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その2 「そういうところが嫌いなんだよ」
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◇
「ねぇ、守くん。今日は何するの?」
「本っ当に当たり前みたいにそこにいるよな、お前」
帝東大学第二食堂。大学の講義は春休みだということもあって、食堂内の人影は疎らだった。調理場で働いている人も、講義がある期間と違って2人しかいない。サークル仲間らしき小集団がいくつか盛り上がっているのと、教授らしき人物が3人それぞれバラバラで食事をとっている。
そんな中、「守くん」こと大学生の住野守は、いつも座る奥の席に腰を掛けて、呆れたように言った。声の行く先、先ほどまで空いていたはずの隣の席には、彼の幼馴染である無我愛優美がいる。優美の服は、当たり前のように守とシミラールックになっていた。先月染めた髪の色、色落ちの程度まで似通っている。はたから見れば、疑う余地なくカップルに見えるだろう。
守が席に着く直前まで、周囲に優美の姿はなかった。今の一瞬でどこから湧いて出たのだろうか。守は疑問に思うものの、付き合いが長すぎて深く考えることをやめてしまっている。
「守くんがいるところに私がいないわけないじゃない」
当たり前のように返されて、守はわざとらしくため息を吐いた。優美は守とお揃いの色の髪を揺らして笑う。
無我愛優美は住野守の、本人公認ストーカーである。
付きまとわれていることに、守が初めて気が付いたのはいつだったか。もう正確には覚えていないけれど、中学生の時であることは間違いない。
無我愛優美は、天才だとかで近所でも有名な少女だった。特に何か習い事をしているわけでもないのに、勉強、運動、芸術、あらゆる分野でその才能は発揮されていた。端麗な容姿も相まって、嫉妬の的になってはいたが、それを上手くかわすだけの器用さも持ち合わせている。
そんな「完璧人間」に、なぜここまで執着されているのか、守にはさっぱりわからなかった。「だからこいつのこと苦手なんだよなあ」とそんなことを思う。
守にとって苦手な人間である優美のことを嫌いになれない。それも、彼女の器用さと容姿故なのだろう。それもわかっているから余計に、忌々しい。ただ、それでもやっぱり彼女のことを嫌い切れないのだけど。
この場で何度目になるかわからない溜め息が、また守の口からこぼれていく。
「どうせ知ってるんだろうから言うけど、今日も多家良センパイたちと作戦会議だよ」
優美は守の隣の席でテーブルにもたれながら、美麗な眉をひそめた。退屈すぎて融けそうといわんばかりの態度だった。
「あの趣味の悪いゲームのでしょ? ぜぇったい参加取りやめた方がいいと思うんだよねぇ」
「だから、お前は来なくていいって」
「守くんが参加するのに、私が行かないわけないでしょう」
こんなやり取りも、もう何度目かわからない。守がゲームに参加することを決めてから、毎日のように繰り返されていた。
電波ジャックで大々的に広報したくせに、開催は秘密裏におこなわれているそれ。億単位の賞金が用意されているだけでなく、参加者には常人には扱えないような能力が与えられる……、らしい。噂が噂を呼んで、かなり話が盛られているのだろう。それでも守は、このゲームにはロマンがあると感じていた。
イベント開催後は編集された動画がネットに投稿されている。しかし、命がけという度を超えた過激さと、能力云々という非現実的なワードが登場することもあって、やらせだとか、都市伝説だと考えている人も多いようだ。
「お前はずっと反対してるけどさ、」
守は努めて強い口調で言う。
「こんなチャンス、めったにないだろ。参加したくてできるようなイベントじゃねえんだし」
「参加したかったわけじゃないくせに」
「向こうから誘いが舞い込んできたんなら話は別だろうが」
優美曰く趣味の悪いゲーム・マゴンに参加したいと考える人間は、実を言うと少なくない。八年前の電波ジャックによる放送にはそれくらいのインパクトと魅力があった。「ゲーム自体がフィクションで、それに参加することはドラマに出演することと同じ」。「何ならこの手でフィクションだということを暴いてやりたい」。そんな風に捉えられていることも、参加希望者が絶えない理由なのだろう。
だがしかし。
参加したいと考える人間が多いのと、実際に多くの人間が参加できるかどうかは別の話である。ネットに投稿された動画の概要欄には参加者を募る文章が書かれているが、メールアドレスや参考URL等の記載はない。募集の要件も不明で、申し込みの方法も不明だった。
ではなぜ守が参加できることになったのかといえば、守の大学の先輩に声がかかったからだ。マゴン運営管理局から、直々に。いうなれば守が参加できるのは、先輩のおこぼれをもらっているようなものだった。
「っていうか優美。お前の分の参加権はねえんだぞ。お前のせいで前回、多家良センパイに怒られたんだからな。わかってんのか」
守は優美を追い払うつもりでそう言った。それは特に深く考えず持ち出した話題だったが、優美にとっては重大な意味を持った言葉だった。
「うそ、なんで守くんが怒られなきゃならないの!?」
「なんでって……、お前が前回の作戦会議のときに、自分も参加する体でここにいたからだろうが。女の子を危険な目に合わせるつもりか! とかなんとかって。あの後のセンパイとのメール、めちゃくちゃだるかったんだからな」
面倒そうな守の言葉を脳内で整理して、優美がしゅん、と頭を下げる。
「ごめんね守くん、配慮が足りなかった。今日は、あの人が来たらちょっとだけ離れたところにいることにする」
「お、おう……」
いかにも「反省しています」という態度で優美は言う。「守くんに不快な思いをさせるなんて許せないそもそもそんなくだらないことなら私に直接言いなさいよしかも電話じゃなくてわざわざメールにするなんてよりによってメールってなに? 私が守くんのスマホチェックしてないからってもう本当にムカつく」という彼女の本心は、下がる眉と零れ落ちそうな瞳に綺麗さっぱり押し殺されている。
無我愛優美は、いつだって住野守の利益を第一に考えているのだ。彼にとって不利益になることは極力しないように努めている。(公認)ストーカーという大きな問題点はあるけれど。
「私は私で、ちゃんと自分で参加権もらうから心配しないでね」
「そんな心配はしてねえよ。参加できなきゃいいのにとは思ってるけどな」
守の乱暴な言葉を最後まで心地よさそうに聞いてから、優美は口を開いた。
いつの間にか食堂の料理提供の時間が終わっている。静かになったその場でも、近くにいないと聞こえない程度の声量で優美は言う。
「ねえ守くん、知ってる? マゴンの意味」
「はあ?」
「お遊戯だよ。命がかかってるゲームなのに、悪趣味だと思わない?」
それだけ言うと優美は姿を消していた。直後、背後から聞こえた待ち人の声に、守は彼女が消えた意味を理解する。
ゲームの名前が「お遊戯」だからって何だというのか。そもそも本気で命懸けのゲームだとでも思っているのか。
自分の知らない知識を、ただひけらかされたようなだけの気がする。「そういうところが嫌なんだよ」と守は胸中で悪態をついた。
「ねぇ、守くん。今日は何するの?」
「本っ当に当たり前みたいにそこにいるよな、お前」
帝東大学第二食堂。大学の講義は春休みだということもあって、食堂内の人影は疎らだった。調理場で働いている人も、講義がある期間と違って2人しかいない。サークル仲間らしき小集団がいくつか盛り上がっているのと、教授らしき人物が3人それぞれバラバラで食事をとっている。
そんな中、「守くん」こと大学生の住野守は、いつも座る奥の席に腰を掛けて、呆れたように言った。声の行く先、先ほどまで空いていたはずの隣の席には、彼の幼馴染である無我愛優美がいる。優美の服は、当たり前のように守とシミラールックになっていた。先月染めた髪の色、色落ちの程度まで似通っている。はたから見れば、疑う余地なくカップルに見えるだろう。
守が席に着く直前まで、周囲に優美の姿はなかった。今の一瞬でどこから湧いて出たのだろうか。守は疑問に思うものの、付き合いが長すぎて深く考えることをやめてしまっている。
「守くんがいるところに私がいないわけないじゃない」
当たり前のように返されて、守はわざとらしくため息を吐いた。優美は守とお揃いの色の髪を揺らして笑う。
無我愛優美は住野守の、本人公認ストーカーである。
付きまとわれていることに、守が初めて気が付いたのはいつだったか。もう正確には覚えていないけれど、中学生の時であることは間違いない。
無我愛優美は、天才だとかで近所でも有名な少女だった。特に何か習い事をしているわけでもないのに、勉強、運動、芸術、あらゆる分野でその才能は発揮されていた。端麗な容姿も相まって、嫉妬の的になってはいたが、それを上手くかわすだけの器用さも持ち合わせている。
そんな「完璧人間」に、なぜここまで執着されているのか、守にはさっぱりわからなかった。「だからこいつのこと苦手なんだよなあ」とそんなことを思う。
守にとって苦手な人間である優美のことを嫌いになれない。それも、彼女の器用さと容姿故なのだろう。それもわかっているから余計に、忌々しい。ただ、それでもやっぱり彼女のことを嫌い切れないのだけど。
この場で何度目になるかわからない溜め息が、また守の口からこぼれていく。
「どうせ知ってるんだろうから言うけど、今日も多家良センパイたちと作戦会議だよ」
優美は守の隣の席でテーブルにもたれながら、美麗な眉をひそめた。退屈すぎて融けそうといわんばかりの態度だった。
「あの趣味の悪いゲームのでしょ? ぜぇったい参加取りやめた方がいいと思うんだよねぇ」
「だから、お前は来なくていいって」
「守くんが参加するのに、私が行かないわけないでしょう」
こんなやり取りも、もう何度目かわからない。守がゲームに参加することを決めてから、毎日のように繰り返されていた。
電波ジャックで大々的に広報したくせに、開催は秘密裏におこなわれているそれ。億単位の賞金が用意されているだけでなく、参加者には常人には扱えないような能力が与えられる……、らしい。噂が噂を呼んで、かなり話が盛られているのだろう。それでも守は、このゲームにはロマンがあると感じていた。
イベント開催後は編集された動画がネットに投稿されている。しかし、命がけという度を超えた過激さと、能力云々という非現実的なワードが登場することもあって、やらせだとか、都市伝説だと考えている人も多いようだ。
「お前はずっと反対してるけどさ、」
守は努めて強い口調で言う。
「こんなチャンス、めったにないだろ。参加したくてできるようなイベントじゃねえんだし」
「参加したかったわけじゃないくせに」
「向こうから誘いが舞い込んできたんなら話は別だろうが」
優美曰く趣味の悪いゲーム・マゴンに参加したいと考える人間は、実を言うと少なくない。八年前の電波ジャックによる放送にはそれくらいのインパクトと魅力があった。「ゲーム自体がフィクションで、それに参加することはドラマに出演することと同じ」。「何ならこの手でフィクションだということを暴いてやりたい」。そんな風に捉えられていることも、参加希望者が絶えない理由なのだろう。
だがしかし。
参加したいと考える人間が多いのと、実際に多くの人間が参加できるかどうかは別の話である。ネットに投稿された動画の概要欄には参加者を募る文章が書かれているが、メールアドレスや参考URL等の記載はない。募集の要件も不明で、申し込みの方法も不明だった。
ではなぜ守が参加できることになったのかといえば、守の大学の先輩に声がかかったからだ。マゴン運営管理局から、直々に。いうなれば守が参加できるのは、先輩のおこぼれをもらっているようなものだった。
「っていうか優美。お前の分の参加権はねえんだぞ。お前のせいで前回、多家良センパイに怒られたんだからな。わかってんのか」
守は優美を追い払うつもりでそう言った。それは特に深く考えず持ち出した話題だったが、優美にとっては重大な意味を持った言葉だった。
「うそ、なんで守くんが怒られなきゃならないの!?」
「なんでって……、お前が前回の作戦会議のときに、自分も参加する体でここにいたからだろうが。女の子を危険な目に合わせるつもりか! とかなんとかって。あの後のセンパイとのメール、めちゃくちゃだるかったんだからな」
面倒そうな守の言葉を脳内で整理して、優美がしゅん、と頭を下げる。
「ごめんね守くん、配慮が足りなかった。今日は、あの人が来たらちょっとだけ離れたところにいることにする」
「お、おう……」
いかにも「反省しています」という態度で優美は言う。「守くんに不快な思いをさせるなんて許せないそもそもそんなくだらないことなら私に直接言いなさいよしかも電話じゃなくてわざわざメールにするなんてよりによってメールってなに? 私が守くんのスマホチェックしてないからってもう本当にムカつく」という彼女の本心は、下がる眉と零れ落ちそうな瞳に綺麗さっぱり押し殺されている。
無我愛優美は、いつだって住野守の利益を第一に考えているのだ。彼にとって不利益になることは極力しないように努めている。(公認)ストーカーという大きな問題点はあるけれど。
「私は私で、ちゃんと自分で参加権もらうから心配しないでね」
「そんな心配はしてねえよ。参加できなきゃいいのにとは思ってるけどな」
守の乱暴な言葉を最後まで心地よさそうに聞いてから、優美は口を開いた。
いつの間にか食堂の料理提供の時間が終わっている。静かになったその場でも、近くにいないと聞こえない程度の声量で優美は言う。
「ねえ守くん、知ってる? マゴンの意味」
「はあ?」
「お遊戯だよ。命がかかってるゲームなのに、悪趣味だと思わない?」
それだけ言うと優美は姿を消していた。直後、背後から聞こえた待ち人の声に、守は彼女が消えた意味を理解する。
ゲームの名前が「お遊戯」だからって何だというのか。そもそも本気で命懸けのゲームだとでも思っているのか。
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