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後編
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「俺に一体、何をしろと?」
優は顔色を窺うように、ゆかりの表情を覗き込む。
ゆかりは少しだけ口角を上げ、微笑む仕草を見せる。
「岡宮さんは梶村くんと小学校からの知り合いなんですよね? ということは、彼女さんとも面識があるんじゃないですか?」
ゆかりの魂胆はわからないが、嘘をつくこともないと思い、「もちろん、あるけど」と答えた。
「私、もっと梶村くんのことを知りたいなって思うんです。でも彼女さんからしてみれば、当然、良い気はしないですよね。なので、梶村くんへの気持ちには蓋をします。蓋をするので……これから四人で、友人として会ってくれませんか?」
話が多方面に飛び過ぎていて、優はしばらくゆかりを見つめたまま、彼女の言葉を胸の内で復唱していた。
「彼女のことは知ってるよ。知ってるけど……恋愛感情に蓋をするって言っても、それだと俺が梶村の彼女のことを騙してるみたくならない? それはちょっと――」
「その気持ちも曖昧なので、グレーってことになりませんか? それに、岡宮さんが梶村くんの彼女さんを知っていて、私が今まで何も言われてないってことは、あの日、ここで私と梶村くんが会っていたことを彼女さんに黙っているんじゃないですか? だとしたら、もう騙してるのと同じじゃないですか。無理を言っているのはわかってます。だから『協力してほしい』って言ってるんです」
無茶苦茶なことを言ってきているとは思いつつ、痛いところをつかれたという気持ちが、優の言葉を遮断する。
「お願いします。今日だって岡宮さんから声を掛けて下さったじゃないですか。乗り掛かった船ですよ」
結局、優はゆかりの言葉に押し切られる形で、協力することを承諾したのだった――。
「初めまして、名取梨花です」
泥船にも似た船に乗り込むことになってから数週間後、優と梶村、それにゆかりと梨花の四人で、ドライブに行くことが決まった。
あの日からゆかりと優は頻繁に連絡を取るようになり、この日の段取りも、ある程度は一緒に詰めていた。
梶村にどうやってこの話を切り出すか悩んだが、「たまたま偶然、後日ゆかりと会って、そんな話になったんだけど――」と伝えると、思いのほかすんなり話は進み、「俺がレンタカー借りていくよ」とまで言ってくれた。
梨花とゆかり。この二人の女性と一緒に出掛けることを了承するなど、梶村の思考回路は一体どうなっているんだろう――と感じたが、優は深く考えるだけ時間の無駄だと、早々に放棄することにした。
ちなみに、ゆかりは優と同じ大学の二つ下で、本名は本条ゆかり。
梶村と深夜のコンビニを訪れた日は、大学の友人経由で誘われ、渋々顔を出すことになっていたらしい。
梶村にはこれを機に、「たまたま偶然」の使い方を学んでほしいと思った。
「優から紹介したい人が居るって言われた時は驚いたけど、まさかこんなに可愛らしい方だったとは……。あんたもやることはやってんのね」
梨花はそう言うと、何やら含みのある笑顔を見せた。
「まぁ残念ながら、彼氏の梶村とはお前より長い付き合いだからな。似てくる部分もあるのかも」
優も負けじと、嫌味を込めて言い返す。
――こんな面倒くさいことに巻き込んだんだ。これくらい言っても、バチは当たらないよな。
今まさにここへ向かっているであろう、梶村への嫌味もしっかりと含めて。
梨花は鼻で笑うと、ゆかりに向かって余所行きの笑顔を作る。
「本条ゆかりさん……だったかしら? 今日はよろしくね。いや、今日から……かな?」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ゆかりは初めて会った時のように、その容姿のイメージ通り、柔らかな声と表情で返事をした。
「あの梶村くんに引けを取らない程の美人さんだね」
ゆかりは優の耳元で囁いた。
