1 / 2
ゼロとハチ
前編
しおりを挟む
山奥にひっそりと建設された実験施設。
ここでは様々なロボット製造、及び育成プログラムの実験が日夜、粛々と行われている。
「いち、にーぃ、さん……」
白い白衣に身を包み、クリップボードを手にした奥山圭介は、指を差しながら部屋の外からロボットの数を数えていた。
「十体……と。よし、今日も異常なし」
タブレット端末に表示された番号にチェックをしていく。
「今年の個体は期待できそうだ」
奥山はそう呟きながら、再び部屋の中へと視線を戻した。
ここにいるロボットは、実験が終了となり次第、世界各地へと出荷される。
どの個体もそれぞれの役割に特化したモノとなっているが、製造が難しく、常に販売開始と同時に売り切れる個体は「爆発物及び危険物処理」と「海底探索」が挙げられる。
また最近では災害時に活用される「航空物資支援」や「人命救助」に特化した個体の需要も高まりつつあった。
しかし、それはあくまで表向きの商売である。
この施設で今一番力を入れて製造している個体。
それは「他国調査」である。
簡単に言えば、他国スパイだ。
未だ争いの絶えないこの世界に於いて、極めて優れた知能と一国程の軍事力を持つ「他国調査」への需要は年々高まっていた。
そしてこれら「他国調査」の個体の最大の特徴は、見た目が人間そのものというだけでなく、人間の脳が頭に組み込まれていることにある。
これにより相手の気持ちや感情を読み取りながら行動を取ることが可能となり、潜入調査の質や精度は飛躍的に向上する。
また潜入先で幹部のポストまで辿り着いた例も報告されていて、潜伏期間が長期に渡る程、他国を中から操れる可能性が高くなると評価する国もあった。
脳を選ぶ基準は用途によって多少の違いはあるものの、基本的には事故や病気など、何らかの原因で身体を動かすことが出来なくなった人間、それも「子どもの脳」だけを移植している。
子どもの脳だけを使う理由は至極単純で、新たな知識の習得には若い脳が適しているからだった。
実際に若い脳を使うことで、知識の偏りを防げるという実験結果も出ている。
更にもう一点。
人間の脳を使う以上、元の人格が定まった後の脳はその人格によって行動に制限が掛かってしまう。
しかし若い脳の場合、やりようによっては幾らでも制限を解除することができ、感情をもコントロールすることが可能だった。
「ありゃ……、また随分と単価が上がったな」
若ければ若い脳程、希少価値も高い。
実験開始直後は上手く適合せず、そのまま脳死してしまうケースもあったが、技術が進化した現在、そのリスクは限りなくゼロまで軽減されており、如何にして若い脳を手に入れられるかが実験の鍵になるとまでいわれていた。
奥山はこの施設の裏の事業であり、売上の大半を占める「他国調査」部門の長を任されている。
「奥山さん。今年は結構、豊作だと思いません?」
彼の名は戸田純也。
三年前にここに配属となった新人である。
今はアシスタントとして、奥山とともに行動している。
「そうだな。移植された脳のスペックの問題か、或いは実験プログラムの質が向上したためか……、どちらにせよ、例年より早いペースで仕上がっている印象があるよ」
「そうですよね。半数以上の個体があらゆる数値で平均を大幅に上回っていますし、かなり期待しても良いんじゃないすかね」
戸田は「ハチ」と表示された部屋を覗きながら言った。
この施設にいる間、ロボットに名前はなく番号で呼ばれている。
それぞれの左手首より五センチ程上に小さな液晶が組み込まれており、そこにそのロボットを指す番号が表示される仕組みとなっていた。
「特にこの『ハチ』に関しては、明らかに突出していますよ。さすが奥山さんが手塩に掛けて育てただけのことはある。僕がここに来てから見たロボットの中でも群を抜いています」
奥山も戸田につられる様に覗き込む。
ハチはベッドの上で静かに座っていた。
「自分で育てておいて言うのもあれだが、それに関しては俺も同じ意見だよ。こいつはとんでもない才能を秘めている。学問だけでなく思考判断も優れているし、何より感情のコントロールが抜群に上手い。これならどの国に出荷されても、即戦力として活躍するはずなんだが……」
