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Prolog
落ちこぼれとバレイヤージュ
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「プリント、早く貰ってくんね」
前の席の彼は催促するようにプリントを揺らして見せた。
先程の講師が次の講義へ向けて配ったそれが、サルマクの目前でハタハタと生き物のように蠢く。
「ぁ、」
プリントを受け取らねば、と重たい前髪の中から彼を見た。
怪訝そうに―さらに言えば、サルマクとは出来る限り言葉を交わしたくないと言わんばかりに―眉を顰めている。
ヒュ、と喉の鳴る音が耳元で聞こえる。それが自分から溢れ落ちた音だと理解したのはすぐだ。
目前で揺れる羽を掴もうとおずおずと伸ばした手が震え、プリントがサルマクを弄ぶ。
きっと彼にそんなつもりは無いことも分かっている。彼がサルマクをあからさまに差別していないことも知っていた。
でなければ、周囲の目が向けられるこの場でサルマクに声を掛けることなどしないはずだ。
それでもサルマクに話しかける彼を擁護する多数の目が、サルマクを悪意の籠る視線で劈く。
ガタガタと震える指先がプリントを掴み、慌てて手を引く。
「っ…」
彼の指先に朱が走り、多彩な色を持った目線が指に落ちた。指先から溢れ出るそれに彼が眉を顰め、溜め息を1つ落とす。サルマクの肩が揺れた。
不愉快であろう指先の朱に、更に大きく瞳が右へ左へと揺れ動く。目前の彼が舌を打ち、そのまま口で朱を吸い取った。
全くもってわざとではない。ただ、周囲の悪意の目線にサルマクは首を絞められているような感覚に陥る。
(なにか、せめて、謝罪と感謝を)
言わなければと、口をはくはくと開けては閉じる。言葉がどうしても出てこず、手にはじとりと汗が滲む。
彼の眼はひたすらこちらを見て、返答を催促しているようにも見えた。言わなければ。言わないと。
目が右往左往と揺らぎ、前の席の男の真摯な視線から逃れるように身じろぐ。
「ぁ、りが「アラキバァ」」
とう、と続く言葉は簡単に掻き消され、瞳が逸らされる。
意図せず奪い取っていたプリントの端が、彼の動きに合わせてふにゃりと項垂れた。サルマクの心情を表すようなその生き物だったものは、既にただの紙切れに戻っている。
席から立ち上がり離れていく彼の背を見て息を一つ溢す。
友人と笑いながら実技講義へと向かい始めている。決して振り返ることはなかった。
失敗だ。
(いつもだ、僕の言葉は届かない)
視線が無くなったことに安堵してしまう自分に嫌気がさす。どうしてこんなにダメなのだろう。
自身の出来の悪さを反芻するように先程の会話がグルグルと脳を支配し、顔から血の気が引いていく。
またこれで天使から1歩遠ざかっていくような気配がする。
天使などという高尚な職は初めからスタート位置にさえ着いてないというのに。
前の席の彼は催促するようにプリントを揺らして見せた。
先程の講師が次の講義へ向けて配ったそれが、サルマクの目前でハタハタと生き物のように蠢く。
「ぁ、」
プリントを受け取らねば、と重たい前髪の中から彼を見た。
怪訝そうに―さらに言えば、サルマクとは出来る限り言葉を交わしたくないと言わんばかりに―眉を顰めている。
ヒュ、と喉の鳴る音が耳元で聞こえる。それが自分から溢れ落ちた音だと理解したのはすぐだ。
目前で揺れる羽を掴もうとおずおずと伸ばした手が震え、プリントがサルマクを弄ぶ。
きっと彼にそんなつもりは無いことも分かっている。彼がサルマクをあからさまに差別していないことも知っていた。
でなければ、周囲の目が向けられるこの場でサルマクに声を掛けることなどしないはずだ。
それでもサルマクに話しかける彼を擁護する多数の目が、サルマクを悪意の籠る視線で劈く。
ガタガタと震える指先がプリントを掴み、慌てて手を引く。
「っ…」
彼の指先に朱が走り、多彩な色を持った目線が指に落ちた。指先から溢れ出るそれに彼が眉を顰め、溜め息を1つ落とす。サルマクの肩が揺れた。
不愉快であろう指先の朱に、更に大きく瞳が右へ左へと揺れ動く。目前の彼が舌を打ち、そのまま口で朱を吸い取った。
全くもってわざとではない。ただ、周囲の悪意の目線にサルマクは首を絞められているような感覚に陥る。
(なにか、せめて、謝罪と感謝を)
言わなければと、口をはくはくと開けては閉じる。言葉がどうしても出てこず、手にはじとりと汗が滲む。
彼の眼はひたすらこちらを見て、返答を催促しているようにも見えた。言わなければ。言わないと。
目が右往左往と揺らぎ、前の席の男の真摯な視線から逃れるように身じろぐ。
「ぁ、りが「アラキバァ」」
とう、と続く言葉は簡単に掻き消され、瞳が逸らされる。
意図せず奪い取っていたプリントの端が、彼の動きに合わせてふにゃりと項垂れた。サルマクの心情を表すようなその生き物だったものは、既にただの紙切れに戻っている。
席から立ち上がり離れていく彼の背を見て息を一つ溢す。
友人と笑いながら実技講義へと向かい始めている。決して振り返ることはなかった。
失敗だ。
(いつもだ、僕の言葉は届かない)
視線が無くなったことに安堵してしまう自分に嫌気がさす。どうしてこんなにダメなのだろう。
自身の出来の悪さを反芻するように先程の会話がグルグルと脳を支配し、顔から血の気が引いていく。
またこれで天使から1歩遠ざかっていくような気配がする。
天使などという高尚な職は初めからスタート位置にさえ着いてないというのに。
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