それから間もなくして、後ろからクラクションが二度鳴らされる。
「お待たせしましたー」
六人乗りのミニバンの運転席から梶村が顔を出し、手を振っている。
この日を境に、異様な出会いを果たした四人は秘め事を抱えたまま、社会人生活を四年経験するまでの間、多くの時間を共に過ごすこととなった――。
◆
「面会時間はいつも通り――」
留置係の係員に促され、優は別室へと移動する。
扉を開けると、透明なアクリル製の間仕切りの向こうには当時より大人びた、ゆかりが座っていた。
顔色は悪くないが、少しやつれたように見える。
「今日も十五分だからな」
優は頷くと、優しくゆかりに問いかける。
「体調はどう?」
「いつも通りですよ」
ゆかりの声は、あの時とまるで変わっていない。
テンプレートのような会話からも、あの日を思い出すような遠い目も、いつもと何ら変わりなかった。
「六年も……経ったんだな」
「はい。あの……やっぱりまだ、梨花さんとは――」
「もう梨花とも会わない方が良い」
ゆかりは唇を噛むと、強い口調で言葉を放つ。
「じゃあ……そろそろ聞かせてください。どうして庇ったりしたんです? どう見ても、悪いのはあいつじゃないですか」
最後に「おかしいですよ」と言って、ゆかりは涙を流した。
「それは俺にもわからない……でも、ゆかりも言ってただろ? 『乗り掛かった船』だって。俺は十年前のあの時から、いつかはこうなるって、わかってたんだ。だから身体が咄嗟に、そうさせたんだと思う」
「そんなの理由にならないじゃないですか……」
消え入りそうな声で、ゆかりはそう呟いた。
「すみません、私が協力してなんて言ったからなのに」
「その話はしない約束だろ。それに、俺はゆかりの言う『庇った』って記憶さえ曖昧なんだ。残ってるのは、身体に染み付いたあの感覚だけ。それ以外はもう――」
酷く混乱していたからかもしれない。
逮捕された当時の記憶は、曖昧なまでにぼやけていた。
ただ、ふとした時に断片的かつ鮮明に蘇るのは、血の滴る包丁に鋭い視線、そして、燃える程に熱くなる身体。
はっきりとした記憶はなくとも、この感覚が「自分は罪を犯した」と訴えかけているようだった。
「……わかりました。今日のところはこれで帰ります。明日また必ず」
「わかった」
ゆかりは軽く頭を下げると、足早に面会所を後にした。
そして翌日、六年間の刑期は終わりを迎え、自由な世界に繋がる扉は開かれる。
陽の光を全身に浴びるように、ゆかりは立っていた。
その光は次第に優をも包み込む程に強くなり、視界から、ゆかりが消えた――。
「――……」
優は鉛のように重たくなった瞼を開けていく。
光の眩しさに、瞼は痙攣を繰り返す。
時間を掛け、優の目はゆっくりと外の世界を捉え始める。
視界が開けても、優は自分の意思で身体を動かすことが出来ない。
身体には様々な管が刺さり、自分の心拍数であろうデジタルの数字が上下するグラフとともに表示されている。
「あ……れ? 俺は確か――」
がたんと大きな音がする。
その音は、アルバイトをしていた頃の、パイプ椅子が倒れる音とよく似ていた。
「る……、優――! 先生、優が、優が目を覚ましました」
「優――良かった。本当に良かった」
騒々しい声が、脳を揺さぶる程に響き渡る。
声のする方へ視線を向けると、そこには雰囲気の変わった梶村と梨花の姿があった。
梶村が優の手を握って言う。
「六年も――六年も待たせやがって」
その後、主治医を名乗る男性医師による診察と、今置かれている状況の説明があった。
「岡宮さん。あなたは六年間、昏睡状態にありました」
「昏睡状態――俺が?」
「主な原因は大量の血を失ったことによるショック症状、あとは精神的なモノが考えられます。どちらにせよ、目を覚ましたのは奇跡に近い。よく頑張りました」
男性は満面の笑みを浮かべ、その後ろでは梶村と梨花が涙を流しながら抱き合っていた。
「一体、何がどうなって……どっちが現実なんだ」
目に見える全ての光景が、耳に飛び込む全ての情報が、優を混乱へと導いていく。