ハチは奥山の気配に気付いたのか、視線だけをこちらに向けた。
三秒程視線がぶつかったが、「俺を巻き込むな」とでも言うように、表情を変えることなく視線を元に戻した。
「やっぱり気になりますか?」
「気になるというか……、まぁそうだな」
奥山は視線が合うことのないハチを見つめ、口をつぐんだ。
「ハチの脳は確か五歳児のモノでしたよね。もう製造されて十三年すから、人間の歳で十八歳。これだけ他が優れているとなると……、確かに奇妙ではありますね」
戸田はハチを睨みように見ながらそう言うと、大きく息を吐き出した。
この施設では出荷準備の整ったモノから順に売られていく。
出荷準備とは施設が定めた知能等、一定の基準値を超えたものを指し、期間にして大体三年から五年、長くても八年で売られるのが普通だった。
そして出荷されたものの番号を次の個体が受け継いでいく。
それがこの施設の決まりとなっていた。
つまり、ここ十三年間は「ハチ」が受け継がれていないことになる。
「まぁ『他国調査』に於いては『言葉』が必須ですからね。今なお、合言葉は敢えて直接言葉にさせる、という国もありますから。そうなると我々も基準を変えるわけにはいきませんし」
「そうだよなぁ……」
脳を移植すると、どうしても言葉が一時的に失われてしまう。
但し、他の機能が失われることはなく、言葉に関しても元々の脳のスペックに依存するところはあるが、実験プログラムをこなしていくうちに時間とともに回復していく。
しかし、ハチは全ての能力に於いて他の追随を許さないレベルであるにも関わらず、「言葉」だけは未だに発することがなかった。
いや、正確には拒んでいた。
奥山がそう判断したのには理由がある。
今から約十年前、そろそろ出荷準備をと進めていた奥山は、ハチに尋ねたことがあった。
「お前ももうじきここを卒業だ。どうだ、何か思うところはあるか?」
すると普段は表情を変えないハチが微笑みながら、声には出さずにゆっくりと口を動かしたのだ。
奥山にはハチがこう言った気がした。
『今にわかる』と。
それが一体何を指しているのか、ハチの中で何か考えがあることだけは事実だった。
このことは戸田には伝えておらず、施設内では施設長の扇原にだけ報告をしている。
扇原は「『ハチ』の能力が優れていることに変わりはない。好きなようにさせれば良い」と気にも留めていない様子だった。
今でもその考えは変わっていないようで、ハチが出荷出来ない代わりに、他の個体の実験プログラムを早めるよう指示が出る程であった。
施設内に、大きなブザーの音が鳴り響く。
今日は各々の能力を測る試験日になっている。
「考えていても仕方のないことですし、始めましょうか」
「あぁ」と返事をし、奥山はハチの部屋に入ると、試験を進めていった。
「いや、今日はまた一段と鬼気迫るものがあるというか、すごい迫力でしたね」
戸田は興奮し、目を輝かせながらタブレット端末にメモを残している。
戸田の言う通り、今日のハチの集中力は凄まじいものだった。
射的を含む身体能力試験はハチの過去最高点、筆記試験も大きな国のみならず、世界中の少数民族の標準的な言葉、そして暗号や隠語など、瞬く間に解読していった。
あまりの凄さに、途中から施設長の扇原を含む数名の職員がハチの試験を見守っていた。
「こんな数値が出る程にまでなっていたとは……」
扇原も感心するように、頬を緩ませながら呟く。
喜びを隠せない扇原を見て、戸田は言葉を重ねた。
「施設長。これってあの『ゼロ』にも匹敵する逸材なんじゃないですか?」
扇原はピクリと目を細めてから戸田を見ると、ため息まじりに腕組みをして答えた。
「あれは噂が独り歩きしている部分もあると思うが……、戸田、お前は『ゼロ』を信じているのか?」
「もちろんです。僕は『ゼロ』のような、いや『ゼロ』を超える個体を作りたくて、この施設を希望したんですから。奥山さんも……、そう思ってハチに目を掛けているんでしょ?」
奥山に向けられたその瞳には、強い決意にも似た光が宿っていた。
「戸田」
扇原が言葉を遮るように睨みつけた。
