさそうだった。派遣契約という手もあるが、派遣登録のためには資産準備が必要だったし、就業条件も自由度が効かなくなる。しかし準委任契約では、悪い言い方をするならば成果物責任を負わないから、こちらのリスクは少ない。人月契約で結果さえ出せれば、就業条件はフルタイムでなくてもよい。先方の会社からは直接、個々人への命令されることもない。
「社長は、お前が似合っている」と言って伝田は、私の太鼓腹をたたいた。
会社を作るとなれば、登記だのなんだのと、面倒な手続きがあるが、そこは中村の知人に司法書士がいるということで、任せておけば良い、という話になった。
「さて会社名は何にしよう?」と、私が言うと、
「高齢社はどうだ?」と、伝田が言った。その途端に、
「そのまんまじゃないか、よくないよ」と、ブーイングの嵐。
「じゃあ、“シルバーソリューションズ”は?」と、また伝田が言ったが、
「シルバー? それもそのまんまじゃないか? 人材センターだよ」と、これにもブーイングの声があがる。
「それじゃあ、映画の“スペースカウボーイ”みたいな、なんかそんな感じの会社名はどうかな?」と、映画通の太田が言った。
「スペースカウボーイって何ですか?」映画に詳しくない伝田は、太田に向かってそう聞いた。
“スペースカウボーイ”は、今から二十年以上も前の映画だった。ロシアの巨大衛星(実は核を搭載している)が事故を起こしそれを修理しなければならなくなった。だがそれが冷戦時代の代物。おまけにその技術はアメリカから盗まれたもの。しかしアメリカの現役宇宙飛行士にはそのローテクな代物を修理することができない。そこですでに現役を退いた年寄り宇宙飛行士たちが集められて宇宙に向かう、という話だった。
「なんとなく我々の今の境遇に似ているな」と、誰かが言った。
「我々は、さしずめ“アセンブラカウボーイ”だな!」
「よし、会社名は“アセンブラカウボーイ”にしよう! 略してAC社! 登記上の本社は、この小屋にしよう!」
「カウガールも一人いるけど、まあそこは許して」と、中村が鳥打帽をとって、禿げ頭を加畑の方に向けて頭を下げた。加畑はその禿げ頭をたたいて笑った。
「まずは旗揚げのお祝いしましょう」と言って私は、M市では名の通った割烹に電話をし、奮発して人数分の鰻丼を注文した。
そして堀田と約束した半月が経過した。
我々七人は、そろって堀田のもとへと行くことにした。みんなの都合が良い日を選んだため、半月よりも一日遅れとなってしまった。しかしそれくらいは許容できるだろう。
その日は朝から霧が深く寒かった。晴天ではないところが、我々の前途を表しているような感じもした。
九時に訪問することとし、B社の社屋前に集まることにしていた。
一人、また一人と、霧の中からこちらにやってくる。なんとなくヒーロー物の映画みたいに主人公たちが霧の中から颯爽と歩いてくる構図だ。しかしそんなに恰好良くはなかった。
現実はと言うと、霧の中から徘徊老人が、うろうろと集まってくる、そんな感じだった。元気ではあるもののみんな高齢者には違いはない。こういうところに年相応の雰囲気が出てしまう。
ある者は、前かがみになって歩いてくるし、またある者は、杖をついている。更に別のある者はというと、立ち止まると、派手に「かー」っと言って道路に痰を吐いている始末。
「うう、冷える、小便したい」というような声も聞こえている。
そんな高齢者七人が、玄関前に集まった。
太田次郎 69歳
元木靖男 75歳
室山博 69歳
加畑浩子 71歳
中村智弘 70歳
そして、
伝田誠一 66歳
朝比孝 66歳
「全員、集まりましたね。では参りましょう」と、私は言い、B社の玄関ドアを開けた。
こうして、この平均年齢約70歳の七人、アセンブラカウボーイたちの一年にわたるプロジェクトが始まる。
しかし、高齢者たちがスーパーマン的に活躍したわけでもなかったし、全てがうまく運んだわけでもなかった。
その朝霧が象徴しているように、五里霧中で前途多難な船出だった。
(第一章:高齢者たちの再出発 おわり)
候補者訪問は終わった。
