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第二章:高齢プログラマー、奮闘す!
三
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三
翌日、出社すると、“老人ホーム”の紙が貼ってあった壁に、筆字で“老人ホーム”と書かれた、まるで表札のような立派な看板が掲げられていた。それに驚いていると、伝田がにやにやしている。
「あの張り紙にはバカにされたように思った。しかし逆に開き直って“老人ホーム”と宣言してやるのも面白いだろう。だから昨日、帰ってから作ってみたんだ」と、伝田は言った。
「はずせと言われるまではそのままにしておこうか」と、私は頷いた。
今日は、加畑と中村が介護のため午後からの出社、室山は午後から病院。なかなか全員そろってフルタイム、というわけにはいかない。
午前は、DXチームとの打合せが予定されていた。これから具体的にどのように進めるかを決めていく、その一回目の打合せだった。
打合せには、私と伝田、太田、室山が参加する。しかし準委任契約なので、相手側から指示を受けられるのは代表である私だけで、他は陪席者としての位置づけだ。以前は、準委任契約では関係者の陪席もまかりならん、という話もあったが、最近は、指揮命令を受けてしまうなどの法に抵触することが無い限りは、陪席や発言は認められている。
DXチームは安村を筆頭に、三十代、二十代の若者で構成されていた。以前、顔を見かけたことはあっても、話したこともない面々だった。
二十代、三十代の若者と、六十代に手の届くアセンブラの保守をやっているような年配の間には、業務上のつながりに乏しいことに加え、世代ギャップが著しかった。このため、ほとんど交流はなく、お互いに話をするようなことがなかった。
四十代、五十代とはどうか、というと、この年代とも意外と交流は少ない。COBOLで育った世代であることに加え、何より重要であるはずのこの年代の人間が少ないのだ。就職氷河期で採用が少なかった四十代、逆にバブルで大量採用したが次々と辞めて行った五十代。その世代ともあまり話をする機会がなかった。
コミュニケーションに問題があると言われればそれまでであるが、今日の会社組織は多少の違いはあっても、これが実態だと思う。
安村は相変わらず疑うような、悪く言えば少々馬鹿にしたような視線を向けてくる。鹿野という早口で喋る若者がDX基幹部分の説明を始めたが、いきなりIT用語のオンパレードだった。
「すいませんが、もっと分かりやすい言葉で説明してもらえませんか」と、室山が言うと、
「こんなの“常識”ですよ。分かりやすい言葉と言われても・・・」と、鹿野はむくれたような顔つきで反論する。
確かにDXや新しい開発手法の世界に身を投じている分には常識だろう。しかしこちらは、同じITをやってきたと言え、アセンブラと言うガラパゴス領域の面々たちだ。常識の意味合いにも大きなズレがある。しばらく業務から離れていたというハンデもある。
鹿野はふくれっ面をしつつも、分りやすく説明しようとした。しかし我々がアセンブラを身体で覚えているように、鹿野は今のIT技術を身体で覚えていた。このため、いざそれを言葉にして説明しようとしても、なかなか分りやすくは説明できなかった。
初回の打ち合わせはこのようにかみ合わないままに時間だけが経過した。気が付くと、もうお昼休みに入っていた。
席に戻ると、既に食事を終えた元木が入れ歯を外して大きく開けた口に入れ直している。どうも食べ物のカスが詰まるらしいが、入れ歯を手に持った姿は、いかにも年寄りであり、恥も外聞もない感じが漂う。
室山が弁当を広げながら、「説明の中身よりも、どうも最近の若者のしゃべり方は、聞き取りにくいなあ」とため息をついた。
太田も「おれもそう思うんだよ。コンビニとかのレジで何か言われても、何を話しているのかわからんのだ。今日の、その、鹿野くんとかの話し方もそんな感じだ」と、相槌を打つ。
確かにそれは普段でも感じることだった。
若者の話し方が早口なのか、あるいは声の力が無いのか、ぼそぼそとした話し方が主流になってしまったためなのか、それとも情報の内容が年寄りには理解しにくいことなのか、原因はさまざまだと思うのだが、とにかく若者の話が聞き取りにくくなってきている。流行りの歌を聴いていても同じような感じを抱く。聞き取れないのだ。
こういったことにもますます世代ギャップという壁を感じてしまう。