優は夢と現実の狭間に立っている――そんな感覚に陥っていた。
「ゆかりは?」
優の言葉を聞き、梶村と梨花の表情が硬くなる。
二人は目を合わせると、何やら気まずそうに口ごもる。
まるで、話すかどうかを迷っているかのように。
しばらくの沈黙の後、ようやく梨花が重い口を開いた。
「ゆかりちゃんは……捕まったわ。あなたを刺してね」
「ゆかりが誰を……刺したって? ごめん、記憶が曖昧で」
梨花の言葉が、頭の中で身勝手に暴れていく。
それでも何とか言葉を探そうとしていると、梶村が優の想いに割って入り、あの日について話し始めた。
「優、俺のせいで本当にすまん。お前はあの日、俺を庇って刺されたんだ」
「俺がお前を……」
激しい頭痛を伴いながら、色の消えかけた記憶に再び明かりが灯ると、そこへあの感覚までもが絡み合う。
「最初は私が梶村の浮気に気付いて、ちょっとした言い合いになったことたことがきっかけで……。そしたらゆかりちゃんが急に、『あの時の記憶が蘇った。もう耐えられない』って言って」
梨花は当時を思い返すように、難しい表情を浮かべながら言う。
「お前は知ってたんだろ? ゆかりの本当の気持ちを……。だから刺された時、『俺も同罪だ』なんて言ったんじゃないのか……?」
――あの感覚……そうか、あれは罪悪感だったのか。
優は少しずつ鮮明になる記憶を辿っていく。
「他に……ゆかりはなんて?」
「『蓋をしたのに溢れてきた。こうでもしないと、私が壊れちゃう』って――」
「そうだったのか……。逮捕されたってことは、ゆかりは今、刑務所の中に?」
梶村は小さく頷く。
「あぁ、刑期は六年だ。あいつは俺らの場所を知らないから、もう会うこともないだろうけど」
「六年ってことは、もうそろそろ――」
優はそこまで口にした時、ふと、あの時の記憶が蘇る。
――そういえば、ゆかりは「明日また必ず」って言って……
想いが脳を巡っていると、突然、病室の扉が乱暴に開かれた。
そして――
「久しぶり」
幼くも純粋そうな容姿を具現化した、そんな声が、優の耳を刺激した――。
優は顔色を窺うように、ゆかりの表情を覗き込む。
ゆかりは少しだけ口角を上げ、微笑む仕草を見せる。
「岡宮さんは梶村くんと小学校からの知り合いなんですよね? ということは、彼女さんとも面識があるんじゃないですか?」
ゆかりの魂胆はわからないが、嘘をつくこともないと思い、「もちろん、あるけど」と答えた。
「私、もっと梶村くんのことを知りたいなって思うんです。でも彼女さんからしてみれば、当然、良い気はしないですよね。なので、梶村くんへの気持ちには蓋をします。蓋をするので……これから四人で、友人として会ってくれませんか?」
話が多方面に飛び過ぎていて、優はしばらくゆかりを見つめたまま、彼女の言葉を胸の内で復唱していた。
「彼女のことは知ってるよ。知ってるけど……恋愛感情に蓋をするって言っても、それだと俺が梶村の彼女のことを騙してるみたくならない? それはちょっと――」
「その気持ちも曖昧なので、グレーってことになりませんか? それに、岡宮さんが梶村くんの彼女さんを知っていて、私が今まで何も言われてないってことは、あの日、ここで私と梶村くんが会っていたことを彼女さんに黙っているんじゃないですか? だとしたら、もう騙してるのと同じじゃないですか。無理を言っているのはわかってます。だから『協力してほしい』って言ってるんです」
無茶苦茶なことを言ってきているとは思いつつ、痛いところをつかれたという気持ちが、優の言葉を遮断する。
「お願いします。今日だって岡宮さんから声を掛けて下さったじゃないですか。乗り掛かった船ですよ」
結局、優はゆかりの言葉に押し切られる形で、協力することを承諾したのだった――。
「初めまして、名取梨花です」
泥船にも似た船に乗り込むことになってから数週間後、優と梶村、それにゆかりと梨花の四人で、ドライブに行くことが決まった。
あの日からゆかりと優は頻繁に連絡を取るようになり、この日の段取りも、ある程度は一緒に詰めていた。