身体を壊している人は別として、意外にも積極的に話を聞いてくれる人が多かった。また、介護をしながらでも参加してみたい、という人もいる。
この事実は、たとえ高齢化しても働きたい、という意欲の表れ、あるいは、自分自身の力を少しでも役にたてたい、という年齢を超えた気持ちの表れではないか、という感じがした。
今回、先輩たちを訪問したことで、逆に自分が元気付けられていることに気付かされる。
伝田の畑に車を走らせた。
そこの納屋は、小さなログの小屋になっていてなかなか居心地が良い。そのため、この小屋を拠点に検討を進めることにしたのだ。家でやると、家族にうるさがられる可能性がある。しかしここだと誰にも気兼ねする必要もない。そのため、候補者に集まってもらうのもこの小屋とした。
伝田が畑をおろそかにしている間、伝田の奥さんがしっかりと畑仕事を引き継いでいた。今日も、迷彩柄のツナギを着て畑仕事をしていた。私に気が付くと畑の向こうの方から軽く会釈している。
小屋に入ると候補者リストを出した。
「思ったよりもみなさん、積極的なのがちょっと意外だった感じがするな」
「みなさん、まだまだ働きたいんだろうね」
「太田さん、元木さんは、おそらくOKかな?」
「室山さん、加畑さん、中村さんもOKだと思うけど、健康面や家族のことが悩ましいな」
「戸田さんと山田さん、会わないうちに健康を害していたんだな」
「清瀬さん、飯田さんは、ちょっと残念だな」
「ということは、条件付きも含めてOKが五名か」
「フルタイムがダメな人が多いし、介護しながら、という人もいる。みんながOKしたとしても、どういう条件でこのプロジェクトに参加させるかを考えなければならないな」
「就業条件をどうするかだな」
悩ましかった。フルタイムでは働けない者が大半だった。また、フルタイムで対応しても、現役時代のような生産性はおそらく出ないだろう。さらには、健康面などの事由で一年という期間を乗り切れない者が出る可能性もあった。まずアセンブラプログラムを解読して、ロジックの文書化をやると仮定して、どの程度の生産性をおくべきだろうか?
「我々に加えて、五名全員参加してくれてギリギリかな」と、胸算用してみる。集合日には、五名全員が来てくれるのを祈るしかなかった。
歳のせいもあってか、日にちが経過するのは速かった。あっという間に、指定した集合日がやってきた。集まってもらう時刻は11時としていた。
我々は朝から畑の傍らの小屋に入り、その時を待っていた。
11時になった。しかし誰も来る気配はなかった。
雨が降って来た。
「積極的な言い方してくれてはいたけど、やっぱりダメなのかな。この天気みたいに」と、不安がよぎる。
しかし11時を10分くらい過ぎたあたりから、タクシーやら自家用車が小屋の前にやって来始めた。自分の車で来たのは、太田と加畑。室山は娘さんの車で送られてきた。
やや遅れて中村が、スクーターでやってきた。父親を見てもらうヘルパーが遅れてきたために、家を出るのが遅くなったとのことだった。
「四名か」そう思っていると、元木が奥さんの車で送られてきた。急いでいたのか、カツラが少しずれている。今日、集まることをすっかり忘れていて、いつものパークゴルフに行こうとしていたらしい。
「これで五名だ。我々を入れて七名。まるで“七人の侍”だな」と、私が言うと、伝田は
「かなりポンコツ感あふれる“七人の侍”だな」と、笑った。
雨は上がり、虹が出ていた。
「来てくれると思っていました」と、内心では冷や汗をかきながら、私が言うと、
「本当にオレたちでいいのか? 本当に役に立つのか?」と、開口一番に太田が言った。
「前にもお話したとおり、アセンブラ言語を知っているのは我々だけなんです。だから
我々なんです。我々だけなんです」
「この話には乗りたいけど、でも、やっぱりフルタイムはムリだわ」「おれもだ」「私も」
彼らは、異口同音に首を振った。やはり、就業条件は相当にゆるくしなければならない感じだった。
「そこはこれから調整していきましょう。その条件付きでみなさんどうですか?」
「わかった。やってみよう。みなさんはどうです?」と、太田が言うと、他の面々も頷いていた。
