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第二章・蛮夷の地
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中央の広場、グインのユルトの周りに人々が蝟集していた。
遠くから風に紛れて怒号が聞こえる。その度に人々はびくりと身体を竦め、恐怖に耐えていた。
グインのユルトの中では、宿営地を守る千戸長(十戸長、百戸長を統べる千人の部隊の長)を始めとする軍幹部が厳しい表情を並べ、夫人の周りに侍っている。
夫人の傍らに立つ千戸長が重々しく告げた。
「率直に申し上げます。敵の狙いは、契丹軍の首領の家族……奥方様やネリ様の身柄かもしれません」
蒼白のグインが頷いた。
足元の子供が不安そうに母の首元にすがりついた。大人達のただならぬ様子を見、黙って成り行きを見つめている。
「兵力千の内、五百を迎撃に当てておりますが、敵兵力次第では、ここを直ちに放棄して退避する必要があるでしょう」
「怖い……」
グインは子供を胸に抱き慄えた。細い肢体を慄えさせながらも、毅然と千戸長に言い放った。
「ナドゥ、私は敵に差し出して構いません。子供だけは護って下さい」
強面の千戸長に初めて寛柔な表情が宿った。
「……奥方様に何かあれば我々の首が飛びます。孫将軍は我ら凡俗の契丹人には無い、深い情愛の性がおありです。貴女やご子息に何かあれば、壮気を失い戦どころではなくなります。そうなれば我らは一族きっての大器を失い、また唐の隷属に戻る事でしょう。貴女は貴女が思っておられる以上に、この契丹軍の要なのです」
「……ありがとう。肝に命じます」
グインが答えた。
この時代の多くの権力者は妻を複数持つ事が当たり前であり、契丹人も例外ではない。
だが、孫万栄はこの美しい女一人を娶り、その間にたった一人の子供のみをもうけた。そして他の何よりも深く愛した。
契丹人の常識として、それは異常であり無様だった。唐に反旗を翻して尚、『孫万栄』などと唐風名を自称し続けた事も、契丹人達に少なからぬ反発心を抱かせた。然しその軟弱極まる若造が、智謀と統率力で契丹人達を連勝せしめた。唐に蛮族と蔑まれ傷つけられた契丹人達の自尊心を、若き首領は奪い返したのだ。契丹人達は、彼の短所が才故の個性だと認めざるを得なかった。
やにわに、一人の兵士がユルトに飛び込んできた。
「敵の正体が知れました! 突厥です!」
その言葉に皆がどよめいた。
「突厥だと!?」
「あの連中、どれだけ我々が奴らに尽くし貢してきたか……その義を反故にするつもりか!」
ナドゥは怒りで声を濁らせた。兵士が続ける。
「……敵の後続が西からこちらに攻め上がっているのを確認しました! 数は恐らく二千余りと思われます! 半時(約一時間)足らずでここに届きます!」
「……我らの二倍か。持ち堪えるべくもない……だが本軍は今、冀州付近に駐屯している。伝令が敵陣を抜けられたとしても到底間に合わん」
「ではどうすれば……」
夫人は不安げにナドゥを見上げる。
ナドゥは暫く目を瞑り、そして言った。
「これより全軍、東に撤退する! 黄水(シラムレン川)沿いを降り、峭落州(現在の内蒙古奈曼旗八仙筒镇)の達稽部に向かう。孫夫人とご子息を中心にして民を置き、更にその周りを残兵全てで囲って守らせろ。東側の敵を突破する! 一刻の猶予もない。移動しながら陣を正す! 動けぬ者は置いていく! ただちに全員に告げよ!」
命令を聞き、幕内の将兵達が急いで外に出ようとした、その時だった。
「――?」
ナドゥの頭部に、矢が深々と突き刺さった。