梶村にどうやってこの話を切り出すか悩んだが、「たまたま偶然、後日ゆかりと会って、そんな話になったんだけど――」と伝えると、思いのほかすんなり話は進み、「俺がレンタカー借りていくよ」とまで言ってくれた。
梨花とゆかり。この二人の女性と一緒に出掛けることを了承するなど、梶村の思考回路は一体どうなっているんだろう――と感じたが、優は深く考えるだけ時間の無駄だと、早々に放棄することにした。
ちなみに、ゆかりは優と同じ大学の二つ下で、本名は本条ゆかり。
梶村と深夜のコンビニを訪れた日は、大学の友人経由で誘われ、渋々顔を出すことになっていたらしい。
梶村にはこれを機に、「たまたま偶然」の使い方を学んでほしいと思った。
「優から紹介したい人が居るって言われた時は驚いたけど、まさかこんなに可愛らしい方だったとは……。あんたもやることはやってんのね」
梨花はそう言うと、何やら含みのある笑顔を見せた。
「まぁ残念ながら、彼氏の梶村とはお前より長い付き合いだからな。似てくる部分もあるのかも」
優も負けじと、嫌味を込めて言い返す。
――こんな面倒くさいことに巻き込んだんだ。これくらい言っても、バチは当たらないよな。
今まさにここへ向かっているであろう、梶村への嫌味もしっかりと含めて。
梨花は鼻で笑うと、ゆかりに向かって余所行きの笑顔を作る。
「本条ゆかりさん……だったかしら? 今日はよろしくね。いや、今日から……かな?」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ゆかりは初めて会った時のように、その容姿のイメージ通り、柔らかな声と表情で返事をした。
「あの梶村くんに引けを取らない程の美人さんだね」
ゆかりは優の耳元で囁いた。
それから間もなくして、後ろからクラクションが二度鳴らされる。
「お待たせしましたー」
六人乗りのミニバンの運転席から梶村が顔を出し、手を振っている。
この日を境に、異様な出会いを果たした四人は秘め事を抱えたまま、社会人生活を四年経験するまでの間、多くの時間を共に過ごすこととなった――。
◆
「面会時間はいつも通り――」
留置係の係員に促され、優は別室へと移動する。
扉を開けると、透明なアクリル製の間仕切りの向こうには当時より大人びた、ゆかりが座っていた。
顔色は悪くないが、少しやつれたように見える。
「今日も十五分だからな」
優は頷くと、優しくゆかりに問いかける。
「体調はどう?」
「いつも通りですよ」
ゆかりの声は、あの時とまるで変わっていない。
テンプレートのような会話からも、あの日を思い出すような遠い目も、いつもと何ら変わりなかった。
「六年も……経ったんだな」
「はい。あの……やっぱりまだ、梨花さんとは――」
「もう梨花とも会わない方が良い」
ゆかりは唇を噛むと、強い口調で言葉を放つ。
「じゃあ……そろそろ聞かせてください。どうして庇ったりしたんです? どう見ても、悪いのはあいつじゃないですか」
最後に「おかしいですよ」と言って、ゆかりは涙を流した。
「それは俺にもわからない……でも、ゆかりも言ってただろ? 『乗り掛かった船』だって。俺は十年前のあの時から、いつかはこうなるって、わかってたんだ。だから身体が咄嗟に、そうさせたんだと思う」
「そんなの理由にならないじゃないですか……」
消え入りそうな声で、ゆかりはそう呟いた。
「すみません、私が協力してなんて言ったからなのに」
「その話はしない約束だろ。それに、俺はゆかりの言う『庇った』って記憶さえ曖昧なんだ。残ってるのは、身体に染み付いたあの感覚だけ。それ以外はもう――」
酷く混乱していたからかもしれない。
逮捕された当時の記憶は、曖昧なまでにぼやけていた。
ただ、ふとした時に断片的かつ鮮明に蘇るのは、血の滴る包丁に鋭い視線、そして、燃える程に熱くなる身体。
はっきりとした記憶はなくとも、この感覚が「自分は罪を犯した」と訴えかけているようだった。