フルタイムではない仕事のしかた、まずこれを考えなければなければならない。またそれを基準にして生産性も見直してみなければならない。そういった諸々をまずは、堀田と交渉していかなければならない。
そう思っていたところで、伝田が言った。
「会社を作ろう。会社にしてしまおう」
一瞬、驚いたが、理にかなった話だ。
こういうハンディを抱えた面々では、再雇用であっても社員としての契約はムリだろう。ましてや一年という期限付きだ。アルバイトやパートでもよいが、いろいろと制約もある。であれば、会社を立ち上げて、準委任契約でやらせてもらうのがよさそうだった。派遣契約という手もあるが、派遣登録のためには資産準備が必要だったし、就業条件も自由度が効かなくなる。しかし準委任契約では、悪い言い方をするならば成果物責任を負わないから、こちらのリスクは少ない。人月契約で結果さえ出せれば、就業条件はフルタイムでなくてもよい。先方の会社からは直接、個々人への命令されることもない。
「社長は、お前が似合っている」と言って伝田は、私の太鼓腹をたたいた。
会社を作るとなれば、登記だのなんだのと、面倒な手続きがあるが、そこは中村の知人に司法書士がいるということで、任せておけば良い、という話になった。
「さて会社名は何にしよう?」と、私が言うと、
「高齢社はどうだ?」と、伝田が言った。その途端に、
「そのまんまじゃないか、よくないよ」と、ブーイングの嵐。
「じゃあ、“シルバーソリューションズ”は?」と、また伝田が言ったが、
「シルバー? それもそのまんまじゃないか? 人材センターだよ」と、これにもブーイングの声があがる。
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「我々は、さしずめ“アセンブラカウボーイ”だな!」
「よし、会社名は“アセンブラカウボーイ”にしよう! 略してAC社! 登記上の本社は、この小屋にしよう!」
「カウガールも一人いるけど、まあそこは許して」と、中村が鳥打帽をとって、禿げ頭を加畑の方に向けて頭を下げた。加畑はその禿げ頭をたたいて笑った。
「まずは旗揚げのお祝いしましょう」と言って私は、M市では名の通った割烹に電話をし、奮発して人数分の鰻丼を注文した。
そして堀田と約束した半月が経過した。
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その日は朝から霧が深く寒かった。晴天ではないところが、我々の前途を表しているような感じもした。
九時に訪問することとし、B社の社屋前に集まることにしていた。
一人、また一人と、霧の中からこちらにやってくる。なんとなくヒーロー物の映画みたいに主人公たちが霧の中から颯爽と歩いてくる構図だ。しかしそんなに恰好良くはなかった。
現実はと言うと、霧の中から徘徊老人が、うろうろと集まってくる、そんな感じだった。元気ではあるもののみんな高齢者には違いはない。こういうところに年相応の雰囲気が出てしまう。
ある者は、前かがみになって歩いてくるし、またある者は、杖をついている。更に別のある者はというと、立ち止まると、派手に「かー」っと言って道路に痰を吐いている始末。
「うう、冷える、小便したい」というような声も聞こえている。
そんな高齢者七人が、玄関前に集まった。
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元木靖男 75歳
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そして、
伝田誠一 66歳
朝比孝 66歳
「全員、集まりましたね。では参りましょう」と、私は言い、B社の玄関ドアを開けた。
こうして、この平均年齢約70歳の七人、アセンブラカウボーイたちの一年にわたるプロジェクトが始まる。
しかし、高齢者たちがスーパーマン的に活躍したわけでもなかったし、全てがうまく運んだわけでもなかった。
その朝霧が象徴しているように、五里霧中で前途多難な船出だった。
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