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第四章:終活
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朝比は、室山の移行ツールが完成した直後に亡くなった。
急性の心不全だった。
今思うと、胸が苦しくなるなどと言って、救心を飲んだりしていたのは、その前兆だったのかもしれない。あるいは、移行ツールが完成したという安心感から、緊張が解けた結果、急激に疲れが出てしまったのかもしれない。
この先も、私と一緒にもっと活躍してほしかったから、残念としか言いようがなかった。
室山がいなければ、今回のプロジェクトは成り立たなかった。
移行ツール検討に入った矢先、室山は、しばらく入院した。その時はプロジェクトが、とん挫するかと思い、気が気ではなかった。その後、復帰したのだが、その時は髪の毛が全て抜けていた。薬の副作用らしかったが本当に驚いた。
室山は、私には何の病気であるかは全く語らなかった。しかし、おそらくは相当に重い病気だったのだろう。
室山の入院が長引くにつれ、もしかしてこのまま死んでしまうのではないか、と心配していたのだが、今はすごく元気である。髪も少しずつもとに戻ってきている。
「生き甲斐があるのは、奇跡を生み出すんだな」時折、室山はそういうことをつぶやいている。
加畑の夫、中村の父親、同じころにいずれも他界した。内心はほっとし、肩の荷が下りたのだと思うが、そういうことは思っても口にはできない。
二人は同じような境遇であったことと、良く知った仲であることもあってか、今は中村の家で、一緒に暮らし始めているようだ。
そういう話は、すぐに広まるようだ。特に女子社員の間ではなお更だ。加畑と仲の良い、浜辺桜あたりは、「おばあちゃんたちすごい!」と言って、お祝いの花束を持って行ったとも聞く。明るい話題である。
先日、元木を介護施設に訪ねてみた。
奥さんが、元木を車いすに乗せてロビーに連れてきてくれたのだが、もう、私のことは覚えていなかった。残念だった。
この一年、朝比とは、アセンブラカウボーイ社を立ち上げて二人三脚でやってきた。
朝比は、実は仕事の合間でいろいろと“終活”をしていたようだ。自分がいつどうなってもいいように、会社のこと、業務に関すること、自分の家のことなどを、“エンディングノート”に、しっかりと整理していた。それが、朝比の机の引き出しに残されていた。
自分の体調があまり良くはなく、万が一のことを考えていたのかもしれない。朝比はそういう人間だった。
そのアセンブラカウボーイ社は、今回のDX対応終了で畳もうと思っていた。会社への恩返しも終わったし、私も趣味の畑が恋しくなってきてもいる。
しかし、朝比のエンディングノートの片隅にはこんなことが書かれていた。
『アセンブラ移行は他にも需要があるかもしれない。今は未知数だが、もっともっと仕事につながる可能性があるかもしれない』、と。
乱雑な手書きだった。しかしおそらくは、後で、その想いを詳細に記述するつもりだったのだろう。
私は、そういう朝比の想いを受けて、もう少し会社を続けてみようと思った。
アセンブラカウボーイの面々は、今回のプロジェクトは一旦解散しても、仕事があると言えば、またすぐに集まるだろう。
年寄り連中は、結束が固いから。
* * *
そして半年。
アセンブラカウボーイ社は、会社を続けている。
それが実現できたのは、やはり”リモートワーク”の普及が大きかった。リモートワーク主体だから、大きなオフィスも必要ないし、社員もロケーションフリーで業務を行える。
最低60歳以上であることと、アセンブラ言語を理解できることを条件に社員募集をかけてみると、北は北海道の稚内、南は沖縄の那覇から応募があった。今までのメンバーに加えて四名ほどの“新入社員”が集まった。しかし残念ながらほとんどの新入社員には、リアルに会ったことはない。例の未知の感染症蔓延の影響もあって、都道府県を越えての国内移動が未だに制限されているからだ。
でも今の世の中、ほとんどのことは、このリモートワークで事が足りる。お客さんとの打合せもオンラインで行えるし、プログラムの製作やテストさえもリモートでできてしまう。
実は高齢者にとっては、移動もしなくて済むから体力的にもこの方がありがたい。遠方での打合せの度に“お土産”を持参することも無くなり、財布にも優しい。
また、身体に障害のある高齢者でも、働きたいという意欲があればリモートワークならば、それが叶う。現に今、あの脳出血で倒れた山田健次も、リハビリを兼ねてパートタイムで参加しているのだ。
このようにリモートワークは、高齢者の雇用機会を大きく拡大している。未知の感染症蔓延は、マイナスの面ばかりが強調されるが、働き方のブレイクスルーを加速度的に実現できたというプラスの面もあるのだ。
アセンブラ移行という仕事は、意外と需要があるようだ。アセンブラプログラムに手が付けられず、何も障害が起きませんように、と、祈りながら保守をしている企業が、あちこちに見受けられる。
うちには、力強い営業がおり、そういった企業から、いくつかの仕事を受注した。このため、今までのメンバーに加え、社員の増員を図ってきた。
その営業は、実は高田なのだ。
今、彼は、SNSや自社ホームページの立ち上げにより、全国に営業展開をかけている。頼もしく、行動力のある営業だ。高田は、今でもサプリメントの営業も行っている。いずれが本業で、いずれが副業なのか、そんなことは別に構わない。この歳だから、固いことは言わず好きにやればいい。
かなり後になってから知ったのだが、高田は、M市民新聞に記事が載ったとき、それをSNSや自分のサプリメントの営業網を使って拡散させた。その記事が、人づて、あるいは直接、西田、村田、野田などの手に渡り、協力を申し出ることにつながった。
朝比の生き方と同様、高田は我々にとっての陰の協力者と言えた。おそらくこの二人の馬が合わなかったのは、似たような生き方、似たような性質だからなのかもしれない。朝比は高田がそんな形で協力していたことは知らずに、敬遠したまま他界してしまった。
高田も、“会社への感謝と恩返し”という言葉に感銘した口だった。それを見て矢も楯もたまらなくなり、SNSを使って拡散したのだと言っていた。また、本当は自分がプロジェクトに助っ人として参加したかったのだが、残念なことにアセンブラを知らなかった。そのため、せめて自分ができる形で、微力ながらの協力をさせてもらいたかった、とも言った。
「おまえたちが生き生きやっているのが、うらやましくてさ。
生き甲斐を持った年寄りと言うのは、傍目でも生き生きしていてさ、
まんざら捨てたもんじゃないって感じがしてさ」
同感だった。
年寄りパワー、捨てたもんじゃない!
ふと、手のひらを広げる。石川啄木ではないが、じっと手を見る。指一本が10年とすると、広げた手のひらが人生100年。今の自分の残りは、指三本半。まだまだやれる、と思うとともに、いつまで健康でいられるだろう、と、指三本を倒す。70歳。そう思うと残された時間は少ない。いや、そんな悲観的な考えをしてはいけない。いつまで続けられるかなんて、誰にも分かりはしないのだから。
人生はこれからだ!
前に進んでいこう!
(おわり)
※この物語はフィクションです。
JIS丸めも、EXCELのROUND関数のように考慮されており、このような悪さをすることは実際にはありません。
しかし、アセンブラプログラムの作り替えというのは、難しい作業であることは、多少の誇張はあるものの事実です。
この物語は、他投稿サイトにも掲載しております。
朝比は、室山の移行ツールが完成した直後に亡くなった。
急性の心不全だった。
今思うと、胸が苦しくなるなどと言って、救心を飲んだりしていたのは、その前兆だったのかもしれない。あるいは、移行ツールが完成したという安心感から、緊張が解けた結果、急激に疲れが出てしまったのかもしれない。
この先も、私と一緒にもっと活躍してほしかったから、残念としか言いようがなかった。
室山がいなければ、今回のプロジェクトは成り立たなかった。
移行ツール検討に入った矢先、室山は、しばらく入院した。その時はプロジェクトが、とん挫するかと思い、気が気ではなかった。その後、復帰したのだが、その時は髪の毛が全て抜けていた。薬の副作用らしかったが本当に驚いた。
室山は、私には何の病気であるかは全く語らなかった。しかし、おそらくは相当に重い病気だったのだろう。
室山の入院が長引くにつれ、もしかしてこのまま死んでしまうのではないか、と心配していたのだが、今はすごく元気である。髪も少しずつもとに戻ってきている。
「生き甲斐があるのは、奇跡を生み出すんだな」時折、室山はそういうことをつぶやいている。
加畑の夫、中村の父親、同じころにいずれも他界した。内心はほっとし、肩の荷が下りたのだと思うが、そういうことは思っても口にはできない。
二人は同じような境遇であったことと、良く知った仲であることもあってか、今は中村の家で、一緒に暮らし始めているようだ。
そういう話は、すぐに広まるようだ。特に女子社員の間ではなお更だ。加畑と仲の良い、浜辺桜あたりは、「おばあちゃんたちすごい!」と言って、お祝いの花束を持って行ったとも聞く。明るい話題である。
先日、元木を介護施設に訪ねてみた。
奥さんが、元木を車いすに乗せてロビーに連れてきてくれたのだが、もう、私のことは覚えていなかった。残念だった。
この一年、朝比とは、アセンブラカウボーイ社を立ち上げて二人三脚でやってきた。
朝比は、実は仕事の合間でいろいろと“終活”をしていたようだ。自分がいつどうなってもいいように、会社のこと、業務に関すること、自分の家のことなどを、“エンディングノート”に、しっかりと整理していた。それが、朝比の机の引き出しに残されていた。
自分の体調があまり良くはなく、万が一のことを考えていたのかもしれない。朝比はそういう人間だった。