頭に手をやったまま、ナドゥは紙人形のように力無く地に伏した。
「ナドゥ様!?」
誰もが、この一瞬何が起こったか理解出来なかった。
「――突厥の騎兵だああ!」
ユルトの外から悲鳴が上がる。忽ち辺りに喧囂が満ちた。
「敵がもうここまで乗り込んできたのか!?」
「くそ! このままでは……!」
将兵は取り乱した。たった今、この宿営地の司令系統は崩壊したのだ。
「お……奥方様! ここは危険です! 早くお逃げ下さい!」
最も早く正気に返った将兵の一人が、グインの手を取った。それに続くように他の将兵達がグインを囲み、円盾を構えた。千戸長を殺害した射手がまだどこからか狙っているかもしれない。
「お母様、これからどこかに行くの?」
「ネリ……これから皆で東へ向かうわ。決して声を上げてはだめよ。怖いから、いいと言うまで目を開けないでね」
「わかった」
グインは子供の目を覆うように抱き抱え、将兵に囲われながらユルトの外に出た。
宿営地のあちこちが茜色に明るくなっている。火を掛けられ燃えているのだ。
グインのユルトの周囲に集っていた人々は、どこに逃げたら良いのか分からず恐慌状態に陥っていた。
その叫喚の向こう、宿営地の西側、闇の彼方から無数の騎兵隊がこちらに馳せてきているのを、グインは見つけた。
「突厥……!」
向かい来る騎兵達は皆、脛辺りまでに達する、外套のような長い薄金鎧を身に着けていた。兜の頭頂部が異様に長く、錐状に尖っており、その先端に毛足の長い毛束があしらわれている。馬もまた、小札を連ねた馬甲に包まれていた。
突厥の重装騎兵だ。
もう死は逃れられない距離にまで近づいている。グインは絶望の覚悟を決めた。
「東へ! 東へ行くのです! 今すぐ達稽部まで走りなさい! 皆そこで落ち合いましょう!」
グインは、自らのか細い身体を引き絞るようにして大呼した。一人でも多く、助かる命を増やさなければならない。声を聞いた人々は転がるように東の方角へと走っていった。
「奥様! 馬にお乗り下さい! さあ!」
兵が夫人を促した。向かう先、ユルトのすぐ脇に着けていた数頭の馬が、心細げに嘶いている。グイン達は走った。
「ぎゃああ!」
グインを囲む将兵達に無数の矢が突き刺さった。多くは盾が受けたものの、顔面や胴、脚を貫いていた。
矢を受けた将兵達が悲鳴を上げて転がり回る。グイン達の護衛どころでは無かった。
辛うじて先頭を行く兵士一人だけが無事だった。
「くそっ! もうここまで来るなんて! 奥様早く!」
兵士が振り返り、突如だった。
荒々しい馬蹄の響きがグイン達の目前を疾風の如く駆け抜けた。
次の瞬間、グインを先導していた兵士の頭部が破裂する。
脳漿と血液の飛沫がグインの顔面を濡らした。
「ひっ!」
グインが悲鳴を飲み込んだ。気丈にも、目を瞑る息子に自らの動揺を悟らせまいとしたのだった。
「いたか」
突厥語が、巨大な鐘楼の唸りの如くグインの耳に響いた。
黒い人影が大型馬の上に騎り、グインを見下ろしている。手綱が握られた左手には蛇が描かれた円盾が、右手には四尺(約一・二メートル)ほどの鈍器が握られていた。錘と呼ばれる、木の柄の先端に鋼鉄の重りを取り付けた武器だ。錘には血と肉片がこびりつき、それが地面に糸を引きながら滴り落ちていた。
グインは股慄し、眼前に佇む漆黒の異貌を見上げた。
漆黒の異貌は、薄金鎧に全身を包まれた巨大な騎馬兵だった。鎧兜は黒漆が塗布されて漆黒に沈み、顔まで黒い鉄面で覆われている。その黒漆の潤みと鉄面から僅かに覗く眸が、炎に照らされ禍々しい金色の光を放っていた。
悪魔とはこのような姿なのだろうとグインは思った。