「……わかりました。今日のところはこれで帰ります。明日また必ず」
「わかった」
ゆかりは軽く頭を下げると、足早に面会所を後にした。
そして翌日、六年間の刑期は終わりを迎え、自由な世界に繋がる扉は開かれる。
陽の光を全身に浴びるように、ゆかりは立っていた。
その光は次第に優をも包み込む程に強くなり、視界から、ゆかりが消えた――。
「――……」
優は鉛のように重たくなった瞼を開けていく。
光の眩しさに、瞼は痙攣を繰り返す。
時間を掛け、優の目はゆっくりと外の世界を捉え始める。
視界が開けても、優は自分の意思で身体を動かすことが出来ない。
身体には様々な管が刺さり、自分の心拍数であろうデジタルの数字が上下するグラフとともに表示されている。
「あ……れ? 俺は確か――」
がたんと大きな音がする。
その音は、アルバイトをしていた頃の、パイプ椅子が倒れる音とよく似ていた。
「る……、優――! 先生、優が、優が目を覚ましました」
「優――良かった。本当に良かった」
騒々しい声が、脳を揺さぶる程に響き渡る。
声のする方へ視線を向けると、そこには雰囲気の変わった梶村と梨花の姿があった。
梶村が優の手を握って言う。
「六年も――六年も待たせやがって」
その後、主治医を名乗る男性医師による診察と、今置かれている状況の説明があった。
「岡宮さん。あなたは六年間、昏睡状態にありました」
「昏睡状態――俺が?」
「主な原因は大量の血を失ったことによるショック症状、あとは精神的なモノが考えられます。どちらにせよ、目を覚ましたのは奇跡に近い。よく頑張りました」
男性は満面の笑みを浮かべ、その後ろでは梶村と梨花が涙を流しながら抱き合っていた。
「一体、何がどうなって……どっちが現実なんだ」
目に見える全ての光景が、耳に飛び込む全ての情報が、優を混乱へと導いていく。
優は夢と現実の狭間に立っている――そんな感覚に陥っていた。
「ゆかりは?」
優の言葉を聞き、梶村と梨花の表情が硬くなる。
二人は目を合わせると、何やら気まずそうに口ごもる。
まるで、話すかどうかを迷っているかのように。
しばらくの沈黙の後、ようやく梨花が重い口を開いた。
「ゆかりちゃんは……捕まったわ。あなたを刺してね」
「ゆかりが誰を……刺したって? ごめん、記憶が曖昧で」
梨花の言葉が、頭の中で身勝手に暴れていく。
それでも何とか言葉を探そうとしていると、梶村が優の想いに割って入り、あの日について話し始めた。
「優、俺のせいで本当にすまん。お前はあの日、俺を庇って刺されたんだ」
「俺がお前を……」
激しい頭痛を伴いながら、色の消えかけた記憶に再び明かりが灯ると、そこへあの感覚までもが絡み合う。
「最初は私が梶村の浮気に気付いて、ちょっとした言い合いになったことたことがきっかけで……。そしたらゆかりちゃんが急に、『あの時の記憶が蘇った。もう耐えられない』って言って」
梨花は当時を思い返すように、難しい表情を浮かべながら言う。
「お前は知ってたんだろ? ゆかりの本当の気持ちを……。だから刺された時、『俺も同罪だ』なんて言ったんじゃないのか……?」
――あの感覚……そうか、あれは罪悪感だったのか。
優は少しずつ鮮明になる記憶を辿っていく。
「他に……ゆかりはなんて?」
「『蓋をしたのに溢れてきた。こうでもしないと、私が壊れちゃう』って――」
「そうだったのか……。逮捕されたってことは、ゆかりは今、刑務所の中に?」
梶村は小さく頷く。
「あぁ、刑期は六年だ。あいつは俺らの場所を知らないから、もう会うこともないだろうけど」
「六年ってことは、もうそろそろ――」
優はそこまで口にした時、ふと、あの時の記憶が蘇る。
――そういえば、ゆかりは「明日また必ず」って言って……
想いが脳を巡っていると、突然、病室の扉が乱暴に開かれた。
そして――
「久しぶり」
幼くも純粋そうな容姿を具現化した、そんな声が、優の耳を刺激した――。
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