そのアセンブラカウボーイ社は、今回のDX対応終了で畳もうと思っていた。会社への恩返しも終わったし、私も趣味の畑が恋しくなってきてもいる。
しかし、朝比のエンディングノートの片隅にはこんなことが書かれていた。
『アセンブラ移行は他にも需要があるかもしれない。今は未知数だが、もっともっと仕事につながる可能性があるかもしれない』、と。
乱雑な手書きだった。しかしおそらくは、後で、その想いを詳細に記述するつもりだったのだろう。
私は、そういう朝比の想いを受けて、もう少し会社を続けてみようと思った。
アセンブラカウボーイの面々は、今回のプロジェクトは一旦解散しても、仕事があると言えば、またすぐに集まるだろう。
年寄り連中は、結束が固いから。
* * *
そして半年。
アセンブラカウボーイ社は、会社を続けている。
それが実現できたのは、やはり”リモートワーク”の普及が大きかった。リモートワーク主体だから、大きなオフィスも必要ないし、社員もロケーションフリーで業務を行える。
最低60歳以上であることと、アセンブラ言語を理解できることを条件に社員募集をかけてみると、北は北海道の稚内、南は沖縄の那覇から応募があった。今までのメンバーに加えて四名ほどの“新入社員”が集まった。しかし残念ながらほとんどの新入社員には、リアルに会ったことはない。例の未知の感染症蔓延の影響もあって、都道府県を越えての国内移動が未だに制限されているからだ。
でも今の世の中、ほとんどのことは、このリモートワークで事が足りる。お客さんとの打合せもオンラインで行えるし、プログラムの製作やテストさえもリモートでできてしまう。
実は高齢者にとっては、移動もしなくて済むから体力的にもこの方がありがたい。遠方での打合せの度に“お土産”を持参することも無くなり、財布にも優しい。
また、身体に障害のある高齢者でも、働きたいという意欲があればリモートワークならば、それが叶う。現に今、あの脳出血で倒れた山田健次も、リハビリを兼ねてパートタイムで参加しているのだ。
このようにリモートワークは、高齢者の雇用機会を大きく拡大している。未知の感染症蔓延は、マイナスの面ばかりが強調されるが、働き方のブレイクスルーを加速度的に実現できたというプラスの面もあるのだ。
アセンブラ移行という仕事は、意外と需要があるようだ。アセンブラプログラムに手が付けられず、何も障害が起きませんように、と、祈りながら保守をしている企業が、あちこちに見受けられる。
うちには、力強い営業がおり、そういった企業から、いくつかの仕事を受注した。このため、今までのメンバーに加え、社員の増員を図ってきた。
その営業は、実は高田なのだ。
今、彼は、SNSや自社ホームページの立ち上げにより、全国に営業展開をかけている。頼もしく、行動力のある営業だ。高田は、今でもサプリメントの営業も行っている。いずれが本業で、いずれが副業なのか、そんなことは別に構わない。この歳だから、固いことは言わず好きにやればいい。
かなり後になってから知ったのだが、高田は、M市民新聞に記事が載ったとき、それをSNSや自分のサプリメントの営業網を使って拡散させた。その記事が、人づて、あるいは直接、西田、村田、野田などの手に渡り、協力を申し出ることにつながった。
朝比の生き方と同様、高田は我々にとっての陰の協力者と言えた。おそらくこの二人の馬が合わなかったのは、似たような生き方、似たような性質だからなのかもしれない。朝比は高田がそんな形で協力していたことは知らずに、敬遠したまま他界してしまった。
高田も、“会社への感謝と恩返し”という言葉に感銘した口だった。それを見て矢も楯もたまらなくなり、SNSを使って拡散したのだと言っていた。また、本当は自分がプロジェクトに助っ人として参加したかったのだが、残念なことにアセンブラを知らなかった。そのため、せめて自分ができる形で、微力ながらの協力をさせてもらいたかった、とも言った。
「おまえたちが生き生きやっているのが、うらやましくてさ。
生き甲斐を持った年寄りと言うのは、傍目でも生き生きしていてさ、
まんざら捨てたもんじゃないって感じがしてさ」
同感だった。
年寄りパワー、捨てたもんじゃない!
ふと、手のひらを広げる。石川啄木ではないが、じっと手を見る。指一本が10年とすると、広げた手のひらが人生100年。今の自分の残りは、指三本半。まだまだやれる、と思うとともに、いつまで健康でいられるだろう、と、指三本を倒す。70歳。そう思うと残された時間は少ない。いや、そんな悲観的な考えをしてはいけない。いつまで続けられるかなんて、誰にも分かりはしないのだから。
人生はこれからだ!
前に進んでいこう!
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※この物語はフィクションです。
JIS丸めも、EXCELのROUND関数のように考慮されており、このような悪さをすることは実際にはありません。
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