「お前は孫万栄の妻か」
黒い鎧の男は、酷く無感情な声音だった。尋ねているのか独白しているのか、分かりかねる抑揚だった。悪魔の声に相違無かった。
中央の広場、グインのユルトの周りに人々が蝟集していた。
遠くから風に紛れて怒号が聞こえる。その度に人々はびくりと身体を竦め、恐怖に耐えていた。
グインのユルトの中では、宿営地を守る千戸長(十戸長、百戸長を統べる千人の部隊の長)を始めとする軍幹部が厳しい表情を並べ、夫人の周りに侍っている。
夫人の傍らに立つ千戸長が重々しく告げた。
「率直に申し上げます。敵の狙いは、契丹軍の首領の家族……奥方様やネリ様の身柄かもしれません」
蒼白のグインが頷いた。
足元の子供が不安そうに母の首元にすがりついた。大人達のただならぬ様子を見、黙って成り行きを見つめている。
「兵力千の内、五百を迎撃に当てておりますが、敵兵力次第では、ここを直ちに放棄して退避する必要があるでしょう」
「怖い……」
グインは子供を胸に抱き慄えた。細い肢体を慄えさせながらも、毅然と千戸長に言い放った。
「ナドゥ、私は敵に差し出して構いません。子供だけは護って下さい」
強面の千戸長に初めて寛柔な表情が宿った。
「……奥方様に何かあれば我々の首が飛びます。孫将軍は我ら凡俗の契丹人には無い、深い情愛の性がおありです。貴女やご子息に何かあれば、壮気を失い戦どころではなくなります。そうなれば我らは一族きっての大器を失い、また唐の隷属に戻る事でしょう。貴女は貴女が思っておられる以上に、この契丹軍の要なのです」
「……ありがとう。肝に命じます」
グインが答えた。
この時代の多くの権力者は妻を複数持つ事が当たり前であり、契丹人も例外ではない。
だが、孫万栄はこの美しい女一人を娶り、その間にたった一人の子供のみをもうけた。そして他の何よりも深く愛した。
契丹人の常識として、それは異常であり無様だった。唐に反旗を翻して尚、『孫万栄』などと唐風名を自称し続けた事も、契丹人達に少なからぬ反発心を抱かせた。然しその軟弱極まる若造が、智謀と統率力で契丹人達を連勝せしめた。唐に蛮族と蔑まれ傷つけられた契丹人達の自尊心を、若き首領は奪い返したのだ。契丹人達は、彼の短所が才故の個性だと認めざるを得なかった。
やにわに、一人の兵士がユルトに飛び込んできた。
「敵の正体が知れました! 突厥です!」
その言葉に皆がどよめいた。
「突厥だと!?」
「あの連中、どれだけ我々が奴らに尽くし貢してきたか……その義を反故にするつもりか!」
ナドゥは怒りで声を濁らせた。兵士が続ける。
「……敵の後続が西からこちらに攻め上がっているのを確認しました! 数は恐らく二千余りと思われます! 半時(約一時間)足らずでここに届きます!」
「……我らの二倍か。持ち堪えるべくもない……だが本軍は今、冀州付近に駐屯している。伝令が敵陣を抜けられたとしても到底間に合わん」
「ではどうすれば……」
夫人は不安げにナドゥを見上げる。
ナドゥは暫く目を瞑り、そして言った。
「これより全軍、東に撤退する! 黄水(シラムレン川)沿いを降り、峭落州(現在の内蒙古奈曼旗八仙筒镇)の達稽部に向かう。孫夫人とご子息を中心にして民を置き、更にその周りを残兵全てで囲って守らせろ。東側の敵を突破する! 一刻の猶予もない。移動しながら陣を正す! 動けぬ者は置いていく! ただちに全員に告げよ!」
命令を聞き、幕内の将兵達が急いで外に出ようとした、その時だった。
「――?」
ナドゥの頭部に、矢が深々と突き刺さった。
頭に手をやったまま、ナドゥは紙人形のように力無く地に伏した。
「ナドゥ様!?」