ここでは様々なロボット製造、及び育成プログラムの実験が日夜、粛々と行われている。
「いち、にーぃ、さん……」
白い白衣に身を包み、クリップボードを手にした奥山圭介は、指を差しながら部屋の外からロボットの数を数えていた。
「十体……と。よし、今日も異常なし」
タブレット端末に表示された番号にチェックをしていく。
「今年の個体は期待できそうだ」
奥山はそう呟きながら、再び部屋の中へと視線を戻した。
ここにいるロボットは、実験が終了となり次第、世界各地へと出荷される。
どの個体もそれぞれの役割に特化したモノとなっているが、製造が難しく、常に販売開始と同時に売り切れる個体は「爆発物及び危険物処理」と「海底探索」が挙げられる。
また最近では災害時に活用される「航空物資支援」や「人命救助」に特化した個体の需要も高まりつつあった。
しかし、それはあくまで表向きの商売である。
この施設で今一番力を入れて製造している個体。
それは「他国調査」である。
簡単に言えば、他国スパイだ。
未だ争いの絶えないこの世界に於いて、極めて優れた知能と一国程の軍事力を持つ「他国調査」への需要は年々高まっていた。
そしてこれら「他国調査」の個体の最大の特徴は、見た目が人間そのものというだけでなく、人間の脳が頭に組み込まれていることにある。
これにより相手の気持ちや感情を読み取りながら行動を取ることが可能となり、潜入調査の質や精度は飛躍的に向上する。
また潜入先で幹部のポストまで辿り着いた例も報告されていて、潜伏期間が長期に渡る程、他国を中から操れる可能性が高くなると評価する国もあった。
脳を選ぶ基準は用途によって多少の違いはあるものの、基本的には事故や病気など、何らかの原因で身体を動かすことが出来なくなった人間、それも「子どもの脳」だけを移植している。
子どもの脳だけを使う理由は至極単純で、新たな知識の習得には若い脳が適しているからだった。
実際に若い脳を使うことで、知識の偏りを防げるという実験結果も出ている。
更にもう一点。
人間の脳を使う以上、元の人格が定まった後の脳はその人格によって行動に制限が掛かってしまう。
しかし若い脳の場合、やりようによっては幾らでも制限を解除することができ、感情をもコントロールすることが可能だった。
「ありゃ……、また随分と単価が上がったな」
若ければ若い脳程、希少価値も高い。
実験開始直後は上手く適合せず、そのまま脳死してしまうケースもあったが、技術が進化した現在、そのリスクは限りなくゼロまで軽減されており、如何にして若い脳を手に入れられるかが実験の鍵になるとまでいわれていた。
奥山はこの施設の裏の事業であり、売上の大半を占める「他国調査」部門の長を任されている。
「奥山さん。今年は結構、豊作だと思いません?」
彼の名は戸田純也。
三年前にここに配属となった新人である。
今はアシスタントとして、奥山とともに行動している。
「そうだな。移植された脳のスペックの問題か、或いは実験プログラムの質が向上したためか……、どちらにせよ、例年より早いペースで仕上がっている印象があるよ」
「そうですよね。半数以上の個体があらゆる数値で平均を大幅に上回っていますし、かなり期待しても良いんじゃないすかね」
戸田は「ハチ」と表示された部屋を覗きながら言った。
この施設にいる間、ロボットに名前はなく番号で呼ばれている。
それぞれの左手首より五センチ程上に小さな液晶が組み込まれており、そこにそのロボットを指す番号が表示される仕組みとなっていた。
「特にこの『ハチ』に関しては、明らかに突出していますよ。さすが奥山さんが手塩に掛けて育てただけのことはある。僕がここに来てから見たロボットの中でも群を抜いています」
奥山も戸田につられる様に覗き込む。
ハチはベッドの上で静かに座っていた。
「自分で育てておいて言うのもあれだが、それに関しては俺も同じ意見だよ。こいつはとんでもない才能を秘めている。学問だけでなく思考判断も優れているし、何より感情のコントロールが抜群に上手い。これならどの国に出荷されても、即戦力として活躍するはずなんだが……」
ハチは奥山の気配に気付いたのか、視線だけをこちらに向けた。