その後、DXチームと進め方の打合せは複数回行われた。
ある日の打合せで、「なかなか“用語”についていけてないのです。図を描いて説明してもらうと分かるかもしれません」と、伝田が言った。
鹿野の図解しながらの説明によって、少しは理解力が高まったが、本質的なところはついていけない。
元木が何度も同じ質問を繰り返すため、鹿野は「(めんどくさい爺さんだな)」と、口の中でぶつぶつ言い、答えるのだが、かみ合わず理解されない。
「あなた方もDXの基本については“学習”してほしいのです。最低限のところは“学習”してもらわないと、いつまでたっても平行線ですよ」。業を煮やして安村が言い放った。
「確かにそれは言えますね。“受け身”の姿勢ではだめですね」と、私は言った。
「ここで一緒に働いていくための、というよりもこのプロジェクトを進めるうえでの“常識”ですね」
我々の常識は、ガラパゴス化して止まっている。それを少しでも彼らの常識に近づけること、それが必要だと反省する。そこで、安村から初心者向けの入門書を借りた。
初心者向けとは言え、この入門書もなかなか分りにくい内容だった。
しかし、二、三日かけて太田が読みこなし、自分なりの理解を織り交ぜて学習資料を作成した。巻末には、簡単な用語辞典もついていた。
これを安村に見せて意見を聞くことにした。安村はぱらぱらとページをめくると、意外!というような顔をし、「これ、よくまとまってますよ。うん、分りやすいです。こちらの新人教育にも使えそうな感じです」と言った。
今までの安村とは違い、険悪な顔をしていない感じがする。
「ありがとうございます。ではこれで我々の基礎教育をすることにします」
太田がまとめた資料を各自に読んでもらい、その後、座学も行った。アセンブラ言語だけをやってきたとはいえ、IT業界に身を投じてきた面々は、完ぺきとは言えないまでもDXの全体像は理解できたように思えた。
「まだまだ我々もやれるぞ!老人パワーだぞ!」と、自信を取り戻した太田が言った。太田の家を訪ねたとき、落ち込んでいて孤独死でもしてしまいそうな印象だった。しかし今はそんな感じは微塵もなく、逆にみんなをリードし始めている。
解析結果をどう取りまとめるか、それが明確に決まっていなかった。
今まで、プログラムリストに個々のロジックを書き込んできたが、これは“枝葉末節”だ。プログラムの“全体観”という視点での整理も必要だった。
メンバー内で打合せをするが、今まで保守という枝葉末節のロジック追加を主体に行ってきた面々は、全体を俯瞰するということが苦手だった。保守要員の悲しさである。
全体を見渡して、という話をしていても気が付くと、細かいロジックの話になっていたりする。
「個々のロジックを整理するだけではダメなのか?」と、元木が開き直って言う。
「それじゃ、木を見て森を見ずでしょ」と、伝田が答える。すると中村が、
「いままでずっと個別ロジックばかり見続けてきたからなぁ」とつぶやく。
個々のロジックのまとめ方も、フローチャートだったり、文章だったりと、ばらばらだ。これは各自の長年の仕事のやり方、一番やりやすい方法でやってきたことや、アセンブラの保守は別格扱いされ、標準化を強要されていなかったことの弊害だった。
フローチャートに統一しましょう、と言えば、ある者は文章の方がいい、と言う。頑として譲らない。そして、ずっとこういう仕事のしかたをしてきた、それで勤めあげてきた、というような話になり、謙虚になれない年寄りがそこに現れ始める。悪いプライドみたいなものが前面に出てきて、議論の邪魔をしはじめる。険悪な空気も漂う。
まとめ方がかみ合わず、結局、標準様式(フォーマット)だけを決めるが、それは全く本質ではなかった。
「全体観は、IPO形式でプログラムの入力(Input)と出力(Output)は分かるからそれを記載し、何をしているか(Process)は、あとで記述しましょう。Processの代わりに、個々のロジックを、その後ろに自由形式でつけることにしましょう」
それが解析結果整理の妥協策だった。
今までの仕事のしかたを、この歳で変えさせるのは無理だ。変なプライドで持論を展開し始めると収拾もつかないし、メンバーの間に亀裂も入りかねない。しかも期間が限られており、一年しかないのだから平行線のまま時間ばかり過ぎていくのはもったいない。
ロジックの内容がきちんと書かれているならば、フローチャートでも文章でも良い。優柔不断かもしれないがそういうことにした。
プログラム解析について、DXチームとの打合せを持った。
まだ具体的成果物は出来ていないが、IPO形式に加えて、個々のロジック詳細を表記することを説明し、一応は了解を得ることができた。
翌日、出社すると、“老人ホーム”の紙が貼ってあった壁に、筆字で“老人ホーム”と書かれた、まるで表札のような立派な看板が掲げられていた。それに驚いていると、伝田がにやにやしている。
「あの張り紙にはバカにされたように思った。しかし逆に開き直って“老人ホーム”と宣言してやるのも面白いだろう。だから昨日、帰ってから作ってみたんだ」と、伝田は言った。
「はずせと言われるまではそのままにしておこうか」と、私は頷いた。
今日は、加畑と中村が介護のため午後からの出社、室山は午後から病院。なかなか全員そろってフルタイム、というわけにはいかない。
午前は、DXチームとの打合せが予定されていた。これから具体的にどのように進めるかを決めていく、その一回目の打合せだった。
打合せには、私と伝田、太田、室山が参加する。しかし準委任契約なので、相手側から指示を受けられるのは代表である私だけで、他は陪席者としての位置づけだ。以前は、準委任契約では関係者の陪席もまかりならん、という話もあったが、最近は、指揮命令を受けてしまうなどの法に抵触することが無い限りは、陪席や発言は認められている。
DXチームは安村を筆頭に、三十代、二十代の若者で構成されていた。以前、顔を見かけたことはあっても、話したこともない面々だった。
二十代、三十代の若者と、六十代に手の届くアセンブラの保守をやっているような年配の間には、業務上のつながりに乏しいことに加え、世代ギャップが著しかった。このため、ほとんど交流はなく、お互いに話をするようなことがなかった。
四十代、五十代とはどうか、というと、この年代とも意外と交流は少ない。COBOLで育った世代であることに加え、何より重要であるはずのこの年代の人間が少ないのだ。就職氷河期で採用が少なかった四十代、逆にバブルで大量採用したが次々と辞めて行った五十代。その世代ともあまり話をする機会がなかった。
コミュニケーションに問題があると言われればそれまでであるが、今日の会社組織は多少の違いはあっても、これが実態だと思う。
安村は相変わらず疑うような、悪く言えば少々馬鹿にしたような視線を向けてくる。鹿野という早口で喋る若者がDX基幹部分の説明を始めたが、いきなりIT用語のオンパレードだった。
「すいませんが、もっと分かりやすい言葉で説明してもらえませんか」と、室山が言うと、
「こんなの“常識”ですよ。分かりやすい言葉と言われても・・・」と、鹿野はむくれたような顔つきで反論する。
確かにDXや新しい開発手法の世界に身を投じている分には常識だろう。しかしこちらは、同じITをやってきたと言え、アセンブラと言うガラパゴス領域の面々たちだ。常識の意味合いにも大きなズレがある。しばらく業務から離れていたというハンデもある。
鹿野はふくれっ面をしつつも、分りやすく説明しようとした。しかし我々がアセンブラを身体で覚えているように、鹿野は今のIT技術を身体で覚えていた。このため、いざそれを言葉にして説明しようとしても、なかなか分りやすくは説明できなかった。
初回の打ち合わせはこのようにかみ合わないままに時間だけが経過した。気が付くと、もうお昼休みに入っていた。
席に戻ると、既に食事を終えた元木が入れ歯を外して大きく開けた口に入れ直している。どうも食べ物のカスが詰まるらしいが、入れ歯を手に持った姿は、いかにも年寄りであり、恥も外聞もない感じが漂う。
室山が弁当を広げながら、「説明の中身よりも、どうも最近の若者のしゃべり方は、聞き取りにくいなあ」とため息をついた。
太田も「おれもそう思うんだよ。コンビニとかのレジで何か言われても、何を話しているのかわからんのだ。今日の、その、鹿野くんとかの話し方もそんな感じだ」と、相槌を打つ。
確かにそれは普段でも感じることだった。
若者の話し方が早口なのか、あるいは声の力が無いのか、ぼそぼそとした話し方が主流になってしまったためなのか、それとも情報の内容が年寄りには理解しにくいことなのか、原因はさまざまだと思うのだが、とにかく若者の話が聞き取りにくくなってきている。流行りの歌を聴いていても同じような感じを抱く。聞き取れないのだ。
こういったことにもますます世代ギャップという壁を感じてしまう。
その後、DXチームと進め方の打合せは複数回行われた。
ある日の打合せで、「なかなか“用語”についていけてないのです。図を描いて説明してもらうと分かるかもしれません」と、伝田が言った。
鹿野の図解しながらの説明によって、少しは理解力が高まったが、本質的なところはついていけない。
元木が何度も同じ質問を繰り返すため、鹿野は「(めんどくさい爺さんだな)」と、口の中でぶつぶつ言い、答えるのだが、かみ合わず理解されない。
「あなた方もDXの基本については“学習”してほしいのです。最低限のところは“学習”してもらわないと、いつまでたっても平行線ですよ」。業を煮やして安村が言い放った。
「確かにそれは言えますね。“受け身”の姿勢ではだめですね」と、私は言った。
「ここで一緒に働いていくための、というよりもこのプロジェクトを進めるうえでの“常識”ですね」
我々の常識は、ガラパゴス化して止まっている。それを少しでも彼らの常識に近づけること、それが必要だと反省する。そこで、安村から初心者向けの入門書を借りた。
初心者向けとは言え、この入門書もなかなか分りにくい内容だった。
しかし、二、三日かけて太田が読みこなし、自分なりの理解を織り交ぜて学習資料を作成した。巻末には、簡単な用語辞典もついていた。
これを安村に見せて意見を聞くことにした。安村はぱらぱらとページをめくると、意外!というような顔をし、「これ、よくまとまってますよ。うん、分りやすいです。こちらの新人教育にも使えそうな感じです」と言った。
今までの安村とは違い、険悪な顔をしていない感じがする。
「ありがとうございます。ではこれで我々の基礎教育をすることにします」
太田がまとめた資料を各自に読んでもらい、その後、座学も行った。アセンブラ言語だけをやってきたとはいえ、IT業界に身を投じてきた面々は、完ぺきとは言えないまでもDXの全体像は理解できたように思えた。
「まだまだ我々もやれるぞ!老人パワーだぞ!」と、自信を取り戻した太田が言った。太田の家を訪ねたとき、落ち込んでいて孤独死でもしてしまいそうな印象だった。しかし今はそんな感じは微塵もなく、逆にみんなをリードし始めている。
解析結果をどう取りまとめるか、それが明確に決まっていなかった。
今まで、プログラムリストに個々のロジックを書き込んできたが、これは“枝葉末節”だ。プログラムの“全体観”という視点での整理も必要だった。
メンバー内で打合せをするが、今まで保守という枝葉末節のロジック追加を主体に行ってきた面々は、全体を俯瞰するということが苦手だった。保守要員の悲しさである。
全体を見渡して、という話をしていても気が付くと、細かいロジックの話になっていたりする。
「個々のロジックを整理するだけではダメなのか?」と、元木が開き直って言う。
「それじゃ、木を見て森を見ずでしょ」と、伝田が答える。すると中村が、
「いままでずっと個別ロジックばかり見続けてきたからなぁ」とつぶやく。
個々のロジックのまとめ方も、フローチャートだったり、文章だったりと、ばらばらだ。これは各自の長年の仕事のやり方、一番やりやすい方法でやってきたことや、アセンブラの保守は別格扱いされ、標準化を強要されていなかったことの弊害だった。
フローチャートに統一しましょう、と言えば、ある者は文章の方がいい、と言う。頑として譲らない。そして、ずっとこういう仕事のしかたをしてきた、それで勤めあげてきた、というような話になり、謙虚になれない年寄りがそこに現れ始める。悪いプライドみたいなものが前面に出てきて、議論の邪魔をしはじめる。険悪な空気も漂う。
まとめ方がかみ合わず、結局、標準様式(フォーマット)だけを決めるが、それは全く本質ではなかった。
「全体観は、IPO形式でプログラムの入力(Input)と出力(Output)は分かるからそれを記載し、何をしているか(Process)は、あとで記述しましょう。Processの代わりに、個々のロジックを、その後ろに自由形式でつけることにしましょう」
それが解析結果整理の妥協策だった。
今までの仕事のしかたを、この歳で変えさせるのは無理だ。変なプライドで持論を展開し始めると収拾もつかないし、メンバーの間に亀裂も入りかねない。しかも期間が限られており、一年しかないのだから平行線のまま時間ばかり過ぎていくのはもったいない。
ロジックの内容がきちんと書かれているならば、フローチャートでも文章でも良い。優柔不断かもしれないがそういうことにした。
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