誰もが、この一瞬何が起こったか理解出来なかった。
「――突厥の騎兵だああ!」
ユルトの外から悲鳴が上がる。忽ち辺りに喧囂が満ちた。
「敵がもうここまで乗り込んできたのか!?」
「くそ! このままでは……!」
将兵は取り乱した。たった今、この宿営地の司令系統は崩壊したのだ。
「お……奥方様! ここは危険です! 早くお逃げ下さい!」
最も早く正気に返った将兵の一人が、グインの手を取った。それに続くように他の将兵達がグインを囲み、円盾を構えた。千戸長を殺害した射手がまだどこからか狙っているかもしれない。
「お母様、これからどこかに行くの?」
「ネリ……これから皆で東へ向かうわ。決して声を上げてはだめよ。怖いから、いいと言うまで目を開けないでね」
「わかった」
グインは子供の目を覆うように抱き抱え、将兵に囲われながらユルトの外に出た。
宿営地のあちこちが茜色に明るくなっている。火を掛けられ燃えているのだ。
グインのユルトの周囲に集っていた人々は、どこに逃げたら良いのか分からず恐慌状態に陥っていた。
その叫喚の向こう、宿営地の西側、闇の彼方から無数の騎兵隊がこちらに馳せてきているのを、グインは見つけた。
「突厥……!」
向かい来る騎兵達は皆、脛辺りまでに達する、外套のような長い薄金鎧を身に着けていた。兜の頭頂部が異様に長く、錐状に尖っており、その先端に毛足の長い毛束があしらわれている。馬もまた、小札を連ねた馬甲に包まれていた。
突厥の重装騎兵だ。
もう死は逃れられない距離にまで近づいている。グインは絶望の覚悟を決めた。
「東へ! 東へ行くのです! 今すぐ達稽部まで走りなさい! 皆そこで落ち合いましょう!」
グインは、自らのか細い身体を引き絞るようにして大呼した。一人でも多く、助かる命を増やさなければならない。声を聞いた人々は転がるように東の方角へと走っていった。
「奥様! 馬にお乗り下さい! さあ!」
兵が夫人を促した。向かう先、ユルトのすぐ脇に着けていた数頭の馬が、心細げに嘶いている。グイン達は走った。
「ぎゃああ!」
グインを囲む将兵達に無数の矢が突き刺さった。多くは盾が受けたものの、顔面や胴、脚を貫いていた。
矢を受けた将兵達が悲鳴を上げて転がり回る。グイン達の護衛どころでは無かった。
辛うじて先頭を行く兵士一人だけが無事だった。
「くそっ! もうここまで来るなんて! 奥様早く!」
兵士が振り返り、突如だった。
荒々しい馬蹄の響きがグイン達の目前を疾風の如く駆け抜けた。
次の瞬間、グインを先導していた兵士の頭部が破裂する。
脳漿と血液の飛沫がグインの顔面を濡らした。
「ひっ!」
グインが悲鳴を飲み込んだ。気丈にも、目を瞑る息子に自らの動揺を悟らせまいとしたのだった。
「いたか」
突厥語が、巨大な鐘楼の唸りの如くグインの耳に響いた。
黒い人影が大型馬の上に騎り、グインを見下ろしている。手綱が握られた左手には蛇が描かれた円盾が、右手には四尺(約一・二メートル)ほどの鈍器が握られていた。錘と呼ばれる、木の柄の先端に鋼鉄の重りを取り付けた武器だ。錘には血と肉片がこびりつき、それが地面に糸を引きながら滴り落ちていた。
グインは股慄し、眼前に佇む漆黒の異貌を見上げた。
漆黒の異貌は、薄金鎧に全身を包まれた巨大な騎馬兵だった。鎧兜は黒漆が塗布されて漆黒に沈み、顔まで黒い鉄面で覆われている。その黒漆の潤みと鉄面から僅かに覗く眸が、炎に照らされ禍々しい金色の光を放っていた。
悪魔とはこのような姿なのだろうとグインは思った。
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