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第十二話
しおりを挟む「ねえ起きて、」
揺さぶられる感触で目が覚めた。あんまり聞いたことない、悲痛な声。
一瞬で目が覚めて後頭部から冷えていく感じがした。同時にひどく嫌な予感がする。
私を揺さぶった腕を追いかけて目を向けると、就寝スペースの廊下からカプセルホテルの薄いスクリーンを持ち上げている彼女がいた。廊下は寝入ったときと変わらず薄暗い。防音のスクリーンがなくなったことで、ちょっと離れたところから誰かのいびきが聞こえてきた。喉が渇く。関係ないことにばかり目を向けて現実逃避したくなるほど、手に汗がにじんでいた。
彼女が極々小さな声で言う。
「警察が来てる」
「どこ?」
「ロビーだけど、どうしよう、上がってきちゃう」
「私たちを探してるの確定なの?」
「受付の人にわたしの名前言ってた」
「確定じゃん」
なんでバレたとか、そもそも警察にお世話になるようなことなんてしてないとか、眠いとかそういえばいつの間に彼女はベッドを抜け出してたんだとか、いろいろあった。でも今はそれどころじゃない。今にも泣きそうな彼女を、何とかしたい。
なんで警察に探されてるかはわかっている。たぶん、捜索願か何か出されたんだ。
「絶対わたしの親だよね、あの、ごめん」
「何も悪くないでしょ。ね、とりあえず出る準備しよ」
「うん、ありがと」
彼女はいつになくしおらしくて、やっぱり世界は優しくないなあなんて。思考が飛躍する。何にも悪いことしてないのにさあ。
自分の荷物をかき集めて、ふと気づく。
「まずい、洗濯物入れっぱなしだ」
「あ、さっき取ってきたよ」
「さすが」
簡単に畳んだ私の服を手渡された。下着が服の間に挟まれている。マメだなあって、ちょっと嬉しい。
「ありがと」
「ふふ、いいよ」
ようやく彼女が笑ってくれて、焦燥感が落ち着いてきた。荷物はまとめたし、お金は最初に払ってるんだっけ。じゃあカードキーを返すだけか。
それじゃあまずは、今からの行動方針を確認しよう。
「とりあえずどうしよ、逃げる?」
唇をきゅっと結んで、彼女が頷く。
「私も。ここまで来たんだし、逃げれるところまで逃げたいよ」
そう返して彼女の手を取った。
エレベーターに乗り込んで、フロントへ向かう。
「チェックアウトは私が手続きする方がいいよね。名前出されてない可能性もあるし」
「そうだね、お願い」
きっと捜索願が出されているとしたら彼女だけだ。
彼女の家は両親が厳しい。それはもう、偏見のような理不尽さで。
それに対して私の家はつながりが薄い。無関心とは少し違う、息が詰まるような関係性。例えるならそう、全然知らない人の家で突然同居するように言われたときの初めの数分間が永遠に続いているような。
どっちがマシかっていわれたら、どっちも嫌だお断りだって迷わず言える。
エレベーターがフロントフロアについた。乗っているのは私と彼女だけ。彼女の手を握る力をちょっと強めてしまって、慌てて緩める。彼女が一歩前に出た。扉が開く。
「うわ」
小さく声が出てしまった。だって本当に受付で警察が話している。警察官は女の人と男の人が一人ずつ。宿泊受付の係の人とやり取りをしているみたいだから、その背後を通ってチェックアウトを済ませないと。
「カードキーある?」
「あるよ」
「これわたしの分」
彼女に手渡されたカードキーと、私が持っていたものを重ねてすぐ渡せる状態にする。
「ホテルの入り口あたりで待ってて」
「わかった」
平然とした顔を作って、警察からちょっと離れた位置でフロントに呼びかけた。すぐに係の人が駆け付けてくれてチェックアウトの手続きを始めてくれる。早く、早くって念じながらそれを待った。
係の人が名前を声に出して確認する。私じゃなくて、彼女の苗字だった。
「そ、うです!」
隣の警察二人の視線がこちらに向けられたのがわかった。そういえばホテルの受付は彼女がやってくれたんだったって、いまさらのように思い出す。
「はい、手続きが完了いたしました。ご利用ありがとうございま」
「はい!」
係の人の言葉を最後まで聞き終える前に、私は適当に返事をして駆け出した。
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