三秒程視線がぶつかったが、「俺を巻き込むな」とでも言うように、表情を変えることなく視線を元に戻した。
「やっぱり気になりますか?」
「気になるというか……、まぁそうだな」
奥山は視線が合うことのないハチを見つめ、口をつぐんだ。
「ハチの脳は確か五歳児のモノでしたよね。もう製造されて十三年すから、人間の歳で十八歳。これだけ他が優れているとなると……、確かに奇妙ではありますね」
戸田はハチを睨みように見ながらそう言うと、大きく息を吐き出した。
この施設では出荷準備の整ったモノから順に売られていく。
出荷準備とは施設が定めた知能等、一定の基準値を超えたものを指し、期間にして大体三年から五年、長くても八年で売られるのが普通だった。
そして出荷されたものの番号を次の個体が受け継いでいく。
それがこの施設の決まりとなっていた。
つまり、ここ十三年間は「ハチ」が受け継がれていないことになる。
「まぁ『他国調査』に於いては『言葉』が必須ですからね。今なお、合言葉は敢えて直接言葉にさせる、という国もありますから。そうなると我々も基準を変えるわけにはいきませんし」
「そうだよなぁ……」
脳を移植すると、どうしても言葉が一時的に失われてしまう。
但し、他の機能が失われることはなく、言葉に関しても元々の脳のスペックに依存するところはあるが、実験プログラムをこなしていくうちに時間とともに回復していく。
しかし、ハチは全ての能力に於いて他の追随を許さないレベルであるにも関わらず、「言葉」だけは未だに発することがなかった。
いや、正確には拒んでいた。
奥山がそう判断したのには理由がある。
今から約十年前、そろそろ出荷準備をと進めていた奥山は、ハチに尋ねたことがあった。
「お前ももうじきここを卒業だ。どうだ、何か思うところはあるか?」
すると普段は表情を変えないハチが微笑みながら、声には出さずにゆっくりと口を動かしたのだ。
奥山にはハチがこう言った気がした。
『今にわかる』と。
それが一体何を指しているのか、ハチの中で何か考えがあることだけは事実だった。
このことは戸田には伝えておらず、施設内では施設長の扇原にだけ報告をしている。
扇原は「『ハチ』の能力が優れていることに変わりはない。好きなようにさせれば良い」と気にも留めていない様子だった。
今でもその考えは変わっていないようで、ハチが出荷出来ない代わりに、他の個体の実験プログラムを早めるよう指示が出る程であった。
施設内に、大きなブザーの音が鳴り響く。
今日は各々の能力を測る試験日になっている。
「考えていても仕方のないことですし、始めましょうか」
「あぁ」と返事をし、奥山はハチの部屋に入ると、試験を進めていった。
「いや、今日はまた一段と鬼気迫るものがあるというか、すごい迫力でしたね」
戸田は興奮し、目を輝かせながらタブレット端末にメモを残している。
戸田の言う通り、今日のハチの集中力は凄まじいものだった。
射的を含む身体能力試験はハチの過去最高点、筆記試験も大きな国のみならず、世界中の少数民族の標準的な言葉、そして暗号や隠語など、瞬く間に解読していった。
あまりの凄さに、途中から施設長の扇原を含む数名の職員がハチの試験を見守っていた。
「こんな数値が出る程にまでなっていたとは……」
扇原も感心するように、頬を緩ませながら呟く。
喜びを隠せない扇原を見て、戸田は言葉を重ねた。
「施設長。これってあの『ゼロ』にも匹敵する逸材なんじゃないですか?」
扇原はピクリと目を細めてから戸田を見ると、ため息まじりに腕組みをして答えた。
「あれは噂が独り歩きしている部分もあると思うが……、戸田、お前は『ゼロ』を信じているのか?」
「もちろんです。僕は『ゼロ』のような、いや『ゼロ』を超える個体を作りたくて、この施設を希望したんですから。奥山さんも……、そう思ってハチに目を掛けているんでしょ?」
奥山に向けられたその瞳には、強い決意にも似た光が宿っていた。
「戸田」
扇原が言葉を遮るように睨みつけた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる