夕焼け色のいのち

といろ

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深紅

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 目をさました時、世界はやっぱり不気味な赤色に包まれていた。この紫色の夕焼け空は、宇宙の色が透けているからだなんて言った彼女のことを思い出す。

 街を見下ろす小高い丘の上の病院。その中庭にある大きな桜の木の下に、僕はいた。
 ここにいる理由も経緯もしっかり覚えていて、僕は迷わず歩き出した。


 彼女に謝らなくてはならないことがたくさんある。まずはどれから謝ればいいんだろう。

 彼女を置いて死んでしまったこと? 彼女が家でも学校でも苦しがっていたのを知っていたのにな。
 それとも勝手に僕が幽霊になって、彼女を生き返らせたこと? 


 丘を下るのはただの様式美だ。だって僕は、この丘の先の景色を覚えていないから。どうせ描けない。すぐに僕の部屋についてしまうだろう。


 それでも一応丘を下って。案の定僕は、下りきる前にアパートの廊下に立っていた。

「あぁ、ここは病院の廊下なのか」
 ここ数年、病院の自室と中庭くらいにしか居なかったのに、このアパートはどこの記憶から生み出したんだろうと疑問だったんだ。病院の廊下の記憶を誤魔化して使っていたらしい。


 僕の病室だった五〇三号室の前に彼女が立っていた。
「咲夜、おかえり。……思い出した?」
「ただいま。思い出したよ」
「そっか」

 とりあえず中で話そうよ、と絵依里が言う。僕らは部屋のドアをくぐった。
 あのローテーブルも本棚もなくて、ベッドが赤く照らされている。絵依里はベッドの縁に座った。



「怒ってる?」
「……ちょっとだけ」
「……先に死んじゃって、ごめんね」
「そっちじゃない」

 すぱん、と言い切った絵依里に、じろりと睨まれた。


「そっちじゃないよ。ねえ。私に生きていて欲しい、なんて。傲慢だよ。君が、先に……、死んだくせに」
 絵依里の声は湿っていて、目尻からは今にも涙が零れそうだった。

「……ごめん」
「君がいなくなって、学校にも家にも居場所なんかないのに……。大した意味もないのに! 生き返ったって、しかたないのに……」
「……ごめん」
「…………でも、君が閉じ込められたこっちの世界では、あんまり着たことない服も着られたし……。ちょっと楽しかったけど」

「ふは。なんだよ、それ」
 泣きながら、怒りながら、拗ねたみたいに楽しかったと告げた絵依里が子供みたいで、笑ってしまうのを止められなかった。彼女はまたじろりと僕の方を見て目線を窓に向けてから、続けて言う。

「それから、咲夜と話せたのも楽しかった」
「……ごめんね」
「先に死んじゃったことは怒ってないってば!」

 僕の言葉に、慌てた様子で彼女は言う。それは彼女の本音なのだろう。
 どうしても僕は言いたいことがあって、彼女の隣に腰を下ろした。向かい合うとたぶん言えないから。


「もっと生きたかったとは、どうしても言えないけど……」
「うん?」
「絵依里ともっと話していたかったとは思うなあ」
「……そうだね、私も」 


 そう言い合って、僕らは同時に大きく息を吐いた。僕の記憶で無理やり作り出した幻の世界でも、二人で過ごした時間は楽しかった。それを噛み締める。
 もしも、僕らが生まれ落ちた本物の世界でも、抱えたどうしようもない問題に蓋をして、目を逸らせて生きていけたら。いや、そもそも問題なんてなかったらよかったんだけど。

「はぁぁあああ……。ほんとなんで私たち、こんなふうに生まれちゃったんだろうね」
「ほんとにね」

 一瞬の間の後、絵入里が立ち上がって僕に手を差し出す。
「ねえ咲夜、今度はちゃんと一緒に死のうよ」

 僕は何も言わずに立ち上がってその手を取った。
 絵依里が歩き出す。僕もそれについていく。
 向かう場所は知っている。病室を出て、屋上へ。



「ねえ絵依里、」

 屋上へ向かう階段を上りながら、僕は彼女に問う。僕ら以外誰もいない病院の階段は、こつんこつんと足音がよく響く。



「君まだ生きてるの? その……、飛び降りただろ。あれから結局どうなったのかなって」


「生きてるよ。……誰かさんのせいで」
「うっ……」

「えへへ。私の身体は多分、現実の世界で寝てる。だから私からすると、ここは夢の中って感じに近いなあ」
「そう。ここって変な場所だよね。僕が作った世界なんだし、僕と一緒に消えるのかな」
「そうなんじゃないかな? わからないけど」



 僕の作り出した夕焼けの世界では、すんなりと屋上のドアは開いた。不気味な赤色をしていた空は、美しいだけの夕日に染め直されていた。
 赤色が目に痛い。夕日が白い病院を染めている。屋上まで白いのはきっと、僕が実際に来たことがないからだ。

 絵依里は足を止めて夕日を見つめていた。その横顔が見ていられないくらいに綺麗で、僕は一歩前に出た。
 病室から見えていたいつもの景色が染まっている。僕らはあの大きな桜の木を優に見下ろせる高さにいる。


「もしかして、私が夕焼けが好きだからここは夕方ばっかりなのかな。それとも、私がお見舞いに行くのがいつも夕方だったから?」

「たぶん、どっちもそうだよ」
「えぇ!? 咲夜めちゃくちゃ私のこと好きじゃん」
「そう、だね」
「……?」


 好きだけど。何よりも大切だと思っているけれど。ここで即答できなかったのは、後ろめたさを感じているからだ。


 これからを思うと頭が少し痛む。きっと僕らは、互いがいないともっと早くに死んでいただろうな。そう思うと胸も痛んだ。


 これ以上、絵依里と話していたら戻れなくなってしまうだろうから。
 僕は黙って歩き出した。夕焼け空とそれに染められた赤い町がよく見えた。
 屋上の端、段差を越えてから、振り返る。



「えっ、待ってよ」
 絵依里が焦ったような声をあげた。こちらへ駆け寄ってくる。
 でも待てない。


「僕は絵依里が好きだよ。何よりも大切だと思ってる。たぶん、君のことを愛してる。でもこれは、愛じゃない」

 僕は背後に重心をやった。

 僕が風を切って落ちていくから、ごうごうと空気が音を立てている。
 数秒遅れて、絵依里が僕の後を追って飛び降りたのが見えた。彼女の目から水滴が零れて、空に吸い込まれていく。何か言っているようだけど、聞こえるのは風の音ばかりだ。


 確実に僕の方が先に死んでしまうから、彼女が死ぬ前に夕焼けの歪な世界は消えるだろう。その後どうなるのかはわからない。



 頬が切れた。夕日の色を映した赤い桜の花びらが見えて、桜の木の枝に刺さったことを理解する。



 勝手だけど、現実世界のどこかで、絵依里には生きていてほしい。いつか幸せになってくれ。
 そうだな。僕のことを恨みながらでいいから。
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